2-13 決意を固めてコラボの準備

「八上さん、お願いがあるの」


コーヒーを淹れて戻ってきた八上に、

シャラは決意を固めた前向きな声をかけた。


八上はイスに座り、姿勢を正してうなずく。


「リッカちゃんとコラボしたい。

スケジュール調整をお願いしていい?」


「分かった」


八上はそう答えて

すぐにパソコンのスケジュール管理表を開いた。

するとシャラは拍子が抜けた声を漏らす。


「『大丈夫か?』とか聞かないの?」


「そんなにいい声で言われて、

疑うのは逆に失礼だ。


ソノミンとの話し合いで何かを得た。

だからやってみようと思った。

違わないだろう?」


スケジュール管理表から目を離さずに八上は答えた。

明後日の二十二時にマウスポインタを合わせる。


「うん……。

本当に八上さんはわたしのこと、分かるんだね」


「そんなことない。

分からないから知ろうと思い続けてるだけだ。


コラボだが明後日二十二時から

一時間ができそうだ。

リッカは延長したがるだろうから、

三十分までならヨシとする」


「ありがとう。

一時間っていうのは、

わたしのことを考えてのこと?」


「いや、リッカを早めに寝かせるためだ。


明日レコード会社と打ち合わせがあるから、

リッカを早めに寝かせたい。

シャラからも終わり際に

そう言ってもらっていいか?」


「はい。八上さんは

わたしのことだけじゃなくて、

みんなのことが分かってるんだね?」


「分かってたらリッカのスケジュール管理に苦労しないさ。


リッカは自己管理が苦手だからな。

最初は俺がアスナにいろいろ教わりながら、

マネジメントしてたくらいだ」


遠い目をしながら八上はぼやいた。

遠い目の先はスケジュール管理表から、

メールを打つ画面に変わる。


「リッカちゃんって感受性豊かだけど、

その分感じることが多くて大変なのかな?」


「そんな感じだな」


「八上さん、よければ

リッカちゃんのこともっと教えてほしいな?


配信アーカイブはもちろん全部見てて、

歌ってみた動画もたくさん聞いてるけど、

データに残らないこともいっぱいあると思う。

それを知りたいの」


「そうだな。

どうしてシャラを慕ってるのかは、

確かリッカが自分で配信で話してるな」


「わたしがすごい堂々としてて、

何事にも動じなくて、

歯がキレイだったからって。


それを最初津軽弁で言ったから、

もう一度言ってもらったなんてことあったね。


いろいろ調べたけど、

津軽弁、未だに聞き取れないな」


シャラの言葉が正しいことと、

津軽弁は聞き取れないことに同意して、

八上はうなずいた。


メールを打ちながら八上は話を続ける。


「リッカはな、

変わった声質のせいでからかわれたり、

いじめられたりしたんだ」


「いじめ……ってなんです?」


シャラはそう聞くと、

不思議そうな顔をして下を向いた。

スマホがブラウザを開いて検索を始める。


「ん~、いろいろあるが、

この場合は他人の特徴をバカにすることだな」


「ステキな声なのに、

バカにするなんてことされちゃうの?」


本気で分かってない顔で

シャラは聞いてきた。


八上はメールを打つ手を止めて、

シャラに向き合う。


「俺も理由はよく分からんが、

どんな動物でも起こることらしい。


そんなわけで、リッカは

自分の声にコンプレックスを持ってたわけだが、

社長にスカウトされて、

Vチューバーをすることになる」


「リッカちゃんの最初の頃の配信、

すごい自信なさげだった。


今のわたしより怖がってたかもって。

そういう理由だったんだ」


八上は深く頷いた。

シャラは少し眉をひそめる。


「配信では声をバカにされるなんてことはない。


Vチューバーの配信を見るひとは

アニメキャラのような声に慣れてて、

むしろリッカみたいな声は好かれる。


リッカがそれに気がつくのは

シャラと出会ってからだな」


「確かこんな声で喋ってるのが

衝撃的だったって言ってました」


シャラはへんてこな声で言った。

小人さんたちからは『コロボックル』と呼ばれる

シャラが誰かのモノマネをしたときに出る声だ。


「ちなみに、誰のモノマネだ?」


「八上さんのモノマネだよ。

分からないの?」


「分かったら『コロボックル』なんて言われないぞ。


だが、こんなツッコミをされても

堂々としてたからこそ、

リッカはシャラを尊敬しているってことだ」


「なるほど……またリッカちゃんのことが

ひとつ分かったかも。

コラボうまくできそう」


シャラは嬉しそうに笑って見せた。

八上は逆に真剣な顔になってシャラに言う。


「今まで伏せてたが、

シャラが卒業してからのリッカは

目に見えて元気が減ってた。


そこにシャラが復帰して、

始めてちゃんと話をすることになる。

リッカはふわふわとした不安定な感じになるかもしれない。


それでも、頼めるか?」


「もちろん。

Vチューバーはみんなを楽しませる存在。


小人さんたちはもちろん、

コラボ相手になるリッカちゃんも

見守っててくれる八上さんも

『みんな』に入ってるよ。


わたし、みんなを楽しませられるようにがんばりたい」


「そういってくれると頼もしい。

それじゃリッカに連絡を入れる」


八上はそう言ってメールを送信した。続けて、


「今リッカはボイトレの時間だから、

返事はすぐに来ないと思うが……、電話だ」


「ちょうど休憩時間だったのかな」


呆れた声で八上は言うと、シャラは笑った。


八上はわざとらしいため息をついて、

スマホを顔に当てた。


「やります! 明後日とは言わず今日!」


電話がつながった直後、

リッカは挨拶もなくメールの答えを告げた。

八上は音量を調整しながら言う。


「ダメに決まってるだろ。

コラボでめっちゃ喋るなら喉の体力温存しろ」


「そ、そうですね。

あ、八上さん、お疲れ様です」


「はいはい、お疲れ様」


時間差で出てきたリッカの挨拶に、

八上は適当な声で挨拶を返した。

続けて用件を言う。


「準備と告知はこっちでするから、

喉だけじゃなくて体力も取っておけ。


コラボでシャラといっぱい喋るんだろう?」


「はい!」


八上の言うことに、

リッカはここ数ヶ月で一番元気な声で答えた。


「よろしい。

打ち合わせは配信の一時間くらい前からでいいな。

遠足前の小学生みたいになるなよ?」


「もちろんです!

あ、休憩終わりなので失礼しますね。

お疲れ様です」


「ああ、お疲れ様」


慌ただしく通話は切れた。

通話が切れたのを確認してから、

八上はつぶやく。


「今のところは問題なさそうだが、

うまく言ってくれよ」



シャラとリッカのコラボ配信の日、

予定時間の一時間前ぴったりにビデオ通話がつながった。


「お疲れ様です!!」


通話がついた途端、

耳にリッカの声が響いた。


元から響く高い声に、

ボイトレで声量が鍛えられ、

さらにテンションが載っている。


ビデオ通話に映るリッカのアバターからも

溢れんばかりの高揚感が感じられる。


八上は片目をつぶりながら挨拶を返す。


「お疲れ様。今からでかい声を出すな」


「だって!

まさかシャラちゃんとまた配信ができるなんて

思ってなかったんですよ!?

八上さんなら分かるでしょ!?」


「分からなくはないが……」

(リッカのテンションが思った以上に高いな、大丈夫か?)


と八上が思っていると、

シャラも通話に入ってきた。


「お疲れ様です。八上さん、

届いたお便りから今日使うのを選びました。

確認お願いします」


シャラは通話に入ると挨拶をしてから、


「リッカちゃん、お久しぶり

……でいいのかな?


お互いの配信は見てたから

そんな気はしないけどね」


マイペースな言葉をリッカにかけた。

するとリッカは目を見開いて声を上げる。


八上はリッカの顔を見て、すぐに音量を下げた。


「シャラちゃあああああああああああああああああああんんんんんんんんんん」


リッカは予想通りのデカい泣き声を上げた。


おまけにリッカは、

アバターのアプデで追加された泣き顔差分を使っている。


「うんうん、わたしもコラボできて嬉しいよ」


シャラは嬉しそうに笑った。

重いと言われそうなリッカの感情にも引いていない。

とはいえ八上は止めに入る。


「待て待て、積もる話は

配信にとっておくんだ。


リスナーたちも生の感情を聞きたがってるんだから」


「そうですね。我慢我慢……」


八上に言われてリッカは

自分を抑えるためにつぶやいた。

シャラはそんなリッカを愛おしそうな目で見て言う。


「うんうん、えらいえらい」


「シャラちゃん! あたし……配信で言うね」


声をかけられてリッカはパッっと声を上げるが、

すぐに首を低くして抑えた。

八上はそんなリッカの様子を見て思う。


(大丈夫そうか?

シャラの魂が変わったとは思ってないようだが……。


いや、先日のソノミンの話で

『共有する』ってことになってるんだ、

魂が違ってもシャラであることに違いはない。

俺も変に意識しないほうがいいな)


「それじゃリッカ、

シャラが選んだお便りを確認してほしい。


クラウドの共有フォルダに入ってるから、

NGだったらNGのフォルダに動かしてくれ」


「シャラちゃんが選んだなら、大丈夫!

逆に見ないほうがいいかもだし」


「そうか、なら俺が確認しておこう」


八上はそう言ってフォルダを開いた。

配信画面に出せるよう

画像形式で保存されたお便りをざっくり見ていく。

その間シャラもリッカも黙っている。


「リッカちゃん、

ちょっとくらいなら話してもいいと思うよ?」


気を使ったように

シャラがリッカに声をかけた。

八上はビデオ通話に目線動かすと、

リッカがゆっくり首を振る。


「ううん。シャラちゃんが動いているの見てただけ。

あたしと同じ十四時ママがデザインしてくれた姿が、

また一緒に動いてるのが嬉しいの。もっと見てたい」


「それはちょっと恥ずかしいかな。

でもリッカちゃんに寂しい思いさせちゃったし、いいよ」


シャラはもじもじ動きながらそう言った。

八上はそれを見てからお便りの確認に目を戻す。


(今のシャラにとって、

そのモデルが体そのものと言えるからな。


ジロジロ見られて恥ずかしいのは分からんでもない)


「えへへ。八上さん、

お便りのチェックずっとしてていいよ」


「ならさっさと終わらせるか」


リッカの言葉に八上は軽口で返した。内心では、


(シャラのモデルはもう動かないと思ってた。


だから今動いてるのが嬉しいって

リッカの言うことに同意しちまった。


俺もあの日、

ソノミンにスマホを返してもらったとき、

同じことをおもったんだからな)


と思っており、

無愛想な顔を作って共感を隠している。


リッカは頬を膨らませ、

シャラはクスクスと笑っていた。


八上はそんなふたりを見てから

数枚のお便りをNGのフォルダに動かす。


NGフォルダに移動したのは、

今のシャラには答えるのが難しそうな内容のお便りだった。


シャラとリッカのふたりで行ってみたい場所はあるか?


食べたいものはあるか?

など普通のVチューバーならば

NGになる理由のない他愛もない、

でもみんな気になるような話題が含まれているお便り。


(こんな内容が入ってるからって、

NGにするのは心苦しいな。


シャラが選んだということは、

それなりに答える目処があったんだろう。

だが今はすまないがやめておこう)


胃が縮こまる気分になりながら、

八上はフォルダを閉じる。


「よし。お便りのチェックをしたぞ。

俺はここで抜けるから、ふたりで音量のチェックとか、

配信アプリの同期とか、準備を頼む。

シャラ、やり方は、大丈夫だよな?」


胃が縮こまる思いをしたからか、

八上は不安を感じてシャラに聞いてしまった。

それでもシャラはにっこりと笑う。


「大丈夫ですよ。

八上さん、前より準備が早くなったって

言ってくれたじゃない」


すぐに八上は、シャラの答えは

大丈夫じゃない気がして息を止めた。

なにか言おうとしたが、


「そうなんだ。

シャラちゃん、器用になって、

なんだか頼もしくなった気がする」


とリッカは文字通り

憧れの先輩を見つめる目と声で言った。


八上は杞憂だったと

止まった息をゆっくりと吐く。


「なら大丈夫だな。

配信は俺も見てる。楽しんで来てくれ」


言い残して八上は通話から抜けた。

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