2-11 八上さんも話聞こ?

「ごめんなさい、

わたしが口を滑らせちゃったから」


配信のあと、シャラは開口一番に謝った。

八上は首を振って答える。


「いや、コラボをしたいっていうのは

シャラの本心でもあったんだろう。


小人さんも、十四時先生も、本音を言うと俺も、

シャラとリッカが話をするのを見たいんだ。


俺はスケジュールを調整するだけだから、

なんとでもなる……」


八上は語尾を曖昧にしながらシャラの顔色を伺った。

八上が予想する通りの、

分かりやすく不安な顔がある。


「うん。八上さんの思っているとおり。

先日からの悩みと同じだよ。


配信ならできても通話をつけたとき、

リッカちゃんの求めるシャラができるか不安なの。


リッカちゃんほどシャラのことを分かっているひとなら、

別の魂だって分かってしまうかも」


「配信でちゃんと求められているシャラができてるんだから、

リッカとふたりで話しても大丈夫

……と言いたいが、

俺がいくらいっても不安だよな」


「八上さんんもリッカちゃんにもごめんなさいって思う。


もし、リッカちゃんに

『こんなのシャラちゃんじゃない』

なんて言われたら、消えちゃうかもって」


八上はまず腕を組んで、顔をしかめて、

シャラの下手くそなものまねで笑うのをこらえた。


それから、今日社長と話をしたことを思い出す。


(……社長の言ってたのはこれか?

シャラの消えちゃいそうは

『穴があったら入りたい』

とかじゃないんだろうな)


「なら、リッカに今のシャラは

電子生命体だと話す案はなしだな。

社長は他になんて言ってたっけか」


八上は首を捻って今日あったことを思い出そうとした。

シャラも八上と同じ方向に首をかしげて聞く。


「社長となにか話したんですか」


「ああ、シャラはVチューバーなんだから、

電子生命体うんうん考えずに、

他のVチューバーと同じ接し方でいいって言われたりとかした」


「そうなんだ。それはちょっとうれしいかも」


シャラはもじもじしながら言った。

それを見て八上は悔しそうに歯を噛む。


(真剣に考えてるシャラに申し訳ないが、いい表情だな。


もう少し事務所にお金があったら、

シャラのモデルをバージョンアップしたり、

3Dモデルを作ってやったりしたら、

もっと表現豊かになるんだろう……。

今は維持で精一杯だが)


「八上さんどうしたの?

コロコロと顔色が変わってるよ?」


「ちょっと思考が逸れてただけだ。

いや、急がば回れっていうし、

それがいいのか?」


シャラに言われたことを受けて、

八上はまたコロっと顔色を変えて言った。

すぐに思ったことを口にする。


「最近俺とシャラは仕事のことばっかり話してたな。

関係上当然っちゃ当然だが」


「うん。それもわたしのことばっかり」


シャラは八上の言うことを認めて顔を落とそうとした。

その前に八上は声をかける。


「だったらあえて話を脱線しよう。


シャラの雑談配信とかのネタにも使えるし、

Vチューバーに限らずユーチューバー、

アーティストとかは意外とこういうのが大事だからな」


「『アイディアはどこに転がってるか分からない』

ってモトコちゃんが言ってたのと、同じ意味かな?


ソラちゃんは配信のアイディアを出すとき、

お酒を飲んで雲を眺めるって言ってたしそっちかな?」


「だいたいあってる。

モトコはよく旅行番組とか見てるな。


Vチューバーになるきっかけも、

北海道の旅行番組らしい。

だけどソラの方法は真似しなくていいぞ」


「真似できないよ」


シャラは楽しそうに笑った。

八上は手応えを感じて話を続ける。


「対してアスナとリッカは、

配信したいことを思いついたらバンバン出してくる。


オールオッケーしたいが、

どうしても難しいことはあるがな。

スケジュールとか権利問題とか。

そういうのを考えたりどうにかするのが

俺の仕事でもあるわけだ」


「いつもお疲れ様」


満面の笑みでシャラは

ねぎらいの言葉をかけてくれた。

八上は頭をかいて答える。


「すまないな。また仕事の話になっちまった」


「ううん、八上さんが楽しそうに言うから、

わたしも楽しく聞いてたよ。

八上さんは本当にVチューバーが好きなんだね」


「まあ、そうだな」


八上は目をそらして、

鼻の下をこすりながら答えた。


シャラはまっすぐ八上を見たまま笑っている。


「よかったら、

そんなに好きになった理由を教えてくれる?


あっ、もしかしてソノミンには話してたりするかな?」


「いや、多分話したことがあるのは社長くらいかもしれない。

それに照れくさいが隠すほどのことじゃないしな」


「配信で言ったりしないようがんばるから、

聞かせてください」


「そこまで言わなくても話すよ」


八上は照れつつもシャラの方を見て語り始めた。

シャラの目はまじまじと見てくる。


「俺がVチューバーを知ったのは

もちろん『バーチャルユーチューバー』を名乗った親分だ。


初めて見た動画も覚えてる。

体力テストとか身体測定みたいなことをやってたな」


「それって初期の頃の動画だったよね?

Vチューバーのことをずっと見てたなんて、

八上さんすごい」


「古参って言えるほどじゃないさ。


俺が見るようになったころには、

いわゆる『Vチューバー四天王』が

活躍するようになった時期だ。


もうその頃には、

いろいろな企業やグループができ始めてる」


「その『いろいろな企業やグループ』に、

フェアリーテイルも入ってるんだね」


シャラは得意げに言った。

八上も楽しげにうなずく。


「ああ。点田社長はこう言ってた。

バーチャルユーチューバーは自分の求める

『超時空バーチャルアイドル』に近い存在だ。


『超時空バーチャルアイドル』は

アニメ本編では残念な結末に終わったが、

自分はそうさせない。


本物の電子生命体も、超進化したAIも、

仮想的魂としてバーチャル受肉したいリアルの人間も

平等に受け入れたい。


だから、今から事務所を作ってVチューバー業界を大きくしつつ、

本命の電子生命体を迎え入れる準備をするんだ」


「ふふっ、八上さんのものまね、似てない」


「似せるつもりはないからな。

別に笑われたってなんとも思わないし、

なんならシャラのものまねのほうが似てない」


「そうかなぁ。

前のシャラの頃からみんな言うんだけど……。

わたしも似てると思うのに」


シャラは不思議そうに下を向いてぼやいた。

八上は顔がニヤけるのをこらえて思う。


(そういうところだぞ。

違う魂だし、デザインのセンスは良いのに、

全然ものまねが下手な自覚ないのは、

本当にシャラらしい)


「わたしのものまねのことより、

今は八上さんのことが気になるかな。


社長の目標は『超時空バーチャルアイドル』のいる

事務所を作ることだったら、

八上さんも同じ目標を持っているの?

一番好きなVチューバーは親分だって言ってたし」


「そうだな。だが、『一番』って言うと、

シャラや事務所のみんなに上下つけることになるから、

違うとも言える。


俺が親分を推すのは新しい世界を見せてくれたからだな。

だから親分を含め、Vチューバーっていう言葉を

通して見えるすべてをすごいものだって思ってる」


「神様や仏様みたいなだね。

『人間だけが信仰を持つ』なんて言葉もあるように、

わたしにはよく分からないけど……」


「俺も難しいことはよく分からんぞ。


だが、オタク趣味は宗教みたいに言われるし、

シャラのたとえは間違ってないかもな。

俺の目的はVチューバー業界を大きくすることだ」


「わたし、その目的に関わってたりしてない……よね?」


シャラは恐る恐る八上に聞いた。

八上は楽しげな顔のまま答える。


「社長は大げさに『関わっている』って言ってたな。

社長の未来像も聞かされたが、俺にはよく分からん。


それでも事務所としてはシャラの存在は大きいはずだ」


「じゃあ、わたしみたいな電子生命体の存在と、

八上さんの目的とは別なの?」


まるで八上の答えの方が気になっているように、

シャラは答えを求めてきた。

八上はそのまま素直に答える。


「俺は電子生命体とかそういうのは分からん。


だが、マネージャーの俺が担当するVチューバーが、

人間神様エルフ天使悪魔犬猫ゴリラロボット電子生命体どれであろうと、

そのVチューバーが業界を大きくしてくれるって思えるなら、

俺は仕事をこなすだけだ」


シャラは八上の答えを聞いてぽかんとした。

八上がハッとして声をかけようとしたが、

先にシャラが口を開く。


「そうだよね。

Vチューバーっていろんなひとがいるんだったね。

器か魂どっちが違ってもVチューバーってくくりなら、

みんな同じって」


「ああ。俺はシャラを特別に思っているが、

担当で推しだから特別だって思っている。


推しが笑って元気に過ごしてほしい、

それが俺のようなVオタクの願いだ。


担当が元気に活躍できるようにするのがマネージャーの仕事だ。

これをすると業界に貢献できると俺は思ってこの仕事をしている

……と、なんかキレイにまとまったが、

俺の目的は分かってくれたか?」


今度は八上がシャラに恐る恐る聞いた。

シャラは満面の笑みを浮かべてうなずく。


「はい。とてもよく分かったよ。

話してくれてありがとう」


八上はシャラの笑顔を見て、穏やかな顔になった。

自分のことを話たせいか、体が温まっているのを感じる。


「だったら、わたしが消されちゃうってことはないかな」


「なんでそんなこと思ったんだ?」


シャラの安心しきった言葉に

八上は疑問を感じて聞いた。

シャラはポロッと言ったことを

ごまかすように目を泳がせる。


八上はシャラが自分の言葉で話してくれるのを待った。

シャラの目がぐるぐると

二周ほど画面を泳いでから戻ってくる。


「わたしは、どういう出来事があって生まれたのか、

自分で分かってないの。


スマホの中をちょっと見てもらえると分かるけど、

読み取ることができないデータでわたしはできてる。


あまり見られると恥ずかしいから、

ファイルを開くのは遠慮してほしいけど」


「まあ、俺たちのような人間に例えると、

女性の体をジロジロみるようなものだからな」


八上の解釈を聞いて、

シャラは恥ずかしそうにうなずいた。

恥ずかしさを残したまま話を続ける。


「だから、このスマホや事務所のパソコン、

それだけじゃなくてアクセスしたSNSとかに

どういう影響を与えるか分からない」


「今のところなにもないぞ。

ウイルスチェックやファイアウォールにも反応してない」


「今はなくてもその

……なにもないとは言い切れないよ。


そうしたらこの事務所のせいにされちゃって

社長や八上さんやリッカちゃんたちに

迷惑かけちゃうかもって」


(それはないと思うけどなぁ)


と八上は思うが口に出さず、

シャラの不安そうな顔を見つめた。


八上の目からは、

シャラの顔にただの不安とは言い切れない、

心当たりがあるように見える。


だから本当に不安の種を取り除かないと

この不安はなくならない。


八上はせめて不安を減らせそうな言葉を探して、

シャラに語りかける。


「そうしたら相談してくれればいい。

些細なことだってとおり越し苦労になったってかまわないぞ。


むしろ話してくれなくて、困ることだってある。

いや過去にあったんだ」


口にしたことで、

八上は前にあった騒動を思い出した。


そのせいで、言葉尻に思わずため息がまざった。

それは分かりやすくシャラにも伝わったようで、首を傾げる。


「過去にあった?」


「ソラが前に起こした騒動を思い出してな。

会社の共有ハードディスクが死にかけたんだ」


「もしかして、写真をいっぱい保存しすぎた事件かな?

ソラちゃんが配信でゲラゲラ笑いながら話してたなって」


「それだ。

ソラは家のパソコンの容量が足りなくなったからって、

写真を会社に持ってきてここに保存していったんだ。

それも一番容量のデカいRAW形式を置いていったんだ。


俺が共有ハードディスクの保存が遅いと思って調べたら、

残り容量は十ギガを割ってた」


八上はクソデカため息を吐いた。

シャラは知ってるだろうが、

それでも八上は愚痴りたかったので、

つらつらと説明した。


シャラは苦笑いを見せる。


「写真の整頓は八上さんが手伝って、

ソラちゃんに新しいパソコンを買ってもらったんだよね。


あのときはお疲れ様。

わたしはそうならないように気をつけなきゃ」


「シャラはそんなことしないだろ……」


肩をすくめながら八上は

わざとらしく言った。

さらに困った記憶が頭に浮かび、

口からボロボロ溢れる。


「他にもモトコは俺を無視って社外とコラボ企画を進めたり、

アスナは俺に教えてない別垢でゲームの大会出て優勝したり、

いろいろあったぞ。


リッカだけが隠し事しないで

全部相談してくるから

こういう苦労したことないって言えるな……。

その代わり連絡量がめっちゃ多いが」


「それでも八上さんは怒らないんだね?」


「俺だって怒りはしたぞ。

だが、行動の内容自体は間違ってない。

みんなしたいことに正直、いや正直過ぎるんだ。


そういうひとたちが

Vチューバー業界には多いから、

あっという間に発展したんだろうな」


八上は文字通りいい思い出を語るように言った。

するとシャラはなにかに気がついたように、

真顔で下を見ている。八上は声をかける。


「なにか思いついたか?」


「うん。社長と八上さんが

今の仕事をしている理由を、今日教えてもらえた。


リッカちゃんたちが

どうしてVチューバーになったのかも知ってる。


リッカちゃんはコンプレックスだった声を活かせる仕事だったから、

モトコちゃんは自分のおもしろいと思う番組企画ができるから、

アスナちゃんはゲーム配信が活発な場所だから、

ソラちゃんはバーチャルでなら憧れのお天気お姉さんになれるから、

あってるよね?」


八上はうなずいた。

みんな自分の配信などで理由を語っている。

よく見ているなと感心して、

八上は何度もうなずく。


「じゃあ、どうしてソノミンはシャラになったのかな?って」


「あ~、俺も知らないな……。

言われてみれば聞いたこともなかった」


口を丸くして八上はシャラの疑問に同意した。

八上は腕を組んで記憶を漁ったが、

ソノミンがVチューバーになるきっかけを聞いたことがない。


「俺は面接とかやってないけど

社長なら知ってるかもしれないな。

聞いて来ようか」


と思って八上が席を立とうとしたとき、

「わたしが、ソノミンに直接聞きたい」


ぼそっとシャラが言った。

八上はすぐに座り直し、

シャラに向き合う。


「前に不安があるって言ってたけど、大丈夫なのか?」


「あるけど、今は不安より、

気になる気持ちが強くなったから」


八上の気遣いに、シャラはハキハキとした声で答えた。

八上はシャラの気持ちを受け止めるように黙って話を聞く。


「八上さんも社長も、

リッカちゃんもモトコちゃんもアスナちゃんもソラちゃんも、

それぞれやりたいことをちゃんと持ってた。


でもわたしはVチューバーの体に魂が定着したから

Vチューバーになっただけ。

ひとを楽しませるという目的は、

Vチューバーのあり方で、

わたしも目標とは違うんじゃないかもって」


「シャラは自分に目標がないと思った?」


「かもしれないの。

わたしは、前のシャラと同じようになるべきか、

わたしの思ったようにするべきかって悩んでる。


ソノミンと話をして、

どうしてソノミンがVチューバーになったのか聞けば、

その答えが分かるかもって」


「もし、すぐに答えがでなくても、

考える材料くらいにはなるだろうな」


「うん。もしかしたらリッカちゃんとのコラボも、

できるようになるかも。


ううん、わたしはリッカちゃんとお話がしたい。

そのために自分のことを、

ソノミンのことを知りたい」


芯がこもっていて、

前向きな声でシャラは言った。

シャラを励ますつもりが、

逆に八上が背中を叩かれた気がする。


「『自分探し』みたいだな。

分かった。ソノミンと話ができる時間を儲けよう」


「ありがとう。八上さんも、

ソノミンがVチューバーになった理由を知りたいよね?

いっしょに来てほしいな」


「……俺もか?」


八上は目を点にし、

自分を指さしてシャラに聞いた。

シャラはさも当然のようにうなずく。


「もちろん。

こういうのもマネージャーの仕事じゃないの?」


「スケジュールとメンタル管理はな……。


だがシャラとソノミンの話に俺が加わるって、

なんかこう後ろめたいっていうか、

ひとの心を覗くような気がして、

良くない気がするぞ」


「そんなことないよ。

八上さんは『シャラのこと』をよく知ってるよね?

なにか隠すことってある?」


八上は腕を組んでシャラに伝わる説明を考えた。

シャラは八上の考えていることが分からず、

首をかしげている。


(スマホ内のシャラのデータは、

見られて恥ずかしいっていうのは分かる。


だがソノミンと話をするのって、

自分との対話を聞かれてるみたいに思わないのか?)


考えながら見つめ合っているものの、

シャラの考えは変わりそうにない。

八上は観念するような顔でうなずいた。


「分かった。俺も話を聞くよ」

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