ー14ー


 おー。最近の人間ってすげぇんだな。

 水の中で酸素を取り込まずに、数十本の十メートル近い触手と殴り合いできるなんて、すげぇよ。


 ……あれ? もしかして俺も傍から見たらあんな感じ?

 な、なんかあんまり気分がよろしくないな。


 ま、まぁ! 俺はちょっとダンディーで体毛が濃く、尻尾が大蛇なだけの人間だし。到底あんなことはできない。


 …………ほら! 見てみろよ!

 人間の俺は観葉植物ママの幹がなければ、水の中で呼吸できないもんねー!

 はい、俺の勝ちー! お前の負けー!

 ぷーくすくす!



 あ、人間がイカタコの触手に捕まった。

 うわぁぁ……俺ぐらいの大きさの吸盤が人間の顔に張り付いてるぜ。さすがにあの人間もすぐに死ぬんじゃね?



 ってちがぁーう! いつまで見てるんだ俺!

 人間を見捨てて、いいわけがなかろう!


 あの触手変態のイカタコをぶっ飛ばして、颯爽と助けるぜ!



 ぺちぺちっ。


 ワーム君の胴体を軽くタップ。


「きゅーいー」


 うむうむ。今の俺は馬に乗った競馬選手的なあれ。馬であるワーム君とは一心同体。俺が叩けばワーム君はすぐに理解できる。


 へへへ。これが素敵な主従愛ってやつかな?


 俺が鼻の下を擦っていると、ワーム君が猛速度で人間の方へ泳ぐ。急いで、観葉植物ママをワーム君から俺の背中に取り付けた。


 右手を伸ばし、ヒーローの登場シーンみたいにワーム君から大きくジャンプ!!



 おらァァ! これが、スーパー合体奥義!

 人間ワームキャノンだァァァァ!



 そのまま人間に張り付いていた触手へ体当たり。


 うん? 体当たりしたら、わざわざ右手を伸ばした意味なくね? だとぉぉ!? うるせぇ!!


 なんかイラっとしたから八つ当たり気味にイカタコの触手へ噛み噛み。観葉植物ママと一緒に吸盤を人間から剥がす。


 遠くからワーム君がイカタコを威嚇してる間、一気に観葉植物ママのトカゲ噴射でイカタコから離れる。


 うお! き、君ちょっと顔色が青白いけど、大丈夫?

 ……もしかしてじゃないけど、やっぱり酸素が足りない感じ?


 急いで噛みついていた幹を外し、男性っぽい顔付きの人間の口に幹を突っ込む。相変わらず顔色は変わらないが、幹から大量の酸素が人間に吸い込まれると、目をあんぐり開き、すっげぇ暴れ始めた。


 うおお! お、お目目、真っ黒やん!

 きもッ!


 ちょっとだけ離れ、顔に視線を向ける。


! るがやしにな、ぇめててめぇ、なにしやがる!


 いや、あの……その目、大丈夫?


!! るいにここ、でんなうん!? なんだお前だ誰、前お?! んうなんで、ここにいる!!


 何言ってるかさっぱりわからん。何語ですか?



 ぶくぶくぶくー!



 くぅぅ……返事として、わんわんおーを言ったつもりだが、ぶくぶくするだけ。というかそろそろ酸素が切れてしぬぅぅ。


 マ、ママー!! もごッ。


 観葉植物ママが速攻でニュー幹を口に放り込んでくれた。


 あ、ありがとう、ママ。

 ちょっと雑だなって思ったけど、酸素がなくなったら俺が死ぬもんね!

 ありがとう!


……前お? まぁ、助けてくれたん。るす謝感はとこことは感謝する。たれくてけ助、ぁまん? お前……


 や、やめてくれ!

 日本でしゃべってくれ、頭が痛い!!


「これでわかるか?」


 あ、はい。すぐに俺がわかる日本語になって理解できるようになった。

 とりあえず頷く。


「おかしなやつだ。お前は俺と同じ純粋な魔族だろ? なぜ魔族語が理解できん?」


 魔族? 魔族語?

 なんでいきなりファンタジー用語?


「……どういうことだ?」



 ぶくぶくぶく。



 日本語でOK、と返事しようにもぶくぶくするだけ。

 そんな俺に自称ハーフ魔族さんの人間が神妙な顔で考えこむ。


 見た目的にこの人間はおっさんの年齢。きっと彼はおっさんになってから厨二病を発症したんだろう。素肌が青白く、お目目も真っ黒だけど、そういう時期。社会人であれば、相手がどんな趣味を持っていても理解するのは大事だ。

 うんうん。


 じっと見ていたらおっさんは恥ずかしくなるかもしれない。とりあえず目を逸らし、ワーム君と触手本先輩に任せきりになってしまったイカタコをちらりっ。



 い、一方的にボコボコにしてた。

 強すぎない?



 さっきまでイカタコの触手は三十本ぐらいあったと思うがすでに残り五、六本。ワーム君が美味しそうに千切れた触手をパクパク食べている。

 そして触手本は本から出ている二本の腕でイカタコの触手と綱引き中。


 ふぅ、やれやれ。

 舞台を整えてくれた……って、やつかな?



 いくぜ! 観葉植物ママ!



 おっさんを放置し、観葉植物ママがトカゲの足をジェット機のように空気を放出。そのまま勢いよく俺はイカタコの胴体へ超絶キック。

 みんなが弱らせた結果なんだろ、そのまま土手っ腹に空洞を作った。


 ひゅ〜。気持ちいいぜ。


 そのままくるりと体を反転。

 イカタコを見れば、痛みから暴れ回っている。


 ……君さぁ、胴体に穴が空いてるのになんで生きてるの?

 どういう構造だよ。バケモンかよ


 そこへ俺と同じように幹に齧り付いているおっさんが大剣を大きく振りかぶる。どこからその大剣を出したかわからないが、大剣を振り下ろすとイカタコが真っ二つになった。


 つ、つぇぇ。

 強すぎやしませんか?

 もはや俺不要やん。つうか、最初からその大剣使えよ。


「感謝する」


 おう。感謝しろ。

 ちょっと胸を張ってぶくぶくして返事した。


「くっく、面白いやつだ。悍ましい魔力の奔流から魔族だと思っていたが、かなり理知的で理性があるように見える。お前はあれらとはまた少し違うんだろう。羨ましい限りだ」


 まぁな!

 あと魔族とかいうファンタジー住人じゃなくて、人間だけどな!


「小娘の言う通り、ここへ来てからなかなか楽しめたがそれも終わりが近づいている」


 小娘? もしかしてボインさん以外にもぺっぴんさんがいた感じ?

 ……俺、知らないんだけど。


「小娘の玩具箱もここまでのようだ。俺は去るがお前はどうする? 一緒に来るなら歓迎するぞ。狂った魔族でなければ大歓迎だ」


 え? もしかして、外に出られる感じ?


 おっさん! 今日から俺たちはズッ友だ!



 ぶくぶくぶくぶく。



「…………そうか。ならばまたいつか会おう、友よ」


 う、うん?


 おっさんがその場で大剣で大きく六芒星を描くと、体が輝き一瞬で消えた。



 おい、ちょい待てや。おっさん!

 俺を忘れてるぞ!



 慌てておっさんがいた場所を掴んでも何もない。いや、水の中だから水を掴めているといえば掴めているが、俺が求めているのは加齢臭が漂うおっさんだ。


 激おこぷんぷん丸になって、水の中で暴れ回ってもおっさんは戻ってこない。



 …………おっさん、テメェはズッ友失格だ。

 絶対に許さん!! 絶対になァ!!



 ぶくぶくぶくー!!!!






 ー???ー


 魔人が操る魔導機械との戦いは流石の俺にもこたえた。一撃で体はボロボロになり、重魔導術により両手両足が吹き飛んだ。多量の血液が流れたせいで意識が霞んでくる。それに加え何日も眠っていなかったせいだろう、とてつもない眠気。


 これ以上俺一人が獅子奮迅したところ状況は変わることはない。目を閉じ、天に唾を吐きかけながら諦めようとしたその時、声が聞こえてきた。


「やぁ、大丈夫かい?」


 いくら俺が瀕死状態とはいえ、全く気配を感じさせずここまで接近されるとは思わなかった。

 命を燃やしながら魔力を放出し目を開ければ、俺でも美しいと感じる人間の女がいた。笑顔を浮かべ、心配そうな雰囲気を醸し出しているつもりだが、二つの目には感情の色は一切感じられない。


「な……ん……の用……だ」

「そう警戒しないで欲しいね。そろそろ魔力を抑えてくれないかい? 少し、苦しいんだ」


 女は苦笑しながらそう言ったが、毛ほどにも苦しい様子は見られない。どうせ、何をしても俺はこのまま死んでいく身。今更どうなってもいい。

 当時、そんな考えだったんだろう。俺は魔力の放出を少しずつ止めていく。


「ほぅ? 本当に抑えてくれるとは思わなかった。感謝するよ」


 そう言いながら目の前で何かを飲み込む女。


 その時は知らなかったが、女が飲んだのは抗魔剤だったらしい。人間たちが体内に入った魔因子を限りなく希釈させるもの。

 しかし、今になってもその時に女が抗魔剤を飲んだ理由が不可解だ。女は新人類と呼ばれた魔因子に適応した種族だと言っていたが、なぜあいつはあの時に抗魔剤を飲んだんだ? だってあいつは………………。


 何かに手が掴めそうになった瞬間、頭にモヤがかかり、場面が薄れていく。


 ちっ、またか。


 これ以上考えても、どうせ目が覚めれば全ては忘れる。体は浮上していき、さらさらと全てが散っていく。


 願わくば、このことを思い出して欲しいが無理だろう。身体の半分に流れている魔族の血は全てを憎しみ憎悪する。ありとあらする生物へ怨嗟を吐こうと暴れ回る。

 今の俺ではこれ以上何もできない。


 ……忌々シい。


 哀れで惨めで狂った残酷な種族。どこまでいっても世界の敵。平穏な生活を夢見ても叶うことはない。苛烈に狩られるだけの家畜以下の存在。



 …………あ、ア、あァ………に、ニ、憎イ。



 どこまでも世界が、自分が憎い。


 光を知らずにいれば、こんな感情は抱かなかった。

 愛を知らなければ、憎しみを覚えなかった。

 優しさを希望を与えられなければ、苦しさも絶望もなかった。




 目にかかる光を鬱陶しく思いながら瞼を開ける。


「おはよう、いい朝だね?」

「なんでここにいるモニカ。最近は取り寄せた個体で遊んでいるんじゃなかったのか?」

「いきなり酷い言い草だ。せっかく名前を呼んでくれるようになったと思ったのに」


 冷たい石から身を上げれば、モニカ・R・ジェーンがガラス越しにこちらを見ていた。いちいち癇に障る女だ。無駄に綺麗な顔も今では余計に腹正しい。


 近くにあった餌を食いながら、肩を回しポキポキ鳴らす。


「御大層にここまで来たということは研究の目処が立ったんだろう? 次は何をすればいい」


 モニカ・R・ジェーン。


 稀代の天才。

 悍ましき蝙蝠。

 狂気の魔導科学者。

 気狂いの魔女。


 さまざまなあだ名で呼ばれているが、それのほとんどが貶称へんしょう蔑称べっしょう。ここまで嫌われている人間なんてそうそう見かけない。魔族である俺ですら、吐き気を催す邪悪さ。


 そんな女がずっと、ほったらかしだった俺へ会いに来るぐらいだ。相当危険なことに足を突っ込んでいるに違いない。


 あァ、アぁ……


 半分は魔人だが、それ以上に魔族の汚らしい血が俺を昂らせる。


 ふと、俺を産んだゴミが呪いのように何度も繰り返し言っていたことを思い出す。

『死は愛すべき****』

 生まれたばかりのガキだった俺はわからなかった。

 唾棄だきすべき塵芥程度がほざいたことに興味すら抱けなかった。


 両拳を握りしめ、荒れ狂う興奮を抑える感覚は快楽に近い。死に近ければ近いほど、快楽という名の耽美な狂気を覚える。

 魔人と魔族の子だとしても、俺はどこまでいっても畜生の魔族。魔臓腑から溢れてる悍ましい『憎悪』に自然と口角が大きく上がる。


 ゆっくり顔を上げモニカを見れば、いつものようにいやらしい顔を浮かべていた。

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