第9話少年アルヤの衝動
「アルヤは貴族出身なのに……どうして戦闘に慣れているの?」
小休止が与えられて、身体をほぐしていると、カナリアが不思議そうな顔で僕に訊ねる。
シュートも同様に「俺もそう思った」と疑問を抱いている。
「死んだ父に習ったんだ。ゴート家は魔物が多く出る森が領地にあるから」
「魔物相手に戦っていたわけ? 経験値が違うってことね」
感心するカナリアに対し「いつから戦っていたんだ?」とシュートが問う。
二人とも汗だくでかなり疲れていた。
僕は「八才から」と短く答えた。
「八才から……それも凄いけど、才能もあるんだね」
「悔しいけど、認めざるを得ないわ」
才能。それは正しい言い方ではない。
便宜上、僕もそう言っているだけで――前世での経験や異世界での殺人衝動が合わさったものだ。
殺したくてたまらないという欲求で僕は成り立っているんだ。
「才能だけじゃ、やっていけない。訓練を積まないと、魔族は倒せない」
水を飲みつつ、僕は立ち上がった。
上体を起こしてのストレッチも始める。
シュートとカナリアも立ち上がる。
「今度は私も、一本取れるように頑張るわ」
「ああ。俺だって負けないよ」
二人は純真にドルフ助教から一本取ろうとしている。
己の能力と才覚で倒そうとしている。
なんだかとても――羨ましく感じた。
◆◇◆◇
嫌な奴というのはどこにでもいるようで、五班のサーオンはとても嫌な奴だった。
なまじ五班の成績が良いからと言って、他班を馬鹿にする性根の悪さがあった。
特に成績の悪い十三班の僕たちを小馬鹿にする。具体的には大声で悪口を言うのだ。
内容として、女子供、それに弱々しい奴がトリオの班なんて役に立たない。さっさと脱落して別の班を入れるべきだ。
何とも横暴なことだ。しかしこちらに実害がない限り、僕は見逃すことにした。
カナリアはとてもストレスを感じていて、シュートもいい気がしなかった。
事件と言うものは、そんな折に起きるようだ。
十三班のみんなでご飯を食べていると、隣に座ったサーオンが「よう、駄目チーム」と話しかけてきたのだ。
いや、話しかけると言うより絡んできたのだけれど。
「……なんか用?」
カナリアが目も合わせずに食べながら返すと「また基礎訓練最下位だったみたいだな」とせせら笑うサーオン。
五班のメンバーもくすくす笑う。
「誰だろうなあ足引っ張っているのは……君かな? おチビちゃん」
僕に水を向けられた――無視した。
それが気に入らなかったらしく、サーオンは「おい、無視かよ」と醜く顔を歪ませた。
サーオンは大柄で、筋肉質で、傍目からは爽やかなスポーツマンのようだけど。
性根は腐っていた――
「なんだよ、お前。ビビッて声も出せねえのか? ああん?」
「や、やめなよ、サーオン。アルヤが嫌がっているだろう……」
サーオンに反抗したシュート。
恐る恐るという感じで言ったものだから、サーオンは調子に乗って「俺に言ったのか? 役立たずのシュート」と嘲笑った。
「やめてほしかったら、勝負でもするか? いつでも戦ってやるぜ」
「そ、それは……」
私闘は禁止されている。
もしばれたら放校処分になってしまう。
サーオンはにやにや笑いながら「意気地なしめ」と馬鹿にした。
「ま、そんな度胸はお前らにはないか。じゃあな」
一通りからかった後で、サーオンは仲間共に去ってしまった。
カナリアは怒りに震えていた。
シュートはしょんぼりしていた。
「許せないわ……思い知らせてやる……!」
「やめなよ。相手にしないほうがいい」
二人の憤りは理解できた。
僕も同じ気持ちだ。
だから――殺すことにした。
そろそろ、殺人衝動も限界だった。
それに『閻魔の天秤』も許可を出していた。
「…………」
二人に悟られないように、黙ってスープを飲んだ。
あまり味を感じなかった。
◆◇◆◇
「――っ!? なんだこりゃ!?」
サーオンがのん気に一人で歩いているところを気絶させて、士官学校の森の奥にある小屋――見張り台か、狩人のための休憩所だろう――に連れ込んだ。
手足を壁に固定した。どれだけ筋肉自慢でも外せないだろう。
「てめえ、あのチビ! おいこらアルヤ! てめえ何する気だ!」
僕は久しぶりに生物を、それも人間を殺せることに喜びを感じていた。
はっきり言って、興奮していた。
「ま、まさか……殺すのか、俺を!」
ようやく気付いたようで、手足の拘束を外そうとする――だが無意味な行為だ。
僕はゆっくりと短刀を取り出した。
「やめろ、やめてくれ! もう二度と馬鹿にしないから、頼む!」
情けなく泣き叫ぶサーオンに対し、僕は笑顔を見せた。
何故か怯えるサーオン。
僕はゆっくりと、そして静かに短刀を――身体に入れた。
◆◇◆◇
翌日。サーオンが脱走したと『噂』が立った。
脱走した者を探すほど士官学校の人手は足らない。
それに以前にも脱走者はいた。
だからその対応になると分かっていた。
「ねえ、アルヤ。あなた何か知っているの?」
ひそひそ声で僕に訊ねるカナリア。
シュートは「やめなよ」と注意した。
「何よ。あんたもせいせいしたでしょ?」
「嫌な奴だったけど、いなくなってほしいとまでは思っていないよ」
僕は黙ってご飯を食べ終えてから「何も知らないよ」と言う。
「僕は、何も――知らない」
カナリアは不思議そうな顔になって。
シュートは怪訝な顔になった。
僕は笑顔になった。
「さあ、今日も訓練始まるよ。元気にやろう」
勇者アルヤは殺人鬼 橋本洋一 @hashimotoyoichi
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