第6話少年アルヤの入学
「行ってくるよ、ルミネ。帰る頃にはお土産をたくさん持ってきてあげる」
「…………」
王都にある小さな家。
まったく反応を示さなくなったルミネ。
ベッドの上で、虚ろな目で僕ではなく、虚空を見つめている。
やっぱり十才の女の子には酷な体験だったと思う。
何せ両親と故郷を失ったのだ。
仕方ない――と言うのは容易い。問題はどうやって感情を取り戻すのか、だった。
「ルミネが元気になってくれるまで、僕頑張るから」
「…………」
そう言い残して僕は雇いのメイドと執事に後を託した。
ロズベルグ将軍の肝入りのハウスキーパーたちだから、きちんと世話をしてくれるだろう。
今は彼らを信じたい。
カバンに必要なものを詰めた僕はそのまま家を出る。
ゴート家の指輪は、今の僕には嵌められないので、鎖を通してペンダントのようにして付けている。
王都の外れにある士官学校は寮制度だ。だから夏季と冬季の休み以外、離れることは叶わない。だけど手紙を出せるから、ルミネに送ろうと思う。
士官学校の入学式の前に、係りの者に寮を案内された。
案内と言っても何棟の何号室とだけ言われ、鍵を渡されただけだ。
向かった先は個室で最低限の落ち着ける場所ができたことに喜びを感じた。
さて。入学式の時間だった。
夏が終わるのかどうか分からない、暑さの残る日だった。
士官学校では軍服で過ごす――僕も着替えていた。周りの士官候補生たちは僕よりも年上ばかりで、十五か十六くらい。立派な青年だらけだった。
そしてお決まりのように士官学校長の挨拶。
最初は真面目に聞いていたけど、くどいだけの実のない話だったので、後半はそれらしい顔のまま聞き流した。
挨拶が終わるとこれからの学校生活を共にする、班の割り当てが発表される。
僕は第十三班。駆け足で向かうと既に二人の班員がそこにいた。僕が最後らしい。
班の三人と個別に教官と助教と呼ばれる下士官がついている。その教官が「貴様、遅いぞ」と僕を怒鳴った。
「申し訳ございません、教官殿」
教官は助教に比べて小柄だった。僕より少し大きいくらいだ。
ちょび髭を生やしている。だけど相当鍛えられていると動作から分かった。
「さっさと列に並べ」
僕は班の左に並んだ。
そして教官が号令をかける――背筋を伸ばした。
「良いか? これから貴様らは一蓮托生だ。班員の罰は班全体が償うこととなる。連帯責任だ――分かったか!?」
僕たち班員は声を揃えて「はい!」と答えた。
「まずは貴様から名と出身を大きな声で発しろ!」
指名されたのは一番右端にいる大柄な青年だった。
中肉中背でしっかりとした体格。だけど不安そうだった。
たれ目で優しそうな印象を受けてしまう。軍人よりも商人のほうが似合っているようだ。
「はい! シュート・ガドランデ! 王都出身であります!」
「よろしい。しかし貴様、そんなに不安そうにするな。士官たる者、常に堂々といろ!」
シュートは「はい、了解しました!」とひきつった声を上げた。
教官は「次は貴様だ!」と真ん中の女の子を指名した。
「はい! カナリア・バスケット! クリア領出身であります!」
士官学校は女性でも入学できる。
カナリアはボブカットの茶髪、気の強そうな顔つき。そしてすらりと伸びた手足を備えている長身の女の子だった。
クリア領は王都に近かった。だからここに入学できたのだろう。
「よし! だが俺は貴様が女だからと言って態度を変えたりしない! 泣いても喚いても知らん!」
するとカナリアは「はい、教官殿! 自分もそう望んでおります!」と強気な発言をした。
教官はにやりと笑って「生意気言いよって」と言う。
「最後は貴様だ!」
今度は僕か。
背筋を正して大声で言う。
「はい! アルヤ・ゴート! 出身はもうありません!」
「なに? 出身はない? 貴様はゴート領の出ではないのか?」
「そうですが、先月にゴート領は失陥し、故郷は焼け出されました!」
教官は顎に手を置いて「失ったとはいえ、故郷は故郷だ」と告げる。
「誇りを持て! 己が産まれた土地に! 失ったなら取り戻せ!」
「はい、教官殿!」
僕がそう言った瞬間、教官が僕の頬を殴った。
ぱあんという音が身体全体に響く。
「貴様の答え方が不適当であったため指導した。いいな?」
「……はい、ありがとうございます、教官殿!」
じんじんと痛む中、僕はそう返すしかなかった。
不思議と殺意は生まれなかった。
そして教官は「私の名はドラグ・マグニという」と言った。
「階級は大尉だ。そしてこちらの助教はドルフ曹長である。曹長、挨拶せよ」
ドルフ曹長は礼式に則った敬礼をして「ご紹介に預かりましたドルフ曹長であります」と言う。かなりの強面で軍人を想像する者は必ずこういう顔になるだろう。
「自分が教官殿に与えられたのは、あなた方士官候補生殿に実戦を教えることであります。そしてそれは『いかなる方法』でも構わないということです」
要はびっしり鍛えてやるから覚悟しろと言っているんだ。
これからどうなるんだろう。
ほんの少しだけ、入学したことを後悔してしまった。
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