2-2 そこには寸分違わぬ推しがいた

「八上くん、アニメみたいな顔で

固まってるけどどうしたのー?」


どのくらい固まっていたのか分からないが、

社長の声が聞こえた。

八上はハッとして社長の方を見て口を開く。


「シャラのアカウントでツイートしてたのは

シャラだって名乗ってて……。

えっとそれはソノミンじゃなくて、

シャラを名乗る別の魂で……」


八上のてんやわんやした説明でも

社長は状況を分かってくれたようだ。


親指を口元に当ててパソコンの画面と

シャラのスマホを交互に見た。


シャラを名乗った存在は、

今も卒業配信のコメントを読んでいるように

八上からは見える。


「ふむ、まるで電子生命体だねぇ」


「社長は『このシャラ』のことを、

アニメに出てくるような存在だって言いたいんです?」


「そうだよ~。

普通のひとが動かしている痕跡がなければ、

そりゃもうスマホの中に何かがいるとか言いようないね」


八上は呑気な社長に言い返す言葉が思いつかなかった。

黙ってスマホの画面を見る。


そろそろ卒業配信のコメントを読み終わるころだ。

そこで社長は指パッチンをする。


「通話かけてみよう。

音声じゃなくてビデオ通話で」


「はぁ?」


「『このシャラ』はDMが返せるんだ。

他にできることがないかこっちで確認するんだよ。

そうすれば自ずと正体が見えてくるかもしれない」


「面白がってないです?

もしシャラのスマホを悪用している存在だったら、

こっちからコンタクトを取るのは怖いんじゃ?」


「八上くんの話を聞く限り、

『このシャラ』はスマホを悪用していない。

もし悪用するのなら、ツイッターのアカウントも、

ユーチューブチャンネルもとっくになにかされている。

それ以外にもメール、

ディスコードどれもこれも悪用し放題だ。

なのにそんなことはない。

八上くんならもう気がついてるだろう?」


八上は社長の言葉に何も言えなかった。

変わりに顔を固くして思考を回す。


(社長の言うとおりだ。

悪用されていないことは、

自分が一番疑問に思ってたことだ。

状況に思考がフリーズしたんだから、

呑気だけど社長の言うことを実践してみるしかないか)


「分かりました。

急にかけると向こうもびっくりするかもしれないので、

DM送ってからにしましょう」


「うんうん、そうしよう。

気遣いとか慎重さは八上くんのいいところだよ。

きっといい話ができるだろう」


「相手が分からない以上慎重になるのは普通です。

防音室を使います」


八上はそう言ってシャラのスマホを持って席を立った。



「『白雪・シャラ・シャーロン』さん。

マネージャーの八上です。

お時間があれば今からビデオ通話をお願いします」


八上はそんな内容のDMをシャラに送った。

出会いたての頃に送ったような内容で、

打ち込んでて違和感で手が震えた。

DMの返信は、


「分かりました」


だけだった。

それを見て八上はビデオ通話の準備を始める。


置きマイクをアルコール消毒して、

カメラの位置を調整、

なぜか入ってきた社長を無視して、

八上はディスコードのチャットルームに入った。


シャラはすでにチャットルームにいて、

ビデオ通話もついている。


八上は少し慎重な動きでビデオ通話開始をクリックした。

ポコンという入室を伝える音がする。


「あ、もしもし……」


「はぁ!?」

「えっ!?」


八上は声を上げた。

するとビデオ通話の向こうにいる、

シャラ(と名乗る存在)も目を丸くして声を上げる。


ビデオ通話の向こうには見慣れた2Dアバターがあった。

雪のように白い肌、黒いミドルヘアに赤いカチューシャ、

青いブラウスを着た、絵本やアニメ映画で描かれる『白雪姫』のような

2Dモデルの人物は、紛れもなく八上の推しの姿だ。


「動いてる、ねぇ」


流石に社長も驚いたらしく、声が震えていた。


「あっ、ごめんなさい。

驚かせちゃいましたか?」


先に謝ってきたのはシャラだった。

八上も頭をかいてから固まりそうな口を動かす。


「いや、こっちこそすまない。

驚いてでかい声をだした……」


八上は首を左右に振ってから、

気を取り直してシャラに聞いた。


「シャラ……さんでいいのか

――じゃなくていいのでしょうか?」


「あ、そうです。

わたしは『白雪・シャラ・シャーロン』です。

でもわたしの知ってる八上さんは、

もっとフレンドリーな話し方をしてたと思います。

前と同じように話してくれていいんですよ?」


「あ、ああ、そうか。

ならそっちも同じ様に話してほしい

――って俺のことを知ってるのか?」


でかい声をこらえつつ、

八上はカメラに顔を近づけて聞いた。

それでもシャラは当然のようにうなずく。


「はい。八上さんはわたしのマネージャーさん。

『わたしが』配信のネタにしたことは知ってるよ。

でも今のわたしとは初めましてになるのかな?

あまりそんな気はしないけど」


シャラは考えるように下を向いて言った。

八上は椅子に背中を預けて、

口をぽっかりと空けて、画面に映るシャラを見る。


「社長もいたんですね。お疲れ様です」


「うむ、お疲れ様シャラくん。

僕のことは気にしないで八上くんと話してよ」


「分かりました」


「いや、分かりましたじゃなくてだな、えっと。

シャラ、改めて自己紹介ってしてくれるか?」


八上は目を細めつつシャラに頼んだ。

既視感に溺れそうなのを髪を引っ張ってこらえる。


「はい。わたしはバーチャルユーチューバー

『白雪・シャラ・シャーロン』だよ。

所属は『フェアリーテイル』という

ステキなグループにいるの。

好きな食べ物はリンゴ、毒耐性ついてるけど、

毒リンゴを送るのは遠慮してね」


おとぎ話にいる白雪姫のような笑みで、

シャラはあまりも言い慣れた自己紹介をした。

八上は髪を掴む手を落として、

何度もまばたきをし、眼の前に居る推しを見つめている。


「シャラだ。シャラがいる。シャラなんだな?」


自分に言い聞かせるように、

信じられないことを確認するように、

推しがいなくなったことへの喪失感を埋めるように、

八上は名前を呼んだ。


「そうだよ。えっと……。

八上さんからすれば、

推しが活動再開したように見えるんだね」


「うんうん」


「いや社長、俺の気持ちを勝手に代弁しないでください」


ハッと気を取り戻して、

八上は社長に冷たい目線を送った。

シャラはくすくすと笑う。


「ホントにシャラだな。

卒業前とまるで違いがない……。

そうじゃなくて、そろそろ気を取り戻せよ俺。

聞きたいことがあるんだろ?」


「わたしに分かることなら答えるよ」


「シャラ、どうやっては一旦置いておく。

君はどうしてスマホを動かしてるんだ?」


「どうしてって、Vの活動だけど」


「VってスラングでVチューバー、

バーチャルユーチューバーの活動ってことでいいのか?」


「もちろん」

(あたまおかしなるで)


Vの視聴者みたいなことを思いながら、

八上は再度椅子に背中を預けて考え出した。


(Vの活動? いやあってるな。

ファンアート巡回に、

コメントに『いいね』とかVはみんなしてるだろ。

だから俺が質問しているほうがおかしい。

なぜならば、『白雪・シャラ・シャーロン』は

バーチャルユーチューバーである)


「八上くんがまたフリーズしてしまったな。

代わりに僕が質問しよう。

シャラ、君はどうして『そこにいる』のかな?」


「また社長は変なことを聞く……」


社長のシャラへ対する質問に、

八上は冷たいツッコミを口に出した。


社長の好きなSFアニメの明言かよ、

とツッコミが続く前にシャラは口を開く。


「気がついたら、ここにいました」


まるで記憶喪失設定のVがする挨拶動画みたいなことを、

シャラは言い出した。八上は目を見開く。


「最初、自分が何者か分からなかったんです。

ただあったのは『白雪・シャラ・シャーロン』という名前と

この『体』だけ。

Vチューバーなので『器』とか2Dモデル、

アバターって言ったほうがいいですか?」


「大丈夫どの言い方でも分かる。

いや、言葉の意味は分かるけど、

他のことが分かんないから続けてシャラ」


「はい、だから『白雪・シャラ・シャーロン』が

どういう存在なのか調べたんです。

ツイッターのアカウント、わたしの出た動画、

小人さん――リスナーさんたちが作った情報サイトや

わたしの紹介記事。いっぱいいっぱい目を通しました」


「シャラくんは相変わらずマメったいねぇ。

八上くんもそう思わない?」


「そうですね。

シャラのほうが小人みたいな仕事をしてるって、

よく言われていました」


「わたしもそのコメント見ましたよ。

八上さんも見てたんだね」


八上の言葉を聞いて、

シャラは嬉しそうに笑った。

八上は斜め下に目をそらして思う。


(いかんいかん、別の存在なのに、

まるで同じシャラであるように感じる。

魂が違えば別の存在。

それは他のところで起こったVを巡る騒動で

認識させられたはずだ)


イヤなことを思い出して八上は少し目を細めた。

八上を見てシャラは愛らしい角度で首を傾げる。


「八上さん、なにかあったの?」


「いや、まだ分からないことばかりだから、

考えてたんだ。続けて」


「はい。いろんな話を見聞きしていくと

『白雪・シャラ・シャーロン』はバーチャルユーチューバー

略してVチューバーである、ということがわかりました。

だから次は『Vチューバー』を調べました。

そうして言葉の元を辿って、意味を知ります」


「略称の元の言葉やその意味を調べて覚えようとしている。

まるでAIの学習だねぇ」


シャラの言葉を聞いて、社長は心底興味深そうにつぶやいた。

八上も思ったことをつぶやく。


「俺は子供の学習みたいだって思いました。

っていうかAIの学習ってこんななんです?」


「学ぶって意味では同じだよ。

シャラくん、言葉の意味を知っただけじゃないよね?

その後どうしたか教えてもらえるかな?」


社長はまるで学校の先生にでもなったかのように、

シャラに問いかけた。


(社長がAI開発の仕事をしていたときも、

こんな感じだったのかもしれないな)


そう思いつつ八上はシャラの言葉に耳を傾ける。


「言葉を意味を知っても、

自分がどういう存在なのかまだ分かりませんでした。

なのでわたしは『白雪・シャラ・シャーロン』の活動を

なぞってみたんです。シャラならどうするんだろう。

どう考えるんだろう。そんなことを何ヶ月も考えました」


「哲学だな。俺には難しい」


「八上くんの言う通りだねぇ。

僕たちだって、

自分がどういう存在なのか分かってないのに、

シャラくんはそれを考え続けていた。偉い!」


さっきは先生みたいだった社長は、

なんでもかんでも雑に褒める

配信のコメントみたいなことを言った。


シャラは配信でそれを呼んだときと同じように笑う。


「ありがとうございます。

その結果自分のことは分かりませんでしたが、

Vチューバーはひとを楽しませる存在だと分かりました。

わたしはVチューバーの体に生まれたのでしたら、

その活動をするのがいいんじゃないかなって」


「それでファンアートタグを巡回してたのか」


八上はようやくシャラの行動に納得が言って、

ため息交じりに言った。

シャラはそれを見て眉をひそめる。


「八上さん、驚かせちゃってごめんなさい」


「いや、シャラのアカウントが悪用されてないことが分かって、

安心しただけだ」


肩の力を抜きながら八上は答えた。


だが分からないことはまだある。

聞かないといけないがどう聞けばいいか分からなかった。


考えたくても気が動転したままで、

しかも情報量の多さに頭の処理が追いついていない。


傍から見てもそんな様子が分かったのか、

社長が八上の代わりに質問をする。


「ではシャラくん、ズバリな質問をするよ。

君はどこにいるかな?」


質問を聞いて八上は社長を方を見て目を細めた。


(ロボットアニメのキャッチフレーズみたいなこと言い出したな。

しかも社長の目がマジだ。なんの意図があるんだよ)


シャラは社長の質問に対して素直に、

電話で居場所を聞かれたかのように答えた。


「わたしはここにいます」


社長は何も言わず目を見開いた。そして固まる。

社長はシャラの答えを理解したようだが、

八上は理解できずシャラの顔をディスプレイ越しに覗き込む。


違う。理解できないのではなく、

現実味がないと八上の脳が理解を拒んでいる。


だが社長のリアクションからして、

その解釈であっている。八上は確認のために聞く。


「『ここ』ってのは、このスマホであってるか?」


八上は恐る恐るスマホを指さした。

シャラはコクコクとあどけなくうなずく。


今度は八上が口をぽっかりと開けたまま固まった。

代わりに社長がデカい声を上げる。


「で、電子生命体の発見だあああああああああああああああああああああああ!!」

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