第二章 自己斉一性・連続性

2-1 卒業したはずの推しのツイート

シャラの卒業から数カ月後、

「おはようございます」


たったそれだけのツイートが八上の目に止まった。

八上は時間が止めたように心身が固まる。


時間は二十二時であることを加味しても不自然じゃない。

夜型人間の多いこの業界で今起きて活動を始めるひと、

芸能業界などに習いどの時間もこの挨拶をするひと、

そう考えればいい。

のだが、


「シャラがつぶやいてる」

八上はありのまま見えたものをつぶやいた。


ツイートにはすでにリプがついている。


「!?」

「シャラちゃん?」

「乗っりか?」

「シャラなら『アカウント間違えました』はありえる」

「運営さんアカウント違くないです?」


「みんな反応はえーよ。

とりあえず初期対応しなきゃだが――」


「ただいまー。八上くん遅くまでお疲れ様。

だけどそろそろ帰ってー」


呑気な声で事務所に点田社長が帰ってきた。

八上はすぐに体を向けて社長に声をかける。


「いいところにきました。

社長これを見てください」


「なになにー? シャラくんのツイートだね。

今二十二時なのにおはようございますとはとてもシャラくんらしい」


「シャラらしかったらおかしいです。

シャラは……卒業してます」


目をそらしつつ八上は理由を口にした。

認めたくない事実だが、

ようやく推しがまたひとり欠けた人生に

なれてきたころのできごとに、

八上は不機嫌を隠せないでいる。


「ああ、たしかに」


「確かにじゃありませんよ。

社長なんですから分かってますよね?」


ノーテンキな社長に八上は、

渋柿を口に突っ込まれているような声で言った。

社長は頭をかきながら、


「失敬失敬。

とりあえずツイートは、こちらから削除だね。

それから事務所のアカウントと

シャラくんのアカウントの両方に

『今から調べます』って感じのツイートしておいて。

クレームってわけじゃないし、

小人さんはみんな優しいから大丈夫でしょう。

僕は社長室にいるからなにかあったら呼んで~」


八上はすぐに社長の指示通り動いた。

手に自然と力が入る。


――当グループ元所属タレント

『白雪・シャラ・シャーロン』のツイッターアカウントに、

不自然な投稿があったことを確認しました。

現在は投稿を削除し原因を調査中です。

判明次第ご報告致します。

お問い合わせなどは事務所の連絡フォームへお願い致します。


とツイート。

さっそくシャラのアカウントの設定や情報を確認した。

アカウントへのアクセス履歴を読むと、

すぐに八上はシャラの使っていたスマホに見開いた目を向ける。


「誰かが使ってる」


ツイッターは開いた履歴も確認できるので分かった。

今のツイートだけでなく、昨日も、一昨日も、

その前からシャラのスマホでツイッターを見ていたひとがいる。


八上はすぐにスマホを手に取り画面を開いた。

当然のようにホーム画面ではなくツイッターがでてくる。


「ツイ廃かよ」


吐き捨てるようにつぶやいて、

シャラのスマホはていねいに置いた。

次にパソコンに顔を向け、通話アプリを開く。


「お疲れ様。すでに知ってるだろうけど、

シャラのアカウントから変なつぶやきがあった。

シャラのスマホからツイートされてるようだけど、

心当たりがある方は正直に名乗り出てくれるとありがたい」


八上は事務所全体の共有会議室にメッセージを打ち込んだ。

すぐに返事がきた。


「ツイートのこと今知ったので私じゃないですね」


「シャラちゃんのスマホが倉庫とかじゃなくて、

八上さんの手元にある事実が初耳」


「ゲームしてました」


と事務所所属のVチューバーが

『藁木・モトコ・レンガ』

『岩手・ソラ・カンパネラ』

『浦島・アスナ・タートルズ』の順で返事がきた。


「今のってシャラちゃん復帰のサプライズ

じゃないんですか?!?!??!?!?」


シャラを最も慕っていた

『親指・リッカ・チューリップ』の文字だけで

騒がしいメッセージも帰ってくる。

こちらはツイートを実際に見たようだ。


「とりあえず、こちらで対応するから、

なにかあったらこちらに連絡たのむ。

あとリッカは変なことつぶやかないように」


八上はそうメッセージを送った。

するとすぐにモトコから、

「もう遅い」


というメッセージとツイートの引用が

会議室に貼り付けられる。


――親指・リッカ・チューリップ:シャラちゃん!?!?!??!!

もしかしてサプライズ復帰するの??!?!?!?!??!


「えへへ」


「……今事務所で調べてるとツイートしておくように」


八上は淡々とした印象を与えるメッセージを送った。


次にシャラの関係者で、

事務所に出入りしているひとを、

通話アプリのログを見ながら考える。


目に止まったのはペンネーム『十四時』という女性だ。

担当絵師――いわゆるママ――である。


個別ルームを開いて連絡をしようとしたとき、

先に向こうから通話が来た。

ヘッドセットをつけて通話開始を押す。


「シャラのツイート見た!! なにあれ!?」


「こちらでも分からないので

心当たりを聞こうとしてたところです」


十四時の声に耳がキーンとなりつつ八上は答えた。


「サプライズじゃないの!」


「だったら事前に伝えますし、

なにか企画協力を仰ぎます」


八上は淡々と答えながら、

通話音声の音量を下げた。

すると十四時のテンションも下がる。


「なぁ~んだ。

シャラの新しい衣装勝手に考えてたから、

使えるかなーと思ったけど無理かー。

予定通り夏の新刊に載せるから許可頂戴ー」


「まあ二次創作の範疇であれば止めません。

とりあえず、シャラのツイートのことは今調べてます。

分かり次第ツイッターに載せるのでそっち見てください」


「はー」


うるさかったので返事の途中だが、八上は通話を切った。

ため息をついて、吸ってからまたパソコンに向き合う。


「一番ツイートができそうな人物といえば……。

ソノミンしかいないな」


通話アプリを閉じて、ラインを開いた。


「夜分遅くに失礼する。

ついさっきシャラのツイッターアカウントから、

不自然なツイートがあって原因を調べてる。

心当たりがあったら教えてほしい」


送るとすぐに既読がついた。返信も来る。


「わたしも今知ったよ。

原因は……心当たりないかも。

ツイッターは自分用の別アカウントを作り直してるから、

シャラのアカウントは卒業から使ってないよ。

今日は、二十三時くらいまで起きているから、

聞きたいことがあったら連絡していいよ」


「分かった。ところで体調は大丈夫かい?」


「苦しかったりすることは実家に帰ってからもないかな。

八上さんが早く異変に気がついてくれたおかげだよ」


八上は『分かった』とスタンプを押して会話を切り上げた。


「ヒントなしか……もっかアクセスログを漁るか」


ため息まじりに言ってツイッターを開くと、

またシャラのアカウントからつぶやきがあった。

内容はさっきと似たようなもので、


「おはようございます、シャラです」


詳細を見ると時間はたった今、

そして誰も触っていないと断言できる

シャラのスマホからつぶやかれていた。

八上はバタバタしながらシャラのスマホを手に取る。


なんとスリープを解除するまでもなくひとりでに動いていた。

ハッキング、不正アクセスでリモートコントロールされているのだろうが、


「なんでツイッターを見ているだけなんだ?」


八上は疑問を口にするだけで、

考えることも体を動かすこともできなかった。

しばらく呆然とスマホが動いているのを見つめる。

すると違う動きをした。


「シャラのファンアートタグを追ってる……。

しかもシャラのファンアートを『いいね』してだした。

これじゃまるで、シャラが動かしているみたいだ。

いや、ファンアートの巡回と『いいね』して回るくらい

他のVチューバーだってするだろ。

ってそうじゃない」


八上は余計な思考を払うため、

水をかけられた犬のように首を振った。

それから新しい疑問を口にする。


「どうして、悪いことをしてないんだ?

不正アクセスできたのなら悪いことはいくらでもできるはず。

まるでシャラが日課をこなしているみたいだ」


そんな八上の疑問を他所に、

スマホは念入りにシャラのファンアートに

『いいね』をし続けていた。


卒業の直後やあとにアップされたファンアートが

ぞくぞくと『いいね』されている。


「理由は分からないが、

強制シャットダウンで止めるか――」


つぶやいて八上は電源ボタンに手をかけたが、

八上の手が止まった。

自分で言ったことのせいだ。


「まるで、シャラが動かしている……?

それじゃ邪魔しちゃいけないだろ」


震えだした声に合わせて指も少し震えた。

そのせいで親指が画面に触れて、スマホの動きが止まる。


八上はスマホの動きが止まったこと、

こちらで動かせることに気がつくと

すぐにスマホの設定を確認した。


リモートコントロールの接続設定、

変なアプリがインストールされていないか、

変なポイントと無線接続されていないか、

変なファイルがダウンロードされていないか。


するとストレージが増えているのに気が付いた。

ソノミンがスマホを返してくれる前に

言っていたことを思い出す。


ソラに送った写真くらいしか入っていないと。

なんのファイルが入っているのか確認しにいくと、

形式不明のファイルがフォルダを埋めていた。


どれもこれもファイル名はランダムにつけられた英数字の羅列。

システムファイルのようだった。


だとしたら逆に触るのは怖い。

シャラのスマホにどんな影響があるか分からない。


初期化するつもりのスマホだが、

システムを壊されるとそれもできなくなるかもしれない。


八上がためらってまた固まっていると、

スマホはまた動き出す。


シャラのスマホはユーチューブを開いた。

再生しだしたのはなんとシャラの卒業配信だ。


しかし動画アーカイブをすぐに止めて、コメント欄へ。


コメントにひとつひとつ『いいね』をしている。

次のコメントに行くたびに固まるのは、

コメントを読んでいるひとの動きにしか見えなかった。

本当にシャラがしていたことを再現したような動きだ。


「連絡をとってみるか……?

悪いことをしているなら容赦なく止めるが、

これは悪いことではなく『したいこと』があって

誰かが動かしている気がする。

コメントを読んでいるのなら日本語も通じるはず……」


八上はスマホを置いて、

自分のパソコンでツイッターを開いた。


ここのダイレクトメールならば見るはずだ。

八上は短く用件を打つ。


「どうしてそのスマートフォンを動かしているんですか?

あなたは誰ですか?」


事務所のアカウントからメッセージを送信した。

シャラのスマホが揺れてDMが届いたのが八上の目からも分かる。


返信がすぐに来た。


「Vチューバーの活動をしています。

わたしは『白雪・シャラ・シャーロン』です」


八上は間抜けな顔でフリーズした。

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