第21話 裏切り者は誰だ!?

「ではまず、裏切り者を発表しよう」


 その日の昼休みは、あおはるの物騒な一言から始まった。


「先生、意味が分かりません。寝ぼけてるんですか、バカなんですか、死ぬんですか」


 真理のナイフのような言葉が、次々とあおはるを襲う。が、的確な表現である。異論はない。

 どうやらしおりには、その掛け合いがツボだったようで、必死に笑いをこらえている。


「ボス、お気を確かに」


 真理の口撃による、心のダメージで卒倒しそうになるが、夜野やのさんに支えられなんとか持ち直すと、あおはるは続ける。


「漆黒卿及びロシアンブルーよ、前に出よ」


 ――どうやらしおりのコードネームは、ロシアンブルーらしい。って、それ猫じゃん。


「なんだよ……」


 俺としおりは、しぶしぶと前に出る。するとあおはるは俺たちの前で、手に持った封筒から何かを出そうとしている。


 あれ、なにこれ。もしかして写真とか? そういえば、裏切り者って言ってた? これひょっとして、俺がしおりに泣きついたり、しおりが俺に泣きついたりしたとこの写真? まさかパパラッチされた?

 あおはるの最初の言葉と、それを言われる根拠に心当たりを覚え、俺の頭は思考がオーバーヒートして、パンク寸前になる。


 いや待て、あおはるにそんなこと……って、夜野さんがいるじゃん! 彼女ならやりかねない。俺たちに気付かれずに、普通にそのくらいやってのけそうだ。それでどうするんだ? 脅しか? ゆすりか? その前に俺、真理に消されるんじゃないだろうか……。

 巡り巡った考えは、なぜか俺が真理に消される、と言うところにまで発展している。頭の中は収拾の付かない状態であったが、とりあえずを出させてはいけない、という結論に達する。


「ちょっと待てあおはる!」


 俺は、封筒の中身を出そうとしたあおはるの手を止める。


「何だ。この裏切り者め」


 まるで汚いものを見るような目つきで、あおはるが俺を睨む。


「お主、やめろ! 返せ!」


 もはやこうするしかないと、俺はあおはるから封筒をさっと奪い、ドアまで駆け抜けた。


「油断したなあおはる! これは頂いたぞ!」

「ぐぬぬぬぬ」


 悔しがるあおはる。中身は分からないが、もはやこれは俺にとって、危険なもの以外のなにものでもない。


「ボス、ご安心を。中身はこちらでございます」


 俺とあおはるが睨みあう中、夜野さんは冷静な口調であおはるにを渡す。

 俺の持っている封筒は空っぽ。そう、俺はまんまと夜野さんにはめられたのだ。


 あ~、俺終わったな。しおり、ごめんよ……。




「全日本フリーダンスコンテスト、出場申請書?」

「どれどれ、全日本サクソフォンコンクール。出場申請書……」


 出された2枚の書類を見て、しおりと真理が口々に読み上げる。


「はい。どうやら先日のコンクールで、個人として審査を通ったようです」


 夜野さんは簡潔に説明する。そうえいば先の大会は、全日本の予選も兼ねていると言ってたな。


「お主たち、一体いくら賄賂を贈ったのだ!? なぜ某は選ばれぬのだ! この裏切り者どもめ!」


 裏切り者とはそういう意味らしい。あおはるはたいそう悔しがっている。


「大変名誉ある大会でございます。お二方、おめでとうございます」


 夜野さんは賛辞を送ってくれる。


「あれ、写真じゃなかった……?」


 それらの様子を見て、俺はほっとする。


「写真てなにさ?」


 俺の言葉に、真理が反応する。


「なんでもない」

「…………」


 なぜだか真理は、俺に疑いの目を向けている。


「んと……」


 その申請書を確認する。確かに俺の名前が書いてある。

 あれ、ここ……ピアノ伴奏者は、自分で選んでいいのか。


「おい、真理」

「なによ……」

「ここに名前書いとけ」


 そう言って俺は、申請書のピアノ伴奏者記入欄を指す。


「は、はぁ? べ、別にあたしやりたくないけどぉ。翼がぁ、どうしてもって言うならぁ、仕方ないからぁ、考えてやってもぉ……」


 と言いながら、すらすらと名前を記入する。


「おい、マリー! お主も裏切るのか!」

「うっさい、黙れゴミムシ」

「ぐはっ」

「しっかりなさいませ、ボス」


 あおはる。罵倒されるの分かっていながら、よくやるよ……。

 あおはるにそんな言葉を放った真理だったが、顔はなんだか嬉しそうに見える。


「『名前を記入したら渡せ。大会は12月23日だ』と、ボスはおっしゃっております」


 夜野さんがあおはるを代弁する。真理の言葉に卒倒したあおはるが、今際いまわきわに夜野さんに言葉を託す――というらしい。


「まだだいぶ先だな……」

「あ、これ翼の誕生日じゃん」


 俺が遠くを見て言うと、真理がその日を指摘する。


「そういえばそうだな」

「翼くん、誕生日この日なんだ」


 しおりは嬉しそうな悲しそうな、よく分からない表情を見せる。

 何はともあれ、俺もしおりも全日本に出場が決まった。兄さんが出場するはずだった全日本に。


 それはじめじめした梅雨の、ちょっとすっきりするニュースだった。

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