ー29ー


 ーモニカ・R・ジェーン:モカちゃんー


 店主と世間話を交えながら現在の状況や地上のことに花を咲かせていると背後から悲鳴が聞こえてきた。

 振り向けば、****も悍ましい魔力も出さずどんどん膨れ上がる人狼がいた。一瞬、人狼が何を考えているか疑問に思い、眉間に力を入れたがそれもすぐに消える。


 なんだ? あぁ、そういうことか。


 店の天井を通り越し、さらに上空からからけたたましいエンジン音のように聞こえる魔力の束。


 視線を戻せば、人狼は店に遠慮しているのか優しさが残っているのかぎりぎり壊れない程度で止まっていた。α-319と戦った時に変身した巨狼の大神ほどではないが、それの変態途中といった姿。


 そもそも人狼は人と狼の合の子といった見た目だったが、現在の人狼は巨狼と人狼の合の子といった形になっている。

 人狼の時は二本の足で立っていたが、今では腕だったものも大きな足となり、四本足で立ちながら鋭利な爪が地面に突き刺さっている。そして体表は黒い体毛に包まれているが、それでも感じ取れる筋肉量。搾りに絞った筋肉の束は溢れ出そうでそうなほどで、美しい彫刻のようでもあった。

 巨大なアギトはどこか少しだけ人間味を感じさせ、魔獣や神獣といった類いではなく、古い人類史の神話に出てきそうな天使あるいは悪魔の使いにも見える。



 ドカァァァン!! 



 人狼は遠慮しているってのにそいつらはお構いなく店の天井を突き破って登場した。重魔導機械を着込んだ気狂いの集団、戦闘チームだ。

 殺意のようにも感じる魔力は客たちを昏睡させる勢いだったが、α-319と戦った私たちにとっては微風だった。

 人狼も特段戦う気配もなく、馬鹿にしたように戦闘チームへあくびをした。


「くっく」


 思わず嘲笑が溢れた。


 戦闘チームは一斉に魔導重力銃の照準を人狼に合わせたが、人狼は残像すら残さず消える。戦闘チームは突然消えた人狼に動揺するが、数秒もすれば人狼は元の位置に戻り、数百キロはくだらない重魔導機械を着込んだ数人の戦闘チームをお手玉のようにして遊んでいた。



 ……漫画で読んだがあれが舐めプってやつか?



 いやはや、あれはもはや化け物を通り越して一種の怪物だな。重魔導機械を装着した戦闘チームが赤子のように扱われるとは。


 しかし人狼はなぜこいつらを殺さないんだ?


 疑問に思っていると気絶していた客たちの中から、ムクっと魔導機械のように気持ち悪い立ち上がりする者がいた。警戒しながら見ているとそいつらは大声で叫び始める。


 つんざくような声はすぐに共鳴を始め、そいつらに戦闘チームが魔導重力銃を発砲すると、体を裂きながら石の腕が飛び出した。それが合図となったのか、酒場にいた客たち全員も感染されたように身体中から石の足や石の頭が飛び出てくる。


 人狼はこのことを知っていたのか。しかし今の人狼ならこの程度、一人で対処できる範囲だと思うが?


 人狼は再び煙のようにかき消えると、感染されたやつらは全員がコナゴナになった。そこへワームがいそいそと動いて美味しそうに頬張り始める。ワームのイカれた食欲と耐性力に呆れていると、人狼は戦闘チームの中で一際魔力を多く発しているやつを力強い眼差しで見る。


「チッ、クソがァ……そういうことか。これだから知能があるゴミは嫌いなんだ」


 おそらく戦闘チームの頭目なんだろう。頭目は苛立ちながら魔導重力銃を人狼に向けていたが、横にいた副官らしき人間が頭目の肩を掴む。


「おい! 魔封したはずのγ-203がここまで来ている! 地上に出たらとてもじゃないが手に負えなくなるぞ!」


 頭目は副官を無視して人狼を睨みつける。


「俺らはここにいるやつらを片っ端から抹消する。お前らも手伝え。このままじゃ地上まで汚染されちまう、一旦休戦だ」

「ここの住民を殺すことはないだろ! 下の犯罪者と違って彼らは一般人だぞ!!」


 副官は頭目の目の前で今にも胸ぐらを掴みそうな雰囲気で放つと、同様のことを考えていただろうほとんどの戦闘チームが殺気立ちながら頭目を見た。


 ふぅむ? 何やら戦闘チームに変化が起きているように見える。

 いつもなら一般人であろうと和気藹々と殺していたはずだが、どういうつもりだ?


「……チッ。わかった、わかった。俺らは感染されていない住民を上に退去させる。見ている限り地下から出てきたお前らは感染されないんだろ? なら感染者は片っ端から始末してくれ。地上を目指しているのはわかっているが、γ-203に塗れたゴミみたいな世界なんて見たくないだろ? 手伝え」


 戦闘チームの頭目は大きくため息を吐いてから人狼へ提案をした。人狼は小さく頷くと一瞬にして姿が消え、酒場の外から爆撃音さながらの音が聞こえてきた。


「おい。お前、モニカ・R・ジェーンだろ? ただでさえ頭がイカれてるのに、今度は見た目じゃなくて中身まで気色悪くなったな。あれは話が通じるのか?」

「くっく。疑問に思っているのに話かけたのか? すまない、別に馬鹿にしたつもりはない。だからその武器を向けないで欲しいね。私はただの研究者だ。そんな物を向けられたら怖くて会話ができない。そうだ、それでいい。話を戻すが、そんなこと私が知る由もない。それでも彼が他のやつらに比べて優しさを持ち合わせてるのはわかる。まぁ、彼も外で戦っているんだ。私じゃなくてもお前たちの話ぐらいは聞いてくれるんじゃないかな?」

「チッ。いちいち周りくどい喋り方しやがって。本当イライラするやつだ」


 呑気に戦闘チームの頭目と会話をしている横で、ワームはパクパクとγ-203に寄生および感染された残骸を食べていた。

 しかもワームはそれらを食べれば食べるほど身体が急激に大きくなっていく。


 ……このワームそんなに大きくなってどうするんだ? 地上に出たら真っ先に魔染生命体として付け狙われるぞ。


 ワームから視線を戻せば、戦闘チームはピュンピュンと外へ飛んでいった。


 店主に挨拶しようとカウンターを見れば、店主がいなかった。念の為カウンターから身を乗り出して覗けば、店主はひっくり返って気絶している。地上で上等な改造処置をしているようでγ-203の感染はそこまでされていないように見える。

 このまま放置しても可哀想だと考え、私は中指を千切って吹き出した赤黒い血をかけてやる。数秒で赤黒い私の血は無数のムカデに変化。


「これでいいだろう」


 可愛いムカデたちは店主の服の中を這いながら、おそらく目に見えない飛んでいるγ-203の粒子を捕食していた。ムカデたちもγ-203には感染しないことを確認し、何度も頷いてから私はカウンターから降りた。

 机から自分のリュックを背負い、お駄賃代わりに魔染生命体の心臓をいくつかカウンターに置く。


 いつまでも一人だけ酒場にいてはしょうがない。私は酒場から出た。


 てくてく通りを練り歩いていると羽があるカエルのような無数のγ-203が群がってきた。魔術を使おうとした瞬間、後方からいくつもの大きな種が飛んできてγ-203が爆発。


 後ろを見ればアルラウネがいた。私が感謝として小さく手を降れば、アルラウネの頭頂部にいた妖精の亜種が代わりに胸を張る。


「本当、人狼は変わったやつらを集める」


 苦笑しながら顔を戻せば、地面から推定四メートル近い熊と虎を混ぜ合わせたγ-203が飛び出してきた。

 アルラウネがまた手助けしてくれると思ったが、そっちはそっちで悪魔の書と連携しながらγ-203と戦闘中。


「しょうがない。あまり戦いごとは好きじゃないが……」


 おっと、私の左半身はすでに準備万端みたいだ。私の身体にも人狼の****が入っているが、私も大神みたいに巨大化するのだろうか? それとも他の魔獣に阻害されて、全身が醜い生物になるのか。


「いやはや楽しくなっちゃうね」


 私はニタリと笑いながら大きなγ-203を眺める。熊と虎を混ぜ合わせたγ-203は口を大きく開くと口内に魔力を溜め始めた。

 バチバチと火と静電気のような音が響き始め、私は変態した左半身を盾にする。


 今回の左半身はコガネムシと馬を融合したような姿。そのまま飛んできたブレスを左半身で受けながら、リュックから魔石を引っ張り出し右手で砕く。


『儚げな霜よ。凍てつき燃えろLawineラヴィーネ


 右手が凍りつくほど冷たい魔力から察して氷雪系の攻撃魔術を唱えたはずだが、なぜか右足が変態。

 全く関係のない植物のような形になっていた。


「これはアルラウネかな?」


 何やら魔術自体が変異している。おそらくでもないが、確実に人狼の彼の影響だろう。既存の魔術と漂っている魔力の性質すら変えてしまうなんて……。


「本当に面白い」


 これはまた……かなり便利だな。


 右足を動かせば、変態した右足は私が脳内でイメージしたように変形する。私は先ほどアルラウネが飛ばしたみたいに、種を発射できるよう右足を大砲の形に変化させγ-203へ向けた。



 ガコンッッ!!



 やはり本体であるγ-203ほどの知能はないんだろう。熊と虎を混ぜ合わせたγ-203は避ける素振りもせず顔面に種が直撃。種はそのまま体内までめり込んでいくと、大量の蔦と幹が飛び出てγ-203を拘束した。


 アルラウネの種を真似たが、私が異常なのかこのγ-203が弱すぎるのか。疑問が多くて困ってしまうね。


 私は右指を口に突っ込み、大きく口笛をしてワームを呼ぶ。


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