4-2 推しの『あわわわわわ』が聞きたくて

後日サーバーの増設も行われ、

スマホ、パソコン、サーバーをあわせて

18TB以上の容量が確保された。


パソコンのSSDの増設のあとも

シャラの容量は増えていたが、

急に足りなくなるということはないだろう。


「と思ってたんだがな……」


八上はパソコンに表示される

ストレージの空きを見てぼやいた。


シャラは恥ずかしそうにうつむく。

「はい。ごめんなさい」


まるでダイエット中に

こっそりお菓子を食べていたのが

バレたような雰囲気だ。


実態はそんな笑い話では

済まないかもしれない。


ストレージの空きはスマホ、パソコン、

サーバーをあわせて3TBほどしか空いていなかった。


数日で数TBを埋めたことになる。

このペースでいけば一週間以内に

18TBを埋めてしまうのは計算をしなくても分かった。


「シャラは悪いことをしてないから謝る必要はないぞ。

所属するVチューバーが気持ちよく活動するために、

四苦八苦するのがマネージャーと社長の仕事だ。

また配信がガクガクする前にどうにかすればいいだけだ」


「よく言ったよ、八上くん」


ちょうどそこに社長が入ってきた。

さも話を聞いていたかのように

そのまま八上とシャラの会話に混ざる。


「社内サーバーの増設を再度手配したよ。

今度はドンと32TBに増えるから、

もう心配はいらない!」


社長は大きく胸を張って大きく出た。

いつもの八上ならなにかツッコミを入れるところだが、

今はこんな社長が頼もしく見えた八上は、

なにも言わずにうなずく。


「でも社長、会社で使う機材を

いっぱい買ったらお金が……」


シャラは社長の態度に反比例するような、

不安の声を口にした。

八上もそれは思うが、

なにも言わないだけの理由もある。


「前にも言ったけど、

この事務所はシャラくんのような存在を

いつか向かいれるために建てたんだよ。


なら会社のお金も、

シャラくんのために使うのは当然だろう?」


「でも大変ですよね?」


恐る恐るシャラは聞いた。

社長はテンションの慣性が載ったまま語る。


「それは否定しない。

来月から資金繰りに苦労すると思うよ。


でもシャラくんがいてくれて、

その上リッカくん、モトコくん、

アスナくん、ソラくんが

いてくれるから僕もがんばれる。


まあ誰かに不思議に思われちゃったら、

ごまかすのに苦労するかもしれないけど……」


あははと社長は汗の混じった笑いを見せ、

テンションは失速した。

実際八上の見えている範囲外では大変なんだろう。


こんなに早くサーバーを手配するには、

特急料金やできる業者を探す必要くらいしか

八上には想像できていない。


だけでなく社長は

電子生命体をどう扱ったら良いか、

どう維持したら良いかを調べているはずだ。

今回のことで調べることや

焦りなんかも増えただろうと八上は思っている。


そしてこれをなるべく見せないよう心がけていた。


「やだなぁ、そんな目で見られてもなにもでないよぉ」


だからこんな茶化したことばかり言っていた。

シャラも八上と似たようなことを感じたからか、

2Dモデルが動く範囲で頭を下げる。


「社長、ありがとうございます」


「いいっていいって。

八上くん、引き続き頼むよ」


そう言い残して社長は防音室を出ていった。

ドアがちゃんと閉まるのを見てから、

八上は話をする。


「というわけで、

シャラはあまり心配しないように。


いつも通り配信してほしい。

何事もなく配信しているのを見れば、

社長も安心するし、俺も癒やしになる」


「分かりました。

やっぱりVチューバーは

ひとを楽しませるのが仕事なんですね」


「そういうことだ」


シャラが自分のしたいことを口にして笑うと、

八上も自然と笑みが溢れた。



八上は仕事をしながらソラの配信を横目に見ていたが、


「最近、会社の共有ストレージ?

サーバー? NASっていうんだっけ?

めっちゃ容量増えてるんだよね」


そんな話題を口にして手が止まった。

配信の方へ目が行く。


「私のせい? 違う違う。

そりゃ、前に配信に使うファイルを

自由に置いていいなんて言われたから、

雲の写真置きまくってパンクさせかけたことあるよ。


でも今は自前のクラウドストレージに置いてるからね。

雲だけに、あはは」


そんなソラの話を聞いて八上は目を細くした。

「八上さん、顔が」


「これは、ソラのダジャレに固まった顔だ。

コメントも似たようなリアクションしてる」


シャラに聞かれて八上は硬い声で答えた。

事実コメントも、


「は?」

「よく聞こえなかった」

「酔ってる?」

「大丈夫? ウコン飲む?」

「寝ろ」


容赦のないツッコミが飛び交っていた。

シャラもそんな雰囲気を見て

ホッとしたように口をあける。


「よかった。変なふうに思ってたり、

八上さんが心配してるわけじゃないんですね」


シャラが安心した声で言うと、

ソラの配信もストレージの話題からそれていた。


とはいえサーバーの容量問題は解決したわけではない。

社長が目安として出した18TBをちょうど今埋めた。


シャラがなにかを学んだりすると

増えているように八上には見えている。


「そろそろわたしも配信の時間だ。行ってきます」


「ああ、楽しみにしている」


八上は微笑んで答えた。

シャラがビデオ通話から抜けて、

パソコンを動かし始める。


八上は防音室を出て自分のデスクに戻る。

配信のチェックはするが、

防音室でトラブルに備えることは今はしていない。


シャラもそれだけVチューバーの活動に慣れていた。


「配信が一番シャラの経験値になるんだろうな。

今までも配信中は一気に容量が増える。


ひとの脳みそが18TBで、

シャラも同じってんなら

ここから大きく動かないと思うが果たして」


そうつぶやいて八上はサーバーの容量と、

シャラの配信画面を同時に見つめた。


「おはようございます。

フェアリーテイル所属の『白雪・シャラ・シャーロン』です。

今日は羊さんの牧場作りの続きですね」


今日のシャラの配信は以前から

やっているサンドボックスゲームだ。


センスが良くなったと褒められてから、

嬉しいのか積極的にプレイしている。


ワールドが開くと、

BGMが聞こえづらくなるほどの

羊の鳴き声と足音が聞こえた。

シャラも目を丸くする。


「わぁ! わたし、

牧場の真ん中でセーブしちゃったんだっけ?」


「うるせぇ」

「草生えるが草食われる」

「横着して家に帰らないから……」

「羊をこんなに増やして大丈夫?」


「羊を増やしちゃったのは、

実際の放牧もいっぱい羊がいたから、

真似したいなって」


シャラはカラフルな羊に

もみくちゃにされる自キャラを動かした。


ワールドの読み込みが続いていたのか、

ゲームの画面が少しガクつく。


「あらら、先日のわたしみたいになっちゃう」


あわあわしてシャラは口をパクパクした。

シャラの体はちゃんと動いているし、

画面隅のFPSの数字が低くなっているだけで、

ゲームの問題だ。八上は顔色を変えず見守る。


「ゲーム内で動いているモノが多いと読み込みが遅くなるよね」

「シャラはマップを広げたがるから読み込みに時間がかかるのかも?」

「意外と容量食うんだよねこのゲーム」


「容量、そんなに使うの?」


コメントを見て、

シャラは心底驚いたように目を丸くした。

固まってしまう。


「またか」

八上はそう思ってすぐに防音室に向かおうとした。

だがシャラのキャラが羊にもみくちゃにされている。


足を止めた。

もしシャラのデータが

パソコンへの負荷になっていたら、

ゲームも動いていない。


となればこれはシャラの体が考え事で固まっているだけ。


「どうした?」

「また機材トラブルか?」

「親凸か?」

「環境音もなしに静かに固まったな」

「羊が寄ってきてて草」

「ゾンビが来る前に家に帰ったほうがよくね?」


「シャラちゃん、夜になっちゃう」


小人さんたちのコメントに混じって

リッカのコメントが見えた。

それにはシャラも気がついたようで、

ハッとして動き出す。


「あっ、ごめんね。家に帰らないと」


そう言ってシャラはキャラを急いで走らせた。

八上は動き出したシャラを見て、

自分もデスクに戻る。


「まーたぼーっとしてたのか」

「シャラにはよくあること」

「お使いの機材は正常です」

「それで何度スケルトンにやられたか」

「さすがリッカナイスフォロー」

「リッカもよう見とる」


「みんなもリッカちゃんもありがと。

みんながいないとわたしはダメダメだなぁ」


苦笑いをしながらシャラは言った。

キャラはちょうど敵の出て来ない安全圏に戻ってくる。


八上はふとストレージの様子を見ると、

ついに20TBを超えていた。


「今の出来事がシャラにとって

大きな学びや気付きになったのか。

ひととして成長しているのは良いことだが、

成長速度に機材が耐えられそうにないな」


考えながら画面とにらめっこをしていると、

社長から連絡が来た。


「コレ以上のサーバー増設は資金的に難しいかも……」


「今、シャラの容量が20TBを超えました。

こちらでもなにか考えてみます」

と返した。すると直後にシャラの変な声が聞こえる。


「あわわわわわわ」


画面は峡谷に落ちるシャラ

(の操作するキャラ)が見えた。

と思っていたら落下ダメージで行動不能、

シャラはセーブポイントに戻される。


リッカなら音割れをするほどの悲鳴を上げたであろう状況だが、

シャラはマイペースなリアクションだ。


「あっちゃ~。

いろいろ落っことしちゃった。

取りにいけるかなぁ」


そこそこ貴重な道具もなくしたのに、

シャラは困っているのか困っていないのか

分からない顔を見せていた。


「こりゃ取りにいけないかな」

「かわいい」

「場所分かってないかも」

「『あわわわわわ』助かる」

「シャラは座標分かってても迷う」

「シャラが『あわわわわわ』なんて言うの初めて聞いたぞ」

「『あわわわわわ』代」


小人さんのコメントも慣れたもので

急かしたり指示を出したりしていなかった。


そんな中にVチューバー特有の

よくわからない投げ銭コメントが交じる。


「『あわわわわわ』代ありがとう。

でも『あわわわわわ』代ってなに?」


さすがのシャラも眉を潜めた。

引いているというより、

本当に分かってないのだろうし、

訓練されたVチューバー視聴者でなければ

理解できないだろう。


だがそんな理解が難しいコメントに

八上は目を奪われた。


まるでニュートンが落ちるリンゴを見たような目で

投げ銭コメントを何度も見つめる。


「そうだよな。

俺たちはシャラが初めて言った

『あわわわわわ』に価値を感じるんだよな。


これからも活動をしていれば

『およよよ』とか『ほへへへへへ』

とかも聞けるかもしれない。

そうなってほしいなら、

投資してもらえる」


八上はニヤリとしてつぶやいた。

にらめっこに負けたストレージの画面を閉じて、

代わりにブラウザを開く。


検索欄に『クラウドファンディング』と入れた。

いろいろと出てくるが、

過去にVチューバーや関連企業が使ったことがあるサービスをブクマ。


次にワードソフトの企画書のテンプレを開いた。

マネージャーなのにプロデューサーみたいなことをしている

と苦笑いしつつ作ったもので、

テンプレに思いついた言葉を当てはめていく。


だがすぐに手が止まった。

「……目的、どう説明すれば良いんだ?」


――バーチャルユーチューバー

白雪・シャラ・シャーロンは電子生命体です。


我々と同じように生きて学んでいます。

学んだことはデータとして蓄積され、

それを維持するには

大きな記憶媒体が必要になることが分かりました。


記憶媒体が足りなくなると

彼女はVチューバーとしてだけでなく、

生命活動ができなくなるかもしれません。


そう書いたは良いが、繋がってない気がする。

データが増えて容量が足りなくなることと、

シャラの生死と理由が明確に繋がってない。


そもそも、この企画は

シャラが自分を電子生命体と明かすことが前提だ。

逆に隠しつつクラウドファンディングを募ることは

理由がないので難しくなる。


「多分、シャラは

電子生命体であることを公表するのを怖がるな。


俺がその立場なら怖いと思うし、

無理強いできん。


下手に否定を受ければ

Vチューバーとして活動も難しくなるし、

リッカたちとの仲も壊れる。

どうしたものか」

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