第15話 本日のお仕事8 雛型

 怒るなら、今怒って欲しい。

 絶対、機嫌悪い。っていうか、お叱り案件なのは、わかっている。


「あの、タデウス様、戻るのが遅くなり申し訳ありません」


 階段を登りながら背中に声をかける。


「君はさっき僕から聞き出した不備を教えてやったのか?」


「……書類を見やすくするテンプレートを仮製作しておりましたところ、承諾抜けは気がつかれたようです。……寒さが長引き、木材の輸入が遅れそうだとタデウス様がこぼしてらしたことはお伝えしました」


 タデウス様が足を止め振り返る。


「君は僕があちらに不備を教えず意地が悪いと思うのかもしれないが、理由があってのことだ」


「意地が悪いとは思っていません。理由は書類を出す前にその部署内で気づいて欲しいから、ですよね?」


 タデウス様はわかっているのかと言う顔をされる。


「申し訳ありません。出過ぎたことを致しました」


「……悪いと思ってないだろう?」


 言われて気づく。


「あ、申し訳ありません。主の望まないことを勝手にしたことに対しては良くないと、申し訳なく思い、それについて申し訳ないと申し上げました」


 わたしはメイドとして出過ぎたことをした。そこはしまったと思ったし、すみませんと思った。けれど、自分のしたことを間違ったとも思っていないことに気付いて、自分で困惑する。


「すみません、のぼせ上がっていたようで、……間違ったことをしたと思わなかったんです」


 タデウス様が腕を組まれる。


「同じことが5回も繰り返されたんですよね? そこまで頑なならヒントでも出さなかったら一生進まないと思ったんです。雨季の時期に間に合わなかったら、打撃を受けるのは平民です。それにタデウス様は違いましたが、平民をばかにするようなことをおっしゃられているのも聞いたので、次は是非とも申請が通るといいと思ったんです。タデウス様たちだっていつも同じ間違いがきてもお互いにイライラするだけじゃないですか。

 でも、……それも全てわたしの驕りでした。申し訳ありません」


 そうだ、わたしは何を勘違いして、ご主人様の考えを勝手に人に伝えているのだろう。その方がいいとか、文官でもないわたしが見通せることではないのに、自分の経験の中に当てはめて良い悪いを作り上げていた。それも自分が考えたことではなく、タデウス様の考えを勝手に告げたのだ。許されることではない。

 メイドとしても失格だ。できているような気になっていただけで、わたしはしてはいけないことをしてしまった。オーディーン夫人ごめんなさい。わたしは紹介所の信用も落としたーーーー。


 とん


 肩に軽い衝撃と共に「失礼」と言葉が降ってくる。


 あれ?

 そうだ、ここ階段だった。ずらした後ろ足で体勢を取り戻そうと思ったのだが、思ったところに地面がなくわたしは余計に体勢を崩した。


 落ちる! そう思ったわたしを掴んでグイッと引っ張ってくれたのはタデウス様だった。


「大丈夫か?」


「あ、ハイ」


 び、びっくりした。階段で後ろ向きのまま落ちると思った。そのまま腕を掴まれて踊り場まであがる。


「すまない、あんなところで話していて」


 タデウス様に謝られる。


「いえ、悪かったのはわたしですし、今も助けていただきありがとうございます」


 わたしが頭を下げていると、声をかけられる。


「すみませんでした。大丈夫ですか? お怪我はありませんか?」


 ぶつかった人だろう。


「あ、大丈夫です。こちらこそお詫び申し上げます」


 と振り返りその人を見た瞬間、鳥肌が立った。

 な、何で? 何故だかわからないけれど、無性に怖い。

 見た感じ優しそうな紳士なのに。40代前半に見える、灰色の髪をした背が高く線の細い優しげな人だ。


 蛇に睨まれたカエルーー思い浮かんだ言葉は、聞いたことはあってもそんな緊迫した状態の蛇とカエルを実際見たことはない。けれど、今のわたしの状態なんじゃないかと思える。睨まれてはいないけれど、喉の奥から引きつってくる感じで恐怖が這い上がってきて体はぴくりとも動けない。視線さえ動かした途端に終わると体が確信している。何が終わるのかはわからないが。

 わたしの肩を引いて前に出たのはタデウス様で、視界が遮られやっと息ができる。


「こんなところで立ち止まり通路をふさぎ、申し訳ありませんでした。クジネ男爵様」


 タデウス様はおそらく片手を胸にやり、軽く頭を下げた。


「これはボウマー家のタデウス様に見知っていただけたとは光栄です」


 一瞬の間を置き


「それでは、失礼いたします」


 タデウス様が振り返る。めちゃくちゃ不機嫌な顔だ。


「行くぞ」


 わたしに声をかけ、再び階段を上がる。

 わたしも男爵様にお辞儀をしてタデウス様に続いた。

 胸がドキドキと大きく波打っている。


「大丈夫か? 医務室に行くか?」


 胸を押さえていたからかタデウス様に尋ねられる。


「いえ、驚いただけですので大丈夫です」


 大丈夫だけど、なんだったんだろう。なんでわたしはあの人があんなに怖かったんだろう?

 ……二度と会いたくない。

 廊下を歩き、13個目の部屋に入る。


「やはり、迷子になっていたのかい?」


 顔を上げてそうおっしゃったのは部署長様だった。


「いえ、5の部署で何やら話し込んでおりました」


 え? 迷子って言った? もしかしてわたしが迷子になったのかと思って探しにきてくれたってこと?

 余計に申し訳なくなった。


「タデウス、そうやることがあるわけでないのだから叱ったら可哀想ではないか。こんなにしょげかえって」


 うわー、さらに誤解が! でも口を出すのは憚るので、ただ下を向く。


「リリアン、さっき作っていた雛型と言ったか? を書いてみろ」


 紙を机に置き、ペンをわたしに向ける。


「申し訳ありませんでした。お許しください」


 わたしには謝るしかできない。


「いや、叱っているわけではない。見やすく分かりやすければ時間の短縮にもなる。書いてみてくれ」


 もう一度タデウス様に促されてわたしはペンをとった。

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