第23話 珍獣ハンター?

「さぁ、今日はいっぱい食べるぞ~」

「わぁ~、すごい賑やかだね~。お店がいっぱい」


 食い気の真理。初めての祭りに心躍らせるしおり。俺たちは祭りにやってきた。

 駅前の通りは人で溢れ、両脇にずらっと屋台が並んでいる。がやがやするその場所からも、遠くに山車の太鼓の音が聞こえる。

 兄さんと来て以来なので、俺自身久しぶりの祭りだけど、初めて経験するしおりには、異世界のようにでも映っているのだろうか。


「みなのもの、今日は無礼講だ。大いに騒ぐがよい」

「ボス。みなさまはもう、先に行ってしまわれました」


 俺は真理としおりに手を取られ、祭り会場の中を進む。両手に花状態である。祭りの雰囲気に飲まれ2人ともハイテンションなのだろうが、これはこれでかなりおいしいのだ。そして、あおはると夜野やのさんの姿はもう見えない。




「くぅ~、意外と難しいね、これ」

「しーちゃん、あたしがお手本見せてあげる」


 金魚すくい。俺は真っ先に脱落した。


「すご~い。真理ちゃんすごいよ!」

「へへーん。金魚すくいの女王と呼ばれたこのあたしを、なめてもらっちゃ困る」


 1度もそんな2つ名を呼んだ覚えはない。


「よ~し」

「わぉ、しーちゃんもやるじゃん~」


 2人とも結構成果を出していた。


「これどうすんだよ。こんなにすくって……」


 大漁の金魚を見ながら俺は言う。


「私、おじいちゃんに頼んでみる」

「あ、しーちゃんとこで飼えるなら、あたしのもお願い」


 育てられないならすくうな……。

 そして舞台は、食べ物タイムに移っていく。




「おいしい~」

「これぞお祭りの醍醐味ね」


 チョコバナナ、りんご飴、ベビーカステラ、らくがきせんべい……どれも甘いものばかりだ。


「おまえら、よく食うな……」


 こっちが胃もたれしそうだ。


「デザートは別腹なんよ」

「私初めてだけど、すごくおいしいよ。翼くんも一口どうぞ」


 そう言ってしおりはベビーカステラを1個、俺の口に持ってくる。そう、これは「」である。俺が密かに憧れていたシチュエーション。それを今こんな自然に、こんなかわいいしおりが……。


「!?」


 殺気を感じ目を横にやると、般若のおめんを被った真理がいた。が、よく見るとそれはお面ではなかった。


「お主たち、迷子になるでない!」

「ボス、わたくしたちが置いていかれただけでございます」


 夜野さんの一言はぐさっときたが、あおはるの介入で俺は暗殺を免れる。いや、たとえ殺されても「」を遂行したかったのかもしれないが。


「ほう、射的か」


 あおはるが射的の屋台を見ながら、不敵な笑みを浮かべてやがる。


「漆黒卿よ、ついに決着をつけようではないか」

「はぁ? いいよめんどくさい……」


 こいつの相手をするとなことがない。心底そう思う。


「あおはると勝負しなよ翼」

「翼くん、絶対に受けて!」


 なぜ真理としおりは、俺を勝負に挑ませようとしてるんだよ。


「ぐはははは。かつてスナイパーハンターと呼ばれた某に、よもや勝負を挑んでくるとはな」


 いや、挑んでないよ? それにあれだよ? スナイパーハンターって、スナイパーをハントしちゃってるよ? あんたスナイパーなら、狩られる側だよ?


「ボス、あれがいい」


 夜野さんは呼称こそいつも通りだが、普通に欲しいものを指しておねだりする。


「リカーニャよ、某はあっちを……」

「あれがいい」

「うむ……よかろう……」


 強引なおねだりに、あおはるは折れた。

 夜野さんも、なんだかんだ女子やってるんだな。

 そして俺も狙いを決めようとすると。


「翼、あたしあれが欲しい」

「翼くん、あのかわいいの取ってぇ」


 ――――ダブルブッキング――――


 あれほど仲が良いと思っていた2人が、まさかの睨み合いで火花を散らしている。そう、すでにここはあおはるとか関係なく、戦場になっていたのだ。

 ガクガクブルブル。「修羅場」それは主に、忙しくてどうにも回らない仕事場や、男女関係のバチバチ一発触発状態の場を指す。この場合はまさにであった。


「ふ、漆黒卿よ。行かぬなら某から行くぞ」


 そう言うと、あおはるは夜野さん指定の景品に弾をパンと放つ。


「…………」


 それはまさにラスボスとでも言うべき、重量感漂う「こけし」だった。夜野さんもなぜあんなものが欲しいのか、俺は理解に苦しむ。的に当たりはしたが、倒れなければ景品獲得とはいかない。

 そして俺は悩んだ。弾は5発。2人の指定したものは、こけしのように無理ゲーなものではない。

 真理は黄色い花のカチューシャ。しおりはうさぎのマスコット付きのカチューシャ。隣に並ぶ同じ種類のもの。よりによって被せてきやがる。これではどっちかが難しかった、という言い訳はできない。

 俺は考えながらコルクの弾を装填そうてんする。

 3回までなら失敗できる。まずそれぞれ1回ずつ狙うのだ。でもここで先にどちらかを狙うとバツが悪い。


 悩んだ末に俺はひらめいた。

 真ん中を狙えばいいじゃないか。

 そう、決してエイム力があるわけではない俺が、狙ったところでそこにいく保証はない。なので2つの真ん中を狙ってどちらかにそれれば、それはそれで仕方のないことなのだ。


 俺の放った弾は、見事に景品の間をすり抜ける。


「ふはは、お主当たらぬではないか」


 それを見たあおはるが俺を笑う。

 そして次に放ったあおはるの2発目も、的中したもののラスボスは微動だにせず。あおはるはただただ唇を咬む。


「翼しっかり狙って! あの花だよ!」

「翼くん、うさちゃんが呼んでるよぉ!」


 後ろから殺気めいたプレッシャーが、俺に覆いかぶさってくる。真ん中を狙って真ん中にいくということはつまり、俺のエイムは大丈夫ということだ。ならどっちを狙う……。


 またひらめいてしまった。

 俺の斜め後方左右に、真理としおりが陣取っている。左後ろが真理。右後ろがしおり。まずは左に体を倒しながら撃ち、真理の視界を遮りつつ、しおりのうさぎを狙う。


 考え抜いてパンと放った弾は、屋台のおばちゃんのクリクリパーマに飲まれてしまった……。


「あれ、お兄ちゃん。おばさんが欲しいのぉ? ごめんね~、おばさん景品じゃないから~」


 が頬に手を当てながら、嬉しそうに言う。


「ふははは、お主そんな妖怪が欲しいの――」


 おばちゃんは豪快に台をバンと叩き、あおはるに顔を寄せて、思い切りガンを飛ばしながら、ドスの効いた低い声で威圧する。


「お兄さんさ、口には気をつけなきゃだめだよ~」

「いえ……はい、すみません……」


 そのクリーチャーのような顔と声に、あおはるは恐怖を感じたようだ。


 そのあと放ったあおはるの3発目も、結果は同じであった。


「リカーニャよ、やはり違うのを――」

「あれがいい」

「う、うむ……」


 懇願するあおはるにも、夜野さんはぶれない。


 今度はさっきと逆。俺は右に体を倒して、しおりの視界を遮りながら花を狙う。

 そして弾は無情にも、屋台の屋根を超えていく。


「翼ふざけてないで、真剣に狙ってよ!」

「翼くん、落ち着いて。うさちゃんをお願い!」


 あおはるの4発目、わずかだがこけしが動いた。敵ながらその根性に、賛辞を送りたいと思う。

 真ん中もだめ、右も左もだめ。俺は万策尽きていた。どうしたものかと、汗のにじむ手を見つめる。そこで起死回生の策を思いつく。今まで利き手の右で撃っていたが、左手ならどうなのか?!


 真ん中を狙ったその弾は、装填不足で真下に落ちた。そう、装填も左手でやってしまったため、弾の詰めが甘かったのだ。


「翼ラスト1発、なんとか花をお願い……」

「ウダーチ。翼くん、うさちゃん取ってくれたら、私は他に何もいらないよ……」


 相変わらずのプレッシャーがかかる中、俺はあおはるの最期を見守っている。


「リカーニャよ、をここへ」


 は? スコープなんてあるの?

 あおはるの予想外の一言に、俺はスコープらしきものを探す。


「かしこまりました、ボス」


 そういうと夜野さんは、左手の親指と人差し指で輪を作り、あおはるの右目の前に持ってきた。


「…………」


 俺はもちろん、後ろの2人もなんというか……そのショックを隠し切れないでいる。


「ファイアー!」


 あおはるの最後の弾がパンパンと放たれると、そのままこけしに当たりぐらつかせる。そして次の瞬間、こけしはついに落下したのである。


「おぉぉぉぉぉぉ!!!」


 これには俺も真理も、そしてしおりも大喝采を送る。

 あおはるも、信じられないというような表情でいる。


「さすがです。ボス」


 夜野さんの落ち着いた一言で俺は我に返り、妙なことを思い出す。

 音が聞こえたのだ。そう、「パン」「パン」と、最後のそのときは、確かに2回聞こえた。俺は目を閉じ、ゆっくり脳内再生を始める。

 あおはるの弾が、こけしに当たりぐらつく。そこへすかさず2発目が飛び込み、落下させる……。

 「ハッ」として夜野さんの右手を見ると、そこには射的のライフルが握られていた。つまり、左手であおはるのスコープをしながら、彼女は右手であれを射抜いたのだ。まさに神の所業であった。だが……。


 チートじゃん……。

 まぁ本人たちが満足ならそれでいいかと、俺は自分の問題に向かい直す。


 もはや何のアイデアも浮かばない。俺にできるのはただ1つ、初心に帰ることだけである。どちらにも当たらなければ、それでよい。無駄な火種も作りたくない。


 覚悟を決めると、俺は2つの中央だけ見つめ、無心で発射する。

 ホームラン王のように、弾がまるで止まっているかのように、スローモーションに見える。まっすぐ進んだ軌道は、途中で曲がりうさぎに向かう。このまま行けば、しおりの願いは叶えられそうだ。だが真理はどうする? 弾はこれでラストなのだ。片方だけ取ってしまうと、そのあとに軋轢あつれきが生まれるのは間違いない。


 あ~、どうかそのまま当たらずに……。

 放たれた弾の右側から、勢いよくもう1つの弾がやってきた。それは俺の放ったものにぶつかり軌道を変え、俺の弾は花のほうへ。あとから来た弾は、うさぎのほうに進路を向ける。


「すご~い翼、同時ゲット~!」

「ハラショー! 翼くんすごいよ。びっくりだよ!」

「お主……ふっ、見事であった」


 後ろで大はしゃぎする2人。戦いの中、友情が芽生えた戦士のような目をして、俺に右手を差し出すあおはる。その後ろでそっとライフルを置き、左手の親指を俺に向けてぐっと立てる夜野さん。

 やはりあなたでしたか……でもありがとう。

 何も知らない3人をよそに、俺は夜野さんに軽く会釈をする。

 真理、しおり、夜野さん。目当ての景品を大事そうに抱え、満足そうにいつまでも、まじまじと見つめていた。

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