第30話 ドキドキ♡女子会
夏休みが終わり、2学期が始まった。
しおりもあれ以来、今まで通り元気にしている。
そして校内の話題は目下、文化祭に集まっていた。
俺たちのクラスは、喫茶店を出すことに決まった。その中で、俺と真理としおりはジャズ担当。つまりジャズ喫茶だ。
あおはるはクラスが別で、
なので毎週の、青木家での軽音学同好会の練習は、
「ほう、お主のところはジャズ喫茶とな」
「あおはるんとこ演劇だろ? お前何の役やんの?」
「某は主役に決まっておるだろう!」
「いや、どんな役か聞いてるだけなんだが」
俺はあおはると、お互いのクラスの出し物について話していたが、言葉のキャッチボールは、毎度のあおはるの暴投によって、もはや試合成立が難しい状況になっていた。
夜野さん、よくこんな球捕れるな……。
あおはるのノーコン投球を嘆くと同時に、それを毎回拾う夜野さんのすごさに、改めて感心する。
「夜野さん、あんたすごいよ。名キャッチャーだよ。ドカベンもびっくりだよ」
「よく分かりませんが、ありがとうございます」
あおはるとのキャッチボールに疲れ果てた俺は、夜野さんの肩を叩き、改めて彼女に敬意を払う。しかしこれは傍から見れば、ただの酔っ払いの絡みであるだろう。
「もう、飲まなきゃやってられませんよ」
あおはるとの会話に疲れ、酔ったおっさんのような、心の叫びを発する。そんな俺を見る、真理の軽蔑するような眼差し、しおりの憐れむような眼差し、夜野さんのいつもと変わらぬ眼差し。
「おい、あおはる。飲み物買いにいくぞ」
「ほう。お主もしや、エルフの泉に湧き出るという、かの聖水を――」
「そうそう、それでいいや。ほらいくぞ。今日はお前のおごりだ」
「では皆の者、某は旅に出る」
頭の中は、酔っ払いサラリーマンモードになっていた。実際酒は未経験だが、とにかくしらふで、あおはると会話などやっていられない。当のあおはるはよく分からないが、どこかツボを刺激したらしく、のこのことついてきた。
一方、男性陣が退去した地下室では、女性陣が会話に花を咲かせている。そう、いわゆる女子会である。
「でさぁ、由美の彼氏が~」
「由美ちゃんて、そこまで……」
「あのポニーテールの先輩ですね。意外です」
そして3人は語っていた。女子会の花形「恋ばな」である。
「真理姉ちゃん、亜矢もいいの?」
そこに、戦士がもう1人入ってきた。真理に呼ばれた亜矢である。
「あーちゃ~ん、待ってたよ。急に呼びつけてごめんねぇ」
「わ~、中学生の恋愛も聞きたい~」
「お嬢様、こちらへ」
今ここに、導かれし4人が集ったのだ。
「亜矢の友達だと――(中略)――でね、亜矢のクラスなんて、男子はみんなガキだよ、お子様。みんな亜矢に恐れをなして、一体あいつら亜矢をなんだと――」
「……あーちゃんの周り、結構えぐいね~」
「日本の中学生も、結構進んでるのね……」
「それはお嬢様が気高すぎるので、コバエが寄り付かないだけです」
亜矢の同級生の恋愛事情と、クラスの男子が寄ってこないという、亜矢の不満が終わる。
「そうだ、あかりちゃんとこはどうなの?」
「うんうん、春人君とどこまで行ったのか、すごく興味ある~」
真理としおりの目が本気になる。
「――ボスは、わたくしのことは、部下としてしか見ておりません」
そう言うと、あかりは下を見つめる。
「……いや、そんなことないんじゃ?」
「そうだよ、あかりちゃんを見る春人君の目は、私たちを見るときと違うよ~?」
真理としおりは必死にあかりを励ます。
「みなさま、お気遣い……感謝申しあげます」
「――あのバカは、あかりお姉ちゃんのこと好きだよ」
ここで、毒舌ロリが放ったまさかの一言に、一同の視線が集まる。
「亜矢、前にあいつのノート見ちゃったんだ……」
「ノート?」
新たに出たキーワードに、みな口を揃える。
「確か……ちょっと待ってて」
亜矢はそう言うとドアを出て、ノートを携え戻ってきた。
「これ、見てみて」
亜矢は天井を見つめながら、3人の前にノートを差し出す。
対魔王討伐極秘資料㊙
表紙を読んだ3人の額には、汗がこぼれる。決して暑いからではない。魔王やら、極秘やら、極秘とある上にさらに㊙とか。あまりにも痛すぎる言葉の数々に、みな必死に意識を保とうとしたのである。
「1ページ目だけ見て。それ以上は命の保証はできないから。亜矢も死にたくなったし……」
亜矢が天井を見上げているのは、それを同じ家に住む、血を分けた兄が書いた、という羞恥心を隠す為以外の何物でもない。ただ、それ以上にあかりの不安を解いてやりたいという、彼女なりの優しさであった。
3人は意を決してページをめくる。
「これは……」
そこにあったのは、いわゆる設定資料集的なものだった。
勇者(主人公)『ハルート』
魔法使い『マリーちゃん(注:サリーではない)』
僧侶『シオリン』
魔王の手先『漆黒卿』
姫(ヒロイン)『リカーニャ』
見ているものも、あまりの恥ずかしさで気を失いそうな、もはや崩壊している設定の数々が、イラストとともに赤裸々と書かれている。なお、絵心は絶望的である。
「これ、いろんな意味で震えちゃったけど……」
「そうね、このページだけでいいかも……」
「ボス、わたくしをこんなにも……」
あかりは、こんなしょうもない内容にも感激し、口元を抑える。
「あはは、よかったね。あかりちゃん……」
「うん、喜ぶべき……よね」
「みなさま、本当にありがとうございます」
あかりは、その呪いの書を胸に抱きしめ喜ぶ。
「あかりお姉ちゃん、あんなので本当にいいの? まぁ亜矢は、あかりお姉ちゃんが本当のお姉ちゃんになってくれたら、すごく嬉しいけど……」
「もちろんです。勿体ないお言葉、ありがとうございます。お嬢様」
あかりが感謝の言葉を漏らした、そのときである。こともあろうか、彼女は禁断の2ページ目以降を開こうとしたのだ。
「?!」
亜矢は目にも留まらぬ速さで、呪いの書をバタンと閉じた。
「お嬢様……」
「あかりお姉ちゃん、これはだめなんだ。知らない方が幸せなことだってあるんだよ……もっと命を大事に――パンドラの箱って知ってるよね?」
亜矢は大好きなあかりの命を守った。
「それ、かなり危険なものなのね……」
真理が険しい顔で言う。
「……そうだ、家にお芋があるの」
亜矢は唐突に芋をアピールした。
「やっぱり秋は焼き芋よね」
「私初めてだよ~」
「落ち葉はこれくらいでよろしいですか?」
青木家の庭で、4人は芋を焼いた。
「ところでさぁ、真理姉ちゃんとしおり姉ちゃんは、誰かいい人いないの?」
恋ばなはまだ続いている。
「え、いないよ? あたしす、好きな人、いないし……」
「トーチナ。わ、私も特に……」
2人とも明らかに動揺している。
「ふーん」
「ど、どうし……たの? 急に……」
「う、うん。いきなり、びっくり……」
あかり以外は、その動揺に気付いていない。
「ううん、2人とも、翼のバカが好きなのかなって思っただけ」
毒舌ロリに図星を付かれた2人の口から、魂が昇天していった。
「お、何々、焼き芋?」
「ほう、某の分もあるのだろうな?」
そこへ男性陣が帰ってきた。
「やっと来たか~」
「こっち温かいよ~」
気のせいか、俺に話してきた真理としおりの口に、そのとき魂のようなものが入っていくのが見えた気がした。
「おかえりなさいませボス。もうお芋が焼き上がります」
「ちぇ、分け前減ったし」
亜矢は残念そうに言う。
「亜矢ちゃん、落ち葉は庭にあったので足りたの?」
あおはるは、亜矢に対しては普通の口調だ。
「大丈夫、パンドラの箱使ったから」
「なんと?! ふふふ、これは面白い」
パンドラの箱に反応して、あおはるは正常に戻る。
俺たちは焼き芋をおいしく食べた。9月も終わりに近い、秋の夜の一幕であった。
その夜、青木家。
「亜矢ちゃん、俺の机にあったノート知らない?」
「亜矢見てない……」
「――そっか」
来月は文化祭。
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