第8話少年アルヤの戦闘
得意な得物と言われて思いついたのは、弓矢と短刀だった。
弓矢は父から教えてもらっていた。前世ではまったく使わなかったけど、何故か砂地に水を撒くように覚えが早かった。
一方、短刀は前世で馴染みのある武器だった。銃器や火器を警戒する者は多いけど、何故かナイフはさほど警戒されない。仕事のほとんどでナイフを使った記憶がある。
というわけで、弓矢と短刀三本を携えて訓練場にやってきた僕。
他の二人は既に来ていて、シュートは剣を、カナリアは槍を持っていた。
二人はやや緊張している。それが所作にも表れていた。
一応、念のために言っておくけど、これらの武器は模擬品で、矢は矢尻がついていないし、短刀も刃先と刃が潰れている。シュートの剣もカナリアの槍も同様だ。不幸な事故を避けるため、訓練に本物を使うものはいなかった。
「定刻通りにやってきたな――それでは、訓練を開始する」
訓練場の中央。だだっ広い空間に僕たちは集まっている。
マグニ教官はドルフ助教を指さして「この者から一本取れば合格だ」と言う。
「なるべくドルフ助教は攻撃をしない。しかも徒手空拳だ。これほど有利なことはないだろう?」
マグニ教官はわざとおどけて言うけど、ドルフ助教の獰猛な笑みを見たらとても簡単とは言えない。
僕たちはドルフ助教から距離をとった――
「それでは、状況開始!」
真っ先に馬鹿正直に向かったのは、シュートだった。
やあああ! と気合を入れてドルフ助教に斬りかかる。
しかし見え見えの太刀筋だったので簡単に避けられた。
「その様子ではいくら時間があっても一本取れませんぞ、生徒殿」
「くそ、当たらない!」
あれでは無茶苦茶に振っているだけだ。
するとそこに死角からカナリアの槍が襲う。
いつの間にか、背中を取っていた。
「惜しい、とだけ言っておきます」
ドルフ助教は槍を後ろ手で掴んで、てこの原理を使ってカナリアを前方へ飛ばす。
受け身を取ったカナリアだったけど、ダメージは免れなかった。
その後、シュートとカナリアが協力して攻撃するが、ドルフ助教にはまるでかすり傷すら与えられなかった。
シュートとカナリアが距離を取って正対する。
ドルフ助教は「まだまだ、甘いですね」と言う。
「このままでは一生――」
僕は訓練場に生えている木の上から、ドルフ助教を狙った。
殺傷力を極限に抑えている矢だ。死ぬことはあるまい。
そう思って後頭部を狙った――当たれ!
「――おおう!? 危ない!」
寸前で気づいたのか、ドルフ助教は横っ飛びで避けた。
様子を見ていたマグニ教官は「惜しいぞ、アルヤ」と褒めてくれた。
「タイミングも素晴らしい。ドルフ助教が弛緩している頃合いを狙ったな」
マグニ教官に褒められるのは初めてだった。
今度はシュートたちと戦っているときに狙おうか。
「行くわよ、シュート! アルヤに先を越されてたまるものですか!」
「え、あ、うん。分かった!」
そう考えているとシュートとカナリアが連携して攻撃を仕掛けた。
先ほどよりドルフ助教の動きは緩慢だ。
僕の弓矢を警戒しているのだろう。
剣と槍に対する防御だけで精いっぱいだ。
僕は再び弓を引き、矢を構えた。
ドルフ助教が体勢を崩しかけた――今だ!
びしゅっと矢が一直線にドルフ助教に向かう。
当たれ――そう思っていると矢はドルフ助教ではなく、シュートの剣に当たった。
体勢を崩したのは、わざとか!
剣に矢が当たったことで腕と手が痺れてしまったようだ。
シュートは剣を落とした――すかさずドルフ助教が顔面を殴る――寸止めだった。
カナリアが放心しているシュートの影から槍で突こうとするが、それも左手で止められてしまう。そして握力だけで槍先が折れてしまった。
「さあ。後はアルヤ生徒殿だけですよ」
僕は木から降りて、両手に短刀を構えた。
勝機がないわけではない。
むしろ疲労しているドルフ助教のほうが不利だ。
「正々堂々、ですか。先ほどと違って」
「不意討ちが効かないのなら、正面から行くしかありません」
不意に襲ってくる殺人衝動を抑えつつ、僕はドルフ助教に――突撃した。
右や左と攻撃を余裕で避けるドルフ助教。
僕は弧を描くように――短刀を振り回した。
遠心力で速度が倍になるような振り方。
傍目から見ても僕の腕が四本にも八本にも見えるだろう。
マグニ教官の感嘆するため息とシュートとカナリアが呆気にとられるのが見えた。
しかしドルフ助教は難なく躱す、受け流す、そして――反撃する。
胸の辺りを強く押されて――よろめく。
ドルフ助教の追撃はない。分かっていた。
二本の短刀を――ドルフ助教に投げつけた。
脳と心臓を狙ったものをドルフ助教はそれぞれ跳ね飛ばす。
しかし急所を狙われたのを知って焦っている。
僕はその隙に――弓矢を構えた。そしてほとんど狙いを定めずに打つ。
「うおおおおお!?」
ドルフ助教は後ろにのけぞって避けることに成功した。
僕は弓矢を捨て、最後の短刀を――ドルフ助教に馬乗りとなって胸に添えた。
「そこまで! アルヤ、よくやった!」
手放しにマグニ教官に褒められた僕。
ドルフ助教もにっこりと笑って「お見事です!」と言ってくれた。
殺人の手管を褒められたのは、これが初めてだった。
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