第25話 遠足へ行こう!
「さっすが、あかりお姉ちゃん」
「あらあら、亜矢ちゃん宿題が
「恐縮です。お嬢様、お母様」
それは8月のとある日の、青木家の朝の一幕だった。
「それにしても、春人遅いわねえ」
「いいよあんなの。亜矢はあかりお姉ちゃんだけで十分だもん。そうだこれ、約束の」
そう言うと、亜矢はあかりに封筒を差し出す。
「お嬢様、感謝申し上げます」
本職ストーカーでありながらできる女であるあかりは、既に青木家の2人を懐柔していたのだ。
トントントンと階段を降りる足音に続いて、リビングのドアがガチャっと開く。
「ふぁ~。お母さん、亜矢ちゃん、おはよう。相変わらず早い……」
目をこすりながら、朝の挨拶を交わそうとしたあおはるの目に、あかりの姿が入る。
「な……」
「おはようございます。ボス」
あおはるはドアを駆け出し、階段を上って部屋に戻ると、ものの数十秒でパジャマを着替えて戻った。もちろん、中二病を全面に出した正装である。
「リカーニャよ、お主なぜここに」
あかりよりも先に、青木家の2人が答える。
「春人、あかりさんになんて口聞くの」
「あかりお姉ちゃんは、家族だもんね~」
「恐れ入ります」
完全アウェー。ここは紛れもなくあおはるの家である。だがしかし、本来ホームであるはずのこの場所が、今はまさかの敵地になっている。
(く、まずいぞ。我が本丸が陥落寸前とは……。リカーニャめ、ついに本性を現したな。某に反旗を
「お主、何が望みだ……」
あおはるは沈痛な面持ちで、あかりに問い正す。
「春人、汚い言葉を使ってはいけません」
「出たよ、中二病。きもー」
(はぅ、お母さん、亜矢ちゃん。本当に洗脳されてしまったのか……)
「ボス、わたくしはボスにこれを――」
何かを渡そうとしたあかりを振り払い、あおはるは叫ぶ。
「ええい、リカーニャよ! 今日のところは引いてやる。だが、これで勝ったと思うなよ。次に吠え面かくのはお主だということを、よく覚えておけ!」
長々と、序盤で退場するザコ敵並みの捨て台詞を残し、あおはるは家を飛び出た。
「ボス……」
黒井家。
「で、なんでお前がうちで朝飯食ってるんだ?」
「苦しゅうない、楽にせよ」
目の前であおはるが、普通に朝飯を食っている。
「……母さん、今日ゴミの日だっけ? こいつ一緒に出してくるよ」
そう言って、俺はあおはるの首根っこを掴んだ。
「まぁ、いいじゃない翼。賑やかで楽しいじゃない」
「おばさま。痛み入ります」
「…………」
どうにか追い出そうと考えていたところに、ラインが届く。
――なるほど。
「おいあおはる。学校に行くぞ」
「バカかお主は。夏休みに学校など行ってどうする」
あおはるに「バカ」と言われると一番腹立つな……そろそろ頼むぞ真理。
「ん?」
あおはるのスマホが震え、やつは手に取りラインを開く。
「漆黒卿よ、学校へ同行しよう……」
恐らく真理からのラインだろう。あおはるの青ざめた顔を察するに、ものすごい脅迫文が送られたはずだ。そして俺はしおりにラインを送る。
学校に着くと、俺たちは音楽室を目指した。
「遅いし、あおはる」
ドアの前には真理が立っている。
「マリーよ、なんとか時間内のはずだ……」
ハァハァと息を切らしながら、あおはるは音楽室の鍵を開ける。
「ちっ」
真理は舌打ちをする。
あおはるの慌てよう。指定の時間をオーバーしていたら、一体どんな仕打ちが待っていたのだろうと、俺はとても気になった。
「お待たせぇ、あかりちゃんすごかったよ~」
「みなさま、ごきげんよう」
中で待っていると、しおりが
「じゃあこれ、後ろの人に回してくださーい」
先生がプリントを配るような物言いで、しおりが俺に冊子を渡す。嬉しそうに、1度言ってみたかったのだろう。
とりあえず後ろには誰もいないので隣にいた真理に、真理からあおはるにと、1冊ずつ冊子が渡る。
「はい、余ったら最後の人、先生に戻してくださーい」
あおはるは嫌々といった感じで、残った冊子2冊をしおりと夜野さんに返す。
「あはは、ごめんね。1度やってみたかったの。先生ごっこ」
照れ笑いしながらしおりが言う。思った通りである。
「ボス……」
「なんの用だ、この造反者め……」
朝のことを、あおはるは結構根に持っているようだ。
「こちらをご覧ください」
そう言うと夜野さんは、あおはるに別の冊子を渡す。
「こ……これは、なんと……」
驚愕するあおはるを見たあと、俺も自分の冊子を確認する。そこには「軽音楽同好会 遠足のしおり」と、書いてある。
前にいるしおりは、目を輝かせている。ずっとロシアにいたしおりは、俺たちが普通に体験してきたことが、新鮮でならないのだろう。
中身をめくると、1日のスケジュール表、持参するもの、そして絶叫マシンで有名な遊園地、「
みんなで遊園地に行きたいと言うくだりは、夜野さんからのラインで分かった。その指示に従い、あおはるをここに連れてきたのだ。
そしてあおはるが冊子に貼ってあった封筒を開けると、中には富士忠のチケットが入っていた。
「お主たちよ、媚びへつらうがいい。いよいよ魔界への扉が解き放たれるのだ!」
「『みなさまお喜びください。テーパマークに行けます』と、ボスはおっしゃってます」
俺たちは喜びながら帰った。だが、余りの準備のよさが腑に落ちなかった。するとしおりが、俺と真理に説明を始める。
「前に春人君が、『夏休みと言えば遊園地』って言ってた――らしいのよ」
「そう、だっけ……?」
真理に激しく同意。俺も全く記憶にない。まぁ当のしおりも覚えてないっぽいが。
説明の続きによると、たまたま亜矢が町内会のくじで、富士忠5名招待券を当て、それをもらう代わりに、夜野さんが亜矢の家庭教師をやったようだ。
そして朝に機嫌を損ねたあおはるの機嫌を直すべく、やつの中二病をくすぐりそうな「しおり」を短時間で作ったらしい。
俺たちがもらったのは「遠足のしおり」だったが、あおはるに渡したのは「魔界の招待状」だったらしい。あいつはまぁ浮かれるだろうな……そしてすげぇよ、夜野さん……。
「あ!」
しおりが急に叫ぶ。
「どうした?」
「バナナっておやつに入るのかな?」
お約束を言えたしおりの顔は、とても満足そうであった。
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