第17話 いざ、決戦へ!

 次の練習日。


「翼?!」

「ほう、なかなかどうして……」

「翼くんすごいよ!」

「殻を破りましたね、翼先輩」


 見違えるような俺の演奏に、みんなが驚いている。


「いや、まだまだ粗削りだから……」

「謙遜するなし。あたしほんっと感激してる!」

「あまり褒めるなよ、ペースが乱れる……」

「あははは」


 じいさんの教えのおかげで、俺は壁を破ることができた。基礎から何から、まだまだ発展途上だけど、自分でも手ごたえをはっきりと感じる。


「これなら来月の戦いも、なんとかなりそうだな」


 あおはるも満足そうに言う。


「でもびっくりした。翼くん、いつの間にこんなに練習したの?」

「秘密の特訓ってやつ。努力は影でするものだぜ」


 驚く顔のしおりに、照れ隠しに鼻をかきながら返す。


「まさかお主、あの門をくぐったのか?!」

「ボス、みなさまお聞きになっておられません」


 あおはるをいつも通りスルーして、その日は解散となった。

 こうしていつもの練習に加え、じいさんとの特訓も続き、いよいよ大会2日前になった。




 大会2日前。


「よーし、もう大丈夫じゃろ。さすが門前の小僧じゃの。丈志君の演奏が、しっかり翼君の基礎を作っておったから、飲み込みが格段に早かったわい」

「本当に、ありがとうございました」


 本当に天川のじいさんには感謝しかない。普段はもう帰る時間だが、特訓を終えた充実感と感謝から、そのままじいさんと話し込んだ。


「ここからは自分次第じゃよ。わしからはもう教えることは、全部教えたからのう」

「はい、今度は客として来させてもらいます」

「はっはっはっ、無理せずとも、茶を飲みに来るだけでもいいんじゃよ。本当は明後日見に行きたいが、老体じゃからのう。気持ちだけ応援に行くからの」

「もちろん、お気持ちだけで十分です」

「ほんとに翼くんはいい子だのう。わしの孫娘を、嫁にもらって欲しいくらいじゃ」

「お孫さん? 孫娘さんもいるのですか?」

「言ってなかったかの? そろそろ帰ってくる頃じゃよ」


 孫は海外留学中だと聞いていたが、同居している孫娘が他にいるのは初耳だ。


「ただいまぁ!」


 ん、ただいま?


「ねぇねぇおじいちゃん、すごいんだよ翼くん。もうね完璧に吹けるの。私かっこいいなぁって、いつも翼くんばかり見てるから、本番でちゃんと踊れるか不安になってき……」


 そう話しながら、居間のドアを勢いよくガラっと開けたのはしおりだった。

 俺と目が合い完全に動きが止まる。白目を向き、口を開けたまま微動だにしない。それはそれでかわいいと思ってしまう、俺も俺だが。


「おかえりしおり。ほれ、噂の翼君が来ておるぞ。」


 じいさんが簡単に沈黙を破る。


「ボージュ モイ! お、お、お……おじいちゃんー!」


 わぁわぁ騒ぎ立てるしおりをなんとか落ち着かせ、俺がじいさんに弟子入りしていたことを告げる。


「な、なんだぁ。翼くん急に上達したからぁ……びっくりしたけどぉ。まぁ、なるほどぉ……ねぇ」


 俺は超嬉しかったが、しおりはまだかなり動揺しているようだ。


「しおりは毎日翼君の話ばかりするんじゃよ。この前も翼君と連絡取りたいから、スマホを買いたいと……」

「ニリズャー! おじいちゃん!!!」


 マジか?! 死ぬほど嬉しいんですけど。そしてこのじいさん、しおりの反応をいちいち楽しんでいるな……。


「じゃぁ翼くんも明日早いし、ほらそろそろ帰らないと……ねぇ」


 しおりは明後日の方向を見ながら言ってくる。


「明日土曜で休みだし、俺は別に……」

「ダヴァイ!」

「ぁはい」


 しおりの必死なロシア語の叫びに、俺はしぶしぶ頷く。




「ごめんね、私のおじいちゃんちょっと変でしょ」


 外に出ると、しおりは恥ずかしそうに言った。

 いやなんか……しおりも相当だったよ? そう思いつつ言う。


「んまぁ、でもすごい人だ。本当色々感謝してるよ」

「そっか、よかった」

「明後日がんばろうな」

「うん、全力出し切ろう!」


 心を温かくして、俺は帰路に着く。そんな大会前々夜だった。




 そして大会当日。


「――ばさ、翼……」

「うぅぅぅん。だめだよ、そこは……」

「起きろ、翼ぁぁぁぁ!!」

「うがっ」


 目を開けると、そこには真理がいた。


「お前、また勝手に……」

「ちゃ~んとおばさんに頼まれました。翼を起こしてきてって」

「はぁ?」

「まったく、今日は大事なコンクールよ。のんきに変な夢見てさ」

「――なんだ変な夢って?」

「別にぃ」


 はぎ取った毛布を畳みながら言う真理を下に行かせ、着替えてから俺も階段を降りる。


「そうなんですよ~」

「その通りですおばさま。我々がちゃんと面倒を見て――」

「でもすごいんですよぉ、翼くん」

「翼先輩は、がんばっておられます」


 階段を降りると、みんなの話し声が聞こえる。なんだ、みんな居間に集まってるのか。俺も輪に入ろうとして居間の戸を開けようとすると、


「まぁまぁ、みんなありがとうございます。翼も色々ご迷惑かけると思いますけど、どうか仲良くしてあげてくださいね」


 母さん、いるのか……。


「――あはは、ほんとそのままですよ」

「あらあら、あの子がまだ小学生の時にね――」


 あんな楽しそうにしゃべるんだな、母さん……。


「準備できた。みんな行こう」


 俺は廊下から居間に向かって声をかける。母さんと顔を合わせたくなかったから。


「もう、翼も一緒にまざればいいのに」


 真理がお節介な一言を放つ。それを無視して、500円を手に取り玄関を出る。


「じゃあおばさん、また」


 俺が玄関を出たのを悟り、真理は母さんに一言告げ外に出てきた。


「翼、もっとお母さんと会話しなよ」


 かなり不機嫌に真理を睨む。真理も何か言い返そうとしたようだが、他のみんなが出てきたのを確認すると、口を引っ込めた。


「よし、みなのもの全力でいくぞ」

「思い切り楽しもうね」

「わたくしは皆様とともに」


 みな思い思いに抱負を語り、会場へ向けて自転車を進める。いよいよ俺たちの成果を見せるんだ。

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