2-5 前のシャラとちょっと違う?

次の日、八上は事務所公式ツイッターとホームページにて、

シャラの活動再開を発表した。

復帰配信は今日の夜であるという告知も加える。


だが当然、シャラの先日のツイートで揚げ足を取られる。


「シャラが先走ったのか」

「復帰のときまでこんな天然見せてくるのは草」

「『逆にマネージャーが先走った可能性ある」

「ツイート消さなくてよかったんじゃね?」


などなど言われていた。シャラはこれを見て、


「ごめんなさい。

わたしのせいで色々言われちゃった」


としょぼんとした顔をビデオ通話越しに見せた。

元2Dモデルのできが良いというのもあるが、

本当にシャラの感情表現が分かりやすくなっている。


「いや、みんなおもしろがってるんだよ。

俺のせいにされたのは不服だが」


八上はシャラに笑いかけ、

ツイートのひとつに口をとがらせた。

するとシャラも分かってくれたのかクスクス笑う。


「シャラが笑ったからこのツイートも許してやろう

――と、リッカからか」


そう八上が言ったところで通話が飛んできた。

八上は少し申し訳なさそうに言う。


「すまない、リッカの方に出るから、一旦保留にする」


「はい、大丈夫ですよ」


シャラの返事を聞いて、

八上はシャラとの通話を保留に切り替えた。

それからリッカの方の通話に出る。


「八上さん!! シャラちゃんが復帰ってマジ!?」


通話に出るなり、

リッカは全部の文字に濁点がついていそうな

涙声で八上に聞いてきた。

八上は通話の音量を下げながら答える。


「本当だ。関係者なのにギリギリまで黙ってて申し訳ない」


「いー! むすろ嬉すぃサプライズ!

 シャラぢゃんの配信終わりしだ

『緊急シャラぢゃん復帰お祝い配信』取るはーで許可け!」


「津軽弁出てるぞ。

感想配信するなら構わん。

だけど、シャラは病み上がりだから――」


「はい! コラボはまだ難しいだ。

えーっと、調整は八上さんにお任せするよ。

シャラちゃんをよろしくお願いします!」


涙声のままリッカは

言いたいことを言い終えたのか通話を切った。

津軽海峡の荒波が流れていったような気分になる。


八上はリッカの勢いに押されたせいで少し呆然としつつも、

シャラの通話に戻った。

シャラもさっそく興味津々に聞いてくる。


「リッカちゃんなんて言ってた?」


「シャラの復帰が本当か聞きに来たらしい。

あとシャラの復帰配信のあと、

スケジュールにない配信――ゲリラ配信をするから許可くれって。

ホントにそれだけ」


「リッカちゃんらしいなぁ」


シャラはまるで憧れのひとについて語るようだった。

それを見て八上は顔色を変えずに思う。


(実際のシャラとリッカの立場は逆なんだよな。


リッカがシャラを慕ってる。

人柄、メンタルの強さ、声、リアルの容姿に、

Vの体のデザイン、リッカはシャラを全肯定だ。


シャラの天然ボケに振り回されて真面目に困ることがあっても、

リッカはフォローして受け入れる)


八上が考えている間も、

シャラは文字通り白雪姫のように穏やかな笑顔でいた。

リッカのことを考えているんだろうと八上は思う。


そこにディスコードの通知が立て続けに三つ鳴った。

すぐに確認しにいく。


鳴っているのは事務所内の共通会議室だった。


「シャラが復帰するって本当です?

今度こそ悲鳴を上げさせる企画を考えてあるので、

いつ実行していいか教えてください」


「シャラちゃんに復帰おめでとうって伝えてください」


「復帰が叶うってことは病気は良くなったんですか?

どういう治療をしたのか本人から聞きたいです」


とモトコ、ソラ、アスナからメッセージが来ていた。

リッカも同じ会議室に居るが

さっき用件は聞いたのでここでは何も言っていない。

八上はすぐに返事を打ち込む。


「シャラの復帰は本当だ。

だが本調子ではないので

当分コラボとかリアルで遊びに誘うのと、

あと直接連絡も念のため控えてほしい。


なにかあったら俺を通してくれ。

あと病気のことを聞くのも控えてほしい。

多分シャラ本人も難しいことはよく分かってない」


「なら企画はもうちょっと温めておきます」

「分かりました」

「なら仕方ない」


八上の答えを聞いて、みんな納得してくれたようだ。

八上は一息つく。


(電子生命体のシャラが、

リアルの人間の病気を理解するのは難しいだろうからな)


とはいえそれを良しとはしたくない八上は、

目の細い難しい顔でディスコードの画面を見ていた。


自分の担当するVチューバー=推したちが、

イチャコラするのを一刻も早く見たい。

コラボもさせたい。


だがすぐにそれをしてもらっても、

うまくいく段階じゃないという

自分からの意見が八上を冷静にさせる。


「通知音、みんなから連絡?」


嬉しそうな声でシャラが聞いてきた。

八上は画面をシャラとのビデオ通話に戻す。


シャラは自分が想われていることが嬉しいのだろう。

声や表情から伝わる。

それでもどこなく笑顔に歪さもある。

シャラの2Dモデルがおかしいのではなく、

シャラの中に迷いか不安があるのだろうと感じつつ、八上は答える。


「ああ、シャラの復帰を喜んでたよ。

俺はかんたんな注意点だけ伝えてきた」


「うん、ありがとう」


シャラはごきげんに笑って見せた。

今度は目元の笑い方に少し違和感を感じる。


(みんなと会いたいとか話したい、

とかシャラは言うと思ったけど言わないな)


そう思いながらシャラの様子を見つめた。

シャラについて気になることは山ほどあるが、

八上から見て分かる情報は限られている。


(いや、自分は専門家じゃないし、

こういうのは社長に任せよう。

前職のコネを使って色々情報を仕入れてくれるはず)


「みんなへの説明もそうだが、

配信の準備をしないとな」


「そうだね。

説明文とかサムネとか、配信画面を用意しないと。

このパソコン使っていい?」


「シャラはたまに家じゃなくてここで配信してたから、

使ってた素材はあるはず。

だけどそもそもシャラ、

ファイルの閲覧はできるって言ってたが、

それ以外の操作ってできるか?」


「繋がってる端末なら、

リモートコントロールみたいに動かせるみたい。

マウス借りるね」


シャラはそう宣言すると、

パソコンのマウスカーソルがひとりでに動き出した。

エクスプローラーを開いて素材ファイルを探し出す。


「いつも使ってるのが残ってたよ。

でもサムネは使いまわせないから、作らないとね。

パソコンに画像加工ができるソフトって入ってない?」


「さすがに入ってない。

みんながよく使ってるフリーのヤツ入れていいぞ。


あとなにが必要だったかな。

アスナやモトコがみんなにノウハウ配ったから、

俺なんもしてないんだよなぁ」


八上は腕を組んで考え始めた。

その間にもマウスカーソルはせっせと動いている。


「配信に必要なソフトはもちろんあって。

画像加工のソフトは今インストールして。

フォントはかわいいの入ってないなぁ。

商業利用OKのフリーフォントもとってきていい?」


「ああ――って、なんかテキパキ進んでるな?」


フリーフォントを探し出した画面を見て、

八上はディスプレイに顔を近づけた。

シャラは不思議そうにかわいく首を傾げる。


「自分やリッカちゃんたちの配信ばかり見てても、

配信の方法って分からなかったの。

だから、Vチューバーが配信する方法の解説も

いっぱい調べて、覚えてきたよ」


八上の驚いた顔に答えながら、

シャラは当たり前のことをしている顔で、

フリーフォントをインストールしていった。


シャラが愛用してたかわいい系、

キレイ系、おもしろ系のフォントに加えて、

今まで使ってこなかったようなかっこいい系、

筆書き風フォントも入っている。


用途が分からないので適当に選んだのかもしれない。


「真面目なところは変わらないな。

違うのは配信の準備に苦労しているかどうかか」


「前のシャラ――えっとソノミンは

うまくいかなかったんですか?」


八上の感想にシャラはマウスカーソルを止めずに聞いた。

することがない八上は体を楽にして、

文字通り思い出話をする。


「一緒にデビューしたモトコとアスナは、

配信ソフトも機材もあっという間に使いこなした。


だけどシャラはそこらへん苦労していた記憶が多いな。

あまりうまくいかないときは、ここで配信をしていたんだ」


「じゃあその頃に戻った感じ?」


「いや、配信の設定を俺がシャラに教えたりしてないから、

全然そんな気はしないな」


八上は何気なく言ったが、

シャラは少し目線を落とした。

マウスカーソルの動きも止まる。


「なら配信の準備を、

少し下手になったほうがいいのかな?」


「なんでだ?

Vチューバーなんだからできるに越したことないぞ」


「うまくできちゃうと『シャラ』じゃない気がして」


まるで演技がうまくいかず監督に怒られた

新人女優みたいな声で、シャラは言った。


シャラがそんなことを言った理由は分からないが、

八上は慌ててフォローを口にする。


「そんなことないぞ。

シャラが手間取ってたのは最初だけだし、

モトコとアスナと比べたら下手に見えたって話だ。


あとで入ったリッカもソラもまあ、

シャラほどではなかったが苦労したし、

リッカに教えようとしたシャラが結局分からなくて

モトコに助けを求めたってこともあって

……やっぱうまくいってなかったかも」


八上は説明しているうちに声の勢いをなくしてしまった。


結局最後まで苦労してたし、

だからこそトラブルを起こさないために最後の配信は、

事務所の防音室でやったのだろう。


そう思って八上も目線をそらして、

すぐにシャラに向け直す。


「とにかく、配信の準備に手間取ったかどうかで、

シャラがシャラじゃなくなるなんてことはないはずだ。


少なくとも俺はシャラがシャラだって保証する。

なにかあったら、俺にこの仕事を推薦した社長にも責任があるし

……ってそういうのがいいたいんじゃなくてだな」


言葉に詰まった八上は首を傾けて考え始めた。

思っていることがシャラにうまく伝えられず、険しい顔を見せる。


「ありがとう、八上さん。

変なこと言っちゃってごめんなさい」


シャラは少し楽になったように笑った。

マウスカーソルもまたテキパキ動き始める。


「ならよかった。

配信も変に意識せずに自然にしてくれればいいからな。

俺もちゃんと見てるしなにかあったらフォローする」


「うん、がんばるね」


八上はコクコクとうなずいた。

それからシャラに見えないよう

デクスの下で握りこぶしに力を入れる。


(とはいえ、シャラはなんか不安が残ってる笑顔だな)

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