2-6 復帰配信に男泣き

「よし、サムネ、説明文どれも問題ないな。

あとは配信の待機所だ。

シャラ、それもできるか?」


「うん、できるよ」


シャラは八上に返事をすると、

またテキパキとユーチューブの配信設定を進めた。

こちらも八上が手を出すまでもない。


「待機所できたよ。

ツイッターでみんなに教えるね」


そう言って今度はツイッターの画面を開いた。

シャラは配信場所のURLを貼り付けて、

簡単なコメントも添えツイート。


(電子生命体だからか文字を打つのが早いな。

ソノミンがちんたらキーボードを叩いているどころか、俺よりも早い)


八上は画面の動きを見ながら考えていると、

シャラは気になって待機所を開いた。


「小人さん、いっぱい来てる!

配信のお知らせもいっぱいリツイートしてもらえて

――あっ、リッカちゃんもリツイートしてくれた!」


「リッカはこのあとやる、

シャラの復帰配信感想枠の準備はできてるのか?」


「そっちも楽しみだなぁ。

モトコちゃんもアスナちゃんもリツイートしてくれた。

ソラちゃんはお酒用意してきたなんて言ってる。

うれしいなぁ」


シャラは穏やかな笑みを浮かべた。

八上はそれを少し眺めてから、

キリッとした顔を作る。


「よし、そろそろ配信の時間だから、

ビデオ通話を切って、配信の方に行ってくれ」


「はい。行ってきます

……でいいのかな?」


「いいと思う。

がんばってほしい、というのは違うな。

楽しんで来てくれ」


「ありがとう。八上さんも楽しんでね」


シャラはそう言ってビデオ通話を切った。

パソコンやスマホは動いているので、

シャラがなにをしているのか分かるし、

シャラはそこにいるのが分かる。


八上はマイクのスイッチを切って、

腕を組み、ディスプレイを見つめた。


そしてよいよシャラの復帰配信が始まる。

厳密に言えば今のシャラは別の魂なので、

復帰配信というよりデビュー配信だ。


どうであれ八上は体中に力を入れて、

パソコン越しにシャラを見守る。


「緊張するな。

モトコとリッカがデビューするときの配信もそうだったが、

シャラがデビューする配信もこんなだった気がする。


いやリッカのときもだったな。

ソラのときは本人がめっちゃ軽かったから緊張しなかったけど」


八上はひとりつぶやいた。

マイクは入っていないので

シャラには聞こえてないはず。


「シャラは大丈夫だって思ったから、

俺も復帰?再デビュー?を応援しようって思ったんだ。


それにあのシャラは、

ソノミンの経験値をちゃんと引き継いでいる。

不安になることはないだろ。

推しを信じろ。担当を信じろ」


言い聞かせていると、

配信画面が動き出した。


以前と変わらない画面に、

コメントはワッと加速する。

八上は余計に緊張を感じて、

前のめりに画面を見る。


それからすぐに映像が切り替わり、

さっきまでビデオ通話していたシャラの顔が見えた。


「おはようございます。

フェアリーテイル所属の『白雪・シャラ・シャーロン』です」


八上にとっては、

どちらかと言えばこちらのほうが見慣れていた。


ビデオ通話のときよりも、

引きのカメラ(縮小表示か?)で

青いブラウスがよく見える。

見た目に対して違いがあるのは挨拶。


「また『おはようございます』か。

このシャラを見つけたときのツイートも

『おはようございます』だったな。


いや、思い出した。デビューしたときも、

シャラは『おはようございます』って言ったな」


八上はシャラの挨拶に思ったことをつぶやいた。

するとコメントでも、


「また『おはようございます』って言ってる」

「芸能人かな?」

「白雪姫だし寝てたんでしょ」

「デビュー時も同じこと言ってたわ。激アツ展開だろ」


とコメントでも八上と同じような感想が出てきた。


「小人さん、お久しぶりなのに来てくれてありがとう。

おはようございます、は新しいクセになっちゃったのかも?」


シャラはツッコミに対してボケを返して笑った。

八上はそんな流れを見て固まる。


「いる。シャラだ。

いや、本人がそう名乗ったからそうなんだが、

そんなことを抜きにしても、そこにはシャラがいる。


体はそのままで、声もいっしょで、

こんなゆるふわでツッコミが機能しない配信は、

間違いなくシャラの配信だ」


八上も目を見開きつつ、

ふわふわとした感想をつぶやいた。

驚きのあまり顔から不安の色は消えてなくなる。


「でたよシャラのボケ返し」

「草」

「卒業してたときなにがあったんだよ」

「また寝起きなんだね」

「木の家のような安心感する」

「シャラの配信はこうでなくちゃ」


ゆるふわな雰囲気に対して、

コメント欄の流れはそこそこ速かった。


八上は自分の気持ちが

小人さんたちと同じか確認するため、

前かがみになりコメントを見つめる。


「コメントもシャラの魂が変わったことに

感づきもしてないな。いやでも――」


「配信初心者みたい」


というコメントを見つめて八上は目を細めた。

そのコメントもあっという間に流れていく。

その中のひとつをシャラは何気なく読んだ。


「卒業の理由か復帰した理由を知りたいな」


「やべ、打ち合わせてなかった」


八上は顔をしかめた。

シャラは口を結んで目線を下に向けている。


「どうするディスコのチャットで言うか?

いやそもそも俺が考えてなんだから、

アドバイスもなにもない。


シャラは当然本当のことは離さないだろうが、

逆に治療が終わった真実を混ぜつつ無難な答えで行くか」


とっさにキーボードに指を置きながら八上は思考を口にした。

八上が文字を打つ前にシャラは前を向いて答える。


「リンゴを喉に詰まらせて寝てました」


八上はそんなシャラの答えを聞いてまた固まった。

タイムラグのあるのに八上より先に、

コメント欄のほうが感想を言う。


「原作準拠」

「グリム童話の方だとそうだったね」

「申し訳程度の白雪姫要素」

「まーたリンゴ食べてたのか」

「シャラの毒耐性もそれじゃ意味ないか」

「やっぱり寝起きじゃないか」

「そんなん悪い魔女いなくても起こるわ」


「ふふっ、心配かけちゃってごめんね。

ああでもでも、王子様が来てくれたから起きたんじゃないよ!」


シャラはコメントを見て慌てて付け加えた。


「そっか、シャラは白雪姫モチーフだった」


八上はど忘れしていたことをつぶやいた。

コメント欄でも時間差で

八上の感想と一字一句違わないものが流れる。


「シャラが白雪姫ネタを正しく使った……だと」

「マルデベツジンダ」

「魂になにかったのか?」


そのコメントを見て八上は、

後ろから槍で突かれたようにビクリとした。


当然コメントはさっさと流れてしまうが、

強い光を見たあとのように八上の眼に焼き付いている。


「いやネタコメなのは分かってる。

本当に魂の違いを疑ってたらきつい言葉になるはずだ。

大丈夫誰ひとりとしてシャラを疑ってない」


八上は目に焼き付いたコメントを払うように目をこすった。

画面を見て今も他愛もない話をするシャラに耳を傾ける。


「王子様が来るのはあたしが許しません!!!!!!!!!!!!!」


コメント欄に騒がしい文字が流れた。

スパナマークの付いた青字コメント

――モデレーターアカウントなので、

字面以外でも目立つ。


「リッカちゃん!

来てくれてありがとう。


わたしにはリッカちゃんたち

フェアリーテイルの仲間たちと、

小人さんたちがいるから、

王子様はいらないかもしれないね」


騒がしいコメントに対してシャラは嬉しそうに返した。


「これは王子様送り返される」

「リッカが騒がしいから、喉に詰まらせたリンゴも秒で出てきそう」

「そもそもシャラが王子様に気がつくかどうか」


リッカのおかげでコメントの流れは変わった。

八上はそれを見てホッと息をつく。


「やっぱりシャラを疑ってるんじゃなくて、

冗談で言ったんだな。そりゃそうだ」


そうつぶやいて八上は

またシャラの配信に目を向けた。


予定していた配信の流れは、

考えていなかった質問の答えと、

リッカのコメントでそれている。


シャラは流れを戻すように話を始める。


「リッカちゃんも気になってると思うから、

これからのわたしの活動について話すね」


「復帰したてだから前より時間を減らすのかな」

「助かる」

「本当に切らしてた」


シャラは少し真面目な声で切り出した。

八上から見て、コメント欄から

少しの緊張感と聞く姿勢を感じる。


「変わりありません」


だがシャラのにっこりとした説明で、

一瞬で緊張感は切れた。

話す内容を知っていたのに八上も思わず脱力する。


「変わらんのかーい」

「草」

「この拍子の抜け方が好き」


「だけど、わたしの都合で

コラボ企画とかはまだできないかも。

ごめんね」


シャラはウインクしつつ謝った。

素直に理解したコメントや冗談が流れる。


「仕方ないね」

「杞憂民がズッコケそうな理由がありそう」

「シャラより、リッカが我慢できるかどうかのほうが心配」


その流れを見て八上は深く息を吐きつつ、

腕を組んでつぶやく。


「意外と納得してもらえたな。

それにこんな感じで続けられたら、

ほとんど今まで通りの活動ができる気がする」


八上はそう考えていたとき、

水滴が落ちたのに気が付いた。

ワイシャツが少し濡れる。


「空調からたれてきたのか?

いや、そんな時期じゃないし」


と言いつつ上を見ると、

その液体は頬を伝ったのがようやく分かった。

慌てて頬に手を当て、その液体の出処に気がつく。


「なんだよ。シャラが楽しそうに配信してるのに、泣いてるのか俺?」


慌ててタオルハンカチをポケットから涙を拭いた。

それでもボロボロ、ボロボロ出てくる。


「そうだよな、

推しが活動を再会したら

嬉しくないわけないもんな」


ようやく自分の気持ちを理解する。

八上は涙を拭きつつ、

なんとかシャラから目を離さないようにした。


シャラの卒業配信と同じように、

シャラを一分一秒でも見ているために。

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