3-6 制服を着て雲の写真を撮りノルマを達成する

シャラに見せられないものをなんとか回避し、

八上たちは同人ショップを出た。


物が多く、店が地下にあったこともあり、

八上は開放感で大きく深呼吸する。


「我が娘よ~、他に興味のあるところ、

行きたいところはあるかね~」


十四時はランナーズハイになっているかのような、

同人イベントで本を買い漁っているときのような、

高めのテンションでシャラに聞いた。


シャラは目線を斜め上にして考えているような、

何かを探しているような動きを見せてから言う。


「そらが見たいです」


「ソラちゃん?」

「空ってスカイの方か?」


「八上さんの言う方ですね。

ああ、でも十四時ママが名前を出してくれたように、

ソラちゃんに関係あることだよ」


シャラは十四時を慌てて

フォローするように言ってから、理由を説明する。


「ソラちゃんの、へんてこな雲を紹介したり、

雲から天気を予想したりする配信に送る写真を撮りたいんです。

シャッターボタンはわたしが押すので、

八上さんはお空に向けてスマホを向けてほしいなって」


「ああ、そんなことならいくらでも」


恐縮気味にシャラは言ったが、

八上からすれば楽過ぎる仕事だと感じ、

穏やかに答えた。

十四時はソレを聞いてシャラに目を向ける。


「おっ、我が娘はそこからスマホのシャッター切れるの?」

「あ、えっと――」


「今はリモート操作みたいなので繋いでるんで、

シャラの方から色々操作できます」


十四時の何気ない質問にシャラは戸惑うも、

八上は即座にフォローした。

十四時は『なるほど』とあっさり認めて、うなずく。


「それなら、ソラちゃんのリクエスト通り

制服に着替えたらどう~?

あ~しも見たいな~」


いやらしい目と声で十四時はシャラに語りかけた。

八上はすぐにシャラのスマホを十四時から奪う。


「アキバっていうか都会だと、

上に向けてもあまり空は見えんな。

歩行者天国のある曜日だったら

もうちょっと良い位置取りできるかもしれんが、

今日は平日か」


何事もなかったかのように八上は、

シャラのスマホと自分の顔を上に向けた。

シャラも自分の見える範囲で

キョロキョロとおもしろそうな雲を探しているようだ。


「あ~しのことおざなりにしていいのかな~。

アキバから空の見えるいいスポット、あ~しは知ってるよ~」


十四時は悪巧みをするようなと流し目でこちらを見てきた。

対して八上も細い横目で返す。


「普段仕事とかで家からでないのに、

本当に知ってるんですか?」


「もっちろん~。

絵を描くのにロケハンは必要だからね~。

それでいてアキバを使えば家を特定されることもないし、

みんなアキバが好きで見てもらえると、

良いことばかりだよ~」


「なるほど。

さすが十四時ママ。教えてほしいな」


「いやぁ、娘に褒められるのは嬉しいねぇ~。

こっちだよ~」


シャラにおだてられて、

十四時は照れくさそうに頭をかいて歩き始めた。


シャラはウキウキ体を動かしている。

八上は当然シャラと同じテンションには慣れず、

渋々な足取りで十四時のあとについていく。


十四時の向かったのは秋葉原駅のある方向だ。

ビルが多く、電車の走る高架もあるので、

空は逆に隠れているように八上には見える。


駅前にある22階建てで

大きなモニターのあるビルが見えてきた。

ビルと駅の出入り口をつなぐ歩道橋を登ると、

ビルを背にして十四時は空を指さす。


「ここ! 同人イベントの帰りに見た夕焼けが

キレイでよく覚えてたんだ~」


「おお~」

「確かにちょうど空が見えるな」


シャラは口を丸くして、

八上も納得して空を見上げた。

八上はシャラのスマホを、

シャラの見たそうな角度に傾ける。


「だが天気が良すぎて雲が見えないな……」


「雲あったよ!

赤とか緑とか青とかあるとこ!」


子供のような声をシャラは上げた。

八上はシャラの言う方向にスマホと顔を向ける。


「赤とか緑とか青?

携帯怪獣の新作はシアンとマゼンダじゃ、

あれ朱色と紫だったかな?」

「家電量販店の広告の右です」


「さっすが八上マネージャー、

よくそれで分かったね……」


八上とシャラのやりとりに理解が遅れたからか、

お腹いっぱいと感じたからか、

十四時は肩をすくめた。


「マネージャーなんで分かります。

ってもスマホのカメラじゃあまり写らない気がするな。

移動するか?」


「あの雲、十四時ママのメガネみたいに見えるなって。

多分ここから撮らないと形変わっちゃうかもしれないので、

ここから撮ります」


「分かった」


「八上マネージャーもメガネみたいに雲が見えたの?

さっすが八上マネージャー、

シャラとのシンクロ率が違うね~」


「いいえ、分かってるのはシャラのしたいことだけで、

シャラの言うように俺には見えてないです」


八上は淡々と言いながらスマホを掲げた。

シャラがスマホのカメラを起動しつつ自信アリげに言う。


「写真にしたら八上さんも十四時ママも分かりますって。

八上さんもうちょっと下に傾けてもらえます?」


シャラの言う通り八上はスマホを動かした。

それでよかったようでシャッターを切る(音を再現した)音がなる。


「撮れました。

おふたりともありがとうございます」


ウッキウキの声でシャラは礼を言った。

画面はカメラからシャラの姿に戻る。


「ソラちゃんのリクエスト通り、

新しい衣装で取りましたよ」


「いいね~。JKの格好した我が娘が、

学校の帰りに撮ったって気がするよ~」


「十四時先生、そういうのは写真見てから言ってください。

いえ、そもそもおじさんくさい発言はやめてください。

おじさんは弊社Vタレントひとりで間に合ってます」


ニヤニヤしながら言う十四時に、

八上はそう言い放った。

シャラはまたクスクスと笑う。


「どんな写真かはソラちゃんの配信見て確認してほしいな。

八上さんもそれまで確認しちゃダメだよ?

あ、でもこういうときマネージャーチェックは必要かな?」


「なら念のため見ておくか。

スマホ操作するぞ」


八上は断ってからシャラのスマホを動かし始めた。

ファイルを管理するアプリを開らくと、操作する手が止まる。


「なんか容量がいっぱいだな。

スマホから警告が出るギリギリの空き容量しかない気がする」


疑問を何気なく口にした。

八上はシャラの顔を見るために画面をアバターのアプリに戻す。


「八上マネージャーが、

推しのスクショを撮りすぎたとかじゃないんですか~」


「これはそういう用のスマホじゃないので」


十四時のからかう言葉を八上はサラッと流した。

ウソはついてないが、真実を伝えていない返しで、

シャラの魂や電子生命体うんうんを疑われるようなことはないはず。


なのにシャラはなんだか隠し事をしているように目を泳がせていた。

八上はシャラの目の向く方に首を傾げる。


「どうした、シャラ?」


「あ、いえ、なんでもないよ、なんでも」


(なんか知ってるな、シャラは)


八上はそう思いつつも、

それ以上聞かずに写真のチェックのためにアプリを切り替えた。


写真を拡大しても写ってはまずいものもないし、

逆に主題である雲もあまり写ってない。


「写真は問題なさそうだ。

あとでソラに送っていいぞ」


シャラにそう伝えた八上は、

スマホの操作をシャラに返した。


容量についてはすぐに調べることもできた。

だがシャラを構成するファイルをむやみに見るのはよくないと思った八上は、

一旦見なかったことにしておく。


(本当に必要なら、シャラの方から話すだろう)



「ノルマ達成」


シャラがそうつぶやくと、シャラのスマホの画面に、

バッテリーが減っているとOSからメッセージが出ていた。


Vチューバーが世に広まって間もない頃、

配信に夢中になった多くのVチューバーがやっていた充電し忘れ。

毎回の配信で起こるので、

いつの間にか『ノルマ』なんて呼ばれるようになった。


八上はそれを聞いてすぐに、

バッグからモバイルバッテリーを出そうとしたが、


「もうないな。

さすがに通話とブルートゥースつけっぱなしは

バッテリーが持たないか)


そう言ってバッグを閉じた。


「じゃあ今日はこれでお開きかな~。

実はあ~しもバッテリー切れで……」


十四時はそう言ってヘロヘロした動きを見せた。

わざとらしいが本当に疲れているのだろう。


「ありがとう、十四時ママ」


「Vチューバーの企画みたいで、

あ~しも楽しかったよ~。お疲れ様~」


手を振って十四時は浅草方面に歩いていった。

十四時の丸い背中が見えなくなるまで八上とシャラは見送る。


「さて、帰るか」

「うん。八上さんも時間を作ってくれて、ありがとう」


「シャラの雑談配信の話題になればと思って提案しただけで、

仕事みたいなもんだ。

まあ楽しかったことは楽しかったけどな」


自分で言っておいてツンデレ風味な発言だと思い、

八上は目をそらした。

傾き始めた日が、ビルに阻まれて秋葉原の街に影を作り出したのが見える。


「それはよかった。

Vチューバーはひとを楽しませる存在だから、

どんなときでも誰かを楽しませることができたらうれしいなって」


思わぬことをシャラに言われて、

八上は夕日に細めた目を少し開いた。


(今はオフみたいなもんだし、

打ち合わせとかってつもりもない。

だけどシャラは、配信してなくても

Vチューバーとしてここにいると思っているわけか。

プロ意識とはまた違う、根っからの、

まさに魂からのVチューバーなんだな)


「あ、わたし変なこと言っちゃいました?」


シャラは慌てて聞くと八上はやんわりと首を振った。


「いいや、嬉しいことを言ってくれたから、

ちょっと驚いただけだ」


(シャラは生まれながらのVチューバーで、

これだけの考えを持っているなら、

俺の望んだ『Vチューバー』はシャラなのかもしれないな)


そう思うと八上は高揚感を覚え、

自然と足が早くなった。


八上の返事を聞いて、

シャラはほっと一息ついたような動きを見せる。


「だったらまた、

今日みたいに外に連れ出してほしいな?

わたしは電子生命体だから、みんなと同じ景色を見て、

いっしょに歩くことはできないって思ってたの。

でもでも、こういう形でならできるなって」


「ああ、もちろんだ。

シャラの活動のためでもあるからな」


八上はまた照れくさくて

ツンデレみのある言い方をしてしまった。

シャラはコクコクとうなずいて、

少し遠くを見るような目になる。


「リッカちゃんたちとも、

こんなふうにお出かけしたいな……」


「そうだな。遠くない未来にそうなるよう、

俺も社長もがんばってみるからな」


励ますように、

自分に言い聞かせるように八上は言った。

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