2-8 シャラってセンス良くなったよね?

「というわけで、

配信しつつゲームが動くように、

防音室のパソコンのメモリとグラボの増設をしたいんですが」


「分かった。許可しよう。

早速アキバで買ってきていいよ」


社長室にて、八上が書いた稟議書を軽く見るなり、

社長はすぐにハンコを押した。

八上は慌てて声をだす。


「ちょっと社長ちゃんと読んだんですか?」


「もちろんだよ。

八上くんがシャラに必要だと思って出したんだ。

そして僕はシャラくんのために尽くすと言った。

なら稟議書を却下することはあるかい?」


社長は逆に不思議だと首を傾げた。

ハンコの押された稟議書が社長から差し出されるが、

八上は受け取れずに言う。


「ありますよ。

まずシャラがゲーム配信できるのか

ってところから疑問に思ってください」


「できるんだろう?

スマホに繋がってるパソコンを操作できるんだから、

ゲームができるって理屈は変じゃない。

だから八上くんはメモリとかの増設を考えた」


「そうですけど、

それ以外にも、予

算とか俺が変なのを買ってないか確認は必要です」


「シャラくんのことに対して、

僕は予算の制限をつけないと決めた。


仮にスパコンや強力なサーバーが必要だって言われたら、

隣の空き部屋を借りてスパコンを置こう」


本気の声だ。

社長の言うことは、天然ボケなのか、

本気で想定しているのか八上には分からない。


だが明らかにボケた箇所についてはツッコミを続ける。


「うちの会社じゃスパコンは買えませんって。

それに俺が推しであるシャラに

貢ぐみたいにお金を使う可能性だって」


「ないね。

事務所がなくなったら八上くんは推しを失う。

不誠実なことはしないはずだ」


またも社長は本気の声で言った。

八上は首を引いて社長の顔を見る。


いつもの好きなアニメについて語る表情だが、

本気の信頼を感じた。

八上が言葉を出せずにいると、

社長から先に口を開く。


「止む終えない理由で事務所が解散して、

そのまま引退になったVを悲しんでいたのを知ってるよ。

それで涙を流せる男が不正をするわけがない。

引き続き、シャラのことを頼むよ」


そこまで言われたら八上も男で、マネージャーで、

シャラを推すオタクとしてこれ以上言うことはなかった。

うなずいて、まっすぐ社長を見る。


「分かりました。

ではでかけてきますね」



「おはようございます。

フェアリーテイル所属の『白雪・シャラ・シャーロン』です。

今日は久しぶりにこのゲームをやるね」


シャラはそんな挨拶をして、

サンドボックスゲームのタイトル画面を配信に出した。


「おはようございます」

「もうずっと『おはようございます』だな」

「まじで久しぶりだ」

「操作覚えてる?」

「アプデでカエル実装されたね」

「またゴッホの星月夜みたいな村を作るのか」


(小人さんから見て)

復帰してから二回目の配信だからか、

開始してからすぐにコメントも盛り上がっていた。

そんな中でまたも鋭いコメントがある。


「FPS80っていいパソコン使ってるね」

「前FPSギリギリ60だったはず。パソコン買い替えた?」


「うん、パソコンはね、

マネージャーさんにメモリとか増やしてもらったんだ――あ」


シャラはコメントに答えると、

口をぽっかり開けたまま固まった。


ゲーム画面は新規データ作成の読み込み中で、

こちらも0%から少しのあいだ固まる。


「別に言っちゃいけないって話題じゃないが……。

変な誤解されるか?」


固まったシャラを見て八上はそう思い、

コメントに目を向けた。


「シャラ言っちゃいけないこと言った?」

「配信のためにメモリ増設とか普通でしょ」

「フェアリーテイルの点田社長は、

リッカにお値段六桁のマイクを渡してるしメモリくらい安い」

「匂わせか? いやそんなのリッカが許さないかw」


小人さんたちのコメントは、

シャラの言葉をおもしろおかしく解釈していた。

八上もそれを感じていたので、

腕を組んで動かずシャラを見守る。


「えっと、復帰祝いって感じだったの。

わたしはパソコンのこと詳しくないし、

ほらこのゲームアップデートで

必要スペック変わったって聞いたから。


そうしたらマネージャーさんが

メモリとか増やしてくれて……」


「いいなー。

私は卒業しないけど、

復帰したら新しいグラボ買ってくれないかなー?」


というアスナのコメントが流れた。

シャラは気を取り直すように笑う。


「も~、アスナちゃんは

十分いいパソコン使ってるでしょ~」


「シャラの言う通りだ」

「それはそう」

「息をするように配信をするひとがなんか言ってる」

「他の子にものをねだられるから秘密にしてたんだな」


コメントの流れも

アスナへのツッコミに変わった。


ちょうどゲームデータの作成が終わり、

シャラを模した操作キャラは平原にスポーンする。


「まあいっか。

アスナの場合あとで本当に頼んできそうだが」


 八上は苦笑いとともにつぶやいた。


「あ、チュートリアルみたいなの

出るようになったんだ。

操作方法思い出したよ」


そう言いながらシャラはキャラを動かし、

まずは道具を作る木を採取を始め

――る前に周囲の草刈りを始めた。


「ホントに思い出した?」

「初心者みたいな動きするな」

「シャラはゲーマーじゃないしこんなもんでしょ」

「知識だけあって初めてゲームをやるひとみたいな動きだな」

「シャラが初めてプレイしたときは、

木の斧を作る前に夜になってゾンビにやられてたのを思い出す」


「コメントの言う通りだな。

ゲームの操作経験値までは引き継げなかったか。


でもこれがシャラらしさだ。

本当に何も変わってないし、

コメントも今まで通りの反応だな」


おぼつかない操作でゲームをするシャラを見て、

八上は満足げにうなずいた。


そうしているころにはようやくシャラは

木を採取して道具を作る。

ようやく石器時代。


「ソノミンからシャラをやっていた部分だけを抽出して、

シャラの魂に定着させたって感じだな。


別人格とか別側面、

ペルソナっていうと違うし、不思議な感じだ」


シャラのプレイを見ながら、

八上は腕を組んで首を傾げながら考えた。

真面目な口ぶりをよそに自然と口元は緩んでいく。


「わー、鉄鉱石がいっぱい。

あれ? 鉄のピッケルが作れない。

合ってるよね?」


「まーた鉄鉱石を焼くの忘れてる」

「かわいい」

「操作方法を思い出せても、

レシピが思い出せたとは言っていない」

「かわいいから教えないで見てよ」


「木の棒がいっぱいできた。あれ木材は?」


「今木材全部棒になったよ」

「木の棒はいくらあっても足りないからヨシ」

「もう一回木を切れるドン」

「もう石だけで家作ったら?」

「延々と木こりをする白雪姫になってしまった」


「よーし今度こそ家を作らなきゃ。

あれ、ここどこだっけ?」


「迷子だ」

「木を切ったせいで目印がなくなってる」

「ここを拠点とする、でいいじゃん」


「こ、今度こそ家を建てよう」


さすがのシャラも疲れた笑みを見せていた。

それでも八上は自転車に乗る練習をする

子供を見守るような顔でシャラを見つめる。


「またゴッホの星月夜みたいな家ができるかな?」

「今度はキュピズムになるかもしれない」

「SAN値チェックいる?」


なんてコメントは冗談を言いながら見つめていた。

シャラはコメントを気にせずブロックを置いていく。


「まず土台だよね?

石をこうして並べて……。

玄関はここかな?

こっちをお部屋にして、

物置にして、あとキッチンも居るよね?」


「あれ、普通だ」

「ブロックをひたすら高く積んでない、だと?」

「定番の作り方だね」


「次に柱を建てるよ。

ちゃんと原木のまま残した木を立てて、

三ブロックくらいあれば、

頭ぶつけたりしないよね?」


「名称し難い塔じゃない」

「前は天井十五ブロックあった」


「次に壁を木材にして、

床は木材を二種類使って市松模様みたいにして、

ガラスはまだ作れてないから一マスドアを窓に見立てて」


「シャラのデザインセンスがよくなってる」

「思ってたのと違う」

「すごい」

「奇抜なデザインから卒業したんだ」


「も~、みんなわたしのことなんだと思ってたの?」


シャラは困惑するコメントに、

苦笑いで声をかけた。

その間に屋根もキレイに作られて、ドアもつく。


「はい、お家の完成だよー。

みんな見守ってくれてありがとー」


「8888」

「シャラ、センスを磨いてきたんだ」

「成長を感じる」

「男子三日会わざれば刮目して見よの女子版を見た」

「センスが別人だぁ」


「今日はここまで。

小人さんじゃないから木を切るのに疲れちゃった。

洞窟探検はまた今度。


今日も見てくれてありがとう。

わたしの配信が気にってくれたら、

評価ボタンやチャンネル登録など

よろしくお願いします。ばいばーい」


八上はそれを聞いて高評価ボタンを押そうとした。

だが自分が見ているのは、

シャラが配信に使っているパソコンだと気がついて、

手が止まる。

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