後篇1


「以上、聖女であるエイダを傷つけた罪により、リミエラ・ハーネストに国外追放を言い渡す! 当然婚約は破棄させてもらう!」



 シャンデリアが悠然と輝くパーティー会場。誰も彼もが煌びやかな装いをし、食事を楽しんでいる最中それは起こった。

 主役である殿下が聖女エイダを腕に抱きながらリミエラちゃんにまつわる黒い噂を声高に話し始めたのだ。

 それも、本人の目の前で。


 ゲームでは勝利確定BGM――またの名を処刑用BGMが流れる中、立ち絵と台詞で軽快に進んでいくからあまり悲壮感は感じなかったが、現場に居合わせたら重苦しいなんてものじゃなかった。


 突如静まり返る会場。まるでモーセの十戒のように割れる人ごみ。その中で婚約者であるはずの王太子殿下が別の女を腕に抱いてリミエラちゃんを攻め立てる。

 まるで見世物だ。酷いなんてものじゃない。


 ゲーム内では「誤解です!」「そのようなことは!」と必死に弁解していた彼女だが、今はそんな気力も起きないのか、ぺたりと地面に座り込んでいる。

 もう我慢がならない。



「お待ちください、殿下」



 側近の一人として殿下の後ろに控えていたが、居ても立ってもいられずリミエラちゃんと殿下の間に割り込む。

 一瞬で周囲の目は自分に向いた。

 これでいい。これで見世物のような視線からリミエラちゃんを守れる。



「どうしたクリス」


「僭越ながら、リミエラ様は王族に次ぐハーネスト公爵家の一人娘。このような場で辱めるなど、間違いでしたではすまされません。どうか一度矛をお納めになり、別室にて第三者を交えての検討が最良かと思われます」


「ハッ、何を言っている。お前も聞いていただろう? 証拠は挙がっている。間違いなどではない。リミエラは我が国に繁栄をもたらす神聖なる聖女を醜い嫉妬で陥れようとしたのだぞ?」



 その神聖なる聖女様を腕に抱いているあんたはいいのかよ、どう考えても俺の女扱いしているじゃないか、と思わず汚い言葉が出そうになり咳払いを零す。

 穏便に済ます手も考えていたのだが、まぁ乗ってはこないか。それもそうだな。彼の頭の中では勝利確定のファンファーレが鳴り響いているだろうからね。


 リミエラちゃんを悪役に仕立て上げ自らの婚約破棄を正当化、聖女様を我がものにしたいという彼の意図は十分に伝わったよ。

 ならば手加減する必要はないな。



「わかりました。取り下げるつもりはないのですね?」


「くどいな。お前こそ分かっているのか? その腰につけたつるぎは王家に忠誠を誓う証。これ以上続ければ、死に物狂いで駆けあがってきたその地位をすべて捨てることになるのだぞ?」


「ああ、これですか」



 腰に下げていた剣を取り外し床に置く。元々手段の一つだったわけだし、未練も何もない。「さて、これで私の話を聞いていただけますね」と顔を上げれば、今まで見たこともない呆けた顔をした殿下と目があった。

 ハハ、ウケる。


 少々分厚いが、まずは頑張ってまとめあげた紙の資料から突き付けるとしよう。ズボンのウエスト部分に挟むようにして隠しておいたそれを殿下の前に付きつける。



「それでは殿下、まずこちらの資料に目を――うわっちゃああ!?」


「ク、クリス!?」



 持っていた紙の束が突如、火柱を上げて燃え上がった。ものの数秒で灰となる努力の結晶。嘘でしょ。ある程度の妨害は考慮に入れていたが、初っ端から思い切りがよすぎないか。手袋をはめていなければ火傷していたぞ。



「だ、大丈夫か? クリス? 怪我はないか?」


「え、ええ。申し訳ございません。ですが、こんなこともあろうかと同じものをたんまりご用意しております!」



 パーティー会場の設営中、警備の傍らテーブルの下に隠しておいた木箱を引きずり出す。床につくほどのテーブルクロスがいい目隠しになって、今まで気づかれなかったのだ。

 木箱の中には山盛りの資料。これだけあればさすがに大丈夫だろう。

 胸を張って「どうぞ」とそれを差し出す。



「燃えておるが……」


「なんですと!?」



 殿下の言葉に慌てて振り向くと木箱ごと盛大にファイヤーされていた。わー、あったかぁい――ってなるわけないだろう。室内でキャンプファイヤーするんじゃない。


 何重時間の結晶が一瞬にして灰と化したことで脳が一瞬フリーズしかけるが、ここで固まっていても事態は好転しない。大丈夫大丈夫。この程度で折れる軟なハートだったら一般市民から殿下の側近にまで成り上がっていない。

 ふ、と一笑した後、膝をついて燃え残ったカスを調べる。



「ふむ。床に焦げ跡がない。やはり魔法か。なかなかの手練れですね」


「やけに落ち着いておるなお前」


「想定の範囲内ですので」


「な、なにと戦っているのだ……?」



 心配そうな表情でおろおろしている殿下の様子を見るに、彼が犯人ではなさそうだ。隣の聖女様も如何とも言い難い微妙な表情をしている。ありていに言えばドン引きだ。

 リミエラちゃんを断罪し国外追放を言い渡す王道ストーリーが突如ピエロに取って代わられたので複雑な心境なのだろう。いや、ピエロになるつもりはなかったんだけれども。

 不可抗力だ不可抗力。


 ともかく、聖女様が噛んでいるわけでもないらしい。とくれば、このパーティーに参加している貴族様の誰かがリミエラちゃんの国外追放を支援していることになる。

 やはり念には念を入れて準備をしておいて正解だったようだ。



「こちらの行為が意図的に邪魔をされていることはこれでハッキリ致しました。しかし、諦めるような私ではありません!」


「あ、ああ、お前はいつも前向きであるな」


「お褒めに預かり光栄です殿下。ふふ、ではこちらを!」



 懐から手のひらサイズのガラス球を取り出す。これがこの世界の映像媒体。魔力を込めることで動画を記録することも映し出すことも出来る。そのかわり超高価。一般市民では逆立ちしても買えない代物だ。これには目撃者たちの証言、突き落とし事件の映像などを記録してある。

 ガラスならば燃やされる心配はない。



「こちらの映像を元に今からこの件について解説を――」



 手の平にのせて殿下に差し出す。その瞬間、突風が吹いた。零れ落ちるガラス球。ガシャンという衝撃音。三か月分の給料が粉々の破片となって地面に散らばる。



「なんでだよ!!」



 何度も言うかここは室内のパーティー会場。窓は閉め切っており風なんて吹くはずがない。誰かの魔法だ。

 頼むからもうちょっとだけ手心を加えてほしい。三か月分の給料が秒で死ぬのはさすがに堪えた。



「だ、大丈夫か?」


「ふ、ふふふふ……大分懐が痛いですがまぁいいでしょう」



 今までの状況から推測するに、件の魔術師は殿下の近くにいるわけではなく、自分の背後側から魔法を放っていると思われる。この調子で少しずつ炙り出してやろう。

 残念ながらまだまだ手の内は残してある。尽きるまで全部ぶつけてやるさ。


 こうして用意した証拠ストックと魔術師との勝負が開始された――のだが、ちょっと待ってほしい。この魔術師あまりにもレベルが高すぎないか。


 一応こちらも三本の指に入ると言われている殿下の側近。ある程度の魔術には対応できるはずなのだが、なぜこうも死角からポンポン的確に魔法が飛んでくるんだ。

 しかもまるで思考を読んでいるかのごとき手際の良さ。いや、読んでいるというか理解されているというか。普段から観察され、思考回路や動き方などを熟知されているような薄気味悪さを感じる。



「クリス……その、お前、さっきから何をしておるのだ?」


「私が聞きたいです!!」



 用意した証拠をただ壊さては沽券に関わると全力で応対してきたが、さすがに疲れてきた。途中からは魔術師側の思考も読めるようになってきたので、もはや一種のパフォーマンス的ななにかに昇華してしまっていた。

 宙を舞う魔法。かわす自分。一進一退の攻防。沸き起こる拍手。

 なんだこれ。

 そう思っているのは聖女様も同じらしく、一人だけため息をついていた。

 ちなみに殿下はなぜか観客側に回り、惜しみのない拍手をくれていた。

 殿下よ、それで良いのか。



「ええいこうなったら最終手段だ! 証人の皆さんカモン!」



 できれば使いたくなかった手だ。

この場で証言することにより、今後証人の皆さんに不利益がこうむったらと思うと申し訳がなさすぎる。だが、彼らもリミエラちゃんに恩義があるとかで覚悟は決まっていた。ならば遠慮なくその手を掴ませてもらおう。


 今までは書証や物証だったので遠慮なく燃やされ壊されてきたが、人間相手にそうやすやすと魔法は放てないはず。さすがに勝った。完。

 パチン、と指を鳴らす。これが合図だ。

 しかし――。



「あれ? み、みなさん? 出番です、よ……?」



 周囲を見回しても誰一人として出てくる気配はない。聞こえていなかったのかともう一度指を鳴らすが、結果は同じだった。マジか。彼らの言葉に嘘偽りはなかった。それなのにどうして。

 静まり返る場内。胸を撫で下ろす聖女様。心配そうな顔の殿下。いや、殿下はどうしてだよ。頭を抱えたくなったその時、凛とした涼やかな声が背後から発せられた。


「皆さまにはわたくしから事情をお話してお帰り頂きました」


「え?」

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