2-12 シャラの魂の対話

「お疲れ様。シャラがソノミンと話したいらしい。


スケジュールはこちらで合わせるから、

都合の良い日時を教えてほしい」


次の日、八上は自分用のパソコンからディスコードで、

そんな連絡をソノミンに送った。

するとすぐに返事が来る。


「お疲れ様。

今日何事もなく検査入院から帰るから、

明日以降のお昼お話できるよ。

やっとシャラと話ができるのは嬉しいな」


「じゃあ明日のお昼で頼む」


八上はすぐにソノミンに返事を返すと、

別の所からディスコードの着信が届いた。


「アスナだ。そいえば今はゲームしてないな」


そうつぶやきながら

ヘッドセットをつけてビデオ通話に出た。

アスナは硬い声で用件を言う。


「お疲れ様、八上さん。

シャラの体調とかメンタルとか大丈夫?」


「お疲れ。ちょっと悩みがあって、

明日のお昼にガッツリ話し合いする予定だ。


今日ちょうど検査があって、

何事もなかったそうだ」


ちょうど今聞いた

『ふたりのシャラ』の話を混ぜつつ、

八上は何食わぬ声でアスナに答えた。

アスナも納得したようで少し声を柔らかくする。


「そっか。アタシより先に

シャラの異変に気がついた八上さんが、

そう言うなら大丈夫だね。


だけど八上さん、なんか緊張してる?」


「あ~、してるかもな」


八上は素直に言われたことを認めた。

アスナに言われて自分のことに気がつく。


「まるで三者面談を控えた中学生みたい?

シャラと話をするのに緊張するはずないし、

誰か違うひとと話す予定でもある?」


「そんな感じだ

(さすがに『ふたりのシャラ』と話をするとは言えないしな)」


「まあ、八上さんのことはいいや」

「いいんかい」


「いいよ。シャラが悩んでそうなのは、

アタシも感じてたんだ。

病気もあったし復帰したてで疲れやすい。

そうも取れたけど――」


アスナは言葉の途中で、

ローディングが入ったように言葉を詰まらせた。

八上は少し身を固くしてアスナの言葉を待つ。


「今からアタシ非科学的なこと言うよ。

なんか今のシャラって儚い存在に見える」


「儚いって、

まるでなにあったら消えちゃいそうな……」


今度は八上が言葉につまった。なんとかムスッとした顔で動揺を隠す。


(当たらずも遠からずか。

さすがアスナ、ネトゲ廃人と超健康体を

両立するだけはあるな)


八上は頭の中でアスナを褒め称える。


「まあVチューバーなんて

みんな儚い存在だけどね。

そんでもみんながんばってる。


八上さんもシャラのこと頼むよ。

シャラのことでなんかあったら、

相談に乗るから」


「ああ。相談するとしたら

メンタル面のことだがいいか?」


「もちろん。それじゃ朝の配信するからこれで」


アスナはそう言い残して通話を切った。

すぐにアスナが配信の枠を建てたことが、

パソコンの通知に出てくる。


「さて、アスナに相談するようなことがなければいいが」


そうつぶやいて仕事を始めた。



次の日のお昼、

八上は緊張でカチコチの体で防音室にいた。

ディスプレイに見えるシャラの目線も下を向きっぱなしだ。


「ソノミン、来てくれるかな?」


「それは大丈夫だ。

ああ見えて遅刻とか寝坊とかをしたことがない」


シャラの不安な声に、

八上が緊張した声で答えると

ソノミンが通話に入ってきた。


「お疲れ様」


防音室にいるふたりに対して、

ソノミンはとてもリラックスした声で挨拶をした。


(テンションの落差で、

シャラと同じ声なのにどっちがどっちか分かるな)


思考を紛らわせて

自身の緊張を解こうとしたが、

八上は緊張した声のまま挨拶を返す。


「お疲れ様、ソノミン。体は大丈夫か?」


「でなかったらわたし、

検査入院から戻してもらえませんでしたよ」


八上はそれを聞いて、

一段回緊張と固くなった肩をダウンさせる。


「あなたがシャラね?

始めましてでいいかな?」


急に話題が振られたからか、

シャラは通信ラグが解消されたときのようにピクッと動いた。

慌てたような声で、返事をする。


「は、はい。始めまして……。

白雪・シャラ・シャーロン、

バーチャルユーチューバーです」


「知ってるよ。配信も見てたし、

こうして見ると本当にわたしとそっくりだね」


まるで生き別れの双子と再会したかのように、

ソノミンは機嫌のいい声で語りかけた。

それでもシャラはアワアワした動きを見せる。


「大丈夫。わたしは悪いことは考えてないよ。

シャラの話したいこと聞かせてほしいな?」


「はい……」


「敬語じゃなくてもいいよ。

似た者同士だもの」


「は――じゃなくて、うん。

わたし、ソノミンの話が聞きたいの。

アーカイブやログに残らない話は

わたし知らなくって……」


シャラは敬語をやめても

恐る恐るソノミンに言った。

ソノミンは少し意外そうな顔をして、

目線を上に向けて考える。


(そっか、ソノミンは考え事をするとき上を向く。

シャラは考え事をするとき下を向く。

癖もこんなに違うのか)


八上はふたりの間に水をささないよう、

気がついても口に出さなかった。


本題とは違うことだが、

気になってシャラとソノミンの動きを見比べてしまう。


「大体は配信で話しちゃってるから、

改めて教えられそうなエピソードはないかも。


シャラはわたしがシャラをしていた頃の配信を、

全部見てくれてるんだよね?」


ソノミンが目線をこちらに戻して答えた。

シャラは質問に対してコクコクとうなずく。


「わたしは器――アバターを使ってても、

演じたりすることはしてなかったの。


もちろんそのひとのスタンスに寄るけど、

Vだからって演じたり、器に合わせたりする必要はない。


Vの委員長も、八上さんの好きな四天王がそうしてたようにね」


「今の説明に『八上さんの好きな』ってところいるか?」


八上は目を細めてソノミンに

慣れたツッコミを入れた。


ソノミンは前と変わらずのやり取りにクスクスと笑う。


「大事なことだから」


「からかってるならやり返すぞ。


シャラに言うことはないってソノミンは言うが、

『ひとりものまねクイーン決定戦』

っていうログに残ってない話題がある。


シャラに話すことなら意外とあるんじゃないか?」


「えっ!? わたしそんなこと言ったっけ?」


「覚えてないんかい」


ソノミンはこの話題を聞いたときのシャラと同じような声を出した。

八上は呆れるあまり頭を落とす。


「もしかしたら、

こういう話は八上さんがしたほうがいいかも。

わたし全然覚えてないや」


「そうかもな……。

なんか思い出したらメモしておくか」


八上は力が抜けて

重くなった頭を上げなら言った。


シャラの方はポカーンとした顔をして

八上とソノミンのやり取りを聞いていた。


「あ、ううん。ソノミンって、

本当にありのままを配信で見せてたんだなって」


目を丸くしたままシャラは言った。

驚きと尊敬が混じって

コメントに困っているように八上には見える。


「でもわたしはみんなが知ってることを知らない。


ご飯のこととか、暑い寒いとか、

いい匂いとか、病気とかは分からない。


ソノミンの病気のこといっぱい調べたけど、分からなかった」


シャラは悔しそうな声で言った。

しばらく沈黙が流れる。


(電子生命体のシャラには

五感のうち視覚と聴覚しかない感じだからな。


ましてや病気のことなんて知識でしか得られない。

いくらソノミンが魂をしていたシャラを真似ても

限界はあって、それも悩みになってたんだな)


そう思いつつも八上は口を挟まなかった。

上を向くソノミンと、

下を向くシャラ、どちらかの声を待つ。


「この言葉が正しいかどうか分からないけど、

ありがとうシャラ。

わたしのことを知ろうとしてくれて」


「ソノミンにお礼を言われることなんてしてないよ。

だって、わたしは真似をするしかなかった。


自分の生まれた理由とか理屈とかも分からなくって、

ただこの体のあり方をトレースして、

Vチューバーをしているのもただあり方をなぞってるだけって」


「だとしたらなおさら嬉しいよ。

自分のしてきたことが認められてるってことだもん。


いろんなひとの思い出になれても、

電子生命体が自分の活動を参考に成長してくれるなんて、

社長じゃなくてもワクワクするな」


「参考にしているじゃなくて、

コピーをしてたつもりだった。


でもちょっとずつ違ってきたのが自分で分かってきた。

八上さんもソノミンの魂が入ったシャラと、

わたしとで違いを感じてますよね?」


「あ、ああ。魂が違うんだから、

違いがあって当然とすら思ってる。

もちろんいい意味でな」


急に話を振られたが、

八上はちゃんと答えられた。


シャラを肯定する言葉だが、

シャラの表情は晴れない。

そんな顔のままシャラはソノミンに聞く。


「だからわたしはどうしても、

ソノミンの魂が入ったシャラと、

わたしを比べちゃう。


どっちが、シャラとしていいのか、悩んでる。


一番いいのは見てくれる小人さんが求めるシャラ。

それがどっちか分からないの。


もし小人さんの信頼を失ったらわたし、

消えちゃうかもしれない。

それだけじゃなくて『シャラ』に失礼だって」


シャラは今にも泣きそうな声で、

あふれる不安を口にした。

その声はかれることもないし、

泣き顔の差分がないので目が潤むこともない。


ひとが当たり前の様にできる感情表現が

シャラにはできなかった。


八上はそんなシャラを見て

目頭が熱くなるのを感じた。


まるでシャラの代わりに自分が泣こうとしているようだ。

八上は目をつぶって必死に堪える。


「白雪・シャラ・シャーロン」

「はい」


「なんて、呼ぶと自然に返事ができる。

それくらいあなたは今シャラなんだよ。


だから今のわたしはソノミン。

前に八上さんが声を聞き間違えちゃうくらい、

そっくりかもしれないけど、別の存在なんだよ」


またソノミンが八上を引き合いに出してクスクス笑った。


八上は涙をこらえつつ、

うっすら目を開けてソノミンを見る。


八上はソノミンに言いたいことがあるが

そんな状況でもないし、余裕もない。

ソノミンは穏やかな声で話を続ける。


「シャラは、小人さんたちをびっくりさせないために、シャラらしく振る舞ってくれた。だけどずっと無理して真似しなくていいんだよ。ひとは変わるものなんだから」


「でも、わたしは電子生命体で、ソノミンたちとは違う」


「意思を持ってて、話ができて、

Vチューバーとして活動できるなら同じようなものだよ。


だからシャラも『ひと』って言っていいと思う。

体の構造は違ってても『生命体』って意味ではいっしょ」


それを聞いてシャラは、

文字通り当たり前のことに気がついて目を点にした。

ソノミンはにっこり笑ってから、話を続ける。


「ひとは変わるものだよ。

魂の違いでなくても、

過去と今で違いがあって当然。

小人さんたちもそのくらいの感覚で

違いと変化を楽しんでるはず」


「変化を? 

見た目の変わらないVチューバーで

変わっちゃうことがあったら、

みんなイヤじゃないの?」


「見た目も変わるよ?

新衣装、十四時ママが新しいの書いてるよね?

それって見た目が変わることだよ?

それに心だって変わるよ?


ゲームをいっぱいやればうまくなる。

勉強をいっぱいすれば頭が良くなる。

ずっと同じなVチューバーのほうが嫌われちゃうよ」


「あ、そっか……。

みんなを楽しませるためには、

いろいろなことをするんだ。

そうしたら自然に変わっていく」


シャラは自分の解釈を口にした。

ソノミンは嬉しそうにうなずく。


「だからね、卒業前までのシャラのしてきたことを、

わたしとあなたとで共有したいなって思うの」


「きょうゆう?」


まるで初めて聞く難しい言葉のように、

シャラはその漢字二文字を聞き返した。

ソノミンは国語の先生のようにその意味を語りだす。


「自分がどういう存在なのか

シャラの真似して学んで、

シャラになってくれたのが今のあなた。


引退前のシャラも全部

あなたのものとして扱っていいよってこと。


そうすれば今のシャラは

日々の活動で変化したことになる。

あなたも、小人さんも楽しいと思う」


「でもそうしたら、

ソノミンがシャラの魂として活動していたことを否定しちゃうかも」


ソノミンの提案を聞いて、

シャラは遠慮するように言った。


ソノミンはゆっくり首を振って、話を続ける。


「そうならないために、共有するの。

わたしもシャラとして活動するのは楽しかったから、

その思い出は消したくないからね」


わがままを通すように

ソノミンは舌を出して笑った。


まるで人類を救う発明を見つけたかのように

シャラの顔は呆然としつつも、

希望を感じ始めたように見える。


「共有、できると思う」


「よかった……。

ムリって言われたらどうしようって怖かったの。

ありがとう、シャラ」


「やっぱりわたしが怖かったの?」


シャラは以外そうな顔でソノミンに聞いた。

ソノミンは少し恥ずかしそうに、目をそらしながら言う。


「だって、SFアニメとか、ロボットアニメだと、

元となった存在は怖がられるから……。


あっ、もちろんシャラは

わたしのコピーとかそういうんじゃないよ。


むしろ別人格、

アルターエゴとかペルソナとかって言うんだっけ?

それも違うような。


とにかく、シャラはわたしのこと多分怖がるから、

シャラは話したいって言うまでは声をかけなかったの」


「社長もそうだけどフィクション基準に考えて、

よくうまくいくよ」


八上はわたわたとしたソノミンの説明を聞いて、

大げさに疲れたような声を出した。


ソノミンはそんな八上のぼやきに笑ってから、

またシャラに声をかける。


「それにシャラのおかげで、

わたしがVチューバーになった意味が増えて嬉しいんだ」


「なんで? 八上さんみたいに

推しが復帰したからじゃないよね?」


「シャラまで俺をいじらなくていい」


「わたしにとってのシャラは

『推し』っていうより、娘かなぁ。


絵師さんがVのデザインして

息子や娘ができたみたいに喜ぶでしょう?


だからわたしを参考にして

デビューしてくれたのなら同じ感じに思えるんだ。


シャラは双子の妹と娘どっちがいい?」


「変な質問をするなっての」


「えっと、じゃあ娘で」

「答えるんかい」


「やった。

病気で子供が産めないって分かって

落ち込みそうだったけど、

うん、大丈夫」


変わらずソノミンは笑って見せていた。

だが八上の顔は固まって動かなくなっている。


(聞いてないぞ……。

なんかソノミンが一辺倒な雰囲気だって思ってたが、

それを今まで隠してシャラと話をしてたってのか)


八上はそう考えるが一切顔に出せず、

驚いて固まったふうに演じ続けた。


八上にある他の選択肢は、

失礼なことを言うか、

泣くかどっちかしかない。


「ごめんなさい。

多分悲しいことが

ソノミンに起こったことしか分からない。


でもわたしがシャラになって、

Vチューバーの活動を続けることでソノミンも嬉しいなら、

わたしは変わっていくことを受け入れながら、

Vチューバーを続けるよ」


「うん、その言葉で十分だよ。

ありがとうシャラ。


八上さんも難しいと思うから

気の利いたことしなくて大丈夫。

わたしにはシャラがいるから」


文字通り生きる希望を見つけたような笑顔で、

ソノミンは声をかけた。


シャラは噛みしめるようにうなずき、

八上は今意識を取り戻したようにパクパク口を動かす。


「そ、そうか……。

いろいろありがとうな、ソノミン」


八上はそう言って頭を下げた。


(やべ、泣きそう。

いろいろあっていっぱいいっぱいなのか)


「それじゃ、そろそろお話終わりにするね。

八上さんもお仕事あるし」


「うん、今日はソノミンと話ができてよかった」


シャラは頭を下げっぱなしの八上の代わりに言ってくれた。


八上はマイクをミュートに、

くしゃみをするふりをして、

結局こぼれてしまった涙を拭いている。


「わたしもだよ。

今はみんなが驚いちゃうから、

シャラのこと秘密にしてるけど、

いずれわたしの娘だって言えるようになったらいいなって、

わたしソノミンママは思ってるよ」


「えっと、十四時ママがいるっていうのもあるし、

ソノミンをママって呼ぶのはなんか違うかも。


あ、でも娘みたいな存在っていうのを

否定しているわけじゃなくって」


「分かってるよ。

ごめんね、わたしのペースで話ちゃってて。

わたしの話は、シャラが聞きたかった答えになってたかな?」


ソノミンは文字通り画面越しに

シャラを覗き込みながら聞いた。


シャラはからかわれておどおどしていた顔から、

キッとした真面目な顔になって答える。


「うん、Vチューバーとして、

シャラとしてやっていける気がしてきた」


「八上さんはどう?

聞きたいことあったら、

延長ついでに相談にのるよ?」


「いや、ソノミンがシャラにかけてくれた言葉に、

俺の疑問の答えもあった。

十分過ぎるほど有意義な話だったぞ」


八上は顔を上げて答えた。

自分を映す画面からは

自分が泣いていた感じは見られない。

泣いていたことはごまかしきれそうだ。


「ならよかった。

ふたりともなにかあったらまた連絡してね」

 そうして通話は終わった。

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る