3-3 虚無おじ手法

「シャラ、明日昼から空いてるよな?」


配信が終わったシャラに、

八上はそんなことを聞いた。

シャラはキョトンとしつつ答える。


「うん……って、わたしのスケジュールは、

八上さんが管理してるんだよ。

わたしはここから動けないし、

わざわざ聞かなくてもいいんじゃ」


「いや、ちゃんと確認する。

プライベートは守らないといけないからな。

最近リッカとゲームしたりしてるんだろう?

そういうのの邪魔したくない」


八上はきっぱりと言った。

シャラはまたキョトンとしてから、

顔を下に向け、八上に上目遣いで答える。


「わたしのこと、ちゃんと考えてくださって、

ありがとうございます。

それでも明日は予定がなかったので、大丈夫ですよ」


「なら、出かけるぞ」

「ええ!? どうやって?」


「俺のスケジュールも空ける。

明日の日中の仕事はこれから片すからな」


「じゃなくて!

わたしそちらの世界に行けないよ!」


シャラは珍しく声を大きくして言った。

疑問を持ちつつも、知らない場所への興味が

隠してないように八上には見える。


「確かに。だけど見聞きすることはできるはず。

通話を繋いでなくてもこちらの声は聞こえてるらしいし、

カメラ機能を使えばこちらを見れたりしないか?」


八上はシャラのスマホを手に取り、

カメラを自分に向けた。


「あ、見えました。

言われるまでカメラのことすっかり忘れてましたね」


「俺もだ。ソラやアスナのコメントを見るまで出てこなかった」


そう言いながら八上は

スマホのカメラに向かって笑った。

シャラもおかしそうにクスクスと笑う。


「俺がシャラのスマホを外に持ち出して、

シャラはスマホのマイクとカメラで外を見聞きすれば、

アスナの言う『実質散歩』が

可能になるんじゃないかって思ったんだ。

シャラが良ければこれで出かけようと思う」


「はい、よろしくお願いします」


遠足を楽しみにする子供のような声で、シャラは答えた。



次の日八上は出張用のバッグを持って出社した。

それを見るなりシャラは不思議そうな顔を見せる。


「八上さん、バッグが重そうだけど、なに入ってるの?」


「ああ、モバイルバッテリーだ。

自分用と会社用のをかき集めて来たんだ。

お弁当みたいなもんだと思ってくれ」


「お弁当? 八上さんの?」

シャラのボケた答えに、八上は思わず笑いが溢れた。


「俺は電気を食べるタイプの人間じゃないぞ。

もちろんシャラの弁当ってわけでもない。


シャラのスマホに使うためだ。

もし外で充電が切れたら

シャラになにがあるか分からないからな」


八上は言いながら

スマホのUSBコードをパソコンから外した。

接続が外れた音がしたからか、

シャラは不思議そうに上を見る。


次に八上はワイヤレスイヤホンを出して耳につけた。

シャラのスマホを操作して

ブルートゥースの設定をする。


「シャラ、なにか喋ってみてくれ」


「カガミヨカガミ、コノヨデイチバンウツクシイノハダーレ?」


とっさに出てきたのは

地方のマイナーゆるキャラみたいな声だった。

八上のうなずいた首が傾く。


「聞こえるな。

だがなんで魔女のセリフなんだ?

シャラは白雪姫だろ」


「えっと、とっさに

白雪姫のセリフって思いつかなくって」


シャラは苦笑いで答えた。

八上はパソコンの電源を落としながらうなずく。


「……確かに。まあいいや。

それよりもシャラは行きたいところとかあるか?

具体的な場所名じゃなくても

『こんな感じの場所』とか

『見たいもの』でもいい」


「それも特に思いつかなくて……。

まずは八上さんにお任せするね」


「分かった。

とりあえず有名スポットみたいなのを見に行こうか」


八上はスマホのカメラを前に向けながら歩き始めた。



外に出ると思ったより眩しいと感じて、

八上は目を細めた。

シャラを映すスマホの画面も

自動調整機能で明るさが最大になっている。


「シャラ、どうだ? ちゃんと見えてるか?」


「お外すごい明るい!」


キャッキャした声でシャラは答えた。

新鮮なものばかりで

どれを見ようか目移りしているみたいだ。

キョロキョロと顔があっちこっち向いている。


「マップアプリで

事務所の近くを見たことがあるけど、

こうして実際に見てみると全然違う!」


「事務所からたった一歩でそう思ってくれたなら、

俺も提案したかいがあるってもんだ。

俺は騒がしいなんて思わないから、

遠慮しないで感想を言ってくれ」


「うん!」

シャラは元気に返事をした。

八上はシャラの声を聞いて、

いつもより少しゆっくり目に歩き始める。


事務所も最寄り駅は御茶ノ水駅だ。

八上はまずは駅に向かって歩く。


「なんだかアイドルファンのひとがいっぱい」


「ああ、ドームでライブがあるんだ。

バーチャルのアイドルだったら

どういうグループなのか分かるが、

リアルのアイドルは専門外で説明はできないが」


「ふふっ、知ってるよ。

八上さんはリアル世界に生きてても、

バーチャル世界のほうが好きだもんね」


「そう言うと世捨て人みたいな感じになっちまうが、

まあだいたいあってる」


そんな話をしていると御茶ノ水駅が見えた。

満車というほどではないが、

今も多くのアイドルファンが駅から出てくる。


「電車に乗る?」


「いいや、なるべく歩く。

どこでどんなものがシャラの興味を

そそるか分からないからな」


八上はそう答えて駅を横目に神田川沿いを歩き始めた。


車通りの多い通りと銀と黄色の電車が

八上たちの横をせわしなく走っている。

そんな道と川に合わせて多くのビルが立ち並んでいた。

まさに都会の風景だと八上は思っている。


「アイドルのライブがなくても、

ひとがいっぱいいるって感じ」


「まるで地方都市か田舎から来た

観光客のようなことを言うな」


「バーチャル世界は基本的に、

グリッド線の通った白い空間でしかないから。

そこにアプリを起動して初めてモノが出てくるの。


だからなにもしてなくても、

こんなにモノがあるのは賑やかでいいなぁって」


「俺の思ってた通り、

親分の撮影環境みたいなもんか」


懐かしいという声で八上は言った。

今は無期限スリープに入った

Vチューバーの親分の動画の映像を思い出す。

シャラはそのまま口ぶりで話しを続ける。


「ソノミンが雲ひとつない青空を撮影して、

ソラちゃんに送ったのも、そういう理由かな」


「いや、多分それは違う」


八上は懐かしさをケロッと忘れてシャラにツッコミを入れた。

シャラは八上のツッコミに首をかしげる。


シャラが首を傾げた方向に道は曲がっていた。

建物の隙間から近代的な街とは思えない

厳かな建物や昔ながらのお茶屋さんが見えてくる。


「神社、って言うんだよね?」

「ああ。神田明神っていう有名な神社がある」


「行ってみたい!」


八上が説明をしたり聞くまでもなく、

シャラは声を上げた。


手が動くモデルだったら指さして

ぴょんぴょん跳ねたんだろうと思えるほど、

シャラの2Dモデルが激しく動いている。


神社ではあるが秋葉原が近く、

アニメファンからしても神田明神は聖地であった。


そのためか、八上のように

スマホを前に向けながら歩いていても

変に思われることはない。


鳥居の前に立ち八上は一礼。

シャラもそれにならって動く範囲で頭を下げた。


正面にはさらに豪華な門があった。

シャラは口を丸くして門を見つめる。

気持ちスマホを上に向けて上げると、

シャラの目は開いていき、まばたきを忘れる。


シャラの目がまばたきを思い出すと、

八上はゆっくりと歩いた。

門の前でふたりは揃って一礼し境内へ。


「有名な神社ってことは

いかめしい雰囲気だから、

お行儀よくしてないといけない

……って思ってましたけど、賑やかだね。


あっ、わたしと喋っていいのかな?」


「いいよ。ああいうコラボもしちゃう神社だから、

Vチューバーを連れ歩いて話したって怒られはしないだろ。

動画とか配信に使うなら許可はいるだろうが」


八上は言いながら本殿隣の新しい建物に目を向けた。

神社とコラボしたアニメのキャラたちの旗が並んでいる。

さらに木陰になっているお茶屋にもスマホを向けると、

「あれって」


見覚えのあるひとを見つけて八上は足を進めた。


「なにか見つけたの?」

「珍しいひとだな」


文字通り珍種を見つけたような声でシャラの質問に答えた。

八上の目線の先には肩で息をする女性が、

お茶を片手に座っている。


「十四時先生」

「ほへ?」


ペンネームを呼ぶとその女性は疲れた顔を見せた。

名前を呼ばれるとは思っていなかったが、

声をかけられたので反射的に答えたみたいな意識のない返事だ。


「おお、八上さんー。

こんなところで会うなんて思わなかったー」


「それはこっちのセリフです。

徹夜明けでイベント参加して

スペースで死んでるサークル主みたいな様子ですが、

十四時先生はなにしてるんですか?」


「運動。娘に引きこもりがちだって刺されたから、

こうしてウォーキングしてみようって思ったんだー」


手をバタバタと仰ぎながら、

十四時はにっかりと笑った。


よく見てみれば動きやすそうなジーンズに、

ややふくよかな体つきが分かるプリントTシャツ。


もちろんプリントシャツは十四時が

自分のサークルで出したドライTシャツだ。

髪もポニーテールに束ねており、

運動用の格好をこしらえたが丸メガネだけはいつも通りだ。


「十四時ママ?」

シャラがぽかんとした表情をしていた

。八上はすぐにイヤホンを片方取り、

バッグから除菌ウェットティッシュを出して拭いて、スッと差し出す。


「十四時先生、これを」


「なになに?

カップルのやる同じ音楽を聞くアレ?

あれってステレオだと片方聞こえなくなって

絶対不便だと思う――」


「えっと、こんにちは。

白雪・シャラ・シャーロン、

バーチャルユーチューバーです」


前にソノミンと話をしたときのように、

シャラは緊張で他人行儀な挨拶をした。

それを見て十四時は目を丸くする。


「シャラ~、我が娘よ、

スマホの中でなにしてるの~?」


何気ない十四時の言葉に

八上とシャラはビクリと肩を動かした。

八上が顔をフリーズさせ、

言い訳を考える間もなく、シャラは答える。


「わ、わたしはずっとここにいるんだけど」


シャラは本当のことを行ってしまった。

フリーズしたまま八上は違う言い訳を考える。


「いえいえ、明神様におふたりで何しに来たのかな、

ってこと。もしかしてデ――」


「散歩です。

シャラは訳あって動けないので、

ビデオ通話をしながら歩いてるんです」


八上は十四時の言葉を反射的に遮って、

そのまま理由を説明できた。

十四時はニシシと笑って見せる。


「分かってるよ~。

八上さんが推しとそんな関係にはならないよね~。

ママがなにか言う間もないみたいだし~」


そう言われても安心した顔を隠すため、

八上の顔は硬いままだった。


「そいだったら、あ~しもいっしょに行っていい~。

シャラとオフで話の久しぶりだし、

こういう話し方が新鮮でおもしろそうだし」


「……シャラはいいか?」

 念のため八上は聞いてみた。


「もちろん。十四時ママの話も聞きたい」


シャラはリラックスしたような声で返事をした。

最初は緊張気味だったようだが、

ごまかせると分かると安心したようだ。

シャラの声と顔を確認して八上も肩の力を抜く。


「あ~しの話で良ければ~。

それにアキバだったらいくらでも案内できるよ~。


それとシャラを持たせてもらえるとより嬉しいかな~。

赤ちゃん抱っこした気分になれそう~」


十四時は気持ち悪い顔を見せながら、

スマホの中のシャラを見つめた。

シャラは乾いた笑みを見せる。


(今のシャラが生まれたのが、

ソノミンが魂を引退してからだとして、数ヶ月前。

となれば赤ちゃんみたいなものだが……)


八上は目を細めながらシャラのスマホと、

バッグからモバイルバッテリーを出して、

十四時に渡した。


「ならこれも持てますね。

本物の赤ちゃんよりは軽いですし。

俺はシャラの分までお参りに行ってくるので、

ここで待っててください。


通話とはいえ、

スマホのカメラを本殿の中に向けられないので」


「バッテリー重っ!

遠征でもするつもりだったの?」

十四時の文句を無視して八上は本殿に向かった。


お賽銭箱に五百円玉を入れ二礼二拍手一礼する。


(シャラがこれからも

Vチューバーを続けられるよう、

お力添えをお願いいたします)


そう祈った。

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