ー13ー


 …………えぇ?

 どうなってんの?


 もうさ、数十分は泳いでるのに相変わらずイカタコのとこに到着しないんだけど。


 部位の位置がおかしいワニとか魔融合鯨とかキモキモスライムもいたけど、全員がイカタコの方向から逃げてくるから鬱陶しいことこの上ない。


 もしかして、イカタコってすごい巨大なのか?


「きゅーいー」


 俺がうんうん頭を捻っていると、水中でワーム君の声が音波のような感じで聞こえた。ちらっ。



 みんなが合体してた。



 い、意味がわからねぇと思うが、言葉通りなんだ。せ、説明させてくれ。


 ワーム君の長い胴体の頭部あたりに触手本。

 触手を使ってワーム君の可愛いツノに絡みつき、逞しい二本の腕がいつでもクロールできるよう腕を組んで準備している。

 見ようによっては二本の腕がツノに見えないこともないが……心底、きもい。



 次に観葉植物ママ。

 ワーム君の真ん中らへんにくっついている。膨らんでいるトカゲの足はまるでジェットエンジンのようになって後方へピンッと伸びている。

 …………きめぇ。



 しゅるしゅる。観葉植物ママが俺の身体に蔦を伸ばしてきた。


 あ、はい。

 今の俺は雛鳥的なポジション。

 観葉植物ママが俺を抱き寄せるなら、身体を委ねるだけだ。


 よ、よぉし。いくぞ。みんな!


 ワーム君の体を軽くタップ。


「きゅーいー!」


 穿て、ワーム君!!




 うぉぉぉぉぉおおぉッッ!!





 は、半端ねぇ速度だったぜ。危うく意識がぶっ飛びそうだった。

 というか、半分意識が消えて白目剥いていた気がする。


 俺が泳ぐよりもとんでもない速度。それでもイカタコが遠い。

 厳密にいえば、相当近づいたけどまだ遠い気がする。


 多分、深海ぐらいの深さにいるはずなんだけどさ……ここ、研究所ってレベルの広さじゃねぇだろ。

 ボインさんのボインボインをモミモミしながら文句を言いたいが、アナウンスがないから、わんわんおーの文句もできない。





 や、やっとか?

 更に数分。ようやくスーパー合体ワーム君が速度を緩めた。


 イカタコを見れば大きさがバグったかのような巨大な大きさ。触手の一本一本がワーム君ぐらいの大きさだ。

 とんでもねぇぜ。


 じぃぃー、と目を細めイカタコと戦っているやつを見た。


 うん?

 俺と同じ人間か?





 ークラーケン研究所:所員ー


「どうなっているッ!! なぜ、あれがここにいるんだッ!!」


 上司がブチ切れるが、誰も答えは出ない。

 そんなのは僕だって聞きたい。


 なぜ魔人がいるんだよぉ!!


「だ、だ、誰が魔人を連れてきたァッッ!!」


 数十分前にけたたましい音と機械アナウンスが流れてきて、僕と上司以外は全員逃げた。だけど、僕たちは逃げられない。逃げることは許されない。


 僕たちはクラーケン研究の責任者だ。クラーケンが万が一地上に出てしまえば、僕たちは責任の追求されてしまう。仮に逃げられたとしても各国から指名手配され、到底まともな生活ができるわけがない。捕まれば、それこそ死よりも酷い姿にされるだろう。

 しかも、魔人がいることにより、余計に混乱に拍車がかかっている。誰が連れてきたか知らないが、もし魔人がここにいることがバレてしまえば、魔国が怒り狂い…………いや、これ以上考えるのはよそう。


 どうするかを考えなければッ。


 なんとか機械を操作するが、先ほどの振動のせいなのかコントロールが一切不能。


「もう……もぅ……終わりだぁぁ………」


 そんな僕の耳へ絶望した声を上げる上司の言葉が聞こえてきた。視線を向ければ、自身の顎へ対魔小型重力小銃を向けている。


「な!!」


 急いで手を伸ばすが、それよりも早く上司が引き金を引き、パシュッ。小さな音が響いた瞬間、ボゴォォッッ! と上司の頭が吹き飛んだ。



 ばしゃ、ばしゃばしゃっ。



 顔だけじゃなく全身に降り注ぐ血液の大雨。視線が激しく動き回り、僕の荒い息遣いだけがラボに響く。


 死にたくない、死にたくない。

 まだやりたいことは沢山ある。


 脳内に浮かぶのはありとあらゆる絶望の結末。震える手は真っ赤に滴った対魔小型重力小銃に伸びていく。



 …………パシュッ。





 ー主任:モニカ・R・ジェーンー


 鳴り止まない警告音と赤で照らされた通路を足早に進む。ちょうど向こう側から慌ただしい数人の所員と掃除屋が走ってくるのが見えた。


 素早く近くの部屋に身体を潜り込ませ、隠れる。


 すでに数十分経ったが、まだここから逃げていないやつらがいるとは思わなかった。バカなのか? 普通なら逃げるべきだろう。それとも私が緊急エレベーターを爆破させたからか?

 まぁ、なんでもいい。


 部屋から頭を覗かせ、安全を確認してからまた進む。


 この辺だったか? 研究所は緊急時に全ての部屋を総入れ替えするという頭が悪い仕様になっている。大方、危険な場所を一ヶ所に隔離するためだと思うが、私からしたら頭が痛くなるとしか思えない。そんなことをしてどうなるんだ。よほどの危険なんて、たいてい魔人の仕業だ。当の魔人も入ってくれば最終的に塵も残らないというのに。

 それとも、魔国にはバレたくないという、くだらない考えか?


 一つ一つ部屋を開け、確認する。


 ちっ、どれも違う。所長め、緊急時の構造を変えたな。忌々しい。殺さず、脳幹だけでも連れてくればよかった。いつもとは違う状況により苛立ちやすくなったのもあるが、それ以上に魔因子の汚染が加速しているからだろう。怒りが特に顕著に出やすくなっている。懐から抗魔鎮痛剤と抗魔剤を取り出し含んだ。ほとんど同じ作用だが、無いよりはマシだ。魔力変異剤も飲もうか考えたが、今更変異を抑えても意味はない。


 魔力変異剤の瓶を適当に放り投げ、階段を駆け降りる。


「ぐッ」


 突如左肩の筋肉から激痛が走る。少しよろめいたが、気にせず進む。今のうちに少しでも目当ての場所に近づかなければならない。時間は有限だ。一刻も無駄にできない。




「主任!」


 なぜ……ここにまだいるんだッ。


 より地下へ続く通路の先には魔染生命体専門の所員。顔は幼くあどけない。しかし数十年ここにいる所員だ。身体を改造しているのに間違いない。

 そいつの周りにはバラバラになった所員の残骸。


 こいつ……何を……している?


「あ! もしかして、主任も同じ考えでしたか!」


 遠目では気づかなかったが、こいつも私と同じように魔因子を取り込んでいたようだ。言葉は流暢だが、八割方の身体がサードステージに移行している。


 死にたい……のか?


 まだ魔因子の嵐に巻き込まれていなかった人間であれば、ごく僅かの魔因子で変異することはあったが、今の私たちには新人類の血が流れている。適切な処理を行わず、中途半端に魔因子を取り込めば拒否反応により適応前に死ぬ。


「う、ウ、うーん? 苦シいンんンンです、ス、す、かァァ?」


 くそがッ。


 こいつ、私の前で楽しそうな表情で更に魔因子を注入した。わずかに人間として残っていた顔がとてつもない速度で膨張と縮小を繰り返す。

 フォースステージ。魔染生命体への変態だ。


 頭の中で警鐘がうるさく鳴り響く。その音に従い後方へ飛んだ。


「ぐッッ!!」


 地面に両足をつくと同時に大量の青紫色の血飛沫。防衛反応から私を守るため膨れ上がった左肩の半分ほどが抉られていた。


 右手で左肩を押さえながら顔を上げる。死んだ所員の残骸を残らず取り込み、魔染生命体に変態が完了した所員がいた。

 頭部は花びらのように人間の腕が五本生えており、腹部からあばらが突き出しこちらを向いている。下半身は安定性を求めたのか蜘蛛のように八本の足。


 平時であれば、バラバラにして細部まで研究したいが現在は優先的にしなければならないことがある。


「ふぅ……」


 おそらく私の変異率は三割程度。少しずつ馴染ませたかったが、こんな状況では悠長に言ってはいられない。懐から魔因子が入っている注射器を取り出し、首に刺した。


「ガァァァアアア!!」


 一瞬にして灼熱の大地に放り込まれたかのような激痛、次の瞬間には極寒の海にぶち込まれたかのような凍える冷たさ。それが繰り返し身体を襲ってくる。

 しかし魔因子は人間を虐めるのがとことん好きなのか、思考だけは明瞭とはっきりしている。本当にふざけた存在だ。


「ギィィィアアア!!!」


 身体が膨張を縮小を繰り返し始めた。本能的に激痛により口から絶叫が走る。


 魔染生命体になった目の前の所員はよくこんな激痛を耐えられたと賞賛したい。頭がイカれていると思うが魔染生命体への愛は本物なんだろう。

 衣服が千切れていき、素肌がチラチラ見える。体表には大量の青い筋と、斑点どころではなく皮膚は爛れた紫色になっていた。


「……パキっ」


 運命の悪戯か、はたまた必然か、無意識なのか。胸ポケットにあった火の鳥フェニックスの肉片と血液を入れていたガラスが割れた。そう簡単に割れるはずがないが、強高度のガラスが割れた音は確実に私の耳に入った。


 まぁ、詩人っぽく語ったが、試しただけだ。


 魔因子により魔染生命体へ変態しようとする私の内にある人狼の****がどう反応するか、ね。やはり期待通り、人狼の****は火の鳥フェニックスの****を求めようと故意に割ったようだ。

 瞬く間に私を襲っていた魔因子が死滅していき、痛みが引いていく。惹かれ合う恋人のように混ざり合う二つから迸る何かはとても気持ち良い。


 生娘で例えれば、初めての絶頂とも言えるだろう。


 そんな快楽の渦に落とされながら、私の身体からは大量の蒸気と火の鳥フェニックスの代名詞である白炎が吹き荒れた。


「ナ、な、ナんダァあ! そ、ソの醜イ、イ、い、す、スがタはァァァ!!」

「失敬な。ここの研究者は揃いも揃って、レディーへの言葉が酷すぎやしないかい?」


 先ほどまでは顔も変化していたせいでまともに言語すら出せなかったが、変異が完了した現在では普通に喋れる。

 むしろ最高潮だ。全能感に近い感覚は少し違和感すら覚える。


 私が蒸気の中から一歩一歩所員に近づけば、所員は一歩一歩後退していく。


 ふぅむ。****は魔因子に『怯え』という感情すら芽生えさせるようだな。魔染生命体となった所員の顔はもはや存在しないが、強張ったように感じる。思考がよりクリーンになり、早く回転する。


 いつもであればすぐに疑問が浮かんでいたはずだったが、やはり私も魔因子によって思考がぐちゃぐちゃになっていたんだろう。

 あいつはなぜ自我を保てている? 私が地上にいた頃、魔染生命体に変異したものと、私の手で変態させた魔染生命体を扱ったことはあったが、自我という言葉は存在しなかった。あるのは破壊願望と破滅願望。目の前にあるものを喰らうか犯すという低俗な脳しかないと思っていたが……ほぉ?


 私は目を細め、所員から出ている魔力を見て腑に落ちる。


 なるほどな、魔人の魔力が微量だが出ている。おそらくこの所員は地上となんらかのパイプを持っていたのか、私が密かに連れてきた魔人で遊んだんだろう。地上で大いに荒れ狂う魔因子と魔人から直接取り出した魔を注入したようだ。

 いやはや、頭がおかしいとしか言えない。私たち新人類もまぁ、魔族と遠縁ながら血は繋がっているが、入れようとするかね?


 私だったら心底遠慮するよ。


「チ、ち、ち、チチちチチかず、くナァァァ!!!!」


 おっと、所員が全てのあばらを飛ばしてきた。本当に面白い構造だな。背骨だけでどうやって上半身を支えているんだろうか?

 私がそんなしょうもないことをを考えていると、身体が勝手に動き、あばらを最小限の動作で避けていく。


 まったく便利な身体になったもんだ。私の思考とは別に体が生存本能から勝手に動いてくれるなんて。


 む?


「がぁぁぁぁぁッッッッッギイィィィイイイイアアアア!!」


 本当に背骨が折れるとは思わなんだ。


 所員が悲鳴を上げたかと思えば、そのまま上半身だけが後方に倒れ、背骨が綺麗に折れた。それでも魔染生命体だ。そう簡単に死ぬことはない。


 次に何をしてくれるのか観察しようと、所員に近づき真横でしゃがむ。じぃぃっと見るが一切動かない。魔力を見ても少しずつ霧散している。


 …………いくらなんでも弱すぎないか?


 やはり、魔人の魔力はまだまだ新人類には適さないようだ。本当に当時の人間たちはどうやって魔人と人間を掛け合わせたのやら。


 もし実験データがまだ現存するのであれば、喉から手が出るほど欲しいよ。


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