ー30ー

 ーモニカ・R・ジェーン:モカちゃんー


『もう! 何よ! 私はご主人様が倒してくださった美味しい石を食べていたのに……』


 呼んで数分ほどでぶつくさ言いながらワームがやってきた。本当に不満なんだろう、見るからに顔まで顰めっ面だ。

 人である私がワームの表情と言語が理解できるのが普通に考えてまずおかしいが、わざわざ馬鹿正直に他人に教える道理もない。教えても理解できるとは思えないし、面倒ごとになるのが目に見えている。


 私は小さく肩をすくめながらワームへ命令する。


「私は他のγ-2……ガーゴイルを拘束する。お前はすでにがんじがらめになった個体を優先して喰らってくれ」

『なんで、あんたに命令されなきゃいけないのよ!」 


 思春期の小娘みたいにプリプリするワームだが、意外と素直で私が今さっき拘束したγ-203を頭から丸呑みにした。


『げぷっ……あら、ごめんあそばせ』


 誰にそんな上品な言葉を習ったのかバラバラにしてじっくり調べたいが、もしそんなことをすれば人狼の彼に嫌われるだろう。


 それにしても私がアルラウネの種を模して作った種は現在半変態した人狼の影響を多分に含んでいるはずだ。魔力を見てもほとんどアルラウネの近縁種のような物。

 本来大地の主人であるアルラウネと大地に生かされているワームは相性が抜群に悪いが、このワームは完全に別個となっている。以前までは少なからずワームの要素があったがγ-203を吸収してから更に別物に変異しているようだ。


「くっく」

『なによ』


 おっと、悪い癖がまた出てしまった。ほんの些細な実験の観察だとしても本当に影響がないとは限らない。観察は続行。


「なんでもないよ。そのまま続けてくれ」


 ワームは意味ありたげに見てきたが、少しすれば最初に襲ってきたγ-203の羽が生えたカエルの残骸をむしゃむしゃと食べ始める。そっちはあまり美味しくないのか、すごい不味そうな表情。

 ……前言撤回。やはりワームは完全ではなく、ほとんど別個という位置。明らかにアルラウネの種の影響を受けたγ-203から苦味を感じている顔だ。


 私は一度髪をかき上げガリガリ頭皮をかいてから、思いっきり走り近くの建物を駆け上がった。そのまま飛び上がり一番高い場所へ着地。


「ふぅ……本当に人狼は面白い。無駄に数百年生き、全てが灰色になっていたというのに今では世界から色を感じる」


 周囲を見ればアルラウネと悪魔の書の成果だろう。私がさっきやったように体内から蔦や幹で拘束されたγ-203や……体内から触手が飛び出て訳のわからないγ-203がいた。


「どうなってるんだ? あれは本当に意味がわからない」


 思わず頭が痛くなる。


 以前α-319と戦闘した際に悪魔の書がすぐそばで古代魔術を放った時には頭の半分がぶっ飛んだ。確かに私の身体も変態しているが、一応血の一滴に至るまで魔国ブレリラーヤンで改造手術を受けている。魔人の魔術なら一発二発は跳ね除ける実績があるぐらいだ。


 なのに本当に意味がわからん。あいつに関して考えるの止め……い、いやだめだ。今の私は曲がりなりにも研究者。思考を止めてしまえばただのボンクラに成り下がる。


「ふぅ」


 頭を振ってアホな考えをかき消す。


 最近なぜかすぐに諦めの道に走ろうとする自分がいた。今まではそんなことはありえなかったが、なぜだろうか?

 そんな自分自身に頭をかしげるが答えは出ない。


 その時、ピクっと私の眉が動いた。


 視線の先にはもはや原型という原型がなくなりボロボロと崩れるγ-203が数体。そして更に遠くでは人狼が半巨浪の状態で二十メートルはくだらない巨大なγ-203と戦闘をしていた。およそ二、三秒足らずで両者は数百にも近い攻防を繰り広げている。

 ただ巨大なγ-203はプログラミング通りに動く魔導兵器のように決まった行動しか取っていない。人狼が攻撃を喰らわせれば、ほとんど決まった反撃か防御を選んでいる。先ほど私が拘束したγ-203と同様、到底知能があるようには見えない。


「ちっ……」


 身体が引っ張られたのか舌打ちが勝手に口から飛び出た。


 右手で口覆いながら思考を巡らす。γ-203の本体は確実にここら周囲にはいないだろう。もしγ-203が操作しているのであれば私たちはもっと苦戦しているはずだ。まぁ今の人狼なら片手間で倒すかもしれないが、それは横に置いとこう。

 戦闘チームはγ-203を魔封したなんて言ったが、どこからの情報だ? 本当にやつらがやったのか? 戦闘チームであれば数十人ぐらい潰せばγ-203を魔封できると思うが、ここまでゴテゴテに回るなんて信じれない。

 何かがおかしい。が、考えるにも情報が少なすぎる。


「……地上では何が起きているんだ?」


 人狼と戦っている巨大なγ-203は明らかに誘導目的。それは戦闘チームも重々承知だろう。たまに見える戦闘チームの頭目の身体から滲み出ている魔力が赤く苛立っているのが見える。


 前任だった戦闘チームのリーダーはもっと冷静な男だったが、今回はえらい人間味があるやつだ。わざわざチームの副官だろうやつの言葉を馬鹿正直に受けるなんてな。お偉いさんの犬としては失格だが、一般人を守る姿勢に少しは株を上げてやろう。


「おっ?」


 いつのまにか人狼は巨大なγ-203との戦いに飽きたようだ。口を大きく開けると悍ましいブレスを発射させ巨大なγ-203の身体の半分を消失させた。

 ……いやはや、いつのまにブレスまで吐き出せるようになったのか本当に人狼を解剖したい。自身の仲間の技も使えるようになるなんてどこの半魔人だ。

 もしかして人狼は人間ではなくあいつみたいに半魔人だったのか?


 いや、それはないな。


 少しだけ考えたがそんなことはありえない。前任者が残したデータを見てもそんな記載はなかったし、休眠状態だった人狼を解剖した時に魔人ではなく、ただの人間から変異したのをこの目で確認済みだ。


 まぁいい。このことは追々考えるとしよう。


 巨大なγ-203が倒れたのを合図に戦闘チームもぞろぞろ戻ってきた。住民のほとんどをすでに地上へ逃し終えたんだろう。しかし、よくこんな短時間で終わらせたな。かなり多くのやつらが人質としてここに住んでいたはずだが……γ-203に感染していない方が少なかったのか?


 さっきまでは綺麗な街並みだったが、今ではそんな景観はγ-203との戦闘で完全に失せていた。それらを眺めていると戦闘チームの頭目がわざわざご丁寧に私の横へ飛んでくる。そして魔導機械越しからでもわかるほど苦味を齧ったような雰囲気で話しかけてきた。


「チッ……忌々しい、本当に殺したくなるほど苛立たしい。上層部はすでにここから下を廃棄し、亜空間に飛ばすとのことだ。次に地上であったら殺してやるからな、ゴミどもがッ」


 てっきりγ-203の次は戦闘チームと戦うと思ったがそんな空気感もない。むしろ暗に避難しろと言ってきた。

 前に漫画でこんなやつを呼称する言い方があるのを覚えている。



 確か……そう、ツンデレだ。








 おぇぇぇ。


 なんかやたら頭が痛い。

 どんなヤッベェ代物を食っても体にダメージなかったのにアルコールだけ貫通する身体ってどうなんよ。


 ふらふらする頭を押さえながら俺は重い体を持ち上げた。


 ……えぇ?


 周囲を見渡したら荒野の街が綺麗さっぱり消えていた。いや、正確には上空から巨大な重機でプレスしたように更地になっていた。

 耳をぱたぱた動かしても住人らしい住人さんの声もしない。


 いや……えぇ?

 ど、どういうことよ。何が起きたらこんなことになるん?


 いくら頭捻っても答えが出ない。むしろ口からゲロが飛び出そうだった。これ以上考えて本当に吐いたりでもしたら勇者である俺の株がリーマンショック並みに下落する。

 俺は考えることを放棄した。


 きっと仲間たちが暴れたんだ。そうに違いない。

 だって勇者である俺以外全員半端なく禍々しいもん。

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