4-3 たったひとつ(かどうかは分からないけど)の冴えた(と思いたい)やりかた

ディスコードの通知音が聞こえて、

八上はぱっと目を覚ました。


スマホからもパソコンからも

ステレオに聞こえてくる。


うつろな目でマウスを操作し、

ヘッドセットをつけるが耳の位置が

ズレたまま八上は通話に出た。


「シャラか?」


「うん。お疲れ様、八上さん。

何度もかけたのに出てくれなかったから、

どうしたの?」


心底心配した声でシャラは聞いてきた。

八上はヘッドセットの位置を直し、頭を下げる。

重たい頭はキーボードにカッと当たる。


「すまない、寝てたみたいだ」


「机で寝るのは体に毒だって

アスナちゃんが言ってたよ」


「ああ。これをやるとアスナに怒られる……」


顔を上げて言いながら、

パソコンの右隅の時計を確認した。


「今1時、電車は動いてないし、

歩いて帰っても寝る時間が減るだけか。

このまま事務所で寝るわ。

アスナには内緒にしておいてくれよ」


なるべく強がった顔を八上は見せた。

だがシャラは恋人が戦地に赴くのを見送るような顔をする。


「もしかしなくても、

わたしのことでがんばってたの?」


「もちろんだ。

解決案をひとつ思いついたんだが

うまくまとまらない上に、

不安要素もあるし、

シャラの負担もでかい……」


シャラの心配の言葉に答えながら、

パソコンに開きっぱなしのワードソフトを見た。

とりあえず保存してまた明日考えてみることにする。


「わたしの負担より、

八上さんは自分の負担も気にして。


社長もさっき会社に戻ってきて、

わたしに声をかけてくださったんですけど、

目の下が黒くなっちゃってた。あれって、

ひとが寝不足になるとなっちゃうんだよね?


ふたりともわたしのために、がんばりすぎ」


2Dモデルをソワソワさせながらシャラは言った。

普通のひとであれば声が震えていたり、

涙を流していそうな感じだが、

シャラはそれができないのだろう。


「心配かけたな。

アスナに怒られないためにも、

少し自分をいたわる」


「あまり八上さんと社長が、

わたしのために大変すぎるなら、

わたしのデータを一部

――いえ全部消してくれてもいい。


わたしのデータが勝手に増えて、

みんなに迷惑かけちゃうなら、

わたしがどうにかしなないと」


「迷惑なんて――」


「わたしは理由も分からず生まれた存在で、

みんなと違ってリアルに体を持ってないから。


バーチャルユーチューバー

白雪・シャラ・シャーロンは

一度卒業した存在で、

いてもいなくてもよく分からないから」


「それはだめだ」


気持ちを押し殺すように言ったシャラに、

八上は眠気が消し飛んだ

ハキハキとした声できっぱりと言った。


シャラはその声に活を言えられたように

顔をまっすぐ正面に向ける。


「シャラは俺の担当する

Vチューバーである以上に、

俺の推しだ。


推しがいなくなるのはつらいんだ。

ましてや推しが二度も卒業するところを俺は見たくない。


シャラがいなくって困るのは俺なんだ。

シャラの配信がないと、

他のみんながうるさくて耳が助からない」


わがままを言う口ぶりで八上は言った。

自分でも子供がおもちゃをねだるのと

大差ない言い分だと思っている。


それでも、そんな言い分をしてでも

シャラがいなくなるのは認められなかった。


泣きそうな目に力を入れて、

両手が赤くなるほど拳を握り、

こむら返りを起こしそうなほど足を床に押し込む。


シャラは目線を下に向けた。

多分これは気まずくてそらしたとか

悪気を感じたではなく、

考えていることがあるんだろう。


八上はなにも言わず、

シャラの次の言葉を待つ。


「わたしのことを見てくれる小人さんも、

リッカちゃんの小指さんも、

モトコちゃんの子豚さんも、

アスナちゃんの浦島さんも、

ソラちゃんの星さんも、

みんな『助かる』って言うのって、

推しがいてほしいって気持ちなのかな」


「そこまで考えたことなかったが、

多分そうだと思う」


「ごめんなさい。

わたしは自分の存在意義を忘れかけてました。

Vチューバーはみんなを楽しませるためにいます」


うなずく。


「それができなくなるのはつらいよね。

それに八上さんを泣かせるなら、

嬉しいとか思わせたいな。

ソノミンからスマホを返してもらうときみたいに、

泣いてほしくないよ」


八上は突然パソコンから剣が出てきて

刺されたように体をビクリとさせた。


イスが後ろに動き、

ひっくり返りそうになるのをなんとかこらえる。

その上張っていた気がぐらついて、

目頭の熱が引っ込む。


「待った。話を逸らすぞ。


なんでそれを知ってる?

コメントじゃ泣き虫だって煽られてるのを知ってても、

どこで泣いてたかなんて教えたことないぞ。

シャラの前で泣いたことはないはず……」


どうしても気になり

バクバクする心臓を抑えながら八上は聞いた。

今その話をするときじゃないと分かっていながら、

どうしても聞かないわけにいかなかった。


八上が素っ頓狂で

ギャグアニメみたいな

リアクションをしたからか、

シャラは目をパチクリさせて、

下を向き思い出すように話だす。


「えっと、わたしもそのときは

意識がなかったと思う。

ただ音声データがわたしの中にあって、

それを聞いたの。

ごめんね、八上さんが

泣き虫なのそこまで気にしてたなんて」


「泣いてるところ、

シャラには見せまいと思ってたんだがな」


八上は乾いた声で笑った。

ソノミンにもリッカにもモトコにもアスナにもソラにも社長にも

泣いているところを見られたことがある。


自分の推しであり担当である

Vチューバーを支えるのであれば、

そんな情けないところは見せられないのに、

見られていた。


だからこそ、

技術や経験値が増えた今なら

泣かずに仕事ができる。

シャラには泣いているところを

見せず聞かせずに仕事がしたかった。


今はシャラの容量問題を

考えなければならないのに、

秘密がバレていたことへの

虚無感みたいなのが頭を支配する。


「音声データ、聞く?」


「いやいや恥の確認なんてしないし――」

シャラのボケた言葉に八上は

ツッコミを言おうとしたが、

別のことが頭に浮かび言葉は止まった。

すぐにツッコミを引っ込める。


「聞かないけど一応確認する。

どこにある? 聞かないけど」


「このパソコンのGドライブに

『Memory』ってフォルダがあるの。


そこにいろいろな形式のデータがあって、

多分日付順に並び替えて一番古い音声データが、

八上さんが泣いているところ」


「いや、泣いているわけじゃなくて、

現実を受け入れたところなんだ……」


八上は恥ずかしさで顔を下に向けつつも、

目線をモニターに向けて、

シャラの言ったフォルダを見た。


並び替えるとシャラの過去配信や仲間たちの配信、

シャラのファンアートなどが

すべて保存されていた。


さらに動画についたコメントなども

全て文字データとして保存されている。

文字通りここにはシャラのすべてがある気がする。


もちろんシャラの言う音声データも見つかったが、

それ以上に他のデータが気になった。

八上は顔をまっすぐシャラに向けて聞く。


「シャラはもしかして、

過去配信やファンアートとか

全部保存してるのか?」


「えっと、わたしが自分の意志で

保存してるわけじゃなくて、

一度見たものとか経験したものが

勝手に全部溜まっていくの……。


配信の内容だけじゃなくて、

オフで誰かと話したことも保存されちゃってて。

ごめんなさい、

これを消したら容量確保できるかも?」


シャラは言葉を探しつつ、

セリフを間違えないように

ゆっくりとした声で答えた。

対して八上は早口で言う。


「それは多分ダメだ。

俺の予想だが、ここにある

動画や画像データも全部シャラの魂の一部だ。

比喩じゃなくて文字通りな。


個々のデータを消したら、

消した記憶をシャラは忘れるかもしれない。

そうしたら思い出の繋がりが分からなくなって、

変な気分になるはず」


「あ、それはイヤです。

わたしがわたしでなくなっちゃう」


嫌そうにシャラは眉をひそめた。

言葉もとっさに出ただろう内容だが、

八上は思った通りだとうなずく。


「話がそれっぱなしだし、

突拍子もない俺の予想言うぞ。

今のシャラは、シャラを愛する気持ちから

生まれたんじゃないか?」


「わたしを愛する気持ち?」


「ここのファイルの作成日、

シャラが卒業配信をした次の日なんだ。


これはシャラの魂と思われるデータのどれよりも古い。

つまりシャラの魂を形作った一番最初のデータが

ここにある配信動画やコメント、ファンアートなんだ。


非科学的だろうけど、俺はそう思った。

思い当たる節、あるか?」


八上の必死な問いかけを聞いて、

シャラは目線を下げて考え始めた。


ときどき目をギュッとつむったり、

パッと開いてなにかを言おうとしてやめて、

ソノミンと同じ様に目線を上に向けて

考えてみたりしたところで、

シャラは口を開く。


「最初に感じたことって、

八上さんたちが言う

『暖かさ』みたいなのだった。


もちろんわたしには

温度を感じる仕組みがないから、

この表現であってるのか自信ないの」


使う言葉ひとつひとつがあっているか

辞書で確認するような話し方だった。


八上は急かしたり、

要約をしてみたりせず、

シャラの言葉を待つ。


「その『暖かさ』を感じているとき、

誰かがわたしのために泣いている気がした。


今こうして考えると、

八上さんがわたしのことで

泣いていたんじゃないかって」


「まるで俺が泣いてたから、

シャラが生まれてくれたみたいじゃないか」


思ったことを率直に八上は言った。シャラはそれを聞いて嬉し恥ずかしそうにはにかむ。シャラも同じことを思って、八上の仮説を正しいと思ってくれたのだろう。


「はい、だからわたしは、

そんな八上さんのためにも

Vチューバーを続けなくちゃって、

今改めて思ったの」


恥ずかしげもなく堂々と

シャラは意気込みを語った。


面と向かって言われて

八上は恥ずかしさで涙腺が緩む。


「もちろん、わたしの魂を作っている

ファンアートを書いてくれて、

コメントをしてくれて、

感想をつぶやいてくれて、

見てくれて、

シャラの卒業を悲しんで、

惜しんでくれた小人さんたちのためでもあるよ。


ううん、それだけじゃない。


事務所を作ってくれた社長に、

この体をデザインしてくれた十四時ママ、

わたしと仲良くしてくれるリッカちゃん、

モトコちゃん、アスナちゃん、ソラちゃん。

そしてわたしの心の元になってくれたソノミンもいる」


「そ、そうだな」


まったく裏表を感じない

素直な言葉を聞いて、

八上は恥ずかしがっていたことを

恥ずかしく思った。


気を取り直して、真面目な顔になる。


「だからこそ、

わたしは大変でもVチューバーを続けたい。

八上さん、考えていたアイディアを教えて。

大変かもしれないけど、がんばってみる」


シャラも真面目で

覚悟を感じる顔で言ってくれた。

断る理由はなくなった。


「分かった。話そう。

と言ってもやることはシンプルだ。


シャラが電子生命体であることを公開し、

状況を説明し、クラウドファンディングで助けを求めるんだ」

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る