第31話 それぞれの文化祭

「それでは、汝の悩みを伺いましょう」

「や、夜野やのさん、雰囲気あるね……」


 文化祭当日、俺たちの出番は昼過ぎなので、午前中は真理としおりと3人で、他のクラスの出し物を見学に回った。

 1年2組では占いの館をやっていて、俺の担当は夜野さんになった。


「あ、あの悩みと言うか。じゃあ俺の未来を、なんちゃって」

「承知しました」


 真理としおりの付き合いで来た俺は、そもそも占いなど信じてないので、適当に言ってみる。

 夜野さんは、目の前の水晶玉チックなものを、手でさすり始める。夜野さんがやると、リアリティがすごい。


「オステンデ、ミーヒ、スーム、フトゥルム――――」


 何やら、呪文のようなものを唱え始める。あおはるの影響じゃないよなと、少しだけ心配になる。


「見えました」


 夜野さんのあまりの存在感に、俺はゴクリと息を飲んだ。


「あなたの背中に、2枚の翼が見えます。そして遠くない未来、その1枚が折れるでしょう」


 ちょっと何言ってるのか分からない。まぁ占いなんてそんなもんだろう。抽象的なことを言って、それらしい事象が起こると、さも当然のように後付けの解釈をする、にすぎない。


「あ、そっかぁ。ありがとう……」


 適当にお礼をして席を立つ。


「翼先輩。どうかしっかりと」


 しっかりしてほしいのは、占いのほうだけどな。まぁ雰囲気すごかったし、そういうの好きな人には、たまらないんだろうなと思いながら、廊下に出て真理としおりを待った。


「ったく、インチキ占いめ」


 真理は、ブツブツ文句を言いながら出てきた。


「どうした?」

「聞いてよ翼。恋愛相談したらさ、『彼氏とこのまま上手くいきます』だって。そもそもあたし、彼氏持ちじゃないっての!」


 真理はここをどこだと思ってるんだ。ただの高校の文化祭だぞ……。


「そ、そうだな……」


 そんなやり取りしているうちに、しおりが出てきた。その顔は幾分沈んでいるように見える。


「しおり、どうした?」


 俺は気になって声をかける。


「うん。飛んじゃいけないとか、空から落ちるとか。なんか怖いこと言われちゃって……」

「な……」

「しーちゃん、そんなん気にすることないよ。たかが高校の文化祭の占いなんて、いちいち相手にすることないよ」


 それをいちいち相手にしていたのは誰だ……。


「そう、だね……」

「しおり気にするなって。占いなんて、ただのバーナム効果を使ってるだけの、お遊びにすぎん」

「バー、ナム?」


 女子には少し難しかったか。


「ほら、そろそろあおはるのとこの、演劇始まるから行ってみよう」

「そうだ、あおはる主役だって言ってたもんね」


 俺が話を切り替えると、真理も乗ってくれた。


「どんな劇かなぁ?」


 しおりも笑顔が戻る。




「結構人入ってるんだな」


 あおはるの教室に行くと、会場は満席に近かった。


『あ~ロミオ様。あなたはなぜロミオ様でいらっしゃいますの』

「ロミジュリなんて、ベタね……」


 真理が言う。


「じゃあ春人君は、ロミオ役なのね」


 俺たちの視線は、袖からいよいよ出てくるロミオに集まる。


『おぉ、ジュリエットよ、後悔しているのかい?』


 ロミオが出てきた。


「――誰あれ?」

「さぁ、私知らない……」


 真理としおりは茫然とする。


「翼、あおはる主役って言ってたよね?!」

「この物語の主役って、ロミオじゃなかったのかな……」


 真理としおりは混乱する。


「?!」


 そのとき俺は、ある違和感に気付く。


「なぁ、あの月。あおはるに似てない……?」


 あおはるの顔は月になっている。


「なんか両手に、雲みたいの持ってない……?」

「口がパクパクして、お祭りのときの金魚さんみたいでかわいいよ……」


 真理の追撃の一言と、全くフォローになっていないしおりの言葉を聞き、あおはるの名誉を守るため、俺は慌てて2人を連れてそっと教室を出た。




「ったく、あおはるめ、何が主役なん!」

「あはは、春人君らしいよね」


 文句を言う真理と、あおはるを庇うしおり。そんな会話をしながら、俺たちは自分の教室に戻り、出番に備えた。


「高橋~。これ、鉄琴でいいんだろ?」

「うん、さすがにピアノは運べないもんね。サンキュ」


 大道具係の男子が、真理に鉄琴を見せる。そう、忘れかけていたが真理の苗字は高橋だ。

 俺もサックスを準備しようと、ロッカーから楽器ケースを出す。

 肩に背負うと、ブチっと音を立て、ケースのストラップが見事に切れた。


「翼くん、大丈夫?」

「あ、あぁ。古かったしな、この楽器ケース」


 心配してしおりが駆け寄ってくる。


「紐が切れるなんて、縁起悪いわね……」


 真理が切れたストラップを見て、不吉なことを言う。


「んなの迷信だろ」


 そうは言ったが、実際は少し気になる。まぁ兄さんのお古だから、本当にガタがきてたし、丁度いい買い替えどきなのだろう。


『しおりちゃんのダンス、初めてみるから楽しみ~』

『みんな、天川のダンスをスマホに撮れよ~』


 クラスのみんなは、しおりのダンスに期待している。


「じゃあ3人、そろそろ準備よろしく」


 軽く音出しを終えると、演奏開始を促され、俺たちは黒板前に立って、位置取りを確認する。

 いつも通り、しおりの合図で真理から入る。鉄琴だけど、ピアノと同じように伴奏できている。

 しおりも動き出す。そして俺のサックスも続く。


『天川すげーな、これインスタ上げたらバズるぞ』

『しおりちゃんきれい……女でも見惚れちゃう』


 客席からは、しおりを称賛する声が聞こえる。そうだ、そのくらいしおりはすごいんだ。今日は喜んで、脇役に徹することができる。

 大会のような緊張感はなく、練習のときのように、みんなリラックスして表現できた。

 レパートリーは、今までやってきたものなので余裕を持てた。

 客席は結構埋まっている。みんな飲み物を口にしながら、俺たちの演奏とダンスを楽しんでくれている。

 それを感じ、俺も楽しみながら演奏を続けた。そのときまでは。


『ねぇねぇ、あの人モデルかな?』『やばい、超イケメン』『なんだあいつ外国人?』『1人なのかな、隣に座っちゃおうかな……』


 生徒たちのざわめきに客席の一角を見ると、そこには見たことのある顔があった。しおりと同じ金髪に碧眼。天川順也だ。やつは楽しむどころか、ものすごい形相で俺を睨みつけている。

 すぐに変な緊張感に襲われる。次第に演奏が狂っていくのが、自分でもわかる。

 真理が心配そうに俺を見つめる。しおりは……。


「ジリモァ! 早く、救急車を呼べ!!!」


 天川順也の怒号が響く。しおりが倒れたのだ。

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