2-4 再デビュー?復帰?決定!

八上は防音室に入り、シャラとビデオ通話をつけた。


「あ、おかえり」


シャラはとても楽しそうに挨拶をした。

シャラの目線は通話の直前下に向いていたので、

渡した資料を楽しく読んでいたのだろうと、八上は思う。


「打ち合わせでなにか決まった??」


「ああ、シャラのデビュー? 再デビューか?が決定した。

マネージャーは俺がそのまま担当する。よろしく頼む」


八上は淡々とした声で説明した。

するとシャラはぱぁっと顔を明くるする。


「よろしくお願いしますね!」


シャラは元気に挨拶を返した。

八上はシャラにうなずいて思う。


(このシャラの反応を見るに、決定はあっている。

だがこれからが問題だな)


「だけど電子生命体であることは隠して

『前のシャラが復帰という体』で活動をしてもらう。

知ってるのは俺と社長と、

前にシャラの魂をしていたソノミンだけだ。

シャラの配信を見る『小人さんたち』ことリスナーや、

リッカたち同僚にも申し訳ないが隠し事をする。

でないとびっくりさせてしまうからな」


「仕方ないよね。

でもそれ以上にVチューバーとして

活動できるのが、わたしは嬉しいな」


シャラは残念さも混ざりつつ、

ポジティブな返事をしてくれた。

前以上に動くシャラの2Dモデルを見て、

八上はシャラのやる気を感じる。


「めんどくさい事は全部俺と社長でやるから、

シャラは本当に気にせずシャラらしく活動してくれればいい。

今まで通り……、いや、今までを知らないか、すまない」


言ったあとすぐに八上は謝った。

説明を考える前にシャラが穏やかに口を開く。


「ううん、『今まで通り』で分かるよ。

前のシャラが話してた通り。

八上さんはいいマネージャーさんだから」


「そうか。俺がいいマネージャーかどうかはさておき、

今まで通りでいいなら話は早い」


(本当ならこれから知り合う存在なのに、

今まで通りでいいってやっぱ変だな。

近すぎて距離感が分からん)


八上はシャラの笑顔をまじまじと見て考えた。

するとシャラもじっと見られていることを気にして、

上目遣いで聞く。


「えっと、なにか心配事とか?」


「そうだな。一応確認はしたい。

シャラは前のシャラの活動を見聞きして、

自分のものにしている、であってるか?」


「あってるよ。おかげでわたしは

シャラでいられるんだと思ってる」


「なら友好関係、事務所の同僚とかも知ってるな?

疑うような聞き方は良くないから、

仲間のことを自慢するみたいに聞かせてほしい」


八上は慎重に言葉を選びながらシャラに聞いた。

すると本当に仲間の自慢をするように語り始める。


「わたしと同じ『フェアリーテイル』の

所属Vチューバーはわたしを含めて五人だね。


ひとを驚かせたり笑わせる配信を考えるのが得意な

『藁木・モトコ・レンガ』ちゃん、


一日でゲームをやってない時間の方が少ない

『浦島・アスナ・タートルズ』ちゃん、


お天気お姉さんに憧れてる

『岩手・ソラ・カンパネラ』ちゃん、


わたしを慕ってくれてる歌がうまくて声のかわいい

『親指・リッカ・チューリップ』ちゃん。

みんな大切な仲間だよ」


シャラが説明を終えて楽しそうに笑った。

八上も自分の推し(担当)たちが正しく理解されていること、

個性的でおもしろく、

愛らしいことを誇って腕を組みうなずく。

本当の意味でする後方プロデューサー面で質問を続ける。


「うん、じゃあ、ママ――

Vチューバーの体をデザインしてくれたひとはどうだ?」


「わたしのVチューバーとしてのママは

イラストレーターの『十四時』ママ。

力の抜けた喋り方をするおもしろくて絵のうまいひと」


「前によその事務所の『カモモエギ』さんの

大喜利大会のこと覚えてる?」


「もちろんです。

わたしは座布団一枚でなんとか最下位は免れたんです。

だけど『座布団一枚ももらってないのシャラちゃんだけ』

だって、モエギちゃんに言われちゃったのが印象に残ってますね」


質問をした八上は、

シャラの答えを聞いて固まった。


(解釈一致の回答、なんてレベルじゃない。

本当に本人の答え方だ。

シャラの配信を全部見まくったって

こんなに真似することはできないだろ。

やっぱり俺の知ってるシャラとして扱うのが正しいのか?)


「あの、どうしました? わたし間違ってました?」


混乱して顔の固まる八上に、

シャラは眉を潜めて聞いた。


2Dモデルの可動域のおかげで、

覗き込むような動きはできないが、

八上に気持ちは伝わる。


「いや、全く間違いがない。

あまりに当たり前のことを聞いてしまったな。

申し訳ない」


「いえいえ、わたしは八上さんに仲間のことを聞かれただけです。

シャラがどういう存在なのか調べるために、

みんなの配信も同じくらい見ましたよ。

リッカちゃんのメジャーデビュー発表のときは、

思わずコメントしそうになっちゃいましたから」


「うん、よくとどまってくれた、偉いぞ……」


ウッキウキで語ったシャラを、

八上は苦笑いで褒めた。


もしシャラが卒業していなけば、

リアルタイムで気持ちを共有できたであろう

という少し残念な気分を感じる。


それ以上に八上を困惑させたのが、

その『もし』に答え合わせができてしまったこと。


(この天然っぷりもシャラそのものだ。

ソノミンには申し訳ないが、

今まで通り接していくのが、

俺にとってもいいのかもな)


シャラの発言にうろたえつつも、

八上はそう思ってわざとらしい咳払いをした。


「ここまで分かっている?覚えている?

なら心配することはないかもな。


もし仲間から声をかけられても特に気にせず、

自然体に接してくれればいい。

さすがにリアルのお誘いとかは、

病気を理由に断ってほしい。


シャラ――じゃなくてソノミンが

なにかの病気で卒業したことは、みんな知ってる。

だから向こうから誘ってくることはないだろうけど、

念のため伝える」


「はい。お気遣いだけじゃなくて、

わたしのことを認めてくれてありがとう。


もし八上さんに認めてもらえなかったら、

わたしは消滅していたかもって」


シャラは嬉しそうに笑って礼を言った。

八上は一旦苦笑いで返す。


「そうしたら社長がついでにショック死するから、

シャラが消えなくてよかった」


(消滅していたかも、

なんてどこまで冗談なんだ?

シャラはたまに冗談なのか分からないこと言うからな……。

こんなところまで同じじゃなくていいんだよ)


少しの間をシャラのおもしろそうなクスクス笑いと、

八上の乾いた笑いが埋めた。

それから八上は少し眉を潜めて言う。


「正直、電子生命体のシャラが

デビューするのにまだ不安がある。


俺には今のシャラをちゃんと

マネジメントできるだろかとか、

魂の違いのせいでなにか起こってしまわないかとか、

いろいろ思うんだ」


堅物さと真剣さを混ぜた声で八上は正直な気持ちを伝えた。

シャラも覚悟を決めるように合わせて眉を釣り上げる。


「八上さんには迷惑をかけちゃうかもしれませんね」


「迷惑くらいならかけてもいい。

シャラがVチューバーとして活動をしたいというのであれば、

俺は全力でなんとか知恵を絞って応援したい。


シャラが楽しくVチューバーできるようにしたい。

俺はVチューバーの手助けと、

V業界のために働きたいって思ってたからな」


不安と緊張と喜びが頭の中で入り混じっている八上は、

涙腺をゆるくしつつもなんとか決意をシャラに伝えた。


推しVチューバーの復帰は多くのリスナーが夢見るだろうが、

絶対に叶わないことを理解しているできごとだ。

その事実を理解した気持ちが、

八上の涙腺に涙を押し出そうとしている。


シャラは多分どこかで自分が泣き虫なのは知っているだろう。

それでも実際にはまだ見せていない。

だからちゃんとシャラが頼れる相手を用意するために、

八上は涙をこらえたかった。

今はギリギリこらえている。


「ありがとう。

Vチューバーはみんなを楽しませるのが仕事。

だからVチューバーの体に生まれたわたしは、

みんなを楽しませるために生まれたんだと思ってるんだ」


八上はシャラの言うことにうなずいた。


シャラは笑って、

「その『みんな』の中に八上さんもちゃんと入ってるよ。

八上さんもわたしの配信見ててほしいな」


「あ、ああ、もちろんだ」


思ってもなかったことを言われて、

八上は曖昧な返事をした。


(そっか、長らく忘れてたな。

俺もVの配信を見る側から始まったんだ)


シャラの言葉でそれを思い出した八上は、

素直に口元を緩めた。


推しが活動を再開するという事実から来る高揚感は、

だんだんと不安を上書きしていき、

緊張した体をほぐしていく。

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