4-4 タレントの使う「大切なお知らせがあります」という言葉に不安を感じるけど

その後八上は

シャラと話し合いながら企画書を起こした。

早速ふたりで社長に見せに行く。


「シャラくんが電子生命体で

あることを認めてもらうことが、

そのままシャラくんを

救うことにつながるわけか」


なにか納得したようなことを言って、

社長は企画書から顔を上げた。


その顔は嬉しそうだ。

ビデオ通話を繋いだシャラと、

八上の顔を交互に見る。


「許可しよう。存分にやりたまえ」


そう言って社長は

机からハンコを出して勢いよく押した。

真っ赤なインクで『承認』と企画書につく。


「ありがとうございます、社長」


シャラは嬉しそうに笑った。

対して八上は目を細める。


「……社長、コレがやりたかったとか思ってません?

今までそんなセリフも、

そんなハンコも出してこなかったですよね?」


「あっはっは! バレたか。

だけど失敗したら、僕の人生も、シャラくんも、

会社も全部が消えてしまうかもしれないんだよ。


そんなドラマチックな状況で、

ドラマチックなことしないでいつするんだい?」


社長は相変わらずノーテンキというか、

アニメオタクのごっこ遊びじみた雰囲気で笑った。


だがその目には覚悟の火が灯っている。

社長の言うことは事実だ。


「まあ、社長の言うことも分からなくはないです。

シャラは、Vチューバーは

命張るに値するものだって、

俺は思ってますからね」


「八上さん……」

思わず出た言葉を聞いて、

シャラはうっとりとした声で

八上の名前を呼んだ。


「おいおい、シャラくん、

僕だって命張ってるんだ。

僕にもときめいてくれよ」


「あっ、ごめんなさい。

社長にも感謝してますし、

多分感謝しきれません。

でも、ときめくってどういうことです?」


お詫びを口にしつつも

シャラはどこか抜けた声で聞いた。


社長はそんな答えでも満足したようで、

ニヤニヤとしながら企画書を八上に渡す。


「そういうのはこれから学んでいくことだよ。

シャラくんが、電子生命体が、

Vチューバーが見せてくれる未来に、

僕は期待してる。

よろしく頼むよ」


「「はい!!」」

八上とシャラは揃って返事をした。



シャラはクラウドファンディングのお知らせ配信の準備、

八上はクラウドファンディングの自体の準備を始めた。


合わせてシャラの配信をかぶせないように

所属Vチューバーたちに、

スケジュール調整の連絡を入れる。


「急で申し訳ないが

明後日二十一時からシャラの重大発表がある。

みんなで見てほしいっていうのもあって、

配信スケジュールを調整してほしい」


連絡用のディスコード会議室に

メッセージを送ると、

すぐにリッカから返事が来る。


「重大発表!??!?!???!??!?!?!?!??!?!?!?」


「引退とかではないが、かなり重要だ。

シャラ本人にこの件を聞くのは控えてほしい」


「病気のこと?」

次にアスナから心配そうなメッセージが来た。


「ではない。

だがシャラ本人に関わることだ。

ちょっと驚くかもしれないから、

ネトゲをしながらだと

びっくりして操作ミスするかもな」


「分かった。

そのときはインしないで見る」


八上は遠回しな言い方をしたが、

アスナには伝わったようだ。


「私、シャラを驚かせる側になりたいんだけど」


モトコからはそんなマイペースな返しが来た。

ちょっと気を張っていたせいか、

くすりと笑って肩の力が抜けるのを感じる。


「落ち着いたら企画してくれ。

うまくいけばシャラをお化け屋敷に連れてっても良い」


「期待してる」


八上の頭に、ニヤリとしたモトコの顔が浮かんだ。

この期待に答えられればいいと、

八上は拳に力を入れる。


「お酒用意した方がいい?」


「発表が終わったあと、

飲めると思ったら飲んでくれ」


ソラがノーテンキな質問をしてきたので、

目を細めて返した。

返事を打ち終わったあと、

頬杖をついてみんなとのやり取りを見直す。


「祝杯、あげられればいいんだがな。

失敗すればやけ酒で済まないだろう」


シャラを信じていないわけではない。

小人さんたちを信じていないわけでもない。


とはいえ現実離れした、

社長の好きなアニメのようなことを話して、

信用されるのか?

こればかりは予想もできない。


電子生命体だということに自分も最初は疑って、

社長とソノミンだけが初手から信じた。

そんなシャラと初めて出会った日のことを思い出すと、


「ソノミンにも連絡しなきゃな」

と思ってメッセージを送った。


「お疲れ様。

明後日二十一時からシャラが

電子生命体であることを明かす配信をすることになった。


同時にシャラを維持するための

機材を買うためのクラウドファンディングを募集する。

ソノミンになにかしてほしいとかじゃないが、

報告は必要だと思って連絡した」


八上が少し別の作業をしていると、

ソノミンから返事が来た。


「分かったよ。

シャラにはわたしも見守っていることと、

わたしのことは気にせずに思うママ話してほしいと伝えて」


「分かった」

「あと、小人さんたちのことよろしくね」


そんな追伸が来て八上は涼しげに笑った。

また体の力がほどよく抜ける。


「いや、よろしくって。

まるでシャラが、

小人さんたちの面倒見てるみたいな言い方だろ。

逆だよ逆」


「そうだったかなぁ。

とにかく、配信が終わったらわたしから連絡するね」


連絡を終えてリラックスした体にまた力が入る。


「ソノミンとの連絡が

作戦会議にならなきゃいいけどな。

いや、考えても仕方ない。

次は告知を出さないと」


不安は出てしまうもなんとか

自分をごまかしながら、

八上は手を動かした。



――所属Vチューバー、

白雪・シャラ・シャーロンについて明後日二十一時より、

本人のチャンネルにて大切なお知らせがあります。

今後の活動について皆様のご理解とご協力をお願いするお話です。


フェアリーテイル公式からのお知らせが出ると、

不安を感じる返信などが来る。


「まさか卒業?」

「よい発表ですか?」

「シャラの配信を見てる限り

何事もなかったように思えますが、

なにかあったんです?」


ツイートについた返信など

小人さんの反応を見て、

八上は申し訳無さそうに口を曲げた。


「そうだよなぁ、みんなそう思うよなぁ。

大切なお知らせなんて言ったら、

卒業とか休止とか結婚とかに見えるよな。


俺もこの言い方キライなんだが、

当事者になると分かる。

こうとしか言えん」


八上がじっとツイッターの画面を見ていると、

シャラからも告知が出た。


「重大発表があるの。

卒業じゃないですけど、

驚かせちゃうかも。


リンゴを喉に詰まらせないように

気をつけて見てほしいな」


思わず笑った。

シャラの告知ツイートは

八上も文言を確認している。

分かっていたのに笑ってしまった。


「リンゴを喉に詰まらせてたのはシャラじゃい」

「申し訳程度の白雪姫要素」

「シャラがいつも通りだから安心した」

「逆にリンゴ用意します」


シャラのツイートを見て

安心したひとも少なくないようだ。


それを見て八上もシャラも少し落ち着きながら、

重大発表の段取りを話し合った。


どういった説明をするか、

どんな質問をされるだろうか、

どうしたら理解されるか。


いつもシャラを見てくれる

小人さんのことを考えながら、

シャラを推す八上としては

どう言われたら納得できるかも混ぜて

簡単な台本を用意した。


「モトコちゃんの考えるような、

きっちりした台本にしないの?」


八上の打ち込んだテキストファイルを見て、

シャラは首をかしげながら聞いた。


「シャラの場合、

台本を固めちゃうと

言わされる感が出る気がするんだ。


話す内容は決めておいても、

その言葉はシャラがそのとき思って

口にしたモノの方がいい」


「わたしに任せるってこと?」


「みんなシャラの配信を見に来てるんだ。

言葉に詰まっても、かんでもいい、

ツッコミを入れられるような

トンチンカンな表現でもいい」


「うん。でもわたし、

トンチンカンなこと言ったことないよ?」


「……落ち着いたら、

自分の配信見直すといい」


これなら大丈夫だと思いつつ、

八上はシャラの言葉に苦笑いを混ぜながら答えた。


大まかな進行表を決めたら、

配信に使う画像を用意する。

今のシャラはデザインセンスが良く、

最終チェック以外は

ほとんど八上は手を出すことはなかった。


その間八上は、

この数ヶ月で散らかった防音室の片付けをしていた。


重なった缶コーヒー、

メモ帳、防音壁の汚れを拭いたり、

デスク周りのホコリを落としたりする。


まるで身辺整理みたいで

八上はいやな感じもしたが、

配信に必要なことなので、

ネガティブな考えを持ちつつも、

ゴミなどを持ち出す。


そうこうしているうちに

あっという間に配信の予定時間が近づいた。


自分が出るわけでもないが

八上はよそ行きのスーツで出社して、

きっちりと仕事をこなし、

シャラの使うパソコンに向かった。


「時間だね。配信を始めます」


「ああ。がんばってこいとか、

よろしく頼むとか、

どれも今使う言葉じゃない気がして、

気の利いた言葉がでないな。

すまない」


「でしたら、いつも通り見てていいですよ。

いつもと違う配信だけど、

わたしのことを知って、

楽しんでもらうためにする配信だから」


余裕のある頼もしい言葉に、

八上はまばたきを何度もしてシャラを見つめた。


(シャラはVチューバーであろうとしているわけだな)


それが分かると八上は深くうなずいた。

シャラは八上がうなずいたのを見てから笑って、

ビデを通話を抜ける。

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