第16話 Side タデウス 変わったメイド

 媚びないメイドだと思った。派遣のメイドと聞いて、派遣とはこういうものなのかと納得した。気に入られる必要はないと考えているのか、ツンとすました印象だがやることはそつがない。じゃあ作業に徹しているだけなのかと思えば、心情を吐露すればなかなか熱い女性であり、気が強いようでもあれば、権力をちらつかされると怯えた様子になったのは、少し残念な気がした。


 人は意思があり動くものだから、人を思い通りに動かすというのは変な話だ。そう教えられたわけではないが、家族がそうしているのをずっと目にしてきたし、自分でもその道筋は子供の頃から見えていたから、他人をいいように動かすのは乗馬より簡単だった。褒められたことではないが、大人に対してもそうしたこともある。僕がそうしないのは、家族と『友』と呼べる人たちだけだ。


 けれど、サロンで何のお茶にするか尋ねられた時に、彼女は決して思い通りにならないだろうと予感めいたことを思った。彼女だけは思いつく全てのことをしたとしても思う通りに動かないと何故かそう思えた。平凡を絵に描いたような女性で、特別なところはひとつもないのに、だ。意見を覆すところから鑑みても、そこまで頑なな自分の指針があるようには見えないのに。でも、僕の勘はそう、はずれない。


 ゲルスターの秘宝『精霊王の指輪』の行方が掴めていない。けれど男爵令嬢が行方を知っていると関係者は考えている。そして賭けに組み込まれたクリスタラー令嬢。精霊に愛される一族。身に緑を持っていない、現・緑の乙女。当主は緑の乙女の後見人の叔父だ。

 何者かが手に入れた精霊王の指輪。精霊が生まれるとされる森のある土地が、ゲルスターの所有である証にでっちあげられた、ただの指輪と記述にはある。だが、何かしらあの指輪に力があるのか? でなければ、誰もお飾りの指輪をとったりしないだろう。クリスタラー家が巻き込まれると言うことは、指輪の力を知っていると考えられているのか? クリスタラー家は何か知っているのだろうか? クリスタラー家はひたすら領地にこもっているので、彼らを知るものはほとんどいない。かの男爵令嬢か、その背後にいる者から目をつけられているクリスタラー令嬢。僕たちは令嬢を巻き込む明確な目的がわからない。何が起こるかわからない。


 だから僕たちを含めた思惑からクリスタラー令嬢を守るのには〝彼女〟はうってつけだと思えた。なぜかアントーン殿下も気に入ったようだし。


 そしてたった1日にしてマテューも手懐けた。

 あいつは全く女性に興味がなかった。騎士道を追いすぎて生身の女に興味が持てなくなったのではと心配したほどだ。学年一の美女と誉が高かったマノ伯爵令嬢の誘いを断ったらしく、その日のうちにラモンと恋仲だったのだと噂が駆け巡った。女性を全く寄せ付けなかっただけに妙な説得力があった。本人は知らないようだが。

 今まで礼を持って接することはあっても、心を許したような笑顔を向けることはなかったのに、たった1日でころっと懐いている。馬車は改造して手すりをつけたり、自ら送迎もしている。あの女は一体なんなんだ。どうやって堅物マテューを攻落したのか気になるところだ。……まさか、かの男爵令嬢と同じでこうやって僕らひとりひとりが惹かれ、兄たちのように〝愛〟に魅入られたようになり家宝を捧げ出したりするのか? 新たな刺客じゃないだろうなと思ったりもした。でも、あれはただのメイド。貴族令嬢ではない。それに、僕は惹かれていない。



 父に呼ばれて、書斎に入る。


「お呼びでしょうか?」


「お前が画期的なものを作ったと聞いた。文官になることを決めたのか?」


「いいえ」


 期待を持たせるのは申し訳ないので、即、答えておく。

 父は兄が文官になったのを喜んでいた。心の中では学び登りつめ、いずれ宰相になってほしいと思っていたはずだ。だが兄はとんでもないことをしてしまった。アレがもし日の目に晒されたら、我が一族は終わりだ。いや、国のしてきたことと見做されたらこの国がどんなことになるかわからない。どこに現物があるのかはわからないが、今晒されていないことを鑑みるに、我が一族を陥れる目的ではないのだろう。いや、見ただけでは意味がわからないのかもしれない。そう思うのは都合が良すぎる考えだろうか。


 僕はいつか兄に宰相になってほしいと思う。こんなことになってしまったが、アレを取り戻すことができれば、兄の未来は断たれない。

 僕は少しばかり感情が欠如しているのだと思う。それゆえか一番身近な家族というコミュニティの中でも距離をうまくとれていなかった。それをなんとも思っていなかったが、それは家族を傷つけることであり、どこか居心地が悪かった。それをとりなして、橋渡しをしてくれたのが兄だった。兄を好きだし、恩がある。兄には幸せになってほしい。


「それに僕が作り出したのではありません。オーディーンメイド紹介所のメイドです」


「……オーディーン伯爵は、外国によく行ってらしたから夫人も博識なんだろう。よく教育されているのだな」


 オーディーンメイド紹介所は噂に違わずレベルが高いようだ。平民でも上級使用人の仕事をこなせるとは驚きだ。そしてあの〝雛型〟あの体裁に沿って書いていけば記述漏れは圧倒的に少なくすることが可能だろう。外国は我が国より書類仕事だけでも一歩も二歩も先に行っているようだ。


「もし、アレが日の目に晒されたらお前は外国に行きなさい。家のことは忘れ、名前を捨てて生きるんだ。生きているだけでいい。好きなようにしていいから」


「父上」


「普通に見れば、アレはただの手紙でしかない。けれどもし気づくものがあれば我が一族は終わりだし、過去のことだといっても国にも損害を与えるだろう。メイドはオッソー家の者だといったか、今この時期にお前の近くに風水の断罪の子孫がいるのは、誰かが全てを明らかにするために仕組んでいるのではないかと思えるほどだ」


 仕組む? リリアンが今僕たちのメイドになったことが? でもあれは殿下と僕が決めたこと。頼りになるメイドだと思った。このメイドならクリスタラー令嬢を守ってくれるだろうと思った。

 仕組まれた?? まさか。殿下と僕がそう思うよう仕向けた? リリアンが? 

 いやいやいや、あんなに頑なに断ろうとしていたじゃないか。


 あの日、マテューの家の茶会のメイドになる、それはできたとしよう。けれどそこで僕たちと関わる確率はどれくらいだ? ……庭からサロンに移ったのはラモンがソファーに座りたくなったとほざいたからだ。リリアンはサロンの給仕の担当のようだった。僕たちがサロンに行ったのは偶然だ。いや、本当にそうか? 仕向けることもできるものなのか?

 いや、待て。マテューはもう懐柔されている。まさか……すべてが仕組まれ……。


 父は考えこんだ僕に気づいて慌てて言った。


「いや、調べてみたが、あのメイドにもオーディーンメイド紹介所もクジネ男爵家との繋がりはない」


 そういえばと思い出す。


「はい、クジネ男爵が城に来ていたのですが、彼女は初めて見たようでしたし。クジネ男爵もメイドを気にかけた様子はありませんでした。……ただ、怖がっているように見えて」


「怖がる? クジネ男爵をか? 優男に見えるが。ああ、貴族だからか……」


「トーレコ様に愛想笑いを返してましたよ」


「なかなかやるな、そのメイド」


「父上は、蛇に睨まれたカエルを見たことがありますか?」


「蛇に睨まれたカエル? いや、見たことはないが、何だ何かの暗号か?」


「怯えて見えたのが気にかかり、あとで男爵を知っていたのかを尋ねました。初めて見かけたと言いました。印象を聞いたら、優しげな紳士だと言ったのですが、少ししてから蛇に睨まれたカエルを見たことがあるかを尋ねられたのです」


「捕食者の蛇と、被食者のカエル。蛇に睨まれたカエルか。面白いことを言うな」


 父上が含み笑いをする。


「オーディーンメイド紹介所は最初から注目を集めていたが、飛躍的に業績が伸びたのは2年前、オッソー家の者が働き出してからのようだ。オッソー家の者は、榛色の髪に茶色の瞳と聞いたが確かか?」


 リリアンを思い出す。柔らかそうな榛色の髪を既婚者のように結い上げ、臆することなくみつめてくる瞳は茶色かった。


「はい、榛色の髪に茶色い瞳でしたが、それが何か?」


「いや、たいしたことではないのだが。……オッソー家はどの色を取り入れても、髪はくすんだ金髪に青い瞳の者が生まれると揶揄られるのを聞いたことがあってな。髪はともかく、瞳の色も違うのは違和感を感じたんだ。外国の血が入ってあっさり変わっただけかもしれないがな」


 風水の断罪。関わっていない貴族が稀であったという、その証拠にもなり得る手紙。聞いた時は、そんな恐ろしいものをなぜ後生大事に一族で守り抜いているのかと疑問を持った。


「お前たち5人は賭けにのることにしたと聞いた。タデウス、確かにあの手紙を取り戻してほしい気持ちはある。が、男爵令嬢か男爵か、はたまたそれより後ろに誰かいるのかそれもわからないが、奴らは狡猾だ。お前まで男爵令嬢に魅入られたらと思うと……」


「僕は大丈夫です、父上。僕に感情が足りないことはご存じでしょう?」


 僕は微笑った。


「足りてないわけでも、感情がないわけではないだろう? 子供たちがこれ以上傷つくのは見たくないんだ」


「ありがとうございます。やれるところまでやらせてください。殿下たちとの約束を守らせてください」


 僕は胸に手をやり首を垂れた。


「わかった。やりなさい。お前を信じる。でもいつ辞めてもいいし、自分を大切にするんだ。そして約束してくれ。あの手紙が白日の元に晒された日には、外国に行き名前を捨てて生きる、と」


「約束いたします。でも信じてください。そんな日は決してきません。僕がそうはさせません」


 まず、マテューに確かめなくては。あの日、あの茶会に派遣メイドを呼ぶことになった経緯を。

 僕を見上げて顔を歪め真摯に謝ってきた。本当に自分の考えを悔い改めようとしているように見えた。あれもすべて芝居だったのだろうか?

 そうは思いたくないが、すべての可能性を潰していかなければ。


 僕の友と僕の家族を守るために。

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