第19話 本日のお仕事11 城へ

 城に到着し一般登城口に入り、ラモン様の顔パスで別受付に通される。バッグの中身のチェックを受けて案内を受けた。中央から東棟に入り、案内人が替わる。そこから階段を上り絨毯の色が違くなった。ふかふか具合がヤバイ。王族の住居的なスペースなのかも。ってことは第二王子に会いに来たのか?

 また案内人が代わり、通された部屋でラモン様はソファーに腰かけた。低めのテーブルはソファーで囲まれている。


「リリーも座っていいよ」


「仕事中ですのでお構いなく」


 わたしはラモン様の後ろで控えることにする。

 しばらくして第二王子殿下がいらした。


「待たせたね」


 ラモン様も立ち上がり王子を迎えた。


「悪かったね、出向いてもらって」


「仕事の後は特に予定はないからかまわないよ。あ、リリーがお茶を入れてくれる?」


「かしこまりました」


 王子様の後ろからお茶セットのワゴンを持ってきたメイドさんからワゴンごと引き受ける。

 お茶は紅茶のみみたいだ。お茶の葉やお茶うけがたんまりあるのはわかるが、カップが6個もある。なぜ? お代わりの時にカップを変えるのかしら? でもそれならポットも複数あるべきだけど。

 そう思いながらカップ2つとポットを温める。その間にお茶菓子の用意をする。

 ポットにお茶とお湯を注ぎ入れて、ポットカバーで包む。お盆にカップとポットを乗せ、テーブルへと運んだ。そしてすぐにお茶菓子も運ぶ。ポットカバーを外し、ポットからカップへと紅茶を注ぐ。香り高く、そして澄んだ紅茶色。カップをおふたりに出して、ワゴンのそばで控えることにする。


「君がいれるお茶はおいしいね」


「うん、リリーのお茶はおいしい」


「恐れ入ります」


 お茶を褒められると、とても嬉しい。お母様に飲んで欲しかったな。特訓してもらっている時は、お茶のおいしさを引き出せなかったから。


「ところでリリアン、どこでも評判は上々だ。さすがオーディーンのメイドだな」


「過分なお褒めに預かり光栄です」


「その噂を聞いて、リリアンとどうしても会いたいとおっしゃるから、今日は来てもらったんだ」


 え?

 王子様が敬語を使う相手と言ったら嫌な予感しかしない。


「あの、どなたかお伺いしても?」


「私の父上だ」


 王子様の父上って言ったら国王陛下な気がする。血の気が引いた。


「リリー」


 ラモン様が立ち上がり、わたしの腕を支える。


「お、恐れ多いことです。わたしのようなものが国王陛下にお目通りいただくなど!」


 王様に身を偽っていることやあれやこれ、嘘がバレたらどんなことになるか……。


「陛下としてではない。私の親としてこの部屋にやってくるだけだ。リリアンはただお茶を入れてくれればいい」


「リリー、顔が真っ青だ。そんなに緊張しなくても、君の作法は王族に対しても失礼はないから大丈夫だよ」


 その時ドアがノックされた。

 王子が反応して、入ってきたのは王子の10数年後、貫禄がついたらこうなるだろうなと思える美しい人と、同じ年代ぐらいの茶色の髪と全てを見通しそうな堅い意思を持つ茶色い瞳の男性だった。

 ヤバイ、見ちゃいけないのに顔を見てしまった。

 とにかく頭を下げる。こ、国王陛下だ。


「ハイン伯爵の長男だな。歓談中に邪魔をするよ」


 通る優しそうな声だ。


「ゲルスターの太陽にお目通りが叶い、恐悦至極にございます」


 ラモン様はきっと胸に手をやり頭を下げているのだろう。


「リリアン、父上とタデウスのお父上にもお茶を入れてくれるか?」


「……かしこまりました」


 なんとか声を出せた。


「いつも通りにすればいい」


 ラモン様がそっとわたしに呟き、席へと戻っていく。


「お座りください。そんなにみつめられたら誰だって緊張しますよ」


 王子の言葉に大人たちは


「これは若い女性を不躾に見すぎましたな」


 とソファーへと座る。

 大丈夫。お茶を入れるだけ。これで何かがバレるなんてことはない。……いろいろ問題はある気はするけれど、今は今を乗り越えることだけを考えよう。


 茶葉を捨ててポットを湯で濯ぐ。布巾で拭き、捨て湯でポットとカップを温める。

 やることがあると、少しは落ち着いていられる。わたしはリリアン・オッソーと心の中で何度も唱える。

 お湯を捨てて、お茶っ葉とお湯を注ぎ、ポットカバーをかける。お盆にカップとポットを置いてテーブルに向かう。テーブルにカップを置いて、茶葉が蒸されたタイミングで、カップにお茶を注ぐ。それをおふたりの前にそれぞれ出す。

 置いたカップをすぐ手に取るおふたり。わたしは立ち上がって下がろうとした。


「その瞳は本物かな?」


 宰相様に問われたが意味がわからない。


「ふ、不勉強で申し訳ありません。瞳が本物とはどういう意味でしょうか?」


 本当に意味がわからないんだけど。


「魔術で色を変えているのかを聞いたのだが」


 なんだ、そういうことか、びっくりした。


「色を変えておりません」


「そうか」


 と宰相様は頷かれた。


「オーディーンメイド紹介所のメイドだとか?」


 ご尊顔を見ないように下を向いているとまた声がかかる。


「発言を許すよ。今はアントーンの父親なだけだから、あまり堅くならないでくれ」


「……わたしはオーディーンメイド紹介所のメイドでございます」


 下を向いたまま言葉を紡ぎ出す。嘘は言っていない。恥ずかしいぐらいに声が震えた。


「オーディーン夫人は元気にやっているかね? 胸を悪くしたことがあったろう?」


 宰相様がオーディーン夫人と交流があったとは知らなかった。


「はい、元気にしております。胸の病気は4年前になります。もうすっかり良くなりました」


「ほう、あれから4年も経ったのか。その頃からもう働いていたのか?」


「いえ、働き出したのは2年前です。その前から夫人には良くしていただいたので」


「顔を上げてくれんか」


 お許しがでたわけだから、わたしはゆっくりと顔を上げる。

 紫水晶の瞳。透明度が高くて、すっごくきれいだ。おふたりはわたしを見てふと時を止める。何かを見透かされたような気がして震えが走った。


「……息子が無理を言ったようだね。申し訳なく思うが、そなたの評判を聞き息子の目を信じたくなった。どうか何も知らない令嬢が辛い思いをしないように、そなたが目を光らせていてくれないだろうか?」


「も、もったいないお言葉にございます」


 再び頭を下げる。完全に逃げ道を塞がれた。

 というか、その上、身を偽っていることがバレた場合、わたしはどうなってしまうんだろう?

 わたしだけならいい。お兄様やオーディーン夫人に罰が与えられたらどうしよう。


 お茶を一杯飲まれると、国王陛下と宰相様は退出された。ほっとした。とりあえずやり過ごした。最悪の名乗りはしないでいられたことに安堵した。陛下に自分から名前を謀ったら、弁解しようがない。人から伝わったものなら、メイド名とでもいって多分逃げ道はある。こんな高貴な人たちと絡むことは決してないと思ったから身を偽っていることも気にしないでいられたのに。


 それから王子様とラモン様はなんだかんだ歓談されていた。夕方にタデウス様がやってきて合流。本当に仲がいいみたいで、ぽんぽん言い合っている。


 なんとはなしに聞きながら、わたしの頭の中はなんでこんなことにという思いでいっぱいだった。このことが終われば二度と王族と関わり合うなんてことは起きない。平民が普通に働いていて王族と会う確率なんてものすごく低いはずだ。わたしは運の悪いことにその確率に引っかかってしまったけれど、人生でもう二度と王族と関わり合うことはないはずだ。陛下や王子のご尊顔を拝めたなんて、人生に一度あれば十分だ、うん。二度もあってたまるか。


 働いて対価をもらえるなら、わたしは喜んで働く。緑の乙女という肩書さえなければ。緑の乙女は働いてはいけないという規律さえなければ、なんの問題もないのに。決して身を偽りたいわけではない。


 夕方にはラモン様の家に戻ってきて本日のお仕事は終了となった。着替えをしたところにマテュー様がやってきて、家まで送ってもらう。マテュー様たち二軍が今日作られたメニューを聞いて、心が和んだ。

 でもふと、わたしはマテュー様たちを騙しているんだなと実感した。皆様癖はあるけれどメイドのわたしに対しても真摯に向き合ってくださっている。そんな方たちに対して、わたしはなんて不誠実なんだろう。


 小さくなる馬車を見送ってから、部屋の鍵を開けようとした。後ろで気配がして、振り返ろうとすると口を塞がれた。あっという間にさるぐつわをかまされ、顔に袋みたいのを被された。暴れたが担ぎ上げられた。


 誰、なんで、何が起こったの? 担ぎあげた人は蹴られたり、叩かれたりしているのに、少しも揺るがず走っている。

 しばらくすると揺れる何かに上がり、そして寝転がされた。恐らく馬車の椅子の上。手荒にはしたくないので暴れるなと言われ、動けなくなった。両手、両足を縛られる。体の上に厚手の布を被され、端に押しやられる。乗せられている馬車が走りだした。


 わたし……どうなるの? 暗闇の中、恐ろしくて仕方なかった。泣いても何も解決しないのに、怖くてボロボロと涙が落ちた。胸がひくついて嗚咽が漏れる。


「ある方たちのところに連れて行くだけだ。だから、泣くな」


 抑揚のない低い声がしてわたしはビクッとなる。そばに人がいたんだ。言われたことをかみしめる。とりあえず連れて行かれるまでは酷いことにならないらしい。

 けれど、その〝ある方たち〟の目的はわからないし、こんな方法で会う人たちだ、何をされるかわからない。泣くなと言われたから、泣き続けたらこの人だって怒りだして殴られるかもしれない。泣いちゃダメだと戒めて、音を出したくないのに、嗚咽は止まらず、じわーっと涙はひとりでに出てきた。

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