3-4 シャラの憧れは舞踏会ではなく・・・?

それから十四時に案内されるがまま、

八上とシャラは秋葉原の街を歩いた。


平日ながらもひとは多く、

店の表には様々な音楽や映像が流れている。


たくさんの聞き慣れない音とモノに、

シャラの目と耳は忙しそうに動いていた。


「秋葉原ってあまり来たことなかったから、新鮮かも」


「前にも我が娘はそう言ってたね~。

これを機に、なにかにハマって見るのもいいかもしれないよ~。

アキバといえばアニメ!

さっきの明神様も合わせて聖地オブ聖地!」


「アキバといえば電気街っていうんだし、

電化製品、主にパソコンとかスマホにタブレット、VR機器です。

この前シャラに買ったメモリとグラボもここで買ったんだぞ」


十四時の言葉に八上は反論し、

シャラにも話題を振った。


ちょうど目の前には新しいパソコンが、

有名Vチューバーのゲーム実況を流している。


「Vチューバーなのにパソコンのこと疎くて……。

これ、高いかな?」


シャラは自信なさげに言いながら、

2TBのSSDの値段を見た。

価値の分からない美術品を見るような目をしている。


「Vチューバー始めるまで、

パソコンも持ったことなかった子もいるくらいだし~、

シャラみたいな子は珍しくないよ~」


「そ、そうなんだ……。

わたしだけじゃないって思ったらちょっと安心かな?」


フォローとして言われた十四時の言葉に、

シャラは気を使ったような声で答えた。

八上はその様子に眉をひそめる。


(シャラは、電子生命体なのにパソコンとかに詳しくない、

って言いたかったのか?)


そう思って八上は別のフォローを考える。


「シャラは気にする必要ないぞ。

難しいことは俺や社長に任せればいい。

シャラはVチューバーの活動を楽しんで、

配信機材で困ったら聞いてくれればいいからな」


八上がそう言うとシャラはポっと口を丸くして、

上目遣いで礼を言う。


「ありがとう、八上さん」


「そうだね~。

面倒事があれば八上マネージャーに押し付ければいいんだよね~。

あ~しもほしいいなぁ、マネージャー」


「マネージャーは雑用係じゃありません」


眉のひそんだ顔を十四時に向けて、

八上は硬い声で言った。

シャラはクスクスとおもしろそうに笑う。


 十四時は残念そうに肩をすくめてまた足を進めた。

「せめてイベントの売り子だけでもやってくれればなー」


「イベントって同人誌出すイベント?」

「そうそうそうそうそうそうそうそうそうそうそうそうそうそうそうそう」


シャラが何気ない声で聞くと、

十四時はマイナージャンルの同人誌を見つけたようなリアクションで

シャラに答えた。シャラは可動域の限り首を引く。


「それはちょっと――」

八上は『事務所的にさせたくない』ではなく

『物理的にできない』と目を細めた。


シャラも当然それはわかっているので申し訳無さそうな顔をした。

対して十四時はカフェにでも誘うような口ぶりで言う。


「我が娘に、家を圧迫する

クソ重ダンボールは持たせないって~。

八上マネージャーは雑用荷物持ち、

我が娘はバーチャル売り子をしてほしいな~」


「ああ、そういう」


安心した八上は止まっていた息を鼻からゆっくり吐いて、

呆れたように見せた。

それならば今やっているのと同じ形式になるし、

シャラのスマホでなくてもできるだろう。

会場の通信状態に依存するが、

よほど地方で開催されない限りは今どきは

だいたい安定していると八上は聞いている。とはいえ、


「個人勢ながらともかく、

企業Vはできるか怪しいです」


八上は硬い声できっぱり言った。


多くのVチューバーの二次創作は認められている。

フェアリーテイルも例外ではなく、

ホームページにはガイドラインがある。

なので企業系Vチューバーに属する。

個人勢ならともかくとして、

おいそれと二次創作の場に顔をだすのは、界隈のマナー、

イベントのルールや理念などの問題がぶつかる。


「行ってみたいな……」


それらを分かってか分からずなのか、

シャラはぼそっとつぶやいた。

白雪姫モチーフのデザインなのに、

舞踏会に憧れるシンデレラのようなシャラの声を聞いて、

八上の心は揺らぐ。


それは十四時も同じでニヤリと笑みを見せる。


「さっそく雰囲気を味わってみる~?」

「だから企業Vなので……」


「なにもイベントに直行ってわけじゃないよ~。

今やってるわけないじゃないですか~。

でもでも、それに近い場はあるっしょ?」


十四時は神の一手でも指すように

同人ショップの看板を指差した。

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