ー12ー


 し、し、しぬぅぅぅ!


 ぶくぶくぶく…………



 だ、だ、だれかぁぁぁ!!


 ぶくぶくぶく…………



 はぁ、はぁ…………

 なんとか呼吸ができるようになって冷静になれた。いや、冷静になっちゃいけないけどさ、こんなとこに放り込まれたら冷静にもなっちゃうよ。

 いつものようにめちゃくちゃ長い通路を通っても、ムカつくネバネバがないやんけ! って思ったのが運の尽き。

 いきなり急傾斜になったなぁと思ったら、大きな揺れと共に突然、九十度。みんなと一緒に水の中にドボン。


 そりゃ、暴れ回るさ。


 壁をボコボコにしたのは俺は悪くない。そこへ観葉植物さんが空気ボンベを作ってくれなかったら俺が死ぬか、研究所をぶっ壊すしかなかったね。


 え? お前、暴れてたけど、壁はちょっと凹んだけだろうだって?



 ……てめぇは後で職員室に来い。いいな?



 くだらない脳内パワハラ先生から話を戻し。

 観葉植物さんがくれた分厚い幹に齧り付いて息を吸う。

 実に美味しい空気だ。目を覚めてから一番新鮮な気がする。


 へろー!


 尻尾と一緒に幹に齧り付いて酸素というご馳走をいただく。齧り付いて息を吸うってどういう意味だよって思うが、俺は観葉植物さんという親から餌をもらう雛的な立場。

 もし文句を言って取り上げられたら死活問題だ。

 俺はワーム君みたいに観葉植物さんにぴーぴー言うしかない。


 というかさぁ。

 この尻尾、俺が酸素なくて死にそうな時でも、のほほんとしてたよな? 認めたくないけど、俺の一部なのに尻尾だけ水に適してるってどういうことだよ。

 わけわからん。



 あ、ぴーぴー! ままぁ!

 この幹の酸素が減ってきたよぉ!



 ママは優しい。俺の幹にトカゲの足を突き刺し、ドクドクと何かを入れる。


 ……う、うん。


 やめろ、俺。決して変なことを考えるな。

 ふぅ。俺は社畜。そう社畜だ。

 どんなブラック企業でも働くスーパー戦士。どんなにパワハラをされようとも、毎日始発の電車で会社に向かい、終電で帰る男。

 最低賃金を下回る雀の涙程度の給料でも労基には行かない、超戦士社畜マンだ。

 ……いや、だめだろ。


 おい! これ、どんなってんだ!



 ぶくぶくぶく…………


 

 ご、ごぺんなさい。ママ。


 へろー!


 俺が無駄に暴れたせいで、小さくなった幹にトカゲの足を刺してくれる観葉植物ママ。ペコペコしながら謝罪して幹に齧りつく。

 どことなく観葉植物ママと尻尾も怒っているような顔。いつまでも怒られるのはパーティーリーダーとして恥ずかしい。


 他のやつらをチラッと見る。

 決して責められていることから逃げているわけではない。

 いいね?




 最初にワーム君。

 ワームって地中生物じゃね? まぁ、鳥っぽい感じに進化したけど、それも哺乳類じゃね? って思うけど、きっとあれなんだろう。

 あれが何が知らないが水中でも呼吸ができるんだ。うん。

 楽しそうに海蛇みたく、くねくね泳いでワニを追いかけてる。



 そのワニもワニでやっべぇ見た目。そろそろ俺の処理能力を超える状況に白目を剥いて気絶したい気分だ。



 と、とりあえずワニは後回しにして観葉植物ママ。

 トカゲもどきの四本の足がパンパンに膨れ上がり、浮き輪みたいになってる。

 浮き輪なのに浮かびもせず、俺の横にいるのは……うん。きっと、あれだ。潜水艦的なあれだろ。潜水艦がなんで、空気があるのに沈むことができるか知らんが、そんな感じだろう。

 気にしたら負けだ。

 俺は専門家じゃない。もし御託を並べるつもりなら触手本を投げるぞ、いいな?



 最後に触手本先輩。

 燃えてるクソ鳥の羽が二本あったけど、水に浸かったせいなのか消滅していた。後、トカゲの足四本も消えた。

 きっと観葉植物ママとは違う原理なんだろう。本だし、濡れたらダメなんだ。

 その代わりに以前、出てこようとしていた悪魔の腕とかいう逞しい二本の腕がクロールしながらワーム君と一緒にワニを追いかけてる。


 ……きめぇ。




 ごほんっ。

 その追いかけ回されているワニを見てみようか。

 子供が五匹ぐらいのワニを魔融合させた感じだ。口が五つあって足が十本あるけど、それ以上に気持ち悪さが際たっている部分がある。


 うん? 勿体ぶってないで早く言えだって?


 それがさ。ワニに皮がねぇんだよ。

 肉が剥き出しなんだよ。


 ま、まぁ、百歩いや十歩…………一歩だけ譲ろう。

 皮がないのは今までの経験上もう慣れたけどさ、明らかに筋肉と骨の位置が真逆なんだよ。

 お前、どう考えてもそこ、筋肉じゃねぇの? って部位が骨で、関節部分にあるのが筋肉。意味わからん。どうやって動いてんのよ。


 ある意味ぱっと見、白いアルビノのワニに見えるけどさぁ……間近で見たら悍ましすぎんよ。

 研究所の人たちはそこの部位間違ってますよーって誰か疑問に思わなかったの?


 あ、ワニがワーム君に捕まってモグモグされた。


 もしファンタジー世界の魔物だったら強者っぽいのに弱くて笑っちゃうよ。

 なむさん。



 ぶくぶくぶく。



 そろそろ、ぶくぶくにも慣れた。

 合掌しても、わんわんおーしてもぶくぶくするだけ。


 はぁ。何もできねぇよ。

 ぶくぶく祭りってか? 







 きゃっきゃ、うふふ〜


 こっちよ〜


 きゃぁ〜、次は俺が捕まえる番だぁ!




 何してるんだろ。


 思考を明後日の方向に投げたけど、もう無理だ。

 なんで俺は触手本と水の中で追いかけっこしてるんだ?

 バカじゃねぇの?


 触手本の真似してクロールの要領でバタバタすれば結構早く泳げたけど、違うよ。

 絶対なんか違う気がするもん。


 どんどん下へ泳いで三十分。水圧とかで潰れるとか思ったが、俺のスーパーぼでいはつよつよ機能。へっちゃらだ。



 つんつん。



 触手本から生えている腕に指でつんつんされた。


 なんぞや。


 どこかを指差す逞しい指。指までゴツいって怖すぎだろ。

 絶対、触手本が封印してるとかいう悪魔はマッチョマンだ。チラッ。


 うーーん? 遠いのか小さいのかよくわからないけど、イカとタコを混ぜたような生物。とりあえずそれをイカタコと呼ぶけど、なんか戦っているぽい。

 対峙しているやつは……目を凝らしても全く見えん。もしかしてイカタコはミジンコぐらいの大きさか?



 ぷーくすくす。

 今回の敵はミジンコ系?

 ちょろすぎんよ。


 よし!

 みんなあそこまで競争だぁ〜!




 ばたばたばたばた。






 ークラーケン研究所:所員ー


 今日も今日とて、食っちゃ寝するクラーケンの観察。海の王とも呼ばれるクラーケン。強すぎる弊害だろう、どんな相手も一方的にほふってしまう。

 試しに強力な個体の魔染生命体を放り込んでも、クラーケンにとっては餌。戦いにならず、バラバラにされ喰われてしまう。


 楽といえば楽だが、研究成果がなさすぎる。このままでは僕が無能扱いになってしまうよ。どうしようか……



 魔因子が地上で猛威を振るった後、魔人と一緒に出現した神秘の生物、幻獣及び魔獣。彼らがどこから現れたか誰も知らない。地上の教授様たちが熱心に議論しているが、未だ結論は出ない。

 ん? 魔因子以前の人類史にはそういった内容があったって? もちろん知ってるさ。けど、残念ながら魔因子以前の人類史の資料はほとんど消えたよ。

 ……ちょっと違うかな?

 正しくはほとんど不要な内容だから消えていった、だね。幻獣や魔獣についての資料がほとんど伝承や噂話程度。そりゃ、消えていくよ。そんなの当てにしたって無意味。一部はその通りの見た目や構造をしているから資料として残っているものもある。が、それ以上に変化や変異しているため破棄されていった。科学方面も同様、今の方が発展しているからね。昔の技術なんてほとんど忘れ去られたよ。だからこそかつての人類史は不要のものとなり、今現在増え続ける研究データが更新されていってる。


 ただ、ね。主任は昔の人間が好きなのか、ここの研究所には密かに魔因子以前の本が大量に置いてある。これは公然の秘密だ。


 僕もここへ来る前は教授様たちについて周り、幻獣と魔獣の出現理由や解明を専門にしていた。けど、結果は頭を悩ませただけで終わったけどね。

 一番有力な説が魔因子に対抗するため、地球が作り上げたとある。しかしその説に僕は頭を傾げる。本当に対抗手段としてそれらを作り上げたのであれば、魔因子を主食するようにしたり、魔染生命体を駆逐するよう意識を変えられなかったんだろうか。地上にいる幻獣と魔獣のほとんどは魔染生命体や魔人と戦う姿が見られない。ただし、一部凶悪な幻獣と魔獣が好んで襲っている報告もあったが、それも本当に一握り。

 ほとほと頭を悩ませる内容だ。




 はぁ……すでに専門分野ではないことに頭のリソースを使うのは疲れてしまう。僕は上司に近づき、クラーケンにどんな刺激を与えるか相談する。


 ん? クラーケンに餌を与える扉が開いている。

 誰かの手違いか?


 急ぎ原因を確認しようとした瞬間、とてつもない大きな揺れに襲われた。


「なんだ!?」

「……地震か?」

「何が……?」

「どうなっている!!」


 大騒ぎする僕含め所員たち。


 今いる研究所は地下深くにあり、魔人から流用した技術により半分以上は亜空間にある。だからこそ地震ごときで揺れることはありえない。他のラボで何かが暴れたとしても、ここまで振動が伝わってくるはずがない……はずなんだ。


「おい! 誰か確認してこい!」


 上司が命令すれば、たちまち数人の所員が血相を変えて外へ走っていく。なにやらクラーケンを映している画面が騒がしい。


 クラーケンがいるところまで振動が伝わったのか? だとしてもあのクラーケンはここ数十年まとも戦闘していないせいで闘争心なんて欠如しているは…………ず。


「なッ!?」


 僕の驚いた声に上司が訝しげに見てきたが、すぐに僕の視線が画面に向いていることに気づく。

 ゆっくり画面に視線を向け、僕と同じように口をあんぐり開いた。


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