第10話 本日のお仕事4 炊き出し
初めての市場でテンションが上がってしまった。
わたしが普段行っているところより中央よりだからか、物価は高いが話にならないほどではない。
そして種類は豊富で、物はいい。楽しくなってきた。
22人いたので、6600バーツ集まった。そこに坊ちゃんがハンスさんとわたしの分を足してくれたので7200バーツ。
メニューは肉の丼ものとスープとサラダにしようと思う。そんなもんでしょ。わたしはハンスさんを指名したんだけど、認めず坊ちゃんがやってきた。自業自得で使わせてもらうよ、荷物持ちに。
仕事で料理の手伝いに入ったことがあるのはラッキーだった。30人分ぐらいならメイン料理人として献立を考え材料を見繕い概算を出したりとやったことがある。パーティ料理は大変過ぎて二度と携わりたくないけれど、これくらいの人数で凝ったものではなく、それもみんなで作るならなんとかいけるだろう。
ピコロのお肉が安く売っていた。塩漬けにするとおいしいんだけど、そのままだと味が入りにくいんだよね。鶏肉も売っているけれど、安くはない。その横にトンキチの切れ端肉があった。トンキチは味がいいんだよね。その分お値段も高いけれど、切れ端をまとめたものだからなのか、今日の特売なのかかなり安い。衣をつけて甘辛く煮れば、ご飯のお供にもってこいだ。
大人24人と子供4人分余裕を持って30人分とする。お肉は衣をつけて誤魔化す予定だから1人150gの計算で、100g100バーツのトンキチの切れ端肉だから30人分で4500バーツ。今日は調味料も買わないとだから、オーバーなんだよな。ってことで4.5キロも買うんだからまけてとお願いして、4300バーツにしてもらった。鶏肉の皮が避けてあったのでそれをもらった。鶏肉の皮はお肉を買った人限定で欲しい人につけてくれたりするのだ。これをスープの出汁としよう。
お米は5キロの袋で500バーツ。半分で30人分ぐらいのご飯になる。浸水時間をとれないので精米してもらった。糠付きを食べると消化ができなくてお腹を壊す家畜がいるみたいで、米屋には精米の魔具があるのだ。
坊ちゃんはわたしの買い物に一切口を挟まなかった。そして荷物は全部持ってくれる。
調味料の小さいのを買う。油、塩、酢、醤油、砂糖、小麦粉。それから清酒。
残りは野菜を買い込んだ。馬車に乗り込むと坊ちゃんが言った。
「見事だな」
「はい、7200バーツぴったりです!」
こういうの達成感があっていいんだよね。
「リリアンの家で出してくれたあれは米ですか?」
あ。
「すみません、ついわたしはいつも食べているのでお出ししてしまったのですが。でもこの米を主食としている……」
「知っています。米を主食とする国があると聞いたことがあります。そして何よりおいしかった」
「そうなんですよ。お米はおいしいし、腹持ちがいいんです!」
ふっと坊ちゃんが笑う。
力説してしまったことが恥ずかしくなった。
「笑ってすみません。力説するリリアンが可愛らしかったので」
どひゃー、何、言うね、この坊ちゃんは。
やだ、そんな攻撃は今まで受けたことがないので、絶対顔が赤くなってる。
「俺のお付きメイドなのに、買い物から献立を考えたり、料理を教えたりすることは業務から離れていますよね。それなのにあなたは一生懸命だ。どうしてですか?」
「……お腹が空いているのは、ひもじいのは、哀しくなるし、惨めに思えることですから。未来の尊い騎士様たちがお腹を空かしていてはいけません」
あの男の子たちも、小さな子たちも、お腹が空いていた。平民だったらそれでただ我慢するだけだ。一食抜くなんてよくあること。ひもじいのも、哀しくなるのも、惨めになるのも、よくあることだと思う。
坊ちゃんは貴族なのに、みんなと同じように食事を抜こうとしたり、一緒に食べる方法に乗ってくれたりする。そんな人がいるんだと思ったら嬉しくなった。
哀しいことってけっこう溢れている。そんな時に手を差し伸べてくれる人がいたり、差し伸べるまでなくても見ている人がいてくれたり。わかるよって言ってくれたり。した方は特に意味のない行動でも、してもらった方はとても救われることがある。
わたしはきっと手を差し伸べて欲しい時があった。自分から動いたり、心から祈ったり、いろいろしてみたけれど、わたしに手が差し伸べられることはなかった。
どんなに願おうが、叶わないことがある。そんな些細なことでわたしは捻くれてしまったけれど、手を差し伸べる人と差し伸べられた人を見て嬉しいと思えるぐらいは、捻くれていなかったみたいだ。
演習場に戻って、すぐにお米は浸水だ。みんなに手をよく洗ってもらって、流れを説明する。衛生面は特に気を付けることなので、遠征に行ったときの食中毒などの危険性を訴えておく。
時間のかかるものからやり始めること。主食にするこちらは浸水が大事だからと、一度洗ってからお米を研いでみせる。すすいだお水は片づけの時に使えるからバケツに入れてとっておく。外でやるときは水が大事だから、こういう水さえ惜しむのも押さえるポイントだ。手伝ってもらうことで班分けする。料理に関してはやったことがある人とない人で差はあったが、火をつけるとか、薪でお湯を沸かすとか、そういった基本的なことはみんなできたので大変使える人たちだった。
スープは鶏皮をざっと洗って塩をふり、お水から一緒に煮立てる。サラダにする野菜を洗いちぎってもらう。これは料理初心者。坊ちゃんもこの班だ。後は水切りしておけばオッケー。
次にスープの野菜と、丼肉と合わせる野菜を切っていく。野菜の切り方を教えればうまいことナイフで切っていく。
お米に塩と清酒を入れてお米を炊き出す。これ、なんですか?と質問されたけれど、秘密にしておく。精米されていたからわからなかったみたいだ。食べ終わってから告白するつもりだ。
スープが煮たってきたら、野菜を入れていく。
お肉は塩と醤油で下味をつけて、小麦粉をまぶす。これを野菜と一緒に鉄板でジュージュー焼く。いい音を立てている。醤油も入れているから水分が多いので衣が余計につく。これがカサ増やしの術で、満腹度にも貢献するのだ。衣の少ない肉天みたいになったら、そこに砂糖、醤油を入れて甘じょっぱいお肉の完成だ。
スープは塩で味を整え、ご飯は蒸らすだけ。配膳の用意だ。
ハンスさんが寮にあった食器をかき集めてきてくれた。
サラダは塩と酢と油で作ったドレッシングをかける。
スープをよそって。
ご飯が炊けたら、ご飯の上にお肉と野菜の甘辛の具を上に乗せ、丼の完成だ。
匂いにやられて、作っている途中からみんなのお腹が激しく鳴っていたので、皆ためらうことなく丼もかっ込んでくれた。最初の一口はちょっと恐る恐るだったけれど、その後は勢いよくだ。
「おいしい!」
ケイトとルトも興奮したように言った。
あっという間に完食だ。満足いく味だったようだ。よかった!
みんなで片付けて、午後の鍛錬が始まる。
お米は半分炊いた。残りは次の時のために残すか、それとも炊いておいて鍛錬の後に食べるか聞いてみたら鍛錬の後に食べたいというので、ご飯をもう一度炊いた。それを塩むすびにしていく。子供たちも手伝ってくれた。
鍛錬が終わり、みんなが先生役の坊ちゃんに胸に手を当てお辞儀をした。
坊ちゃんも胸に手を当てそれにこたえる。
お茶を大量に作って冷ましておいたので、それをみんなに配る。塩むすびは食べたい人に食べてもらうスタイルだ。って、みんな手を伸ばしている。
「これは、うまいな。これ、なんなんだ?」
「おれ、わかったかも。これ、もしかして」
「米です。これを主食にしている国もあるんですよ。安いし、おいしいのでわたしは毎日食べてます」
ぶっちゃけると、みんな一瞬唖然としたが、でもそれでもうまいなと話は落ち着いた。
おにぎりを食べながら、あの動きは何に効くんだとかそういうことを坊ちゃんに聞きまくっている。
「皆さん、聞きすぎです。少しは考えないと」
「考える?」
「皆さんは上官が言ったことを1から10まで説明してもらうつもりなんですか? 他の国に行った時に、どういう意味ですかなんて聞けませんよ? そういうのを推察したり、考えたり、判断するのも全部訓練ですよ」
わたしがそういうと、みんな押し黙ってしまった。
あれ? 突っかかってくると思ったのに。
「あんた明日も来るのか?」
「明日は来ません」
「えー、お姉ちゃん、明日来ないの?」
すがるようにみんなが坊ちゃんを見上げる。
「リリアンは明日は違う仕事が入っているんだ」
「じゃあ、炊き出しは無理か」
「今日やったことを同じようにやればいいんですよ」
「それはそうだが、献立を決めたり、買い出しは無理だ」
坊ちゃんが両手をあげた。
「そうですね、ちゃんとした食事は難しいかもしれませんが、……ではじゃがバターはどうでしょう」
「じゃがバター?」
「はい、買うのはじゃがいもとバター。じゃがいもを食べる数買ってきて、じゃがいもは洗って茹でます。串がスーッと入る柔らかさになったら出来上がりです。じゃがいもを割ってそこにバターをひとかけら落とします。じゃがいもは食べたいだけ。バターは一つに対して10グラムぐらいでいいと思います」
蒸すのがいいけど、最初は茹でるもいいだろう。
「おむすびという手もありますね」
「おむすび、私できる」
ケイトが手をあげた。
「そっか。米が炊けたら、それだけでもいいのか」
「あ、お米は精米してもらってきてくださいね。お米を浸水させることが大事ですからね」
とお米の研ぎ方と浸水時間をもう一度説いておいた。
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