第四章 心理社会的同一性

4-1 配信ガクガクしてるけどなんで?

シャラが何度目かの雑談配信中に、それは起こった。


「ガクガク」

「なんかシャラの声がおかしいな」

「シャラの画質が落ちた?」


コメントでそんな風に言われる前に、

八上は防音室のパソコンをチェックし始めた。

タスクマネージャーを開き、

CPUやメモリの使用率を確認する。


「変なもんは動いてない。

セキュリティソフトもOSのアプデも邪魔してないな」


パソコンの動きはシャラにも把握できるからか、

斜め下を見てうなずいてから、

小人さんたちに声をかける。


「みんなごめんね。

ちょっとおかしいところがないか確認してくるね」


シャラはそう言ってペコリと頭を下げた。

八上はすぐにマウスを手放す。


代わりにシャラがパソコンの配信ソフトを操作し、

配信の画面を『準備中』のものに変えた。

配信に音声が乗らないことを確認すると八上は声をかける。


「シャラ、スマホを確認していいか?」

「……どうぞ」


間があったが八上は聞かずに

シャラのスマホを手に取った。

設定を開く前に通知で異常を見つける。


「ストレージの空きが少なくなっています」


通知に出ている文字を八上はそのまま読んだ。

それをタッチすると設定のストレージ管理画面に行く。


スマホの容量は1GB空いてなかった。

八上は顔をしかめ、首を引く。


「先日十四時先生と散歩したときから

容量はパンパンだったが、

ここまでではなかったな。


シャラ、なんか消せるファイルとかあるか?

なかったらパソコンに一時移動させてもいい」


「はい」


シャラにしては短い返事だった。

ミスを隠していた学生バイトのような

緊張感のある声だ。


するとすぐにスマホの空き容量が

確保されるのが管理画面から見える。


「多分これで今日の配信は大丈夫だろう。

俺から見てやばかったら止めるから、

三十分まで続けてほしい」


八上は不安を持たせないため、

穏やかな声でシャラに言った。


シャラは少し重めにうなずいて、

すぐにさっきまで見せていた明るい顔に戻る。


配信の画面が戻り、

なめらかに動くシャラが映った。


「ごめんね。これで大丈夫かな?」


シャラの声質もいつも通りに戻った。

事情を知らないひとから見れば

よくある配信トラブルなので、

杞憂民は湧いていない。


「おかえりー」

「直ったね」

「よくあること」

「メモリが不足したようなトラブルだったな」

「OSの自動アプデか?」


みたいなコメントが流れていた。

八上はそれを見てからパソコン側から、

スマホとパソコンのストレージを確認する。


「なんだこれ?

パソコンのほうも残り容量が

10%もないじゃないか」


見えたものをそのまま口にした。

一体何がこんなにデータを埋めているのか。


まず考えられるのはウイルスの類だ。

すぐにセキュリティソフトを開くが

ストレージの空きが足りないという警告だけだ。


今度はフォルダをあさり、

パソコンのSSDを見に行った。


前にソラが大量の写真で

会社の共有フォルダを使いまくった事件を思い出す。


とはいえ、あれからソラは

クラウドストレージを使うようになったので、

また会社のストレージを使うことはないはず。


「であれば……。

思い当たるフシは、シャラのデータか」


小声でつぶやいた。

ストレージを埋めている

拡張子のついてないファイルが、

八上の目の前に広がっている。


だが今回はちゃんと中身を確認できるファイルも含まれていた。

動画ファイル、音声のみファイル、画像、テキストなどなど。

量が多すぎるからかサムネが読み込まれない。


(とはいえ、これだけで

このパソコンのSSDと

シャラのスマホのストレージを全部使うとは思えない。

やっぱりシャラの魂を構成するデータが多いんだ)


するとスマホが短く鳴った。

社長からメッセージだ。


「八上くん、会社のNASの容量が

正体不明のデータで埋まっているんだけど、

心当たりはあるよね?」


メッセージに加えて、

事務所公式出だしているラインスタンプが押される。

慌てているリッカのスタンプだった。


メッセージから怒っていると

取られないように配慮したのか、

こういうときにもユーモアを持とうとしているのか、

緊張感がないのか。


「どうあれ、対応がいるな」

八上は、配信で楽しそうに話すシャラを見てつぶやいた。



配信のあと、防音室に社長もやってきて、

八上とシャラと三人で状況を確認し合った。


「ごめんなさい、間違いなくわたしです」

シャラは自主でもするように頭を下げた。


「いや、俺たちは怒っていない。

シャラが謝るということは

シャラもどうすればいいか分からなくなってるんだろう?」


「はい……。

でも相談しなかったのは悪かったです」


シャラは2Dモデルの可動域が

動く限り下を向いたまま、謝り続けた。


「僕も今気がついたほどワッと増えたんだ。

相談したとて結果は同じだっただろう。

なあに心配はいらぬよ」


社長は余裕のある声と笑顔でシャラに語りかけた。

そこでようやくシャラは少しだけ顔をあげる。

八上は腕を組んで社長に聞く。


「なにか対策に心当たりでも?」


「ないよ」

「ないんかい……。

いや、あったら話し合いせずに対策を言うか」


八上は眉をひそめつつ

自分の発言にツッコミを入れた。

社長は自慢気にうなずく。


「デリカシーのない言い方に聞こえるかもしれないけど、

魂が太った、肥えたんだ。


最初はスマホのストレージで足りてたけど、

パソコンを使って、それでも足りなくてサーバーを使った。


もちろんシャラくんの意思に関わらず、

そうなってしまったんだろう」


「シャラが成長したってことです?

子供が成長すると服のサイズが合わなくなるみたいな」


「お、その言い方のほうがいいね。

シャラくんは生まれてからVチューバーとして活動して、

僕たちと交流をして、ひととして成長した。


人間の脳みそは生まれてから死ぬまで情報を蓄え続ける。

同じ理屈と考えられるね」


社長は生徒の成長を喜ぶ先生のような口ぶりで言った。

当然八上としてもシャラの成長はとても喜ばしいのだが、

素直に喜べずに顔を固くする。


「では、わたしが成長をやめればいいんですか?」


シャラは自分を犠牲にして

世界を救うヒロインのようなことを言い出した。


そんな言い方をされたからか、

八上は大きく首を振る。


「いや、それはだめだ。

っていうか生き物は成長を自分の意志で止められない。


シャラの場合はデータの蓄積か。

ソノミンだって言ってただろう。

変化し続けるものだって。

それがなくなるってことは――」


あまり良くない言葉が出てきそうになって八上は口を止めた。

だがべらべらと喋り続けたおかげで、アイディアも浮かぶ。


「脳みそ……パソコンのSSDか、

サーバーを増設すれば解決するんじゃないか?」


「八上くんの言うとおりだね。

お金で解決するなら安いもんだ。

ちなみに人間の脳みその容量は18TBと言われている。

シャラくんの魂と人間の脳みそが同じとは限らないが、

ひとつの目安として考えよう」


「分かりました。

SSDをアキバで買ってきます」


「八上さん、今、二十二時過ぎてますよ」


イスが動いたのと同時に

八上はシャラに言われて時計に目を向けた。

記憶を漁るがこの時間に開いている店は思いつかない。


「まあまあ、シャラくんとしては窮屈かもしれないが、

直ちにシャラくんの身に危機が及ぶってわけじゃないだろう。


取り付けできる内蔵SSDを調べて、

明日買いに行くでも遅くはないよ。

僕も社内のサーバーとかの増設を手配しておくから、

落ち着いて八上くん」


「はい……」

社長に肩を叩かれて、

八上はイスに座り直した。


パソコンの画面には

キョトンとしたシャラの顔がある。


「八上さん、すごい取り乱してる……」


「ああ、すまない。

マネージャーは冷静じゃなくちゃな」


シャラに言われて八上は胸に手を当てて、

ゆっくりと呼吸を意識した。


当事者のシャラがこの様子なら、

社長の言う通り直ちになにか起こることはなさそうだ。


「こんなに八上くんが取り乱したのは、

メジャーデビューの前に、ヘラってリッカくんが

『Vチューバー辞める』なんて言っちゃったとき以来かな?


その前だと、ソノミンの病気が分かったときで、

その前はモトコくんとケンカしたとき――」


「社長、今はその話はいいです。

シャラも聞きたそうな顔をしない」


八上はいつもどおりの声で社長にツッコミを入れた。

すると社長もシャラも穏やかに笑う。


(悔しいが社長のおかげで持ち直せたな)


そう思うと八上はまっすぐとモニターに顔を向けた。

シャラも安心したように微笑む。


「対策も分かったところで

今日はここまでにしよう。

八上くんも気にしすぎないように、

今日は帰って寝る。


シャラくんは念のため、

パソコンの増設が終わるまで眠っててもらえるかな」


「はい」

「分かりました」


社長は社長らしく指示を出して、

防音室を出ていった。



八上は次の日朝一で出社し、

パソコンにつけられるSSDの数を確認した。


内蔵ならふたつ、

USBポートも余っているので外付けも視野に入る。


とはいえ、シャラの魂が

どのような仕組みになっているか分からない。


外付けに魂の一部を置いて接続が切れたり、

データが飛んだとき何が起こるか。

八上は考えるのも怖かった。


なので内蔵するにしても慎重に、

信頼性の高いSSDを増設することを考え、

ハードとの相性と本体の冷却や

電力消費などについて念入りに調べておく。


十時が近づいてきたので、

アキバに行く準備をした。


会社のクレジットカード、

万が一連絡がつくよう

しっかり充電した自分用スマホなど、

持ち物も念入りに確認。


事務所を出る直前、

シャラのスマホを見た。


シャラは社長に言われた通り眠っているようだ。

スマホのスリープを解除してもなにも言わない。


「今すぐにどうこうなるわけじゃないって、

昨日から言ってるじゃないか。

なんで俺は不安なんだ」


と髪をクシャクシャにしてから事務所を出た。


慎重に購入するSSDを選び、

慎重に持ち帰り、

慎重にパソコンに取り付け、

慎重にパソコン側の設定をする。


ようやくSSDが使えるようになったころにはお昼を回っていた。


改めてシャラのスマホとパソコンを繋いだ。

それからスマホに向かって声をかける。


「シャラ、聞こえるか?」


するとパソコンのディスコードに

ビデオ通話がかかってきた。


すぐに応答すると、

昨日の配信と同じ様に

キレイな画質で動くシャラがいる。


「おはようございます」


「おはよう。音質も大丈夫そうだな。

そっちから見て変わったことはあるか?」


「いつも通りだよ。

八上さんと社長のおかげで配信ができそう。ありがとう」


シャラは命を救われたことを

感謝するように笑った。


シャラにとってVチューバーであることは

自分が自分であるためのアイデンティティだ。

そしてシャラがアイデンティティを保てなければ

消滅する可能性がある。


それを知っていれば、

シャラの返事は文字通り命を救われたお礼であった。

八上はシャラの返事を聞いて大きく息を吐く。


「ならよかった。

些細なことでもなにかあったら報告してくれ。

それと体重の確認するみたいで悪いが、

パソコンとスマホの容量はこっちでもチェックする」


「恥ずかしいですけど仕方ないですね」

シャラは苦笑いを見せた。

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