ソのサン「町中散策」

 家の外に出た劉生は、キョロキョロと周囲を見回したものだ。

 懐かしい──そんな感覚は、微塵も芽生えてくることなかった。

 劉生には記憶がなかったが、幼少期に一度──短期的にではあるが──この町に住んでいたことがあったらしい。それこそ、今回と同じ様に父の転勤が理由で劉生もこの町にやって来たらしい。

 今の劉生には、その頃の記憶は一切ない。

──まぁ、それはそれで妙ではないか。いくら幼い頃の記憶と言えども何かしら憶えていても良いように思えたが──。

 それには理由があるらしく、劉生が両親から聞かされた話によるとここで大怪我を負って瀕死の状態に陥ってしまったらしい。

 何故、そうなったのかは憶えてはいないが──本人にとっても辛い思い出であったのだろう。劉生は記憶に蓋をしてしまったようだ。


 治療の為、劉生は母と共にこの町から去って都会の病院へと運ばれて行った。──それが、十年くらい前の話であるようだ。

 その後も転勤族の両親によって引っ越しや転校を余儀なくされた劉生が、思春期に足を突っ込んだこの年頃で再びこの地に足を踏み入れることになったというのは感慨深いものがある。


 町の中を歩きながら、劉生は頭をポリポリと掻いていた。気丈に振る舞ってはいるが、実のところ転校は憂鬱であった。

 何度も引っ越しを経験させられて、かなりフラストレーションが溜まっていた。幼稚園も小学校も、ようやく慣れてきたというところで引っ越しだった。これまで構築してきたものが全て無となり、また一から新しい地で出直さなくてはならない。

 そんなことを続けているのだから、幼少の頃からかなりストレスが積み重なっていた。

 もしかしたら、そうした幼少期の経験が、後の劉生の性格を歪めてしまったのかもしれない。

──物思いに耽りながら劉生は住宅街を進んでいた。


 先ずは、賑わっている駅前へと向かってみる。

 駅前のロータリーから郊外に向かってアーケードが伸びており、そこにお店が並んでいた。『明石商店街』と看板が掲げられているその通りにはファーストフード店やゲームセンターなど、若者の溜まり場がいくつか目に付いた。

 試しに自動ドアを潜り、店の中に入ってみると同年代らしき少年少女の姿もちらほらと見えた。


 気怠そうにカウンターで頬杖をついている金髪の店員は余り店のことには関心がないらしい。

 制服姿の女の子が何やら他の客に写真を見せて歩いていたが、特に気に留める様子もなく欠伸をしていた。


 劉生は適当なゲーム機の前に座り、コインを投下した。操作方法も分からぬままゲームがスタートしたのでカチャカチャと雑にレバーを動かしてボタンを押す。すぐにゲームオーバーになってしまい、席を立った。

「……詰まんないな……」

 ゲームの内容ではなく、一人でこんなところに居るのが場違いに思えた。

 友達や恋人、家族連れ──此処に来ている人たちは、誰しもが誰かと来ていた。


 かと言って、劉生には一緒に遊ぶ様な仲の良い友だちも居なかった。


 度重なる引っ越しのせいで──まだ携帯電話なども持たせてもらえない年齢であったからこそ、小さい頃の友人とは疎遠になってしまっている。

──仲良くなってもすぐに離れ離れになる。

 最初は思い悩んでいた劉生であったが繰り返し転校を経験する内に、いつしか失うことに対する寂しさを抱く感情も薄れていってしまった。


 だが、たまにこうして発作的に湧き上がることもある。どうせ離れ離れになるのだからと、人とは上辺だけ浅く付き合うようになった弊害がこれだ。


 フゥーッと劉生は深く溜め息を吐いた。

 これ以上、此処に居るのは精神衛生上良くないのかもしれない。

 自分に、未だに友達と呼べる存在が一人もいないことを実感させられて惨めになるだけだ──。


 劉生は足早にゲームセンターの建物から出て行った。

 それでも、頭の中に湧き上がった様々な感情は、すぐに引いてはくれなかった。

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