第18話 本日のお仕事10 神殿へ
馬車の中でずっと見られている。マジで視線で穴が開くくらい。
「あの、ラモン様」
「何だい、リリー」
優雅に微笑まれるが、見定められてる感がある。
「わたしの顔に何かついておりますでしょうか?」
「うん、ついてる」
えっ、それで見られてたわけ? なら教えてくれればいいのに。
わたしはどこかについている何かを想定して、顔の中央から外に向けてゴミを払うようにした。
「取れましたか?」
「うーーん、とるのは難しいかな?」
?
「小鳥みたいに好奇心旺盛な瞳と可愛らしい小さな鼻と、幸の薄そうな薄い唇がね」
はぁ?
多分わたしは今ヌリカベみたいな顔をしている。そこまで思って、ヌリカベって何だっけ?と記憶を探る。そう、時々こういう記憶の事故みたいなことが起こる。言葉は思いつくのに、それが何かわからない。でも適したものを思いついたはずなのだ。
「僕と話しているのに、他のことを考えるの?」
「失礼しました」
わたしは頭を下げた。
「この馬車を使うようにマテューから指示があったようだ。送ってきたのもマテューだって?」
「……はい」
「それに、これ。君のため?」
手すりを指差す。
なぜかものすごく恥ずかしく、いたたまれなくなる。
「……そのようです」
「ふぅーーん、マテューがねぇ」
腕を組んでこちらを見ている。
「僕はついこの前気づいたんだけど、どうやら執着するタイプらしくてね」
穏やかそうに見えるのは、この人の上辺だけだ。にっこり微笑んでいるけれど。
「あまり拘らない方なんだけど、あの4人は気に入っていてね。僕は気に入っているものを人に何かされるのが一番嫌いみたいなんだ」
これ牽制されているんだよね?
「僕は自分がどうなっても構わないから、何かあった時は全力をかけて潰すよ」
何でそういうことを笑顔でいうかなー。
「……そうなんですね」
相槌は大切だ。早く着いて。この空間でふたりってキツすぎる。
っていうか、なんでわたしがあの4人に何かするって思うのよ? わたしは関わりたくないのに、巻き込んできたのはそっちじゃないか。
「リリーを潰すことにならないといいんだけど」
「わたしもそう願います」
まだ見てるよ。視線を感じながら、車窓から外を眺める。
馬車の中でも、うすら寒い。このお仕着せだとラモン様のお屋敷以外はまだ早いと思える。コートを持ってくればよかった。
街の中央部に入ったようだ。人が多いからか速度が緩くなった。
「あの、神殿でわたしは何をすればよろしいのでしょうか?」
仕事の話をしよう。それなら脅されることはないだろう。
「……そうだね、僕は神殿で神の御言みことを読みあげる、それが僕の仕事。それを聞いていて。終わったら着替えて城に行く」
また城か。城はそりゃ滅多に会うことはないだろうけれど王族の住処だ。身を偽っている分際なので行きたくない場所のナンバー1だ。
神殿の仕事が終わったら飲み物とかどうすればと問い掛ければ、それを用意する人は別にいるみたいで、わたしはついていればいいと言われる。
今までの仕事よりユルユルすぎて嫌になる。何なんだろう、この普段の仕事よりよっぽど働いていないのに、疲れる感じは。わたしは執事さんから渡されたこの着替えの入ったバッグを持ってついていけばいいらしい。ただの付き人に徹しろってことね。
「かしこまりました」
馬車が止まり、馭者さんがドアを開けてくれる。ラモン様が降りられて、やはりわたしに手を貸してくれる。脅しはするけれど、紳士ではあるんだよな。メイドなんだから放っておけばいいのに。
ラモン様が歩いて行かれると、きゃーと黄色い声が上がる。
ラモン様はそちらを見て微笑まれたんじゃないかな、歓声がことさら大きくなった。
「ラモン様、おいでくださりありがとうございます。本日もよろしくお願いします」
年配の司祭様が恭しく頭を下げる。
「今日も人が多いね」
「ラモン様の〝祝福〟を聞けるとあり、若い女性が殺到しております」
「神の御言は誰が伝えたって同じだろうに」
「さ、どうぞこちらに」
腰を低くしてラモン様を誘導する。
さっきの言葉は本気だったな、と思う。軟派な感じにというか、自分の好きな物以外どうでもいいスタンスに見えたので、キャーキャー言われるのも享受すると思っていたので意外だ。ということはラモン様はご自分の仕事において本気でやっているんだ。それも意外だが(失礼!)。
神殿に来たのは初めてだ。いくつかの広い部屋から成り立っているらしい。そのひとつは教会みたいな作りで、広い礼拝堂だった。5人がけの椅子が4列、そこからズラーっと部屋を埋め尽くしている。その椅子にはそれぞれベールをかぶった女性たちが座っていた。
その横を通って舞台袖に歩いていく。
「それでは、ルト神官より神の御言を説いていただきましょう」
ルトとはラモン様の神官の洗礼名だそうだ。
わたしはそこで待つよう言われ、ラモン様は舞台中央に進み出る。
「神の子の皆様方とお会いすることができ、心から嬉しく思います」
ラモン様は胸に手をあて、礼拝堂の人々に向かって頭を下げる。
「同じく神の子の神官・ルトが、神の御言を伝えさせていただきます」
御言を聞くのも初めてだ。とても美しい言葉だった。詩といっていいと思う。というか、もうアカペラだ。歌だ。
読み上げる声がとってもきれいだった。うん、きれい。それが一番適していると思う。天から音が降り注ぐみたいで、光のシャワーが降ってきて、染み入ってくるように感じた。
古代語の歌は意味がよくわからなかった。けれど、唐突に神様って本当にいらっしゃるのかもしれないと思えた。
でもそうだったら。そうだとしたら。神様は特定の人にしか手を差し伸べてくれないのかもしれない。
『神書』『創世記』は読んだことはない。上っ面をなぞったような童話チックなものを聞いたことがあるぐらいだ。
確か創造神ラテアス様が世界を創ろうと、ある場所を無にするために爆発を起こし、全てを無に帰した。するとそこに光と闇が生まれた。光と闇はお互いがないとその存在を現すことができないのに世界を自分だけで満たそうとした。ラテアス様は1日を光の時間と闇の時間の2つに分けて、一方が管理している間は、もう一方は眠っているよう説いた。昼と夜ができた。それから神は世界を水で満たし次に水を少しこぼされた。乾いた地を作り、火を起こし、風を取り入れ、そして神は生き物をお創りになった。大体そんな感じだったと思う。
爆発により生まれたのが光の精霊と闇の精霊と言われている。
神が豊穣の地を見て喜び、ますます栄えるように願った古代語の祝福の御言が終わり、感動した人たちが口々に「ラテアス様のお導きのままに」と声にして、厳かな礼拝堂が騒がしくなった。
「ラテアス様のお導きのままに」
ラモン様も胸に手をやり、それを終わりの挨拶とする。舞台袖に戻ってきた。
神官の服を着た人たちがハンカチや飲み物をラモン様に差し出した。
ラモン様は飲み物を受け取って、口に含む。
一言、二言、会話をしてこちらに歩いてくる。
「リリー、どうだった?」
「初めて拝聴しましたが、とてもキレイでした。神様はいらっしゃるのだなと思いました」
正直な感想を伝える。
なぜかラモン様は腑に落ちないような顔をした。
「着替えたいから、部屋を借りられるか?」
神殿の人に尋ねる。
「はい、こちらに」
神殿の人が先導してくれる。
「リリー手伝ってくれ」
え? 着替えを? ひとりじゃ着替えられないの?
あてがわれた部屋に入るとラモン様は内側から鍵を閉めた。
わたしはバッグから服一式を取り出して椅子の上に置く。
そして振り返るとラモン様がぶつかる位置で立っていたので驚く。
下がろうとすると、両腕を取られる。
「神がいらっしゃるのに、リリーは哀しいの?」
え?
「……神様がいらっしゃるなら、嬉しいですけど?」
「そういう顔をしてないよ」
そ、そんなことを言われても……。
ラモン様がひとりで着替えることができて、ほっとした。
わたしは次々と着替えるものを渡し、脱いだものを畳めばよかった。
禊の後メイドさんたちがお手伝いしていたから、まさかひとりで着替えられないのかと疑いを持ってしまった。
女性でも派遣メイドに着替えを手伝わせる方は少ない。無防備になるから気心のしれた人にやってもらうのがいいんだろう。女性のドレスを着飾るのは参戦するけどね。
男性の着替えを手伝ったことはなかったと思う。いや、オーディーン夫人が基本着替えの手伝いはしないよと契約の時につめてくれているのかもしれない。わたしがこの仕事につく前、若い女の子に着替えを手伝わせ、近づいたのをいいことにタッチしてくる輩がいたって話を聞いたことがある。
「リリーは少し変わっているね」
少しどころではなく変わっているラモン様に言われるとは心外だ。
「君は神を信じていないね」
「感じられたことがないだけで、信じていないわけではありません」
それは精霊についても同じだ。
美しい人にここまでずっと見ていられると果てしなく居心地が悪い。
「感じられない? さっき……君……」
そういうと黙り込んでしまわれた。それもそれで居心地が。
ノック音がした。
わたしはこのいたたまれない空気に風穴が開くことを喜び、助かったとドアに赴く。
「はい」
「こちらにルト神官様はいらっしゃいますか?」
ドアの前にいたのは美しく着飾ったご令嬢だった。わたしの返事を待つ前に一歩部屋に入ってくる。そしてラモン様の元へと突撃しようとするので、わたしは手を上げて防いだ。
「お待ちください。部屋には入らないで……きゃぁ!」
押し切られて令嬢が押すものだから、後ろ向きに倒れる。
あれ、衝撃が思ったより少ない。
……わたしと令嬢はラモン様に抱え込まれていた。
慌てて起き上がろうとするが、令嬢が動かないので起き上がれない。
「お嬢様、大丈夫ですか? 立ち上がれませんか?」
「ルト神官に抱きとめてもらえるなんて……」
いや、間にわたし入ってるから。
「お嬢様、大丈夫ですかぁーーー?」
お嬢様の付き人(多分)が入ってきて、お嬢様を引っ張り上げた。そしてラモン様に平謝りだ。
「うちのお嬢様が申し訳ありません。謝罪は後ほど送らせていただきます。引き取らせていただきます」
早口に言って、頬を染めポーッとしたお嬢様を問答無用で連れて行った。
「リリー、立てる?」
驚きすぎて、ずっと見ていて、自分もラモン様の膝の上のことを忘れていた。
「も、申し訳ございません」
急いで横にずれて、立ち上がる。
「怪我はない?」
「はい、ありません。ラモン様にお怪我は?」
「うん、大丈夫」
主人を守れなくて守ってもらうなんて。ドアを開けて危険を呼び込んでしまった。
「リリーのせいじゃないよ。たまにああいう子猫ちゃんがいるんだ」
……ああ、そうか。子猫ちゃんなんて可愛い言い方だけど、子猫は侮蔑の対象なんだ。そしてわたしもそう思われているんだなと静かに思う。
でも、それでも怪我はしないように助けてくれたりして。ラモン様はよくわからない。
脅してみたり、耳にいい言葉を言ったり。
癖が強すぎる。
ラモン様は城へ行くよと部屋を出た。
カバンを持って後ろについていく。
愛想よく女性たちに手を振り、馬車へと向かっていく。
きっと心の中では子猫ちゃんがいっぱいだと思われているんだろう。
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