3-5 VTuberから見た同人ショップ

「ここはあ~しの仲間が

正社員として働いてるんで顔を利かせられるよ~。

ちょっち交渉してくるね~」


そんなことを言いながら十四時は

地下にある同人ショップの中へ行った。


スマホの予備バッテリーの重さから開放されたからか、

十四時の足取りは軽い。


「なんか、独特の雰囲気を感じる。

ううん、わたしに触って分かる感覚があるわけじゃないんだけど、

音とか絵柄とか……」


シャラは感想をつぶやきながら目を泳がせていた。


ショップの入り口にもかかわらず店内のBGMが聞こえ、

新作やイベントなどのチラシが店先まで溢れている。


さらにこの入り口にも

同人特有のルートで流通するグッズのクレーンゲームがあった。

たまにVチューバーのぬいぐるみや、

おっぱいマウスパッドも景品になっている。


今はおっぱいマウスパッドがなく、

八上は安心してシャラのスマホを向けられていた。

そんな八上も目を泳がせつつシャラに答える。


「言いたいことは分かる。

同人ショップはアニメショップとは似て非なるモノだからな」


「八上さんも通うの?」

「いや、久しぶりに来た。

マネージャーになる前は推しの同人誌を探しに来てたんだが」


寂ししそうな声で八上は目線を落として答えた。

推しが活動を休止すれば本も出なくなる。

であればショップに通ったり通販サイトをチェックすることも減る。


「八上さんのほしい本、でなくなっちゃったんだね。

わたしはまだそういう経験したことないけど、

辛いことななんとなく分かるよ」


シャラは全肯定ASMR音声のような

とても優しい声で八上に語りかけた。

八上はハッと顔を上げてシャラのスマホに向き合う。


「すまない。確かに本を探すことはなくなったが、

今は他のことで忙しくなったってのも理由のひとつだ。

俺が忙しいのは基本事務所やシャラたちにとっていいことだから

気にしないでほしい」


「おまたせしました~。

シャラのカメラつけて入店オッケーもらったよ~」


そんな話をしていると、

地下に通じる階段を大変そうに登りながら十四時が戻ってきた。

八上は本当に許可を取ってきたことに苦笑いする。

シャラは興味津々で言う。


「行こ」

「ああ、ただしカメラは俺が持つ。

万が一があるからな」


八上は念押しするように言った。

十四時は素直にうなずくが、

シャラはやや不思議そうに首を傾げる。


階段を降りるとチラシ、ポスター、同人誌、

同人音楽に同人ゲーム、

グッズにフィギュアが否応なしに目に入った。


シャラが入ってくることを告げたからか、

店内の騒がしいBGMは音量が抑えられている。


「すごーい。ファンアートが壁一面に貼り付けられたみたい」


シャラは文字通り新しい世界を見ているかのように

黄色い声で感想を漏らし、目を輝かせている。


実際目を輝かせる差分があるので

シャラの目には文字通り光が灯っている。


「いやぁ、差分の有効活用されててママ冥利に尽きる~」

「十四時ママの本はあるの?」


「残念ながら今はないんだよね~。

あ、でもでも、ちゃんと脱稿したからイベントの日には並ぶよ~。

しかもシャラのデザイン資料!

事務所公認!」


答えながら十四時は

自分の本のない新刊コーナーを見せびらかした。

今は他所の箱(事務所)のVチューバーの本がずらりと並ぶ。


「わたしを書いた本が並ぶ……。

嬉しいはずなんだけど、

ちょっと恥ずかしいような」


「初めてファンアート書いてもらったみたいな

リアクションしちゃって~、

我が娘かわいい」


十四時はニヨニヨしながら

シャラのスマホを覗き込んだ。

八上は真顔でそのやり取りを見て考える。


(ソノミンは本が出るって言っても、

リアクションが軽くて恥ずかしさは微塵もなかった。

でもシャラは恥ずかしがるのか。

このシャラにとっては本当に自分の体だから当然か)


「ほ、他にはどういう本があるの?」


シャラは恥ずかしさから逃れるように話題を変えた。

十四時はそんなシャラも愛らしいと感じているように笑いながら答える。


「二次創作がほとんどって印象あるけど~、

最近はオリジナルとか、あ~しみたいな

お仕事の副産物を本にしたっていうのもあるね~。

あとは『あっち系』なのとか」


「どういうの?」

「十四時先生、変なのは見せないように」


「同人誌なんて変なのばっかりだよ~。

変人じゃないVチューバーがいないのと同じ~。

重箱の隅を拡大表示したような評論本とか、

理解に苦しむ本とか」


「ああ、そういう『あっち系』か」

八上は安心して十四時の案内についていった。


シャラは目線を上にして聞く。

「他にどういう『あっち系』があるの?」


「まあ、いろいろある。

例えばこの『日本全国の電話ボックス』を撮影した写真集とか」


ぱっと目に入ったので

八上はシャラに本の表紙を見せた。


シャラは文字通り違う世界を見たように

目を丸くして見つめる。


「いやぁ、こういうのは、

ノスタルジーとかまだまだ分かりやすい表現かな~。

あ~しはこういうロマンがよく分かるけど、

本当に分からないものがあるよ~」


十四時は言いながら本を取って八上とシャラに見せた。

八上は十四時との感覚の違いに眉をひそめる。


「割れた石畳や古い石垣とか、

それこそノスタルジーとかパワーストーン扱いとか、

アスファルトを見て落ち着くようなものじゃないですか。

普通の感覚です」


「八上マネージャーはこれを一般的と申しますか~。

我が娘はどう思う~」


「えっと、わたしはどっちも分からないかな……」


シャラは十四時のフリに苦笑いを見せた。

八上は目を細めてつぶやく。


「そりゃそうだろう」


(俺達にとって普通の光景でもシャラにとっては新鮮なんだ。

こんなところまで見るようになるには、

まだまだ成長が必要だろうな。

いや、あんま変なのにハマってはほしくないが)


「あっ、あの赤いカーテンの向こうって、

なんのコーナー?」


シャラは本当に純粋で、

好奇心を持った子供のような声で言った。


対して八上と十四時は肩を大きく震えさせる。


「えっ? すごい揺れたけどどうしたの?」


八上の肩の揺れはシャラにも分かったようだ。

大騒ぎするSNSの状況を確認するような声で聞いてくる。


わざわざカーテンで仕切られたあの先には、

購入に年齢制限のかかる物が置いてあった。


同人誌と言えば『あっち系』と間違った認識をされる程度には、

年齢制限のかかる本は存在しているし、

需要も供給もある。


「いや、なんでもないし、シャラにはまだ早い」


このシャラが電子生命体として生まれたのは

本当にこの前のこと。


Vチューバーで年齢一桁は珍しくないが、

年齢にすると一桁どころか〇歳だ。


ソノミンと情報や一部の記憶を共有し、

学習をして、大人と同じように話ができるとはいえ、

こういった刺激の強いものを見せるのは早すぎる。


八上は建前やお決まりの言い訳ではなく、

本当に『早い』思って言った。


「八上マネージャーと同意見、

いや、我が娘シャラは本物の清楚!

だから、こういうのはママとしてちょっと~」


十四時はおどおどしながら、

気まずそうな声で言った。

もちろん八上の言葉の意図も、

十四時の気持ちもシャラは分からず、首を傾げる。


「なにかあるんですか?

見せてほしいです」


「十四時先生の言うように

『真の清楚』路線のシャラは見なくてもいいな。

もし下手に教えでもしたら、

リッカが失神するか卒業するか俺が後ろから刺されるか」


「なんでリッカちゃんが関係あるんですか?」


「とにかく、シャラは十四時先生の本を気にしてくれればいい。

バーチャル売り子の件も、問題がないか社長と話し合っておく」


「やった~。言質取ったよ~。

我が娘よ、今の八上マネージャーの言葉覚えておいて~」


「う、うん」

八上はとりあえず話題をそらすことに成功したので、

ホッと一息ついた。

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