第7話少年アルヤの訓練

 基礎訓練と呼ばれる走り込みは、胃の中の物をすべて吐き出してしまう、地獄そのものだった。外周を三百近く回って――規定時間を超えると百周が追加される――へとへとになる。その上、腕立てや腹筋もしっかりと行なう。吐しゃ物をまき散らしながら必死についていくのだけれど、貴族出身の僕にはつらいことが多かった。


 食事は美味しいものが多かった。しかし量が物凄かった。それを胃がはち切れそうになるまで詰め込むのだ。そうしたものは栄養となり、翌日の吐しゃ物となる。初めの一か月は激しい訓練に耐えられなくなる。自主的に辞める者も多い。


「こらァ! アルヤ! もっと気合入れんか! 苦しそうな顔をして走るんじゃあない!」


 マグニ教官は僕が十二才の少年だからと容赦しない。

 むしろ厳しく指導してくる。

 その指導に対し、僕は「了解しました!」と喚いて速度を上げる。


 さて。同じ班の二名がどうなのかというと、僕と同じくらい苦戦していた。

 シュートは僕以上に体力が無かった。

 カナリアは僕たちよりはあるけど、ぎりぎりのラインだった。


 はっきり言って同じ班だからと言って、親しく会話する機会が少なかった。

 今のところ、僕たち十三班は下位の成績の班で、あまり芳しくない。

 それを見かねたのか、マグニ教官が食堂で一緒に食べるように命令してきた。

 だけど――


「…………」

「あ、あのさ。せっかくだから――」

「話すことなんてないわよ」


 無言の僕と歩み寄ろうとしているシュート、そして拒絶するカナリアだった。

 そりゃあまあ、いきなり仲良くなろうだなんて虫が良すぎる……


「訓練でへとへとなんだから。無駄な体力は使いたくないわ」

「そ、そうだけどさ。教官殿がおっしゃっているんだから――」

「……二人は、どうして士官学校に?」


 とりあえず話題を振ってみようと思った。

 二人は目を丸くしたけど、すぐにシュートが「俺は……ここに来たら、自分が変われると思ったから」と答えた。


「勉強も運動もできないけどさ。それでも何者かになれるかもって」

「戯けた理由ね。人間は、そう簡単に変われないわよ」

「そ、そんなことないって!」


 随分と牧歌的な理由だなと思いつつ、僕はパスタを啜った。

 シュートが「じゃあ君はどんな理由なんだ?」とカナリアに問う。


「私は一族全て軍人だから。そういう家系だから、入学したの」

「そ、そうなんだ。大変そうだな」

「大変? 別にそうでもないわよ。一族の期待なんてないし。案外、気楽なものなの」


 つらくてきつい訓練を受けているのに平然としている。

 凄いなあとどこか他人事のように思っていた。


「それで、あなたはどういう理由なの?」


 カナリアが僕に話を振った。

 僕は「父と母の仇を討つため」と簡単に答えた。

 二人の反応は無言で、何を言っていいのか分からないようだ。


「……魔族が父の領地に進攻してきて。妹以外殺されてしまった」

「そ、それは……お気の毒というか……」

「カナリア! 下手なことを言うな!」


 シュートが叱ってくれたけど、元々気にしていない。

 僕は「それで、縁が合って、ここにいる」とだけ言った。


「だから僕は士官になって、魔族と戦わなければならないんだ」


 二人は僕の重い過去を知って、食欲が無くなったようだ。

 僕は一切を無視して食事を続けた。



◆◇◆◇



 翌日の走り込み。

 朝から豪雨が降り注いでいる。

 隣を走っていたシュートが倒れてしまった。


「こらァ! シュートォ! 立たんか!」


 もう限界だったのだろう。

 マグニ教官の声にもぴくりとも動かない。

 僕は立ち止まって――シュートの傍によって、脇を抱えた。


「あ、アルヤ。どうして――」

「はあ。もう! 面倒だわね!」


 カナリアが反対側の脇を抱える。


「なんで……?」

「仕方ないじゃない。連帯責任になっちゃうからよ」

「……僕は違うよ」


 一緒に走りながら――シュートとカナリアに言う。


「もう、誰も見捨てたくない」

「…………」

「見捨てて前を走るなんて、嫌だよ」


 シュートは僕に同情の目を向けた。

 カナリアは険しい顔で涙をこらえていた。


 激しい訓練の中、僕は自分の殺人衝動が静かに燃えていることに気づいていた。

 いつ爆発するか、分からない。

 だけど、抑えてみせる。

 心の中の父が抑えろと言っているのだから。


「――よし! 第十三班はこれで終わりだ!」


 ゴール近くでマグニ教官とドルフ助教が出迎えてくれた。

 僕はシュートを支えつつ、整列した。

 マグニ教官は「仲間を助けることは素晴らしいことだ」と褒めた。


「しかしタイムは大幅に遅れている。故に腕立て百回だ」

「はい! 了解しました、教官殿!」


 褒めることと罰則は別。

 シュートの申し訳なさそうな顔に大丈夫だよと表情で見せた。


「明日から戦闘訓練に入る!」


 腕立てを終えた僕たちにマグニ教官は告げた。

 基礎訓練の終わりだった。


「各々、得意な得物を持ってここに集合!」


 気づかなかったけど、毎日の地獄のような基礎訓練は、ふるいにかけるものだったらしい。

 ようやく僕たち十三班はスタートラインに立てたのだった。

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