2-10 コラボの言質取られちゃった

「大人しく家に帰って寝たけど、

いいアドバイスは思いつかなかった」


次の日、出社するなり八上は

ビデオ通話の前で、シャラに謝った。

シャラはゆっくりと首を振る。


「いいえ、わたしのことだから、

八上さんが謝ることなんてないですよ」


「いや、マネージャーとして力になれず申し訳ない。

ところで今更思ったんだが、

シャラは睡眠って取るのか?」


「はい。例えるなら、

パソコンやスマホの再起動とか

エラーチェックみたいな感じですね」


「そうか。ちゃんと休んでるんだな。安心した」


「早速ですけど、

パソコン使わせてもらっていいですか?


電源を入れてもらえないと配信の準備とか、

作業ができなくって」


「ああ、いいぞ。

俺も自分のパソコンで仕事があるから、そっちに行く。


時間ができたらシャラのこと見に来るけど、

なにかあったらすぐに連絡してくれ」


「はい、ありがとうございます」


八上はそう言って防音室を出た。

ウォーターサーバーのお湯でコーヒーを淹れていると、

社長もやってくる。


「社長、おはようございます」


「うん、八上くんもおはよう。

シャラくんの方はどうかな?」


「悩みがあって、

俺もずっと考えてる状態ですね。

電子生命体特有ってわけじゃない

悩みだと思いますが、聞きます?」


「もちろんだとも」


八上は社長に先日のことを説明した。

話している間にコーヒーを飲み干してしまったので、

もう一杯淹れる。


「アイデンティティの問題だねぇ」


「やっぱりそういう難しい問題ですか」


社長の感想を聞いて、

八上はため息をついた。

心理学の言葉が肩にのしかかる。


「逆に言えば知的生命体なら

誰でも持ち得る問題だ。


シャラくんは僕たちと違うから、

状況も違うっていう話だよ」


「じゃあ解決するにはどうすればいいです?」


「僕たちがとやかく言うより、

シャラくんが考えなきゃダメな問題だよ。


今までのシャラくんのように振る舞っても、

今のシャラくんを見せていくにしても、

多分小人さんたちは楽しいからどっちも正解。

八上くんなら分かるだろう?」


社長は学校の先生のように八上に語りかけた。


普段の社長は、立場以前に大人なんだか子供なんだか

分からない発言や行動も多い。


こういうところで点田社長は

伊達に社長をやっているのではないと、

八上は感じうなずいてコーヒーカップを手に取る。


「そうですね。

俺もそんな答えをしましたからね」


「八上くん、一度コーヒーカップを置いて

話を聞いてほしい」


「あ、はい、

真剣な話をしてるのに、すみません」


「いやいや、そういうわけじゃないよ。

ちょっと刺激の強い話をするよ」


八上は首をかしげつつ社長に言われたとおり、

コーヒーカップをそばに置いた。


(長い話になるなら

社長室でしたほうがいいんじゃないか?)


眉を潜めて社長を見ていると、

社長は少し重い声で話を始める。


「シャラくんが悩みに対して、

前のシャラくんのように振る舞うか、

今のシャラくんを見せていくか、

どちらの選択をとっても問題はないだろう。


それに悩みつつVチューバーの活動を

するというのもいいと思う」


「悩みながら活動するのも

大変だとは思いますけどね」


「うむ。だけど一番まずいのは、

結論がでなくて病んでしまい、

シャラくんがVチューバーをやめてしまうことだろう」


「まあ、それは困りますね」


八上はさらに目線を落とした。

想像するだけで涙腺にヒビが入る。


「Vチューバーでなくなってしまうことは、

シャラくんの消滅にそのままなるだろう」


「は?」


八上は絶望のような力で

体が押しつぶされそうになったのを、

なんとかこらえた。


「そういう反応をすると思ったから、

コーヒーカップを置いてと言ったんだよ」


社長は八上の反応を見て、

涼しい笑みを見せた。


八上は頭によぎった思考を首を振って払い、

強い目で社長に説明を求める。


「シャラくんは電子生命体という不確かな存在だ。

極端な言い方をすれば電気信号でしかない。


だから、アイデンティティ崩壊レベルの

精神負担で何が起こるか分からない。


今はVチューバーを続けるからこその

悩みにあたっているから、

消滅なんてことはないと思う」


「そ、そうですよね……

(今は全然大丈夫っていうのは合ってたか)」


八上は相槌を打ってコーヒーカップに手を伸ばした。

少しぬるくなったコーヒーを口に流し、

カフェインで無理やり落ち着こうとする。


「最悪の事態にならない方法は、

シャラくんの心が成長を続けることだろう。


難しいことだができないことではない。

シャラくんはVチューバーだ。

フェアリーテイルのみんなと同じように接するのが一番、

八上くんはそれができると僕は思って任せている」


シャーロック・ホームズがワトソンくんに

謎解きを披露したような顔で、社長は笑った。


社長の中では答えが出てるのだろうが、

八上としては、

今まで見えていなかった

背後の滝が見えたように追い詰められた気分で、

カップを持つ手に力が入る。


「だったら、なにかアドバイスを……」


「僕がアドバイスしても意味はないだろうけど

……ヒントくらいはだそう。

仕事と関係がなさそうな場所に、

良いアイディアが置いてあったりするよ」


社長はそう言って、

冷蔵庫から甘すぎることで有名な缶コーヒーを出した。


「それじゃ引き続きシャラくんのことをよろしく」


八上には飲みかけの冷めたコーヒーが残された。



二十一時前、シャラの配信までに仕事を終わらせた八上は、

コーヒーを淹れて防音室へやってきた。


ディスプレイを見ると、

シャラはツイッターで自分のファンアートの巡回をしている。


八上はビデオ通話をつけて、

シャラの顔色を見る。


「お仕事、お疲れ様。

あ、わたしたちの配信を確認するのもお仕事でしたね」


シャラの声は少し緊張が混じっていたが、

そんなに変な様子ではない。

八上は特に気にせずにシャラに挨拶と冗談を返す。


「お疲れ様。

俺の場合はほとんど公私混同だけどな。


俺のことはいい、準備はどうだ?」


「今日の配信の準備はバッチリだよ。

時間通りに配信するね」


「ああ、今日は雑談配信だったな。

俺もゆっくり聞く準備をしてきたんだ」


八上はそう言ってコーヒーカップを見せた。

そこで気が付いたことがあり、口を丸くする。


(待てよ、シャラは飲み食いはしないから、これ伝わるか?)


「ふふっ、楽しんでくれたら、わたしもうれしい」


シャラはにっこりと笑ってくれた。

伝わったと分かると、

八上はコーヒーカップを下ろす。


それ以外にも気になることがあり、

八上は時間を見てから聞く。


「今日話す話題とかは用意してきたのか?」


「うん。でも改めて雑談配信って、

前のシャラも含めてみんなどうしてるのかなって、

今更思っちゃったの。


だから、ついさっきまで

自分やリッカちゃんたちの配信を見返してたんだ。

そうしたら活動以外で起こったこととかを話してるみたいで、

ちょっと困っちゃって」


苦笑いでシャラは答えた。

八上は渋い顔を見せる。


「すまない。雑談って提案したが、

シャラの話題探しが難しいのに気が付かなかった」


今のシャラから見えているのは、

インターネットとビデオ通話から見える風景だけだろう。


(まるで親分の配信風景だな)


バーチャルユーチューバー世界で

一番最初に名乗った親分の居た場所は、

以外にも真っ白な地面と

天井にグリッド線のあるだけの空間だった。


曰く『真っ白な世界』


シャラもそれと似たような感じなのかもしれない。

そう思うと寂しいはずだ。


そこまで簡単に考えられるのに、

シャラのことを察してあげることができなかったのを、

八上は申し訳なく思い頭を落とす。


「そんなことないよ。

こういうコメントがあったとか、

八上さんや社長の話とかさせてもらえれば

一時間くらいあっという間だよ」


話題を探しているうちにテンションが上ったようで、

シャラはウキウキな声で言った。

心配が少し晴れた八上も期待を込めてうなずく。


「そうか。俺でよければ、

いくらでもネタになるぞ。


Vチューバー事務所の社長は

フリー素材みたいなもんだから、

社長の話もしてくれていいしな」


「はい、そうしますね。

悩みは解決したわけじゃないけど、

反応に答えるやり方なら、

みんなが見たがるシャラになるかなって」


八上はシャラの前向きな言葉を聞いて、

目頭が熱くなる感じを覚えた。

ごまかすために目をつぶって深くうなずく。


(シャラは自分で考えて行動している。

俺はちょっと過保護だったかもな)


認めてもらったことで

シャラもより前向きになれたのか、

元気な声で言う。


「では、配信してくるね」

「ああ、楽しんできてほしい」


お互い笑ってビデオ通話を切った。

八上は落ち着いてコーヒーカップに口をつける。


時間を見ると開始時間一分前。

ちょっと話しすぎたかもしれないと八上が思う前に、

シャラの配信は始まった。


「おはようございます。

フェアリーテイル所属の『白雪・シャラ・シャーロン』です。

ゆっくりお話する配信をするのも久しぶりだね」


「シャラが一度卒業した感じがしないスタートだ」

「ゆったりした雰囲気助かる」


八上から見て、コメントは

のほほんとした雰囲気だった。

そんな中また青字のコメントが流れてくる。


「親の声より作業用BGMにしたかった雑談配信」


「も~、十四時ママはママを大切にして」


シャラとリッカのデザインを担当した

夜行性イラストレーター『十四時』のコメントに、

シャラは苦笑いでツッコミを入れた。


コメント欄にもツッコミと笑いがあふれる。


「ちょうど十四時ママが来てくれたから、

わたしのファンアートの話をしようかな。


わたしが卒業してからツイッターとかに

載せてくれたファンアートは全部見たよ。


復帰の発表前にスマホ使っちゃったから、

フライングしてマネージャーさんに

注意されちゃったけどね」


「『いいね』されてて嬉しかった」

「フライングは草だった」

「マネもシャラだから許すでしょ」

「フェアリーテイルのマネはシャラに甘い」


「そうだようるせーな。ネタにするのは社長だけでいいんだよ」


八上はコメントを見ると、

さっき自分が言ったことを棚上げして、

ディスプレイに向かって言い捨てた。


当然向こうには聞こえてないひとりプロレスだが、

八上はこれが楽しく、

ニヤニヤする。


「それでね、わたしとリッカちゃんが

いっしょに描かれてる絵がいっぱいあるなーって、

改めて思ったんだ。


もちろん十四時先生っていう共通のママで、

リッカちゃんもわたしのことすごい慕ってくれるから、

もしかしたらみんなもまた、

わたしたちのコラボ見たいのかなって」


「見たい」

「『てえてえ』言いたい」

「リッカちゃんもしたいんじゃないかな?」

「あーしも見たい。シャリカでなければ摂取できない栄養がほしい」


「したい!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!」


小人さんたち(と担当絵師)のコメントに混じって、

うるさいコメントが流れてきた。


シャラはコメントを見て、

目と口を丸くする。さらに、


「わたしはコラボいつでも

オッケーだからマネージャーと相談して!!!!!!」


騒がしいそうそうなコメントは続いた。

シャラは丸い目と口のまま答える。


「う、うん。詳しいことは

マネージャーさんに聞いておくね。

ファンアートは他にも

ソラちゃんに送る写真を撮るわたしとか――」


「シャラもつい言っちゃったんだろうな。どうするか」


八上はシャラの話を聞きつつ腕を組んだ。

すると当然のように八上宛にメッセージが飛んでくる。


「シャラちゃんの配信見てますか?

シャラちゃんがわたしとコラボしたいって言ってました!

スケジュールとか調整して!?!?!?!?!?!??!?!?」


「メッセージもうるせぇ。

まあ暴走してもちゃんと確認してくるだけましか。

リッカも根は真面目だからな、根は」


八上は呆れてつぶやきながら、

メッセージに返事をする。


「調整してみる。

それまでシャラに凸って困らせないように」


「分かりました。

よろしく!!!!!

おねがいします!!!!!!!!!!!!」


多分分かってもらえたであろう、

リッカの返事が来た。


八上はそれを見て大きなため息を付く。

表計算ソフトを開いて、

スケジュールを確認する。


「スケジュールの調整は簡単だ。

多分苦労するのは心の調整だな」


配信の画面には、

笑顔の隅っこにかけらほどの不安があるシャラがいた。

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る