第9話 本日のお仕事3 騎士への道
「マテュー様。マテュー様も体を作り込んできたんですか?」
「うちは兄たちも騎士を目指しているから、小さい頃から生活に組み込まれていたんだ」
坊ちゃんの家はお父さんが総騎士団長だから、そりゃそうだろうなと思う。
「おれたちは体づくりも一軍に達してないってことか」
のきなみしょげかえったので驚いたが、そうか彼らは体力は貴族の坊ちゃんなんかに負けないって自負があったのかもしれない。悪いことをした。そんな思想を先ほど思いきり潰してしまった。
「マテュー様は今からでも一軍にいかれた方がいいのではないですか? 一軍と二軍で試合をするんですよ。剣を持ったことのないおれたちが勝てるとは思いません。マテュー様が不利になっちまう」
わたしはギョッとする。え、不利になっちゃうの?
「査定はされるが、試合の勝ち負けが基準になるわけではない。それにどこにいようが評価されないのなら、それは俺の力が達してないそれだけのことだ」
坊ちゃんはなかなか潔い。それに女性に対する云々もおうちで言われてきたことなんだろう、精神的にも騎士道をマスターしているんじゃないかと思えた。さっきの体づくりの数々にしても、素人目で見ても坊ちゃんは群を抜いているし、余裕がある。反射神経を試すようなあれだって、どんな動きも見えているようだった。そして二軍の彼らからもすでに慕われているようだ。
うん、上の人たちの目が節穴でなければ、この二軍にいようと坊ちゃんは合格するだろう。
素人考えだけど、彼には騎士になって欲しいと思えるし、なるだろうと確信に近く思える。
心配なのは他の人たちだ。どれくらいの合格率なのかも知らないけれど、貴族の坊ちゃんたちより不利なのは間違いない。
「勝つまでいかなくても、簡単に負けたくねーな」
誰かが呟く。
「なー、ねーちゃん。兄ちゃんたちは騎士になれねーの?」
「……試験に合格できないと騎士にはなれないみたい」
「どうしたら合格できる?」
「ごめん、わたし騎士様についてほとんど知らないの」
すがるように尋ねてきた男の子の瞳が潤む。
坊ちゃんがやってきた。屈んで少年と目の高さを合わせる。
「試験を受けて合格ラインに届けば合格となる。そのラインは毎年異なるし、基準は受け入れる方しかわからないことなんだ」
「マテュー様は毎年どんな試験があったのか、ご存知なのですか?」
わたしが尋ねると、坊ちゃんは立ち上がる。
「兄たちがいるから、去年と一昨年のは知っている」
「どんな試験だったんですか?」
見習い騎士たちが瞳をキラキラ輝かせて聞いた。これはもう、わたしの虎の巻になるのではの意味合いで聞いたのと違い、純粋に試験さえも憧れの対象になっている感じだ。期待に満ちたみんなに、坊ちゃんは試験の内容を話して聞かせた。
一般常識を持ち合わせているかみるためと、騎士道を理解しているかのような筆記試験。実技は体力、持久力、判断力、理解力、反射神経などをチェックするための試験だと思わせるものだった。それから個人個人で能力を上げることも必要だが、大きなことを成し遂げるにはチームワークというものが必要になってくる。それをみているんじゃないかなという試験もあったので、二軍はそこは有利なのではと思えた。
「ランニング10周ですか、おれそんな長く早く走れない!」
「打ち合いなんてやったことない、無理だ」
「そんな試験でいきなりやれって言われたって」
頭を抱えている。
「足が早くないと騎士にはなれないの?」
ケイトがわたしのスカートをツンツン引っ張りながら聞いてくる。
「騎士はみんなも自分も守る必要があるわ。だから足が遅いより早い方が助けられる可能性も広がるし、自分の助けにもなると思う。でも、足の速さだけが騎士に大切ってことはないと思うよ」
小さい声でケイトに伝えたつもりだが、視線を一気に集めていた。ハッとする。
メイドがご主人様をおいて誰かと話すなどあってはならない。屋外で気が緩んでいたようだ。
「早くなくてもか?」
ケイトのお兄さんの不安そうな顔に、わたしはちらりと坊ちゃんを見た。
「普通に話してくれてかまわない」
出しゃばりすぎと思いつつ、オーケーをいただいたので、言わせていただく。
「ランニングであるなら、そこまで早く走る必要はないと思います。どちらかというと同じ速さでその距離を持たせられるかが要なんだと思います」
坊ちゃんが頷く。
「俺もそう思う。持久力、最後までやり抜く、そういうところを見る試験なのだと思う」
「そっか。落とすために篩ふるいに掛けるわけではなくて、適性を見定めるのが試験、なのか」
そこを思い出せれば、彼らはもう大丈夫だろう。一軍と二軍で、貴族と平民に分けられ、気持ちが萎縮して試験に対して懐疑的になっていたんだろうからね。
「あの、マテュー様。体力や持久力もですが、その他の試験の対策というか、強くなるような体の鍛え方をご存知でしょうか?」
おずおずと赤髪の男の子が丁寧な言葉遣いで坊ちゃんに尋ねた。
「そうだな、体力づくりは毎日やっている訓練を手を抜かずに、できれば夕方にもやるといい。一度にやろうとすると体が悲鳴をあげるだけだから、少しずつ増やしていくのが理想だ。今日やった相手の出方を見極める手を捕まえる、あれもいろいろな強みになるいい訓練だと思う」
「あの、マテュー様。それらをおれたちに教えていただくことはできませんか?」
「俺もお前らと一緒で、ただの騎士見習いだぞ」
男の子たちがそれでもという感じで「お願いします」と頭を下げた。
「確か申請すれば、午後も演習場を使えるはずだ。自主練するか?」
うおーと沸き立ったので、わたしと子供たちは一様にビクッとした。
午後から用事がある子もいるので、やりたい人だけで自主練をするそうだ。
グーーーー。
けっこう大きなお音がして、坊ちゃんがお腹をさする。
すると連鎖かとツッコミたくなるぐらいに、男の子たちのお腹がなった。
そりゃそうだよね、体動かしたんだもん。
小さく子供たちからもお腹のなる音がする。
「申請に行ってくる」
と坊ちゃんが歩き出したので、わたしとハンスさんもついていく。
「マテュー様、お昼を召し上がってからにされては?」
ハンスさんが声をかける。
わたしもそれがいいと思った。
「いや、あいつらも食べないだろうからな」
みんなが裕福というわけではない。試験までの間、地方から出てきて寮で暮らす人もいる。彼らは王都では物があまりにも高くて、特に食事に関しては困っているようだ。だから朝、晩だけ食べて昼はとっていないそうだ。寮には自炊できるようなキッチンがあるので、安いものを買ってきて料理し、それで食いつないでいるらしい。
それは切ないな。いつもだったら決して口を出さないが、お腹が空いている人がいるのは酷く落ち着かない。
「……でしたら、皆で炊き出しの練習をするのはいかがでしょう?」
「炊き出しの練習?」
「はい、騎士の皆様は遠征に出たときには自炊なさるのではありませんか? その一環として、今から食事を作る練習をするのです。チームワークというか団結力や協調性を養うことにもなりますし」
わたしが告げると坊ちゃんは少し考え込んだ。
「……材料を俺が用意したら、あいつらは施しを受けたと思うだろう」
「そうですね。地方では外食をしたら一回につき500バーツぐらいでしょうか? 参加者には300バーツお支払いいただき、何人か参加されないとしても20人集まれば6000バーツになります。よろしければわたしが材料を買って参ります。寮があり食事の用意ができるのならば、炊き出しができる道具はあるのではないかと思います。お鍋など買わなくてよければ、6000バーツであの子供たちも含めた全員がお腹いっぱいになるぐらいのものを皆で作れると思います」
申請をしてから演習場に戻り、坊ちゃんが炊き出しのことを話してみると、みんな興奮して頷く。300バーツでご飯が食べられるのは魅力的ということだ。王都で食事をするとしたらやっすい所でも1000バーツはするからね。
寮のキッチンを見にいくとなかなか立派だった。全員にご飯を提供していたこともあるのではないかと思えるほど道具は揃っている。自炊で使う人たちは小さい鍋しか使わないみたいで洗ってあったのはそれだけだけど。ハンスさん主導で炊き出し道具の用意を任せ、わたしは坊ちゃんと市場に赴いた。
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