4-6 生き物はみんな『生きてるだけで偉い』

「はぁ~~~~~~~~~~」


八上は大きなため息をついて、

崩れ落ちたように肩を落とした。

緊張がすべて抜けてついでに

体の力を持っていかれる。


このまま気を失いたい、

あるいは寝てしまいたいと思うが、

パソコンにポップアップされる

たくさんのメッセージがそれをさせてくれない。


重い体に力を入れ直し、

誰も座ってなかったイスに座り直した。


メッセージはシャラに、

リッカにモトコにアスナにソラに十四時、

関係者ほぼ全員だ。

八上はまず、シャラにつなげる。


「お疲れ様」


「お疲れ様……。

うまくいったってことであってるよね?」


「ああ、間違いない。

投げ銭だけでかなりの費用が賄えるかもしれん」


八上は言いながらシャラの配信を確認した。

数字の計算はあとでするとして、

今は読みきれなかったコメントを見る。


「シャラに協力したい」

「電子生命体なんて夢のようだ。協力したい」

「女の子を助けるのに理由いる?」

「これでリンゴもっと食べてください」

「クラファンなんてまどろっこしい。コレでも喰らえ」

「推しの幸せを願わなくてなにがVチューバーオタクか」

「知り合いの研究機関に話を聞いてみます」

「もっと早く言ってもよかったんやで」

「つまりアルターエゴか」

「伝説に貢献させてくれ」

「事務所の株買います」


そんな中身内の名前もあった。

「養育費」

という封筒に書かれていそうな短い投げ銭コメントは、

言うまでもなく十四時のものだ。


「なんかすごいですね」


コメントを八上が読み上げていると、

シャラは嬉しさより驚きのほうが

大きいと感じているようにつぶやいた。

八上もうなずく。


「小人さんのコメントもそうだが、

仲間たちがシャラと話したがってる。

どうする?」


「わたしも話したい」


シャラの堂々として嬉しそうな言葉に

八上はうなずいた。

シャラを交えたディスコードの会議室を作り、

通話を求めてきた全員を正体する。


「シャラぢゃああああああああああああああああああああああああああああああん」


音量調整をすべて無にする

音割れした叫びが入ってきた。

ノイズキャンセル機能で途中から声が途切れる。


「リッカちゃん、今までごめんね」


「いの! こうすてはなずてでも、

シャラぢゃんはシャラぢゃんとすか思えねはんでいの!

なんかぢがうぞんざいばって、

だまぢいぢがっても、いづしゃべらぃだってじんじだよ!」


津軽弁と涙と鼻水でグチャグチャになった声で、

リッカはシャラへの気持ちを投げつけてきた。


なにを言っているのか分からなくても、

シャラには気持ちが伝わったようだ。


「うん、ごめんね。

もしよかったら、

わたしのスマホを持ってお出かけしてくれる?」


「いいよ!

いつでもいい!

今からでも行こう!」


「ダメに決まってんだろ。

リッカは明日新曲の打ち合わせだし、

この時間電車も止まってるし、

店も空いてないぞ」


「うー、八上さんの意地悪」


「まあまあ、わたしはいつでもいいし、

事務所に来れば……ううん、

わたしはバーチャルな存在だから

今も会ってるようなものだよ」


シャラは穏やかな声でリッカに語りかけた。

配信で疲れていると思えるのに、

一切の隠し事なく話ができる嬉しさのほうが強いのかもしれない。

少なくとも八上からはそう見聞きできる。


「リッカちゃーん、

シャラちゃんと話したいのは

リッカちゃんだけじゃないんだよー」


音だけなのに酒臭さが

感じられる声が聞こえてきた。

シャラたちの苦笑いが聞こえ、

八上は首を引いた。


「ソラちゃん、お酒飲んでる?」


「配信終わったあと、

飲めると思ったら飲めって、

八上マネージャーが言ったんだよー。

だからこれは許可あり飲酒ー」


ソラはそう言うとまたグビグビと音をマイクに載せた。


「えっと、ソラちゃんは、

嬉しいこと楽しいときに

お酒を飲むって言ってたけど、

わたしの配信を嬉しいとか

楽しいとか思ってくれたの?」


「もっちろんー。

電子生命体なんて、ううん、

生き物はみんな『生きてるだけで偉い』んだよ。


配信見てクラファンが成功しない

未来が見えないんだもん。

もう前祝いしたって許されるしょ」


陽気にソラは答えると『カシュッ』と

新しい缶が開く音がした。

そこに大きなため息が聞こえてくる。


「八上マネなら言うまでもないけど、

クラファンは成功してからが本番だからね。

シャラのために新しい企画考え直してるんだから、

ちゃんとやらせてよね」


モトコの口調はやや厳し目に聞こえるが、

言葉の端々から楽しい気持ちが隠せていなかった。


「ああ、もちろんだ」


「モトコちゃん、

わたしのためにいろいろ考えててくれたんだね。


でもそれってわたしがみんなと同じ存在の前提で、

わたしが違う存在だって分かるとできないんだ。


ごめんね、せっかくいろいろ考えてくれてたのに」


シャラはモトコの言葉を聞いて、

申し訳無さそうに言った。

だがモトコはパッと明るい声で答える。


「普通のひとにできる企画は

他のひとでもやってもらえるからいいの。


いい企画は誰にやらせてもおもしろいんだから。

それよりも、シャラじゃないとできないこと、

やりたくてしょうがないんだから。


あとホラー企画でシャラの悲鳴を聞くアイディアは、

今も変わらず考えてるんのよ」


「お、お手柔らかにね……」


「今のシャラは電子生命体か。

アタシが健康についてアドバイスするのは

難しい存在なわけね」


今度はアスナが興味深そうにシャラに声をかけた。

シャラはアスナにも申し訳なさそうな声をかける。


「ごめんね。シャラは病気で

卒業したってことになってるんだよね。


もしかして、復帰したわたしのために

アスナちゃんもいろいろ考えてくれてた?」


「申し訳ないとか謝らないの。

こうして話してると体の健康は同じ理屈が通用しないけど、

多分、心の問題はアタシ達と同じだと思う。


だったら、シャラのメンタルは見てあげるから。

なんかあったら相談してね。

八上マネに話しづらいことも聞いちゃうから」


「うん。アスナちゃんも、みんなありがとう。

わたし、前のシャラと違うのに、

同じ様に接してくれるんだね?」


シャラは少し声を震わせながら言った。

普通のひとであれば感激してないているだろう。


八上がそう思うのは、

今自分がマイクをミュートにして

ボロボロ涙をこぼしているから。


「だって、本当に違いが分からないんだもん。

双子みたいに思っちゃうかも」


「そだね~。これはあ~し、

知らずのうちに双子を産んでたってことか~」


「十四時ママ!

あの……十四時ママの書いてくれた体に、

違う魂入ってることになってるけど、

イヤじゃない?」


「ぜんぜ~ん。むしろソレを聞いたらもう一着衣装を用意したくなったよ~」


「あ~、十四時ママ、

わーにも書いてよ~」


「あはは~。

リッカもいるしVのママになれてよかった~。

幸せすぎて死ぬ~。

っていうか修羅場ってて死ぬ~。

オンリー申し込むんじゃなかった~」


そんな十四時のうめき声を聞いて、

八上の涙は引っ込んだ。

マイクのミュートを外して、改めて語る。


「シャラのことについては、

配信で話したとおりだ。

俺からもお願いしたい。

シャラとこれからも仲良くしてほしい」


「もちろんだよ」「当然」「こちらこそよろしく」「今日も酒がうまい」


八上の言葉にみんながそれぞれの返事をした。

ひとり変なことを言ったが、

八上とシャラが思っていた以上に

みんなあっさりと事実を受け入れてくれる。


これからも自分の担当する

Vチューバーであり推したちの活動が見られるだろう。

そう思うと八上は胸が熱くなってくるのを感じた。


するとそこに、

シャラと話がしたいとメッセージがきた。

八上はすぐにその人物を会議通話に入れる。


「みんな、お久しぶりかな」

「「「「「シャラ(ちゃん)!?」」」」」


その声を聞いて八上とシャラ以外の人物が声を上げた。

八上は涼し気に笑い、

シャラはみんなの声に目を丸くする。


(まあ、俺だって最初間違えたし、当然だろうな)


「えっと、わたしはソノミン、

シャラにそっくりな魂のお母さん的な存在かな?」


「あー、そういうことね、完全に理解した」


十四時が真っ先に分かってなさそうな

セリフを言った。続けて、

「つまり、あーしは三人の娘がいるわけだー」


なと的外れな解釈を口にしたように聞こえた。

が、八上はだいたいあってて否定できず黙る。


「じゃじゃあ、わーの憧れは

ソノミンさん?とシャラちゃんのふたりでいいの?」


リッカはアワアワした声で解釈を口にした。

ソノミンは前と変わらず穏やかな声でリッカに語りかける。


「今のわたしはシャラじゃないけど、

慕ってくれるの?」


「も、もちろんですっ!

ソノミンさん?もシャラちゃんも

素敵なひとだって知ってるから。


だったらわーの憧れの女性が増えただけなのかな?」


「声の区別がつかない……」

「これはリッカじゃなくても混乱するよ」

「もー、今の状況楽しすぎるでしょー」


また会議通話がワチャワチャとし始めた。

八上は姦しいというには

おんなへんの多い状況に口を挟む。


「あ~、そろそろ終わりにしたい。

シャラも疲れてるし、

ソノミンだって体調は完璧とは言い難いからな」


「わたしは大丈夫だよ。

でも八上さんが気を使ってくれるなら、

要件だけ伝えるね。

あ、わたしはソノミンだよ」


シャラとソノミンの区別がつかないからか、

ソノミンに気を使ってか、

みんなは静かになってくれた。

ソノミンはゆっくりを話を始める。


「シャラ、よく勇気を出して自分のことを話したね。

わたしは自分の病気のこと話すことができなかったから、

すごいと思う」


まるで自分の娘を褒めるような優しい声だった。

リッカがすすり泣く声が聞こえてくる。

八上はとっくに音をミュートにしている。


「う、ううん、わたしはそもそもソノミンも含めて、

みんなと話すのを最初怖がってたから、

偉くなんてないよ。


でもわたしはみんなのおかげで、ここにいるし、

みんなと隠し事なしで話したいって」


「それはわたしも同じだよ?

こうしてみんなとまたお話ができるのは、

シャラが自分のことを話してくれたから。


パーソナリティを分け合った

わたしの娘みたいな存在だもん。

似たような悩みを持つよ」


「そっか、あーしとソノミンでママがふたり……来るぞ」


十四時は朦朧とした声で

トレカアニメみたいなことを言い出した。

八上はそこにトラップカードを発動するように割って入る。


「こねーよ。きりがいいのでここまでで、

シャラと話したいひとは

スケジュール表を見ながら個別にプライベートで、

活動に支障がないようにな」


「「「「「「「はーい」」」」」」

みんなの返事が揃って音が割れた。



八上は通話が切れると大きなため息をついた。

今通話を繋いでいるのはシャラだけ。


それからだるい手を動かして、

クラウドファンディングのページや

事務所のホームページなどを確認する。


「ちゃんと公開されてるな……」


「八上さん、今回は本当にありがとうございました」

シャラはていねいな声で改めて言った。


「ああ、シャラこそよくがんばった」

マウスから手を離し、

背もたれに体をあずけながら

八上は力なく笑った。


「お疲れだね。八上さん、

明日から忙しくなるかもだから、

ソノミンみたいに大事なことだけ伝えるね」


八上は反射的に大丈夫だと言う前に、

シャラは口を開く。


「みんなのおかげでわたしはここにいる。

けど、最初のきっかけをくれたのは

八上さんだとわたしは思ってるんだよ。


Vチューバー、白雪・シャラ・シャーロンを

推してくれてありがとう。

いっしょにVチューバー業界を盛り上げようね」


そう言ってシャラは通話を切った。


すると八上の目から

ボロボロと涙が溢れ始めた。

すぐにハンカチを出して顔を覆う。


「俺は……推しを失わずに済んだんだ」


スマホがそばにあるので

シャラには聞こえているだろうと思う。

だがそれでも八上は声を上げて

泣くことをやめられなかった。


「引退したVチューバーに意味はあるのかって思ってた。

魂のなくなった器はもう動かないって思ってた。


次の配信も、朝の挨拶ツイートも、

他のVチューバーが話題に出すこともなくなるし、

みんな話をしなくなる。

だから意味は無いって思ってた」


防音室に八上の声だけが聞こえた。

収録や大事な配信のために使うだけあって、

パソコンの音も静かだ。

無音が八上の言葉にうなずく。


「意味ができたんだ。

本気で推しのことを考えれば、

たとえ魂が引退しても『なにか』が

生まれるかもしれないんだ。


芸能人やアイドル、

リアルユーチューバーとは違う、

バーチャルユーチューバーだからこそ起こることがある」


ようやく八上の目から涙が流れきった。

ハンカチをから顔をあげる。


「シャラの物語はまだまだ続くんだ」


八上の目線の先には、

クラウドファンディング達成済みの文字があった。

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