2-9 比べられちゃう

「よし、ちゃんと配信終了できてるな」


八上はディスプレイを指差し確認した。

するとそこにシャラからメッセージがくる。


「遅い時間になっちゃったけど、

今日の配信のこと、お話したい」


「いいよ」


すぐに八上は返事をした。

それからパソコンの隅の時間を見る。


二十三時を回ってたが、

八上は気にせずビデオ通話に出た。

思った以上に配信時間が伸びたからか、

シャラの顔が少し疲れているように見える。


「お疲れ様。楽しい配信だったよ」


八上は配信を見ていた顔のまま感想をシャラに伝えた。


「あっ、ありがとう、八上さん」


シャラはちょっと驚きつつも、

安心したような声で礼を言った。

八上はゆっくりとした声で、

慎重にシャラに気持ちを聞く。


「もしかしてシャラは自分の配信に、

変なところがあったんじゃないかって思ってたか?」


「うん。ゲームのことちょっと調べてきて、

モトコちゃんとか建物を作るの上手だったから参考にしたの。

それを言えば変に思われなかったかもって、今更考えちゃって」


「まあ、前のはコメントでも

『病んでるゴッホの書いた家』

なんて言われてたからな。


しかもシャラと同じように調べてアレだったんだ。

多分調べてきたってシャラが配信中に言っても、

コメントは同じ反応だったと思う」


「そっか……」


シャラはしょんぼりと眉や目線を落とした。

八上はシャラの表情を見て口が緩む。


(2Dモデルとの適合率が高すぎるだろ。

電子生命体特有なんだろうか……。

いやいや、今はそういう話じゃない)


八上は緩んだ顔ではなく、

楽しげな顔に切り替えてシャラに語りかける。


「楽しかったことに変わりはないんだ。

コメントでも卒業から復帰の間にセンスが変わったとか、

みんなポジティブに見てたぞ。


上手な建築を観に来るひとだって増えるだろうし、

悪いことなんてないと思う」


「そうかも……?」


シャラの返事ははっきりしなかった。

顔にも影が落ちたまま。

八上はシャラの様子を見て少し考える。


「シャラの不安って、違うところにあるのか?」


「うん。多くの小人さんは

『白雪・シャラ・シャーロン』の配信を見に来てます。


だからわたしはみんなを楽しませるために

『シャラ』をしなきゃいけないって思ってるの。

じゃあ今の配信はみんなが求める『シャラ』なのかなって」


「小人さんが見たがってるシャラと、

自分とのギャップか」


八上はシャラの悩みを要約した。

シャラは合っているとうなずく。


「なんとなく、悪意はなくても、

小人さんたちは違いに気がついている。


どんなにわたしがシャラのことを知っても、

別の魂なので完璧にはできない。


このままわたしがシャラをして、

みんな楽しいのかなって思っちゃうの。

八上さんはどう?」


「俺はいいと思ってる。

建前とか気遣いとか抜きにして、

本当に今日のシャラの配信は楽しかった。


シャラらしさがあって前と比べて変化があって、

その両方が見られたからだな」


すぐに八上は自分の気持ちを答えた。

深く考えずに答えた分本音だと思ってくれると思ったが、

シャラの顔はうかない。


「だが俺の答えは

シャラのほしい答えじゃないか……」


「ごめんなさい、

八上さんはちゃんと

わたしのこと励ましてくれようとしてる。

なのにわたしが天然だから……」


「いやぁ、天然なのは関係ないぞ」


シャラの天然ボケな謝り方に、

八上は笑ってしまいそうになる。


それでもなんとか雰囲気を崩さずに、

ツッコミを入れた。

シャラはポロッと言う。


「こんなとき、

前のシャラならどうするのかな?」


それを聞いて八上は腕を組んで考えた。

ソノミンとのエピソードを思い出して

八上はそれを語り始める。


「ソノミンは配信の内容に

疑問を持たないタイプだったんだ。


ソラもそうなんだが、

あまりに難しそうな配信は

俺がストップをかけていたくらいだ」


「どんなことがあったの?」


「ひとりものまねクイーン決定戦」


「えっ?」


さすがのシャラもポカーンとして八上に丸い目を見せた。

八上はおもしろそうに続ける。


「シャラがいろいろなものまねをして、

視聴者に点数付けをしてもらうってやつだ。


本人は10点満点連発だって言ったけど、

俺は平均3点だって言っちまったな」


「でもそんな配信した覚えないよ」


「俺のツッコミを聞いて、

あんま納得しないままお蔵入りにしたからな。


サムネも作ってないし、

事務所で話をしているときに出た話だから、

ログらしいものは残ってないはずだ」


「そうだよね……。

わたしもそんな風に自信を持ってできたらいいのに」


八上はまた影が落ちるシャラの顔を見て考えた。


(前の自分と比較することは

普通のひとであれば『成長』や『変化』になるが、

シャラにとっては『他人との比較』も当然だ。


今のシャラも楽しいんだが、

それをちゃんと伝えられてない。

それは俺もコメントと同じで、

無意識に前のシャラと比べる。


やっぱこれはよくないな……)


そこまでは思いつくが

そこで思考は行き止まりに当たる。


「ソノミンと話してみるか?

ソノミンもなにかあったら相談してくれって言ってたし、

こういうときは甘えるときかもしれないぞ」


八上の提案を聞いて、

シャラは困った顔を見せた。


下を向いて、答えを探すように目を泳がせている。


「それはちょっと怖いかも。

あっ、ソノミンが怖いんじゃなくて、

わたしがソノミンを怖がらせてしまうのが怖いの。


だって、自分と同じ声、

同じような考えを持つ存在が目の前に現れたら、

普通のひとは怖がるんじゃないかって」


「すまない。だったらなしだな。

俺も答えを急ぎすぎた」


しっかりと相手のことを考えていたシャラの言葉を聞いて、

八上は両手を合わせてさらに頭を下げて謝った。

下げすぎた頭がデスクにぶつかる。


「いえ、わたしの方こそごめんなさい。

八上さんは他に仕事もあったり、

他の子のことも考えなきゃいけないのに、

最近はわたしにばっかり手間を取らせちゃって……」


八上は顔を上げて堂々と答える。


「シャラのことも仕事のうちだぞ。

それに他のみんなは活動に慣れてきたから、

俺がすることなんてなくなってきている。


だったら実質新人といえる

シャラに手を回すのは当然だろう?」


「はい、そう言ってくれるなら……。

でも最近会社に泊まってることが多い気がする」


気を使う声でシャラに言われ、

八上は首を引いた。言葉に詰まる。


「……推しに心配されるとは俺もまだまだだな。

分かった。


話し合ってもいいアイディアがでないなら、

ひとりで考えてみるのもいいかもしれない。

今日のところは帰るとする」


「うん、お疲れ様」


「帰る前にひとつ確認する。

明日以降の配信も予定通りでいいか?」


「もちろん」


シャラの堂々とした答えを聞いて、

八上はパソコンの電源を落として席を立った。


(電子生命体だVチューバーだといっても、

悩みは意外と俺たちと変わらないかもな)

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