2-7 シャラ、コラボできる?

「それじゃ早いけどこの辺で終わりにするね。


あ、このあとリッカちゃんがわたしの復帰を

お祝い配信をしてくれるので、

よかったらそちらも見てね」


八上の涙が収まったころ、

シャラは配信の締めにそんな案内をした。

これも打ち合わせにはなかったが、

シャラらしい行動だと八上はうなずく。


「把握済み」

「おk」

「ホントリッカはシャラのこと好きだよなぁ」

「てえてえ」


こんなコメントにまじり、


「ゲリラ配信ってことは

リッカもシャラの復帰を知らなかったのか」


というものが含まれているのを

八上は見つけた。少し目を細めてから、


「いや、気にするほどではないな」

 とすぐにシャラに目を戻す。


「配信見てくれて、ありがとう。


今日始めて見たよ聞いたよってひとは、

よかったらチャンネル登録や

ツイッターのフォローもお願いします。


小人さん、またねー」


シャラが挨拶をすると、

前から使っていたエンディングの画面に切り替えた。

数十秒くらいして『この配信は終了しました』の文字がでる。


「念のため三十分の復帰配信にしたんだが、

何事もなくてよかった」


穏やかな声で八上はつぶやいた。

手を上に振り上げて伸びをすると、

マッサージを受けたあとのような爽やかな気分になる。


「今までもシャラの配信は安心して見ていた。

安心しすぎて作業用BGMにしていたほどだ。

これならいずれは同じようにできるな」


八上は腕を下ろすとメッセージがふたつ。

ひとつはリッカだ。


「これから配信始めます」


メッセージとともに配信のリンクが貼られていた。

ボタンを押すと、すでに配信は始まっており、

コメントも盛り上がっている。


メッセージのもうひとつはシャラだった。

「通話してもいい?」


八上は念のため目元を

ハンカチで拭いてから返事をした。

まだ通話は繋がってない。


「リッカの配信を見守りながらになるが、それでよければ」


「はい、配信を見るのも推し事ですもんね」


「変換間違えました、お仕事ですね」


「俺の場合はどっちでもいいんだがな」


八上はシャラのミスにニヤニヤしながら、

リッカの配信のボリュームを落として、

シャラの通話を繋げた。


シャラはすぐに通話に出て、

さっきまでユーチューブで見ていた姿を

ビデオ通話越しに見る。


「シャラ、お疲れ様。楽しい配信だったよ」


八上は持っていた感想をそのまま伝えた。

泣くほど喜んだがちゃんといつも通りの声が出る。


「ありがとう、八上さん」


シャラも素直に返事をした。

こちらもそれなりの手応えを

感じているようで、明るい。


それでも心残りがあるように

目線が少し下を向いている。


「シャラちゃんの配信みんな見た?

あたしの大好きなシャラちゃんが帰ってきたよ。

キレイでかわいい声だったね」


リッカはシャラの配信の感想を語り始めていた。


シャラと同じく、リッカのデザインをした十四時曰く

『清楚白ブラウス』に、金髪ロングヘア、

碧眼というお嬢様っぽい見た目。

そこに子供っぽいピンクのチューリップの髪飾りをつけている。


高いテンションは表情だけでなく

揺れ動くアホ毛でもよく分かった。

さらにリッカの幼い声質と高い声もあって、

音量を下げているのに八上の耳に入る。


「リッカも配信で誉めてるよ。

俺も本当に良かったって思ってる」


「でも、前のシャラとの違いを感じているひとがいたよ」


シャラは目線を落として不安げな声で言った。

配信では明るかったのがウソのようだ。


「ああ、シャラが白雪姫のエピソードに

あやかった返しをしたときのことだな?


視聴者の質問を想定してなかった俺が悪い。

準備不足ですまなかった。

だがおもしろい返しだったぞ」


八上は頭を下げつつ、

機嫌のいい声でシャラを褒めた。


もちろん、八上の言葉は建前ではない

本音の言葉だったが、

シャラのほしかった言葉ではないようだ。


「多分俺もシャラの気にしたコメントを見ている。

最初は俺も気になったが、

冗談として言ってるので間違いないはずだ。

ちゃんとシャラの配信を楽しんでたからこそ出てきた言葉だろう」


「うん、わたしも悪いコメントじゃないというのは分かるの。


でもいわゆる『魂の違い』に気がついているような気がして、

だから自分の存在が揺るがされたような気分になっちゃう。

コメントしたひとに申し訳ないくらいに」


シャラはさらにうつむいて

(2Dモデルでは下を向いた程度の表示)しまった。


八上は下から覗くことはできないのに、

ディスプレイを覗き込むようにしてシャラの表情を伺う。


「辛いなら無理しなくていい。やめるか?」

「やめない」


八上が聞くと、シャラは食い気味に答えた。

目線や眉が上がったシャラを見て、

八上は不安は残しつつもやる気を感じて笑う。


「そんな答えができるなら大丈夫だ」


「八上さんが言うなら、信じる。ところで……」


シャラはうなずいてから、

首を少し傾けて八上に聞いた。


「八上さん、泣いてました?」

「泣いてない」


八上は食い気味に答えた。



リッカの『シャラちゃん復帰祝い!復帰配信感想回』は

八上が止めに入るまで続いた。配信の締めとして、


「あたしも詳しい事情は聞いてないの。

なんとなくだけど、シャラちゃんは

いろいろあって大変だとあたしは思うんだ。


だからシャラちゃんとのコラボ配信は

しばらくお預けにするよ。

あたしも突撃したいのをがんばって抑えるから、

ごゆびざんのみんなもシャラぢゃんにお願いすにえぐのはおえでぇ」


とリスナー――リッカの配信では『小指さん』と呼ぶ――にお願いしていた。


「リッカは本当にシャラが好きだな……」


「うん、嬉しい。

リッカちゃんがわたしに疑問を持ってないなら、

本当に大丈夫かも」


シャラは安心のため息交じりに言った。

八上もそれを見て緊張で上がった肩を一段階下ろす。


その後も八上とシャラは同僚たちの配信をいっしょに見た。


リッカの配信のあと、

同僚にあたるアスナもいつものネトゲ配信を始めた。


アスナは浦島太郎

――もっと言えば日本書紀の『瑞江浦嶋子(みずえのうらしまこ)』

――と乙姫をあわせた感じのデザインだ。


「私もシャラの配信見たよ。

元気そうでよかった。


みんなもシャラのこと心配するかもしれないけど、

健康に不安があったら私が口を出すから、

杞憂民はなにも言わず見守るように」


ゲーム内ではギルドリーダーをしているアスナは、

まさに命令をするように言った。

リスナー――アスナの配信ではもっぱら団員――たちも

素直に返事をしている。


後日、同僚のひとりモトコも

朝配信にてシャラの話をした。


モトコは『三匹のこぶた』がモチーフで、

豚の耳や飛行機に乗る豚のアニメ映画っぽい

デザインがあしらわれている。


「シャラを驚かす企画が

卒業配信のあと三つも思いついちゃったの。


復帰って聞いて実践する準備をしているわ。

今度こそ、シャラの悲鳴を聞くの。ふふふ」


モトコなりの歓迎なのは分かるが、

八上は苦笑いでその配信を見ていた。

「楽しみだなー」


対してシャラは遊園地に行くかのような声で言った。

他人事感と、怖がらせようとしていることを

まるで理解していないド天然回答だ。

八上はそれを見て微笑ましいと笑う。


夜は同僚のソラも、

恒例にしている『へんてこな雲紹介配信』にて、

シャラの復帰について話をした。

配信の画面にほぼ真っ青な画像が映ってソラが解説をする。


「これね、シャラちゃんの送ってくれた雲の写真」


写真を見てゲラゲラ笑うソラは

『銀河鉄道の夜』がモチーフで、

同作がアニメにされたときのデザインが混ぜられ、

猫耳やしっぽがある。


さらに別の銀河鉄道の水先案内人も

モチーフとして混ぜられているが、

ソラの雰囲気からしてそれはあまり感じない。


「ほぼ青空やんけ」

「空なのに草」

「うっすら白い雲があるからかろうじて雲」

「何度見ても笑う」

「シャラが雲の写真って言ってんだから雲だよ」


「シャラちゃんらしいよねー。

また撮ってきてくれたら嬉しいなー」


ソラは物欲しそうに正面を見て言った。

シャラはそれを聞いて寂しそうに眉を落とす。


「わたしの記録にあっても、

記憶にはないかも……」


「まあ、そうだろうな。

ソノミンがなにを考えて撮ったのか。

データかなにかで残ってないと、

シャラも分からないもんな」


八上も仕方がないと

シャラと似たような表情になった。


(今のシャラは、配信やツイート、ログをすべて見て、

シャラと同じように考えるようになった。

だから誰もがシャラだと思える存在になっただろう。


だけど魂であったソノミンだけが

知っていることも当然多い。

それは分からなくて当然だもんな。

だけど――)


すぐに八上は目線を戻して言う。


「今はできないことが多いだけだ。

今はできることを楽しんでほしい。


技術的なことは社長にだって頼れるし、

俺も雑用でもなんでも協力する。

空の写真を撮るくらいするよ」


「ありがとう。そうだよね。

ひとを楽しませるには、

まず自分が楽しまないと。


それとあれは雲の写真だよ」


シャラはそう言って眉を吊り上げてやる気を見せた。

あまり頼もしそうな顔に見えないが、

八上も笑顔で返す。


「じゃあ次の配信のことを考えようか。

まずはシャラのしたいことを聞きたい。

その中からできることをやっていこう」


『雲の写真』であることについては

スルーして八上は言った。

シャラは少し言いにくそうな声で言う。


「ゲームがしたいです。

でもこのパソコンだとスペックが足りないかもしれないんです」

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