おまけの番外編


 くすぐったい。羽毛の先でこそこそと撫でられている感覚。一体なんだろう。滑らかなシーツの上で、ごろりと寝返りを打つ。



「ん……んぅ……――ん?」


「うふふ、ようやくお目覚めかしら? おはよう、クリス」



 光を反射してキラキラと輝く水面のような、美しいブルーの瞳が飛び込んできた。

 銀色の髪をベッドに散らばらせ、くすくすと愉快に笑いながら枕を抱きかかえているリミエラちゃん。

 抱きしめたら折れてしまうのではと心配になるほど細い身体に、淡いブルーの部屋着を着用している。レースが沢山ついたワンピースのようなそれは、ともすれば子供っぽく見えてしまうこともあるが、リミエラちゃんの場合は可愛らしさと色っぽさが絶妙なバランスを保っており、美しさに拍車をかけていた。

 まるで天使。今生の美を寄せ集めたらリミエラちゃんになるのではと思う。ふわふわとした夢見心地。覚醒しきっていない頭ではこれ以上ものを考えるのが億劫だった。リミエラちゃんが綺麗。世界はそれだけで出来ている。



「あらあら、ほんとうに朝が弱いのね。半分しか開いていなくってよ?」



 白化したサンゴのような細く、儚げな指先がのびてくる。

 つんつんと眉間の辺りを突かれ、自然と瞳が閉じた。



「あら。起きて、クリス。起きないと――きゃ!」


「起きてる。起きてますよ……ちゃんと、起きて……むにゃ」



 彼女の腕を掴んでひっぱり、自分の腕の中にすっぽりと抱きかかえる。フルーティーな爽やかさと頭が痺れそうな甘いムスクの香り。良い匂いだ。抱き心地も柔らかくて、温かくて――二度寝するなという方が無理である。

 そうして微睡の海からゆっくりと深みに落ちていった。






「まことに申し訳ございませんでしたッッ!!」



 顔をベッドにこすりつけ、もはやめり込む勢いで土下座をする。

 いくら眠くて頭が動いていなくても、リミエラちゃんを抱き枕にしたあげく、思うままに触れて撫でてキスを落として、ぬくぬくと惰眠を貪ってしまった。恥ずかしい。穴があったら入りたい。むしろ自分で掘る。頼むから埋めてくれ。

 反応が返ってこないのを不思議に思い、おそるおそる顔を上げる。

 リミエラちゃんはベッドの上に座り、顔を枕にうずめたまま微動だにしていなかった。撫ですぎたせいで髪の毛は乱れ、逃げ出そうと抵抗したのかストラップが肩からずり落ちている。

 ――なんというか。



「目の毒だな」


「……あなたがそれを言うの?」



 枕から少しだけ顔を出し、拗ねたような声で抗議される。耳まで真っ赤。高熱で倒れた人間ですらここまで赤くはならないだろう。



「あの、やっぱり部屋は別々の方が……」


「わたくしが画策したみたいに言わないでちょうだい。これは不可抗力です。不可抗力。も、もちろん、嫌なわけではありませんけれど。わたくしは別にこのままでも……」



 ふいと顔を逸らしたあと、また枕に顔を埋めるリミエラちゃん。これは機嫌を治してもらうまでしばらく時間がかかりそうだ。

 私とリミエラちゃんの部屋が同室になってしまったのは、やむにやまれぬ――というか、なかなかに面倒くさい理由がある。主にラスボス君関連で。


 パーティーでの婚約破棄騒動の後、自分とリミエラちゃんは数日も経たずに国を出た。もともと荷物の少なかった私と違い、彼女の方は結構大変だと思っていたのだが、そこはさすがのリミエラちゃん。既に必要物資の移動は終わっており、ほぼ手ぶらの状態でハーネスト公爵家から送り出されることとなった。

 あの様子では公爵家とも話はついているのだろう。王家の今後を考えると恐ろしい。もっとも、私にはもう関係のない事なのだが。

 問題はその後。

 リミエラちゃんの領地にやってきた時に起こった。



「はぁ? いきなりこちらで暮らすというから何かと思えば、男を連れて帰ってくるとはねぇ。傾国の魔女様といえど、所詮は女だったというわけですか」



 領地に一歩足を踏み入れるなり、陰気な眼鏡――もといラスボス君から開口一番嫌味をぶつけられた。喧嘩は買わない主義だ。彼はリミエラちゃんの領地に住まう領民。不和を招く行為は極力避けるべきである。――だからこれは粛清だ。人間だって動物だもの。上下関係を叩き込んでおけば逆らう気など起こさないだろう。何度も何度も繰り返しエンディングを見てきたので、ラスボスの倒し方は嫌と言うほど頭に叩き込まれている。弱点は丸わかりだ。

 配慮が必要な相手ではないのならやはり暴力が有効。暴力は全てを解決する。リミエラちゃんを侮辱するものは何人たりとも許すまじ。

 笑顔のまま腰に備え付けた剣に手を伸ばす。

 しかし、それを止めたのはリミエラちゃんだった。



「リミエラ様」


「貴女が怒るのも無理はないわ。よりにもよってクリスを男扱いするだなんて。並みの男などでは隣に立つことも出来ないほどに魅力的なのは分かりますが、さすがに失礼よ」


「……あ、いえ、そっちではなく」


「あら? 違ったの?」



 不思議そうに首をかしげるリミエラちゃん。可愛さのストップ高である。



「いや、ちょっと待ってください、じょ、せい……なのかい?」


「何か問題でも?」


「ご、ご関係は……?」



 ご関係か。なかなか難しい質問である。どう答えようか迷っているとリミエラちゃんがさっと前に出て「未来の伴侶です。わたくしが口説き落とすので手を出しては駄目よ?」と牽制球を投げた。ぶっちゃけその心配だけはないと思う。リミエラちゃんの方が可愛いし綺麗だし魅力的だ。



「伴侶?」


「ええ」


「女性?」


「ええ」



 微笑みの圧が凄い。

 ラスボス君はそんなリミエラちゃんの顔を見定めるように数秒見つめた後、無言でパンパンと手を叩いた。どうやら合図だったらしい。彼の周りに魔族たちが集まってくる。一番傍に控えている角の生えた美丈夫が魔王様だろう。今のところ敵意は感じられないが、もしリミエラちゃんに危害を加えようとするならば一太刀のもとに斬り伏せる。

 そう思って臨戦態勢でいたのだが――。



「おいテメェら! この方々には一切手出しはするなよ! 絶対遵守の命令だ! あと間に割り入るのも駄目だ! 特に野郎共ォ! 百合の間に挟まる男は万死だァ! 万死に値する! 細切れにされても文句は言えん! 心に刻んでおけ!! この荒んだ横の中に可憐に咲く百合!! まさに桃源郷! 俺はこの百合を守り通すためならば命すら惜しまんぞォ!」


「……頭でも打ったのか?」



 眼鏡をぐいぐい押しやりながらまるで踊るようにくるくると持論を展開するラスボス君。魔王様の鋭いツッコミが冴えわたる。本当に頭大丈夫かな。キャラ変ってレベルじゃないぞ。陰気な眼鏡が急にインテリヤクザみたいな目つきに変わった。百合好きなんてキャラ設定、攻略本にも書いてなかったはずだ。敵対心を向けられるよりはマシだが、これはこれで怖い。なんかめっちゃ怖い。

 そもそも百合って言葉はこの世界に存在するのだろうか。わからん。わからんが深く考えるのはよそう。巻き込まれたくない。

 私は一歩どころか二歩ほど後ずさった。

 そして、さすがにポカンとしているリミエラちゃんを守るように背後に隠す。



「というわけで!」


「あ、はい」


「リミエラ様と同室でよろしいでしょうか?」


「あ、はい――……え?」


「ってなわけだ! 言質は取った! 野郎共ォ! 部屋をブチ抜いて一つにするぞォ! 一日で終わらす! 即刻取りかかれェ! あ、クリス様たちはどうぞ完成するまでゆっくりおくつろぎくださいませ。すぐに終わらせますので。では!」


「…………は? いや、ちょ、待っ!」



 言うだけ言って走り去ってしまった。彼らの行く先にあるあの白亜の城がたぶん彼らとリミエラちゃんが暮らしている場所なのだろう。まだ発展途上といった街中とは違い、妙に手入れが行き届いており遠くからでもその美しさが見て取れる。

 いや、今はそんな事どうでもよくって。



「あの、リミエラ様……」


「こ、こうなってしまった以上仕方ありません。彼らの行為を無駄にするのも気がひけます。観念して一緒の部屋で暮らしましょう。ええ、仕方なくです、仕方なく!」


「あ、でも、お嫌でしたらひとっ走りして工事を止めてもらうよう言ってきますよ?」


「……クリスは嫌、なの?」



 少し寂しそうなうるんだ瞳に、上目づかい。これを跳ね除けられる人間が存在するならお目にかかりたいくらいだ。私はもちろん白旗を上げての完全降伏である。それ以外に選択肢などなかった。一ミリたりとも嫌ではあません。そう言うのが精一杯の可愛さだった。





 ――というわけで、私とリミエラちゃんの部屋はブチ抜かれ、同室という形になってしまったのだ。ベッドはなぜかダブルベッド。リミエラちゃんが持ちこんだものらしいのだが、ご厚意に甘えて私も使わせてもらっている。



「リミエラ様」


「……なぁに」



 枕から目だけ出してじ、とこちらを見つめてくる。

 ようやく思い出した。リミエラちゃんは私と一緒に眠るのを嫌がっているわけではない。むしろその逆だ。だから私の提案は彼女のためにはならない。私はリミエラちゃんの笑顔がみたくて傍にいるのだから。

 彼女の手を引いて無理やりベッドに横たわらせる。



「ク、クリス!?」


「申し訳ございません、失念しておりました。部屋を分けるなどと言う戯言はお忘れください。そのかわり、リミエラ様にはもっと慣れていただきたい」


「な、慣れる?」


「ええ。私の寝起きの悪さに」



 絹のような手触りの髪をすくい上げ、唇を落とす。

 つまりはこれからも抱き枕にしてしまうけれど許してね、ってことだ。私がリミエラちゃんを乱暴に扱わないよう気を付けるのが一番いいのだろうが、寝起き時はてんで意識がない。無意識の欲望で彼女を好き勝手してしまうのなら、慣れてもらうより他はない。嫌なら嫌と言っていただければベッドだけは別にすればいいし。

 もちろん出来る限り抑えられるよう努力はする。

 そう思って顔を上げたのだが――。



「……貴女って本当にタチが悪いわ」



 嫌がるでもなく顔を真っ赤にし、恥ずかしさで涙のたまった瞳でこちらを見上げてくるリミエラちゃんを見て、多分明日も抱き枕にしちゃうだろうなと私は悟った。


 こんな感じでラスボス君やその配下の魔王様たちに見守られながら、今日も着々とリミエラちゃんに沼っていく私なのだった。




―――――――――――――――

完結済みで投稿したにも関わらずわざわざフォロ―してくださる方が一定数いらっしゃたのでサンキュー!!!の気持ちを込めて番外編でした。

星含めてありがとです!

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