第三章 対他的同一性

3-1 新衣装は嬉しいの?

リッカとのコラボから数日後のこと。

「新衣装? わたしの?」


ビデオ通話で八上から用件を聞くなり、

シャラは初めて聞く言葉のように聞き返した。

八上は特に気にせずにうなずく。


「ああ。十四時先生が勝手に書いてて、

社長がOK出したんだ。


あとは調整だけだから、

でき次第アバターアプリのアップデートをする。


そうしたら、お披露目配信をしてほしい」


「お披露目配信ってVチューバーの定番行事だね。

でもなんか実感わかなくて。

多分普通のひとのいう着替えとか

おめかしとかが分からないからかも」


シャラは戸惑っているような顔を見せた。

まるで人づてに良いことだと聞いているのに、

どこが良いのか分からないと感じているようだ。

八上はそう思って例えを考える。


「先日のソノミンの言葉を借りて例えると、

変化を楽しめるようになるって言えばいいかな。


夏なら夏らしい格好、

音楽イベントならアイドルらしい格好、

寝る前のASMR配信ならパジャマ

……みたいな感じだ」


「なるほど、配信内容によって

見た目も違うとみんな目が楽しいって」


「そういうことだ。

今回は十四時先生が勝手にデザインした衣装だから、

深く考えなくていいけどな。


バーチャルだから着替えるのも楽だし、

その日の天気とかで使い分けていいだろう」


八上は気軽にしてほしいと思って言った。

だがシャラは逆に悩んだように目を下に向ける。


「その日の天気?

天気予報見ればいいの?

それともソラちゃんに聞く?」


「あ、そっか。すまない」


気がついて八上はすぐに頭を下げた。

シャラは文字通り住んでいる場所が違う。


それに自分の常識と他人の常識が同じではないことを、

自分はしっかりと認識していなかった。

八上はそう感じ歯を強く噛む。


「いえいえ、そんな謝らないでください。

わたしは分からないことを聞いただけですから」


シャラは一生懸命動く限り首を振った。

もし手が動くようであれば、

手もブンブンと横に降っただろう動きだ。


「確かにわたしは、

八上さんたちのいる世界のことを、

インターネットにある情報でしか知れません。

なので見てみたいとは思いますよ」


「そうか……。

ってもリアルユーチューバーが、

バーチャルの体を作ってVチューバーやるみたいに、

逆はできないからなぁ。


それこそ社長の好きそうな

SFアニメみたいな技術でもなきゃ、

できないだろうし」


八上は残念そうな顔をシャラに見せた。


(どうにかしてやりたいものだな。

いつまでも防音室のパソコンから、

俺と社長の顔ばっかり見せてるわけにもいかんし)


「お気遣いさせちゃってごめんね。

分からないことはまだまだあるけど、

新衣装とお披露目配信はわたしも楽しみなのは確かだよ」


シャラはワチャワチャした動きをしながら八上に声をかけた。


シャラの2Dモデルなので手は動かないし、

動いている差分もない。

それでもシャラが気を使ったのは八上に伝わり、

八上は胸が痛むような気分になる。


(いかんいかん、

マネージャーとして担当タレントに気を使わせるのも、

推しに気を使わせるのも、よろしくない)


八上は自分の頭をぽかぽか叩いて、

シャラに向き合う。


「お披露目の前に確認の必要なことがあったな。


アプリのアプデのときだが、

シャラの体?データ?は

どこかに移動してた方がいいか?」


八上は少し心配した顔で聞いた。

社長は自分のコネを使ってシャラ

――電子生命体のことを調べているが

未だに分からないことだらけだ。


シャラを構築するデータはどうなっているのか、

どうしてシャラは生まれたのか。

であれば、シャラの入っているだろう

スマホをいじるのは少し怖いと八上は思っている。


「アプリの更新ならわたしとは関係ないよ。

八上さんが心配するようなことにはならないと思う。

念のため更新作業中はスリープ、

みんなが言う睡眠をしてお邪魔にならないようにするね」


「なら安心だな。

更新のときには言うから頼むぞ」


うなずいてから八上はそうシャラに言って席を立った。

自分のデスクに足を運びながら、思考を巡らせる。


(シャラにこちら側の世界を見せることができれば、

知識のギャップも狭まるし、

シャラの話の幅も広がる気がする。

なんか方法を探すか)



数日後、社長に呼ばれて

八上は社長室にやってきた。

社長がおおらかな人柄をしているので、

いつもならば特に意識はしない。


だがシャラのことでなにかあるかもしれない。

そう思うとノックする拳に力が入る。


「失礼します」


「お疲れ様、八上くん。

シャラくんの新衣装をアプリに組み込んだよ。

専用のフォルダにデータがあるから、

アップデートよろしくね」


八上が社長室に入ると、

早速社長は用件を言ってきた。

考え過ぎだと分かると八上は拳に入った力を抜く。


「分かりました。

あとシャラについての報告がほしいんですよね?」


「そうそう。ささ、座って座って」


社長に促されて八上は

安物のソファーに腰掛けた。

社長も向かいに座る。


テーブルにはシャラの新衣装のデザイン案と

完成版が書かれた企画書があった。

出ることはないと思っていた

シャラの新衣装が存在することが目に見えて分かる。


「リッカくんとのコラボから、

シャラくんはとても明るくなったね」


「はい。多分ソノミンと話したのが

よかったんだと思います。

今更、契約の終わったひとに助けられるのは

どうかと思いますけど」


「いやいや、卒業生に手助けしてもらうなんて

よくあることじゃないか。

僕だって電子生命体のことを調べるのに、

やめた研究所に連絡しまくってるよ」


恐縮する八上に、

社長はケタケタ笑いながら言った。

八上は少し目を細めて、


(社長は目的のために

恥もかいていくタイプだからな。

こんな風にできれば

もっといろいろできるかもしれない)


そう八上が思っていると、

今度は社長が恥ずかしそうに言う。


「頭下げまくったけど成果なしさ。

万が一もあるからシャラくんの存在は伏せてるし、

シャラくんを直接見せれば

もっと調べられるんだろうけど、

それはちょっとね」


「はい。良くも悪くもなにかあったら、

シャラが配信できなくなりそうですし」


「でしょう?

せっかくうまく言ってるんだから、

水を指したくないよね」


同意してくれたのが嬉しかったのか、

社長は大声で答えた。

そのままさらに同意を求めてくるように

声のボリュームをあげてくる。


「最近のシャラくんは、自信がついたし、

アイデンティティが確立され始めた、

って感じするんだよね。


もっと心が成長したらみんなが望んだ

『バーチャルユーチューバー』に

なるかもしれないね」


「みんなが望んだ

バーチャルユーチューバー?」


八上は社長の妙な言い方に首を傾げた。

社長は八上と同じように首を傾けて聞く。


「おや、八上くんのほうが

求めてそうな存在だと思ったが違うのかい?」


社長は話しを続けるも、

八上は疑問を持ったまま。


「ああもちろん、うちにいる子たちや、

既存のVチューバーが『偽物』

ってわけじゃないよ。


Vチューバーは

『仮想の体を持つユーチューバー』

でもあるからね」


「ええ、そうですよね。それは合ってます」


「僕もそうだけど、

親分が『バーチャルユーチューバー』を名乗ったとき、

いわゆる中の人のいない――魂が現実ではないところにある

『仮想空間に存在するユーチューバー』も期待した。


八上くんもそんなようなことを話したことがあると思ったんだけど」


当然のことのように社長に言われて、

八上は考え始めた。


(確かにバーチャルユーチューバーが出たとき、

やり玉にあげられるようなスキャンダル、

プロ意識に欠ける問題行動や、

事務所と意見を違えて揉めるような騒動、

ケガや病気で活動できなくなるということはなくなる。

バーチャル元年はそんなふうに言われた)


懐かしんで八上の目が細くなる。


(だが結局はひとのやっていること。

トラブルは避けられなかった。

消えたチャンネル、更新のないツイッター、

話題にあげられなくなった存在、

カミングスーンから進まないプロジェクト、

既存のタレントとなにも違わない)


目線が下に向いた。

テーブルの上にあるシャラの新しい姿が目に入る。


八上は答えられそうな言葉を見つけて、顔を上げた。


「多分シャラは、社長の言う

『仮想空間に存在するユーチューバー』

という意味では本物のVチューバーですね。


かといって、なんか違う気がするんです」


そんな答えを聞いても、

社長は顔色を変えずに八上を見続けた。

八上はリアクションがあるんじゃないかと思ったが

社長はなにも言わないので話を続ける。


「シャラだって失敗する。

もしシャラが『完璧なバーチャルユーチューバー』であれば

スタンドアローンで動けて、俺の必要性はなくなる。


でも俺は今までとなにも変わらず、

シャラのマネージャーをしている。

そういう意味では、シャラは

俺たちが幻想した『完璧なバーチャルユーチューバー』

ではないですね」


「なるほど……。

やっぱりVチューバーも既存のタレントと違いはないと考える?」


まるで世界の真理を垣間見たような顔を社長はした。

八上は自分の考えにまだまだ納得してないように、眉をひそめる。


「ええ。そういう意味では俺の感じた可能性は潰えたかもしれません」


「でも八上くんは、この仕事、辞めてないよね?」


「そりゃそうですよ。

リッカがメジャーデビューしたり、

ソラがハードディスクの中身を

いっぱいにする騒動とかで振り回されなかったら、

仕事を辞めてたかも知れません。


今はシャラもいますし、

辞めたら事務所が音を立てて崩れると思ってますから」


八上は笑いながら立ち上がった。

「それじゃシャラに新衣装を渡してきます」


「うむ、引き続き頼むぞ」



シャラのいる(スマホのある)

防音室にやってくると、

八上はさっそく説明をした。


「というわけで、アプリをアプデする」


「分かったよ。

わたしは寝てればいいんだね?

えっと――」


言葉を探すようにシャラは下を向いた。

八上はなにかあったのかと顔を覗き込む。


「――こういうとき

『おやすみなさい』

って言うのであってる?」


「いいんじゃないか。

それじゃおやすみ、シャラ」


「おやすみなさい」


今は午後二時くらいだが、

そんな挨拶をして、

シャラとの通話は切れた。


聞き慣れたディスコードの効果音が聞こえる。


「この時間は十四時先生が起きる時間だけどな」


そうつぶやいて八上はパソコンを操作した。

エクスプローラーを開きスマホのストレージにアクセス。

用意されていたアプリをスマホにコピーする。


「ん? スマホの容量めっちゃ埋まってるな」


アイコンになっている円グラフを見て八上はつぶやいた。

具体的な数字を確認すると百二十八ギガバイト中、

百ギガバイトが埋まっている。

なにで容量を使っているか確認しようとしたが、

ふと思って手を止める。


「いや、詮索はやめよう。

シャラがなにかしてるんだろう。

問題があったら言うはずだ。


それに、シャラの体がデータとしては

どうなってるのか分からん以上、

いじれるものじゃない」


言いながら八上はシャラのスマホを手に取った。

先程コピーしたアプリを操作しアップデートする。


アプリの容量は増えたが、

スマホの操作に影響するほど容量は増えていない。


「終わったぞ。

って声かけても聞こえないか――」


と八上が言った直後に思ったが、

聞こえていたかのように、

シャラから通話がパソコンにかかってきた。

すぐに通話をつける。


「はい。おはようございます」


まるで昼寝から帰ってきたかのようにシャラは挨拶をした。

ものの数分なので昼寝とは言い難いが、

それ以上に八上は気になったことを聞く。


「もしかして、通話つけなくても聞こえたのか?」


「聞こえてるよ。

でもわたしの声は通話つけないと聞こえないと思う」


「そっか。まあ当たり前か。

なんか使えそうな気がするが、今はいいや」


八上はそう言って自分の思考を切り替えた。

シャラはなんのことだか分かってないので、首を傾げる。


「とりあえず、

衣装が変えられるようになってるか確認してくれ」


「うん。アバターアプリに新しいアイコンがついてる。

これをタッチして衣装を選ぶ」


するとパッとシャラが早着替えした。


名前通り白雪姫のような衣装から、

学校の制服のような白いワイシャツ、

青いブレザーに切り替わる。


今はバストアップだが、

全身をちゃんと見る楽しみは配信までとっておこう。


「どう、かな?」

「ちゃんとできてるな。もっと動いてみてほしい」


「こうかな?」

八上に言われてシャラは

フリフリと左右に動いた。

黒髪やリボンも楽しげに揺れている。


「うん、いいな。

デザインはラフの段階から

十四時先生に見せられてたけど、

ちゃんと魂が入って動くととてもいい」


八上は思わず本音を漏らした。

推しのVチューバーを見つめるオタクの声の八上に、

シャラは上目遣いで恐る恐る聞く。


「あの、八上さんが

わたしの新衣装を見たいがために、

わたし動いたの?」


「あっ、違う違う。

動いてるかどうか見たかった、

って言い方だとオタクがステージのアイドルに

『回ってー』って言うのと同じだな……。


2Dモデルに破綻がないかとか、

シャラの魂がちゃんと

モデルになじんでいるが見たかったんだ」


シャラに聞かれて、

八上は慌てて言い訳をした。

そんな言い訳でも納得したのか、

シャラはコクコクとうなずく。


「今のところは良さそうだな。

とりあえず、その衣装のスクショを使って

お披露目配信のサムネを作って欲しい。


コツは一部だけを見せることだ。

他のVチューバーがどんな風にしてるか

参考にしてみるといい」


「やってみるね」


シャラはそう答えて通話を切った。

八上も自分のパソコンに戻って仕事をしようとしたが、

なぜかシャラにビデオ通話をかける。


「八上さん、どうしたの?」


「いや、もうちょっとビデオ通話をつけててくれ。

2Dモデルの確認をもうちょっとしたい」


「はい、分かりました」


シャラは不思議そうな声で答えた。

八上は動いているシャラを横目に、

自分の仕事を始める。

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