第5話少年アルヤの決意
ここで隠されていた力が発動した――そういうわけではない。
奇跡が起きたわけでもなく、幸運が訪れたわけでもない。
ただの地獄からの干渉だった――どうやら一度だけ助けてくれるようだった。
緑色の光に包まれた僕。そして妹のルミネは魔族に囲まれたところから数キロ離れた王国の駐屯地に強制的に移動させられた。
空間転移、みたいだと僕たちが何もないところから現れたのを見た魔術兵が言った。
ルミネは軽傷で済んだが、僕はかなり傷ついていた。
すぐさま治療を受けたけど、意識が戻ったのはだいぶ後だった。
兵舎の簡易ベッドで起きた僕は、看護兵のおじさんの治療を受けた。
どうやら四日は経っているようだ。
「この指が何本か分かるか?」
「三本……」
「身体の具合は良くなった……将軍にその旨を伝えるぞ」
看護兵さんが立ち去ると、その入れ替わりに鎧を着こんだ妙齢の女性が現れた。
厳しそうな美人、というのが僕の印象だった。
すみれ色の髪を一本に束ねている。つり目で鼻が小さい。
「王国兵団のセリス・ロズベルグ少将だ。君はあのジョセフさんの子供か?」
「はい、そうです」
「君のお父さんはどこだ?」
ロズベルグ将軍の問いに「屋敷で魔族たちと戦うと言っていました」と答えた僕。
将軍の顔がそれは無茶だと言っているのが分かった。
「そうか。では今頃……」
「…………」
「ああ、すまない。ところで君たちはどうやって逃げ出せたんだ?」
地下通路を使って逃げて、馬に乗って逃げていたら、魔族に捕まり、母が殺されて僕も死にそうになった――そこまで本当のことを話してから、急にここへと移動したと答えた。
はっきり言って閻魔大王の仕業だけど、将軍に話したところで何にもならないなと思い、そこは黙っていた。
「信じられないな。死の淵で力が覚醒したのか?」
「いえ、そんな感じはしないです……」
「だが現実として空間転移したのだ。ありえない話ではないだろう」
閻魔大王が何故、僕のような殺人鬼を助けたのか。
まったくの不明で僕自身戸惑っている。
「今まで同じようなことが――」
「すみません。僕、起きたばかりで混乱していて……」
「ああ、そうだったね。すまない」
「今後、僕と妹はどうすればいいのか……」
一番良いのはどこかの貴族の庇護に入ることだけど。
迎え入れてくれるような奇特な貴族はいるのだろうか。
周辺領主と親しくしていた話を、僕は父から聞いていない。
せめて母が生きていれば――
「ゆっくりと休みなさい。後で妹のルミネ、だっけ? に会わせてあげるから」
そう言い残したロズベルグ将軍。兵舎から立ち去ってしまった。
ベッドに寝転ぶといろいろなことを考えてしまう。
不安で仕方ないけど、すぐに睡魔に襲われて瞼が閉じた。
「また、孤児になっちゃったな……」
◆◇◆◇
魔族たちはゴート家の領地を攻めた後、王国兵団がやってきたと知ると、すぐさま退却してしまった。
機を見るのに敏いと言っておこう。見方を変えれば臆病とも捉えられるけど。
僕たち家族が住んでいた屋敷は全焼してしまった。
魔族がやったのだ。その中には父らしき遺体があった。どうして分かったのかというと、父が生前付けていたゴート家当主の証である指輪が残っていたからだ。
僕は周りの兵士たちが止めるのを無視して、焼失した屋敷を見た。
家族で囲んだ食堂も、父とのレッスンで使った書斎も、母と妹の部屋も焼けてなくなった。それは思い出が消えてしまったのと一緒で、今では燃え残った木々の塊にしか見えない。
ルミネは意識を取り戻したけど、元気はまだ戻っていない。
兵舎に引きこもって膝を抱えている。
僕が話しかけても何も反応しない。以前はお喋りだったのに。
「一種の防衛反応だな。自らの殻に閉じこもって周りの情報を遮断している」
高台に来た僕は隣に立っているロズベルグ将軍の言葉を聞いていた。
目の前には焼け出された畑が広がっている。
領民もほとんど死んだのだろう。
失ったものが多すぎる……
「それに比べて、君は平気そうだな」
「そう見えますか?」
「違うのか? 至極冷静に見えるが」
「…………」
冷静なものか。
もし手元に武器があれば、単身で魔族の国に攻め込んでしまいたいくらいだった。
だけど幸いなことに――あるいは煩わしいか――今後のゴート家やルミネのことを考えなければいけなかった。
「アルヤ・ゴート。その、良ければ王国兵団に入らないか?」
ロズベルグ将軍が気を使って僕に話しかけてくる。
しかも興味深い内容だ。
「僕なんかが、入っても大丈夫なんですか?」
「無論、士官候補生として一通りの技術と知識を学んでもらうことになる。そして成人したら士官として戦争に行ってもらう」
「……戦争孤児に戦えと?」
あまりにも苛烈な発想にロズベルグ将軍は「これは私見だが」と言う。
「君は戦争を経験した。これから大いに苦しむだろう。父と母を助けられなかった記憶にな。それを払拭するには流血でしか方法はない。敵を殺すことで達成感を得て、名も知れない民を救うことで罪悪感から逃れられる。そして自分が何者にかなれた気分にもなる」
ロズベルグ将軍の言うことには一理ある。
殺すことで僕は悍ましき殺人鬼になれた。
だけど、今度は感謝されるために殺人鬼になるのか。
「どうだ? 君が望むのなら、今すぐゴート家を継ぎ、士官学校へ入学する手続きをしてあげよう」
「……ええ。お願いします」
ロズベルグ将軍は「本当にいいのか?」と念を押した。
僕は頷いた――将軍が僕の手に指輪を握らせた。
焦げた父の指輪――ゴート家当主の証。
「後悔はないようだ。では向かうぞ」
ロズベルグ将軍の後ろを僕は追う。
閻魔大王に言われた、世界を救うことは頭に無く。
ジェラたち魔族への復讐と自身の殺人衝動のために、僕は再び殺人鬼になるんだ。
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