3-2 コメントから良いことを思いついた

諸々の準備とモデルのチェックが終わり、

よいよシャラの新衣装お披露目配信の時間だ。


八上はそれまでに仕事をすべて終わらせ、

いつものように防音室のパソコンでシャラを見守ることにする。


「おはようございます。

フェアリーテイル所属の

『白雪・シャラ・シャーロン』です。

なんと復帰して間もないのに

新衣装をいただいちゃいました」


シャラはマイペースな挨拶とともに

配信を始めた。対してコメントは、


「卒業前に準備が進んでたのかな?」

「十四時ママいつ書いてたんだ?」

「夏の祭典が近いのにママもよくやってくれた」


などなど嬉しそうな常連のコメントで流れが早い。


「新衣装代」

「十四時ママもっと寝ろ代」

「マネージャーの涙代」


といった投げ銭も飛ぶ。

八上はコメントを見て苦笑いした。


「マネージャーさんは泣いてなかったけど、

熱心に衣装の確認してたよ」


「んなこと言わんでいい」


八上は聞こえる聞こえないを考えるまもなく、

つぶやいて頭を抱えた。

するとシャラは、

八上の声が聞こえたかのように、クスクス笑う。


「そんなマネージャーさんのチェックも

通った衣装をお披露目するよー」


そう言って画面を切り替えた。

待ち時間を埋めるために作った動画が流れる。


「もっともったいぶらないのか」

「変身ヒロインだって後半からやぞ」

「モトコならCMまで引っ張る」

「シャラなら開始直後に着替えててもおかしくなかったけど、ちゃんとしてる」


などなどコメントが流れた。

そんな中に話題にあがった人物からコメントが来る。


「私が段取り決めたところで

シャラは守れないし……」


モトコはコメントに反応してか、

手間取るのを分かって場を繋いでくれようとしたのか、

そんなことを言った。


「も~、段取りくらいちゃんと守るよ~。

それじゃ新衣装のお披露目でーす」


シャラはモトコのコメントに

そう答えて画面を切り替えた。


「えへへ~。どうかな?」


背景もフリー素材から見つけた教室風の絵に切り替え、

制服姿のシャラが配信画面に映った。


青いブレザーに清楚さのある白いワイシャツ、

胸ポケットにはついたりんごをモチーフにした校章がついている。

首元の赤いリボンは、

シャラの動きに合わせてふんわりと動く。


「かわいい」

「十四時ママの趣味が分かる」

「これは清楚」

「この学校通いたい」


などなど、シャラの新衣装を絶賛するコメントが流れた。

そんな中当然のようにリッカのコメントも紛れ込む。


「あたしもお揃いの制服がほしい!!!!!!」


「みんなありがとう。

リッカちゃんとお揃い、いいかも」


リッカのコメントの熱に当てられたからか、

シャラはウキウキした声で答えた。

当然この場には実際にその作業をする人物もいる。


「日が昇るより先に寝られたら書きたいっす……」


十四時から枯れた声のようなコメントが流れてきた。

シャラは苦笑いでそれを見て言う。


「十四時ママ、

ステキな衣装をデザインしてくれてありがとう。

寝る時間よりも、お名前の時間より前に

起きられるようになってほしいな……」


「ママありあとう」

「お礼と心配を同時にされて草」

「それはそう」

「ママ健康になって」

「健康に気を使って毎秒Vのデザインして」


一斉に十四時を心配する流れになり、

シャラを見守る八上も苦笑いした。


「ここまで心配される絵師ってどうなんだ……。

所属Vチューバーでもなければ、

社員でもないから俺からはなんも言えないが」


「ツイッターで見た話になっちゃうけど、

日中のうちに散歩するといいみたいだよ?

お仕事で大変かな……。


あ、ごめんなさい。

お礼を言いたかったのにお説教みたいになっちゃった。

それに人間にとって当たり前すぎたよね?」


シャラは首を振って謝った。

何気なくシャラは言ったつもりだろうが、

八上は目を細める。


「『人間にとって当たり前』か。

シャラは俺たちと違う存在なのを気にしてるみたいだな」


八上は思ったことを小声でつぶやいた。

これくらいの小声ならシャラのスマホのマイクに乗らないだろう。


「あ、全身像みたい?

ちょっと小さくなるね」


コメントで言われたので、

シャラはモデルを縮小させた。


青と白のチェックミニスカと

白いニーソと絶対領域の比率にこだわりを感じる。


「助かる」

「シャラの制服姿で救われた命がある」

「同じ学校に通いたかった」

「かわいいシャラちゃんを見て今日も酒がうまい」


シャラを褒めるコメントに、

おじさん臭い同僚のコメントが紛れ込んだ。


フェアリーテイル所属Vチューバーで

こんなコメントをするのも、

酒を飲むのもひとりだけだ。


「ソラちゃん、それって褒めてるでいいんだよね? わたし飲めないからよく分からないや」


さすがのシャラの苦笑いだ。

今のシャラが電子生命体だろうと、

自分たちと同じものを飲み食いできたとしても、

シャラは同じ反応をしただろうと

八上は思って同じく苦笑い。


コメントのツッコミも無視するように、

ソラはさらにコメントをする。


「その制服姿ででかけて、

雲の写真送ってほしい」


「あはは。ソラちゃんのやってる、

へんてこな雲を紹介したり、

雲から天気を予想したりする配信に使うんだよね?

そのリクエストに答えられたらいいな」


さっきと同じ苦笑いでシャラは答えた。

同じ顔色と八上は思ったが、

目が少し遠くを見つめている気がする。


「それはそう」

「どんな格好でも撮る写真に大きな違いは出ない気がする」

「ソラがおじさん化してて草」

「シャラ、同僚のおじさんに気をつけて……」


などなどソラの言うことに戸惑うシャラに、

小人さんたちは同情していた。


それでも事情を知っているからか、

マネージャー目線だからか、

八上にはシャラが戸惑っているだけには見えない。


「制服はともかく、雲の写真か……。

それ以前にシャラが外出する方法が思いつかん」


八上はまた小声で言いながら考えた。

その間もシャラは話を続ける。


「最近わたし引きこもってばっかりだからなぁ。

十四時ママもそうだけど、

お外に出る方法を考えないといけないかも」


まるで八上と同じことを考えいるようなことを、シャラは言った。

十四時を引き合いにだしたが、あちらは

(本人が出たがるか、外を歩くだけの体力と筋力があるかは別として)

外に出る体がある。


対してシャラは『お外に出る方法』と

言うのは文字通りの意味だ。


シャラのリアル世界への憧れみたいなのを

八上は感じて、より目を細める。


「何故か娘に刺されたけん」


引き合いに出された十四時からお気持ちコメントが来た。


「シャラって天然ボケしながら刺してくるときあるよね」

「件と剣をかけた高度なボケ」

「十四時ママ生きて」

「十四時先生傷は深いぞ」


「いや、十四時先生が

この事務所と有明以外にいるところ、

俺は見たことねーんだから

こう言われても仕方ねーな」


小人さんたちも面白がってコメントして、

八上はうなずいて言った。

シャラはそんな流れを見てアワアワと口を開く。


「あわわ、十四時ママ違うの。

わたし十四時ママがお外出たいけど、

お仕事大変なのかなって思った言っただけだから~」


「マネージャーとビデオ通話つないで、

外の映像送ってもらったら実質外出なのでは?」


そこにアスナの妙なコメントが流れてきた。

八上は顔が固まった。


「アスナちゃん、

それ健康にいいの?」


シャラはアスナの変なコメントに対して首を傾げた。


「セロトニン浴びてないのでダメ」

「アスナイベント走ってないで寝ろ」

「足を動かさないと散歩の意味ないぞ」

「医者の不養生みたいになってて草」


コメント欄はアスナへのツッコミで溢れた。

だが八上は目を見開いて、

アスナのコメントを見直している。


「そっか、シャラはスマホの中にいるんだ。

そして会話するには通話をつなぐだけでいい」


八上は回ってきた考えをつぶやいた。

さらにその考えを後押しするコメントがある。


「マネージャーが虚無になり、

言われたままスマホを持って歩くのは草」


「いや、草じゃねーよ。

虚無にならねーし、

俺は十四時先生のマネージャーじゃねーんだが……。

これはいけるな」

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