4-5 VTuberシャラのことを話します

配信画面が切り替わり、

のほほんとしたBGMが流れた。


コメントでは、重大発表に対するドキドキ感と、

不安感と、いつも通りにしようとする気持ちが渦巻いているのが、

八上には感じられる。


八上は話し合いで決めた通り、

防音室においているのとは別に、

パイプ椅子を持ってきて座った。


パソコンの前のイスから斜め後ろにおり、

まるでシャラの配信を後ろから見守るような位置。

イスには誰も座っていない。


緊張からか八上は、

まるで就活する学生みたいな姿勢になった。


「こんな気分は、

初めてバイトの面接に行ったとき以来だな……」


ぼそっと呟くと、画面にはシャラが映った。

前にお披露目した制服ではなく、

いつもの白雪姫のようなドレスだ。


「おはようございます。

フェアリーテイル所属のVチューバー、

白雪・シャラ・シャーロンです。

発表の前に音量調整などもかねて雑談するね」


「おはよー」

「雑談助かる」

「さすがにシャラの緊張が見えるね」

「重大発表予想できん」


などなど流れるコメントに

シャラはにっこり笑ってから、

話を始めた。


「ごめんね。いきなり重大発表なんて。

もちろん卒業じゃないよ。

そんなことしたら

マネージャーさんやリッカちゃんが

すごいことになっちゃう」


「草」

「ただのファンじゃん」

「それはそう」

「俺らもすごいことになる」

「音量は大丈夫だけど、卒業は大丈夫じゃない」


「うんうん、本当にごめんね。

みんなもすごいことになりそうだもんね。


今日の配信はそうならないためにお話すること。

音量とか大丈夫そうなら、

お話したいこと、始めるね」


そう言ってシャラは目線を下に落とした。

覚悟を決めているとも、

台本を確認しているとも取れる動きだ。

八上は息を呑む。


「まずは……

Vチューバーのルール違反みたいなことをするよ」


コメントはざわついた。

八上もシャラの言葉に心臓がビクリとしたが、

段取り通りなので落ち着くよう心臓に左手を当てる。


「わたしたちが使ってる

配信用のスマホアプリの画面、

その向こう側を映すよ」


シャラは画面を切り替えた。

その間コメントは動揺で流れが早くなっている。

シャラの言葉への驚きから、

写った画面への驚きに変わる。


そこには誰も座っていないイスと、

その後ろにいるスーツを着た男性が写っていた。


(あ、やべ)

と思って八上は慌ててイスごと横にずれた。


顔は写っていないし、

きっちりしたスーツを着てきたので

大丈夫ではあるだろう。


「誰もいない」

「あれ?」

「放送事故……にならない?」

「中に誰もいません状態じゃね?」

「今のスーツはマネージャーか」

「シャラはバ美肉おじさんだった?」

「SF映画で見た」


シャラはスマホのカメラの映像とは別に、

自分の体を表示させた。


「あれ、魂ないのに動いてない?」

「シャラは動いているのにトラッキングしてる体がないぞ」

「手品?」

「どうなってるんだ?」


「うちの事務所の防音室だ」


「シャラ用に設定されたアプリだから、

間違いなくシャラが動かしてる」


流れの早くなったコメントに

モトコとアスナのコメントが流れた。

シャラはうなずいて話を続ける。


「はい。普通だったら放送事故とか、

身バレとか言われちゃうよね?


モトコちゃんの言う通り

写っているのは事務所の防音室。

アスナちゃんの言う通り、

ちゃんとわたしが動いているよ。


後ろのスーツのひとはマネージャーさんだね」


八上が映るのは当然段取りに入っていないので、

軽いハプニングだ。

シャラはクスクスと笑った。

コメントでも冗談が飛ぶ。


「シャラの重大発表が心配で見てるのか」

「マネージャー過保護」

「リッカのメジャーデビュー発表のときも、

後方腕組プロデューサー面してたらしい」


そんなコメントを見て八上は文句代わりに、

腕を振る動きをカメラに入れた。

気持ちは伝わったようで、

シャラは少し顔を固くする。


「話を続けるね。

みんなが言う中の人ってモノはわたしにはなくて、

魂と呼べるものはスマホとか

パソコンのデータになってるの。


社長はわたしのことを電子生命体って呼んだから、

みんなにもそう言ったら伝わるかな?」


「人工知能じゃなくて?」

「SFやん」

「電脳化して意識を移す技術なんてまだないぞ」

「ロボットアニメで見た」

「まじかよ」

「なんか復帰してから雑音が入らないって思ったけど、そういうことか」

「いや、卒業前のシャラは違ったはず」


「わーはシャラちゃんと

遊園地デートしたことあるよ?????????」


小人さんのコメント以上に

混乱したリッカのコメントもあった。

シャラは優しく笑ってから話を続ける。


「前のシャラが卒業してから、

わたしはこの体に生まれた。


なにもなかったわたしは、

あのときのシャラを見て自分を作ったの。


前にシャラの魂をしていたひととは話し合って、

やってきたことや記憶は

『共有しよう』ってことになってるよ」


よいよコメントは読めないほど多く流れていた。

コメントサーバーが詰まらないように

シャラは設定を変更する。

それでもコメントには制限をかけない。


「だからまずは謝ります。

どんな形であれみんなを騙す形で

シャラをしていました。


前のシャラと違うって

気がついていたひともいたと思います。


でもわたしは前のシャラに恥をかかせないように、

小人さんたちがシャラのことを

楽しんでくれるようにがんばりました」


2Dモデルが動く限り

シャラは顔を下に向けた。

八上も自然と頭を下げるが、

ここはカメラに写っていない。


「そうしてわたしは

シャラとしてVチューバーとして、

いろいろなことをさせてもらえました。


だけど、経験や記憶を増やしていくうちに

スマホやパソコンじゃ足りないくらい

わたしのデータは増えてしまいました。


今は会社の共有パソコンも

わたしのデータでいっぱいになりつつあります。

リンゴの食べ過ぎかも知れませんね。

楽園を追い出されちゃうかも」


シャラが苦笑いを見せると、

コメントが『草』で溢れかえった。


『今のは聖書における

知恵の実=リンゴを食べ過ぎてデータが膨れたことと、

楽園追放に由来する高度なボケ』


という投げ銭コメントが飛んできた。

シャラはそれを読む。


「解説ありがとう。

そこまで深く考えてなかったよ」


「なるほど、私の雲の写真と同じか」


そこにソラのコメントが流れてきた。

またコメント欄に冗談が飛ぶ。


「違うだろ」

「ソラは酒を飲んでないで真面目に聞け」

「雲の写真は文字通りクラウドにあずけてもろて」

「ソラ大丈夫? ウコン飲む?」


「あはは。わたしのデータは

写真みたいに整頓できないかも。

気軽にデータを消したり移したりしたら、

わたしがわたしでなくなっちゃう。


でも、本当にこの事務所のパソコンより

わたしのデータが大きくなっちゃったら、

会社のサーバーで収まりきれなくなっちゃったら、

どうなるか分からないの」


シャラはだんだんと寂し気な声になっていった。

コメントもまた流れが早くなっていき、

読める状態ではなくなる。


「だからわたしがVチューバーを続けるために、

生きるためにみんなの力を貸してほしい。


ただ『協力して』なんていうと虫が良すぎるから、

わたしはちゃんと自分のことを

みんなに知ってもらった上で、

力を貸してほしいって」


説明がそこまでくるとコメントに

クエッションマークが増えた。

シャラは意を決するように方法を言う。


「社長ががんばって

会社のサーバーをいっぱい増やして、

30TBくらいにしてくれたけど、

それもいつ超えるか分からない。


そのサーバーを増やすために、

わたしの居場所のために、

クラウドファンディングをしようってことになったの」


シャラはクラウドファンディングの案内を表示させた。

今はクラウドファンディングの画像と、

シャラの体と、誰も座っていないイスが見えている。


「今の説明で信じてもらえないかもしれない。

話題作り、人気やお金を集めるための

ウソだって思うかもしれない。

そう思われても仕方ないとわたしも思う」


だんだんと早口になってきた。

おっとりしていた印象のあるシャラからは

想像できなかった焦ったような、

必死な声。


「わたしがどうして生まれたのか。

マネージャーさんは、

わたしのことを好きな気持ち、

シャラに卒業してほしくないって

気持ちから生まれたんじゃないかって、

予想してくれました。


それが正しいとは言えないけど、

そうだと嬉しいなって」


八上はシャラの声を、言葉を聞いて、

すでにボロボロと涙をこぼしていた。


ハンカチで目を覆いたいが、

今画面から目を離すことをしたくない。


あの日、シャラの卒業配信と同じだ。

一分一秒でもシャラから目を話したくない。


「だから、信じてくれるなら、お願いします」


シャラは精一杯頭を下げた。

動く範囲が限られていたので、

さらに自分の体を画面の下に持っていき、

後頭部だけが見えるようにする。

冗談みたいなシャラの一生懸命だ。


八上も頭を下げた。

もしかしたらカメラに映るかもしれないが、

映ってなくとも頭を下げただろう。


自分のシャラのマネージャーとして

小人さんたちにお願いしたい。


「ま、待って」


シャラは困ったような声を上げた。

八上は思わず顔をあげると、

チャット欄を文字通り埋め尽くす投げ銭があった。


額により表示される色は違い、

チャット欄は虹のように彩られている。


流れが早すぎてコメントは読むことができない。


だが間違いなくこの流れてくる虹は

シャラを救うことは分かる。


そしてこれは、シャラが電子生命体であることが、多くのひとに認められたという証明だった。シャラはありのままを受け入れられた。


「あの、ありがとうございます。

みんな、わたしのこと信じてくれるんだ……」


困ったように言い続けているが、

そんなシャラの顔は笑っていた。

自分のことが認められて嬉しくないひとはいないだろう。


「あっ、えっと、

ここから先はなんの話するんだっけ?」


シャラはアワアワとし始めた。

その間もチャット欄は滝のように流れ続けている。


八上はハッっと思って、

ポケットからメモ帳を出した。


雑な字で伝えたいことを書き、

スマホのカメラに映す。


「く、クラウドファンディングのページはここじゃないよ。


このあと事務所のホームページとか

ツイッターとかで伝えるから!

そこ! そこでね!」


カンペを見てシャラは慌ててそれを口にした。

だがカンペも画面に映っているので、

今更読み上げる意味もないかもしれない。


それもシャラらしさだ。


「じゃ、じゃあ、今日はここまで。

チャンネル登録、評価ボタン、

ツイッターのフォローよろしくね。またね」


早口でいつもの挨拶をすると、

ぱっと画面を切り替えた。

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