2-3 あたまおかしなるで

「とりあえず、シャラ。

ツイートとか『いいね』は一旦ストップでお願いしたい。

シャラは引退しているから、

活動していると周囲を驚かせてしまう」


八上は落ち着いた声で語りかけるように言った。

シャラも分かってくれたようで、

しょぼんと深くうなずく。


「ごめんなさい」


「いや、本当に俺は驚いたし困ってるけど怒ってない。

でもこれからのシャラの活動について

社長と打ち合わせが必要だから、

ちょっと待っててもらえる?」


「うん……」


シャラの返事は素直な声に聞こえた。

だが八上には、シャラの声と表情に少しの不安が見える。

八上ははっきりと言う。


「安心してほしい、

決して悪い話をするわけじゃない」


「はっ、はひ!

なんで不安があるって分かったの?」


図星をつれたシャラはオロオロしながら、八上に聞いた。

八上はなんだか微笑ましいと感じて、


「分かるよ。俺はシャラのマネージャーだからな」


と穏やかに言った。

そこにずいっと社長が割り込む。


「そうだ。シャラくんは僕たちが

打ち合わせしてるあいだ暇だろう?

スマホからは見れないシャラくんの話とか、

記録とか見て待ってて欲しい」


「いいんですか?」


「もちろんだ。

君は『白雪・シャラ・シャーロン』くんなんだろう?

自分のことを見るのにプライバシーもなにもないさ。

とはいえどうやって送ろうかな?」


「なら、今おふたりが使ってるパソコンに置いてほしいです。

今はしてませんが、繋がっている端末なら動かしたり覗けますから」


「おおっ、電子生命体っぽい!

ならばそうしよう。八上くん頼める?

僕は会議の準備をするから、

データを動かせたら社長室へ来てくれい」


「普通言い出しっぺがやるでしょうけど、分かりました」


八上が返事をすると、

社長はウキウキの足取りで防音室を出た。

シャラがそのあとに申し訳無さそうに八上に声をかける。


「ごめんなさい。

わたしのせいでお仕事を増やして」


「いいや、増えてないよ。

俺はシャラのマネージャーだ。

シャラのために働くのが仕事だ。

またその仕事をしているだけだ」


淡々とした声で八上は答えた。

表情筋に力を入れて、硬い顔をあえて見せる。


「ありがとう、八上さん」

シャラは素直に礼を言った。


(本当に活動していた頃のシャラと違いを感じない……。

でも彼女は別の魂なんだ。浮かれちゃいけない。

魂が変わるのは復帰したとは言い難いんだ)


そう思いつつ八上は、

社内サーバーから社長の言ったデータをコピペしてきた。


「ドキュメント内に『シャラ用』

ってフォルダを作ったけど、見れる?」


「うん、あったよ。

わたしが動いている理屈をどう説明すればいいか分からないけど、

お部屋の移動みたいな感じに思ってくれればいいかな」


「ならOKだな。

それじゃ打ち合わせに行ってくる」


「いってらっしゃい」



「失礼します」


「おお、八上くん、

ちょうどよかった。座って座って」


八上が社長室に入ると、すぐに社長に手招きされた。

社長のパソコンの前にはパイプイスがひとつあるのでそこに座る。


「八上さん、久しぶり」

「シャラ!?」


八上はスピーカーから聞こえた声に思わず名前を呼んだ。

するとくすくすとスピーカーから笑いがこぼれてくる。


「わたしはソノミンだよ」


八上を驚かせた声は、

ディスプレイの向こうから笑っていた。

バーチャルの姿ではなく、

リアルの人間なので、違いがひと目で分かる。


「ああ、ソノミンだったか。

すまない。ちょっといろいろあって間違えた」


まだ冷静さが戻らない八上は、

ペコリとソノミンに頭をさげた。

八上が顔をあげると社長はまあまだ興奮冷めない声で言う。


「ソノミンには事情を説明済みだよ」


「まあ、説明しないわけにはいかないか……。

シャラの件、ソノミンは理解とか納得とかできたのか?」


「びっくりはしたよ。

でもそれ以上に嬉しいなぁって思ったから、

理解も納得しちゃった」


ソノミンは相変わらず呑気だがはっきりと答えた。

まるで自分だけが追いついてない気がして

八上はガックシ肩を落とす。

またくすくす笑ってからソノミンは本題を出す。


「社長、これからシャラの今後の話をするんですよね」


「うん、本人にも意思があるとはいえ、

僕たちもちゃんと意見を持っておいた方がいい。

まず第一発見者の八上くんは、どうしたらいいと思う?」


八上は困った顔を上げて、

社長の質問に答えた。


「どうもこうも、

未だにどうすればいいか分かりません。

夢とか、モトコのドッキリ企画も未だに疑ってますよ」


「もちろんドッキリじゃないさ。

電子生命体発見なんてドッキリ、

八上くんじゃなくて僕に引っ掛けたほうが

いいリアクション取れるだろう?

モトコくんも絶対そう思う。

これは現実なんだよ。

超時空バーチャルアイドルと同じような存在が、

僕の目の前に現れたなんて嬉しすぎるじゃないか!」


「社長はこういうこと言うから現実なのか疑うんですよ。

それに嬉しがってるだけで、

社長は全然ああしろこうしろ言わないじゃないですか」


興奮冷め止まないどころか

社長は今なおヒートアップを続けている。

八上は熱を逃がすようなため息をついた。


「僕はシャラくんがしたいようにさせるのが一番だと思ってるからね」


「わたしも社長と同じ考えだよ」


「シャラの好きなようにって、具体的には?」


八上は腰を丸めてソノミンと社長に聞いた。

社長はウッキウキのまま、差も当然のことのように言う。


「シャラくんは言ってたよ。

自分はバーチャルユーチューバーの体に生まれたんだから、

バーチャルユーチューバーとして活動したんだって。

だったらシャラくんのしたいことって、

それじゃないかなって思う。

シャラくんについて一番くわしい八上くんもそう思うだろう?」


「思いますけど、こう、

どこかに連絡するとかはないです?」


「ないよ。

だって犯罪したわけじゃないんだから、

警察とかには言わなくていいだろう?

それに言ったって信じてもらえないよ。

八上くんだって信じてくれなかったじゃん」


「じゃなくて、この手の研究機関とか……」


「それはおいおいだねー。

僕もツテを辿っていかないと連絡先も分からない。

それにシャラくんは大事なうちのVチューバーだ。

信頼できるところに紹介したい」


社長に言われて八上はうなずくしかなかった。

迷ったあげくソノミンに話を振る。


「ソノミンはいいのか?

元魂として見知らぬ誰かに自分の使ってた器を使われるのって、

抵抗あるんじゃないか?」


ソノミンは上を向いた。

彼女の考えるときの癖だ。


「普通ならそうかも。

でもね、シャラのことを一番良く知ってる八上さんが、

わたしの声と聞き間違えちゃう存在なんだよね?

だったら大丈夫かもって思うんだ。

そんなにそっくりなら、

わたし自身も勘違いしちゃうかも」


自分のドジを引き合いにだされて、

八上は口を出せなかった。

首を引いてソノミンを見る。


「だからね、シャラがしたいように、

バーチャルユーチューバーとして活動してもらうのは一番だって、

わたしも思うよ。

もちろん電子生命体であることは伏せてね」


ふたりとも感情的にはオッケーらしかった。

八上はさらに現実的な問題点を探して社長に顔を向ける。


「社長は、経営者としてもOKできます?」


「もちろんだ。

一度引退したバーチャルユーチューバーが復帰した例があるし、

小人さんたちもあっさりと受け入れてくれるだろう。

むしろシャラが電子生命体であることを明かしても

受け入れられるんじゃないか?

はっはっは!」


口を開けて大笑いする社長を、

八上は目を細めて見た。


(社長は電子生命体を夢見て、

この事務所を立ち上げたからな。

経営的に問題でも押し通すか)


であればなにも問題はなさそうだ。

それでも八上の顔は晴れない。


「シャラが復帰するって聞いて、

一番喜ぶのは八上さんだと思ってたんだけど、違うの?」


ソノミンに言われて、

八上はパイプイスをずらすほど動揺した。


社長もソノミンもそれを見て

ニヤニヤした顔を向けてくる。


(そう言われればそうだ。

だって、俺はシャラのマネージャーであるが、

シャラは俺の推しでもあるんだ。

推しがいなくなって辛かったんだから、

復帰したら嬉しいに決まってる。

なのに俺はなんで反対してるみたいなことを言うんだ?)


「そうだよ~八上くん。

親分が無期限スリープするって分かったとき、

あんなに悲しんだじゃないか。

それから親分がスリープを解除するまでに、

このバーチャルユーチューバーの業界を盛り上げておかないとって、

僕は八上くんの決意表明を聞いてるんだよ?」


八上はさらにパイプイスをずらした。

今度は恥ずかしさで体が熱くなるのを感じる。


「わたしも知ってます。

わたし――シャラが引退したときも、

そう言ってましたもんね」


ソノミンと社長に言われて、八上は思い出す。


親分とは『バーチャルユーチューバー』を初めて名乗った存在のこと。

彼女にリスペクトされ、多くのVチューバーが生まれた。

そして今も増え続けている。


八上は親分を見てVチューバーに可能性を感じ、

親分のスリープを見てその可能性が揺らいだ。

バーチャルなのにリアルの影響を受けることに愕然としていた。

シャラもそうだった。


でもあのシャラはどうだ?


既存のVチューバーも『仮想的』という意味では本物だが、

魂がスマホの中にあるということは、

シャラは本当の意味で『バーチャルユーチューバー』なのではないか?


ならば社長と同じ様に浮かれたってよかった。

自他共に認めるクソ真面目な男なので、

オタク丸見せで喜ぶわけにはいかないし、

嬉しかろうと悲しかろうと人前でなくのは直したい。


「……あっちのシャラには言わないでくださいよ。

多分あのシャラは、

文字とかに残ってない記録は知らないと思うので、

このまま秘密にしたい」


八上はいろいろ思ってから、

すねた子供のような声で八上は言った。


「はいはい」

「分かりましたよ」


と社長とソノミンは八上に返事をした。

それでも八上はそう思い目を細めつつ話を進める。


「ならシャラのデビュー?再デビュー?は決まりとして、

どんなふうにマネジメントするかですけど――」


「もちろん八上くんがマネージャーだよ?」


「なんでです?

社長は電子生命体のために事務所を作ったんですよね?

だったら社長がマネジメントするのが当然じゃないんですか?」


「シャラくんのことを一番分かってるのは

僕じゃなくて八上くんだよ。

だろう? ソノミンくんからも言ってやってくれい」


「はい。わたしも八上さんなら、

シャラを任せられると思います」


八上はさらに首を引いた。

ソノミン――シャラの声で言われて、

正面からまた目をそらす。


(シャラから絶大な信頼があるのは、

マネージャー冥利に尽きる。

だがなんだか複雑だ。

今はシャラはシャラ、ソノミンはソノミンだ。

なのに魂は違うから別に扱いたいのに、

外的要因がどうしても同一視させてくる。

これでいいのか?)


八上が考えていると社長は背中を押すように話始める。


「それにだ、シャラくんのマネージャーをするということは、

これからのVチューバー業界にとって

大きな意味があると僕は思うんだ」


「というと?」


「電子生命体が他にも生まれて、

Vチューバーになりたいと言ったとしよう。

そうしたら、八上くんのマネジメントが参考にされるようになるはず。

だったらシャラくんのマネージャーの仕事は、

Vチューバー業界に対する多大な貢献じゃないかと思うんだ」


「電子生命体が他に生まれるとは限らないですし、

そもそも電子生命体がみんなVチューバーを志すとも思えませんけど」


「それでも、八上くんとシャラの交流は

貴重なサンプル、指針、架け橋になる」


社長は楽しさと真剣さが入り混じった声で言い切った。続けて、


「あと僕ではダメな理由として、

僕はシャラくんを電子生命体として見すぎてしまう。

それではVチューバーとしては

マネジメントできないかもしれない。

だったらVチューバーとしての活動を八上くんに任せる。

電子生命体としての維持やバックアップは僕が担当する。

八上くんの仕事は変わらないと思うんだ」


さっきから子供みたいにはしゃいでいたのに、

社長はしっかりと考えを持っていて、

それを八上にしっかりと伝えてきた。

八上は楽しくも真剣な社長に顔を合わせて思う。


(社長は自分の夢であった電子生命体を、

俺に肩代わりさせてくれるってことか。

その理由は合理的判断だけでなく、

俺の目的である『推しが活動を続けられるようにする』と

『Vチューバー業界の発展』の両方に関わる。

そもそも俺はさっきシャラに

『自分はマネージャーだから』とか言ってたじゃないか。

ならば、シャラの見方に迷っていようと答えは――)


「分かりました、俺が引き続き、

バーチャルユーチューバー『白雪・シャラ・シャーロン』の

マネジメントを担当します」


八上ははっきりと答えた。

社長もソノミンも嬉しそうに笑う。


「よろしく頼むぞ」

「八上さん、シャラのことよろしくね」


ふたりに言われて八上は胸がぽかぽか、

ワクワクするような感じを覚えた。

感覚で緩みそうな口元に力を入れて、やる気で隠す。


(やっぱり俺はどんな形であれ、

シャラが復帰するのが嬉しいんだんろうな)


まさに自分のことのように喜ぶソノミンが目に入り、

八上はふと思ったことをソノミンに聞いてみる。


「ところで、ソノミンはシャラと話してみないのか?

いや、言い方が変だけど、合ってるか?」


「うん、今のわたしはソノミンだから、

八上さんの言い方で合ってると思うよ。

だけど、シャラと話してみるのは今はいいかなって。

明日から検査入院で、このあとすぐに寝ちゃうから」


ソノミンはなにか考えがあるみたいな答えを口にした。

イヤとか不安とかではなさそうだ。


「分かった。なら今日はここまでにしよう。

変……じゃなくて、あまり良くないときに、

すごい話をしてしまったな」


「ありがとうね、ソノミンくん」


「いいえ~、わたしがビデオ通話つけたいって

社長に言ったんですから。

八上さん、シャラが配信するって言ったら教えて下さいね。

なるべくリアタイするから」


「決まったらな」


「それと、もしシャラがわたしと話してみたいって言ったら、

遠慮しないで連絡してね」


「あ、ああ、分かった」


(今のソノミンはまるで未来予知、

いやシャラがこれから考えることや行動が

分かってるみたいな言い方をしたな。

シャラのことだから分かるのか?

いや別人なんだから、心を読むとかはできないだろ)


返事をしてから画面に映るソノミンの顔を見て考えた。

2Dモデル越しに体の異変は分かっても、

今ソノミンが考えていることは分からない。

Vの器を介してないから逆に分からないのかと、

八上が考えているうちに、


「それでは失礼しますね」


ソノミンはそう言ってビデオ通話を切った。

八上はすぐに立ち上がり、

自分の座っていたパイプイスを畳む。


「シャラに決定を伝えて来ますね」


「改めてよろしく頼むよ」


まるで人類の未来を託すような声で社長は言った。

八上は特に気にせずに社長室を出る。

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